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36.扉の両側には腰丈の窓があった
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内回廊には警備が立ち、暗い廊下は祭りの準備であわただしいのか人々の行きかう足音が聞こえる。しかし、ここにまで聞こえるような声で話す者はいない。また、支持を仰ぎに来るものもいなかった。それどころか、全ての人々がこの部屋は見えないかのように振舞っていた。
両開きの扉の両側には腰丈の窓があった。アーヘルゼッヘは、窓に立って内庭を見上げた。大樹の向こうに庁舎が見える。壁一面の開かれた窓には鈴なりの人また人だ。つまりは、向こうからも、このがらんとした部屋の様子が見えるはずだ。なのに、誰も騒がない。
実際、階上では、遠方から来た町の男が、「自分は有力な取引先なのに汗臭い物売りの横に立つのは納得がいかない、アゼルを出せ!」と、さんざん騒いでいるようだった。なだめる声は警邏だろうか。よく通る几帳面な声で、「神の前ではみな等しく平等であります、どうぞお静かに」と何度も何度も、執拗とでも言えそうはほど丁寧に繰り返していた。
その声の人物が、この部屋を見たら怒鳴り込んでくるのではと思うのだが、そんな気配はない。階上へあがる階段や、向井合わせの建物の窓からは、アーヘルゼッヘ達のいる部屋が見えるのだが、取り立てて騒ぎ出すものはいなかった。
これは、本当に特別の部屋だからだ、と思うのだが、祭りを前のはしゃいだような空気もなければ、特権を感じてるような気取った空気もない。この込み合った庁舎の中、ゆったりとした涼しい部屋にいられる好運に喜ぶ様子もなかった。
それどころか、両開きの扉に立って、一人二人と、大樹を見上げ始めると、心なしか彼らの顔は厳しいものへか変わって行った。
「育ちすぎ…」
とつぶやいたのは、山岳民の女祭司のプロトルだった。隣に並んだパソンが、一歩前に出て大樹を見上げる。
「昔は屋上よりも低かったのですが」
「大樹の幹が太いのだから、こんなものではありませんか?」
と黒いローブのオッソ・ローゲルが言った。説得しようとして話していたが、自分でも納得していないのか、眉間に深い皺を寄せていた。
「こんなに元気でみずみずしいのに、いったい何が問題なのですか?」
アーヘルゼッヘは、窓枠に手を添えて、遠慮がちに彼らに聞いた。
彼らはアーヘルゼッヘを見ると黙った。パソンがしゃべりだそうとするのだが、ゼ大臣補佐が空咳をして止めた。アーヘルゼッヘはアゼルを見た。アゼルはゼ大臣とセノ卿の脇で、肩の力を抜いて全員の顔をまんべんなく眺めている。上着は詰襟に金縁が付き肩から胸にモールを付けて、庁舎の代表や町の長老職と言うよりも警備の隊長としてそこにいるように見えた。
そのアゼルが、誰も話しださないなと顔を見て確かめると、
「アーヘルゼッヘ殿は北からのお客人です、みなさま。その気になれば、何もわれわれに尋ねずとも全てをご覧になれるのです。アーヘルゼッヘ殿は、遠慮してわれわれに聞く、と言うスタンスを取っておられるのではありませんか? それとも、せっかくご招待いたしたお客人に対し、みなさま黙殺と言う無礼を働かれるおつもりですか?」
と聞いた。
それは、北の方々へ無礼をするのかと言う脅しにも聞こえたが、アーヘルゼッヘの耳には、町の長老や庁舎の者達が総出で招待しているのに、自分たちの顔をつぶすつもりか、と不平を言っているように聞こえた。
パソンが空咳をして、ゼ大臣補佐を斜めに睨んだ。ゼ大臣補佐は痩せて筋の浮いた手で上着の裾を引っ張って、それでも、しゃべるなとでもいうかのように顎を突き出し睨み返した。セノ卿が二人の様子を見て、遠慮がちに声を出した。思っていたよりもしっかりした声の若者だった。
「帝都での水不足はご承知のことと存じます。この大樹は水の大神を祭るものです。植え換えて帝都へ運ぼうと言う計画があるのですよ」
アーヘルゼッヘは意味がつかめなくて聞き返した。
「つまり、植え換えようと思ってお二人が帝都から来たのに、大きくなりすぎていて運べそうもない、とここのみなさんが心配しておられる、と言うことですか?」
とても、そんな心配のし方には見えなかった。もっと別のそれこそ彼らの神々の何かを恐れているかのような雰囲気に聞こえた。もちろん、ここに集まっているのが、神殿や神秘に関係している人々だから、そんな風に想像したのかもしれない。事実、セノ卿は、うなずいて、
「この大祭が、ここで開かれる最後になるかもしれないので、方々のみなさまがこうやって招待されているのです」
と答えるのだった。
アーヘルゼッヘは、セノ卿からパソンへ視線を移した。セノ卿達を睨みつけているかと思ったら、目を大きく見開いたまま固まっている。どうやら、パソンは知らなかったようだ。セノ卿は、重々しくも丁寧に、固まっているパソンへ会釈をして、
「皇帝陛下が、帝都はもちろん巫女姫さまのことも大層心配しておられるのです」
「わたくしは聞いておりません」
「姫君はこちらのご出身です。何かと複雑に思われるのではと、大議会にかけてしばらくは公にはせずにことを運ぼうと言う決済がなされたのです」
「つまり、わたくし以外のものはみなさまご存じだとおっしゃるのですか?」
と言うと、視線をまっすぐアゼルに向けた。アゼルは表情を消して見返している。
この場へ島々の人間や山岳民の祭司、南の大神殿の神官を呼んだのはアゼルだろう。知らないはずがないのだが、パソンはそんなはずはない、とでも言うようにアゼルの目の中に表情を探した。しかし、何も見つけられなかったようだ。口を固く結ぶと低く喉の奥から絞り出すような声で、
「神々はこの場の大樹にお宿りです。神意を聞かずに人間が勝手な振る舞いをすれば、きっと神の怒りを買いましょう」
「もちろんです。ですから、大祭が終わるまで待って、そのあと、巫女姫さまへ神意をおうかがいするはずだったのです。まさか、こうやってこちらでお会いできることになろうとは思ってもおりませんでした。わたくしはこれこそ神意を感じます」
「わたくしも神意を感じます。まさに、このような暴挙を止めよと神々がここに使わしたのではないかと思うほどです」
と言うと、あたりに静けさが落ちた。
両開きの扉の両側には腰丈の窓があった。アーヘルゼッヘは、窓に立って内庭を見上げた。大樹の向こうに庁舎が見える。壁一面の開かれた窓には鈴なりの人また人だ。つまりは、向こうからも、このがらんとした部屋の様子が見えるはずだ。なのに、誰も騒がない。
実際、階上では、遠方から来た町の男が、「自分は有力な取引先なのに汗臭い物売りの横に立つのは納得がいかない、アゼルを出せ!」と、さんざん騒いでいるようだった。なだめる声は警邏だろうか。よく通る几帳面な声で、「神の前ではみな等しく平等であります、どうぞお静かに」と何度も何度も、執拗とでも言えそうはほど丁寧に繰り返していた。
その声の人物が、この部屋を見たら怒鳴り込んでくるのではと思うのだが、そんな気配はない。階上へあがる階段や、向井合わせの建物の窓からは、アーヘルゼッヘ達のいる部屋が見えるのだが、取り立てて騒ぎ出すものはいなかった。
これは、本当に特別の部屋だからだ、と思うのだが、祭りを前のはしゃいだような空気もなければ、特権を感じてるような気取った空気もない。この込み合った庁舎の中、ゆったりとした涼しい部屋にいられる好運に喜ぶ様子もなかった。
それどころか、両開きの扉に立って、一人二人と、大樹を見上げ始めると、心なしか彼らの顔は厳しいものへか変わって行った。
「育ちすぎ…」
とつぶやいたのは、山岳民の女祭司のプロトルだった。隣に並んだパソンが、一歩前に出て大樹を見上げる。
「昔は屋上よりも低かったのですが」
「大樹の幹が太いのだから、こんなものではありませんか?」
と黒いローブのオッソ・ローゲルが言った。説得しようとして話していたが、自分でも納得していないのか、眉間に深い皺を寄せていた。
「こんなに元気でみずみずしいのに、いったい何が問題なのですか?」
アーヘルゼッヘは、窓枠に手を添えて、遠慮がちに彼らに聞いた。
彼らはアーヘルゼッヘを見ると黙った。パソンがしゃべりだそうとするのだが、ゼ大臣補佐が空咳をして止めた。アーヘルゼッヘはアゼルを見た。アゼルはゼ大臣とセノ卿の脇で、肩の力を抜いて全員の顔をまんべんなく眺めている。上着は詰襟に金縁が付き肩から胸にモールを付けて、庁舎の代表や町の長老職と言うよりも警備の隊長としてそこにいるように見えた。
そのアゼルが、誰も話しださないなと顔を見て確かめると、
「アーヘルゼッヘ殿は北からのお客人です、みなさま。その気になれば、何もわれわれに尋ねずとも全てをご覧になれるのです。アーヘルゼッヘ殿は、遠慮してわれわれに聞く、と言うスタンスを取っておられるのではありませんか? それとも、せっかくご招待いたしたお客人に対し、みなさま黙殺と言う無礼を働かれるおつもりですか?」
と聞いた。
それは、北の方々へ無礼をするのかと言う脅しにも聞こえたが、アーヘルゼッヘの耳には、町の長老や庁舎の者達が総出で招待しているのに、自分たちの顔をつぶすつもりか、と不平を言っているように聞こえた。
パソンが空咳をして、ゼ大臣補佐を斜めに睨んだ。ゼ大臣補佐は痩せて筋の浮いた手で上着の裾を引っ張って、それでも、しゃべるなとでもいうかのように顎を突き出し睨み返した。セノ卿が二人の様子を見て、遠慮がちに声を出した。思っていたよりもしっかりした声の若者だった。
「帝都での水不足はご承知のことと存じます。この大樹は水の大神を祭るものです。植え換えて帝都へ運ぼうと言う計画があるのですよ」
アーヘルゼッヘは意味がつかめなくて聞き返した。
「つまり、植え換えようと思ってお二人が帝都から来たのに、大きくなりすぎていて運べそうもない、とここのみなさんが心配しておられる、と言うことですか?」
とても、そんな心配のし方には見えなかった。もっと別のそれこそ彼らの神々の何かを恐れているかのような雰囲気に聞こえた。もちろん、ここに集まっているのが、神殿や神秘に関係している人々だから、そんな風に想像したのかもしれない。事実、セノ卿は、うなずいて、
「この大祭が、ここで開かれる最後になるかもしれないので、方々のみなさまがこうやって招待されているのです」
と答えるのだった。
アーヘルゼッヘは、セノ卿からパソンへ視線を移した。セノ卿達を睨みつけているかと思ったら、目を大きく見開いたまま固まっている。どうやら、パソンは知らなかったようだ。セノ卿は、重々しくも丁寧に、固まっているパソンへ会釈をして、
「皇帝陛下が、帝都はもちろん巫女姫さまのことも大層心配しておられるのです」
「わたくしは聞いておりません」
「姫君はこちらのご出身です。何かと複雑に思われるのではと、大議会にかけてしばらくは公にはせずにことを運ぼうと言う決済がなされたのです」
「つまり、わたくし以外のものはみなさまご存じだとおっしゃるのですか?」
と言うと、視線をまっすぐアゼルに向けた。アゼルは表情を消して見返している。
この場へ島々の人間や山岳民の祭司、南の大神殿の神官を呼んだのはアゼルだろう。知らないはずがないのだが、パソンはそんなはずはない、とでも言うようにアゼルの目の中に表情を探した。しかし、何も見つけられなかったようだ。口を固く結ぶと低く喉の奥から絞り出すような声で、
「神々はこの場の大樹にお宿りです。神意を聞かずに人間が勝手な振る舞いをすれば、きっと神の怒りを買いましょう」
「もちろんです。ですから、大祭が終わるまで待って、そのあと、巫女姫さまへ神意をおうかがいするはずだったのです。まさか、こうやってこちらでお会いできることになろうとは思ってもおりませんでした。わたくしはこれこそ神意を感じます」
「わたくしも神意を感じます。まさに、このような暴挙を止めよと神々がここに使わしたのではないかと思うほどです」
と言うと、あたりに静けさが落ちた。
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