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37.この場所のために伸びあがったかのように見える
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アーヘルゼッヘは、二人を見てから外の大樹に視線を戻した。壁のように見える幹に、五階の建物を超えるほどの枝ぶりで、広場はうっすらと暗がりになっている。この砂漠の地でこの陰りはありがたいばかりだ。まさしく、この場所のために伸びあがったかのように見える。
「この大樹を根も枝も損ねず、別の場所へ運ぶのは、われわれでも難しいと思うのですが、みなさまどうやってお運びになる御予定ですか?」
「もちろん、樹に詳しいものに運ばせます」
とゼ大臣補佐が言うと、パソンは、
「北の方が難しいと言うほどのことを我々ができると御思いですか?」
「もちろんできると思っておりますよ。巫女姫様。我々は北の方と対等です。ですから、大戦を終わらせることができたのです」
ゼ大臣補佐は、小さい戦争をよく知らない子どもに、自分たちが人間の力を使って終わらせたのだ、と誇りと子供への諫めとを混ぜて言った。
パソンの顔に朱色が昇る、と思ったのだが、落ち着いたものだった。子供扱いはよくあることらしい。アーヘルゼッヘへは顔色を変えて怒ったが、ゼ大臣補佐へは微笑さえ浮かべて、
「争いは双方の協力がなければ終わりません。双方の力があってのことだと存じます。それよりも、わたくしが話しているのは命を育む話です。健やかにある命を摘もうとすると、そこに争いが生まれると申し上げているのです」
「戦争が起こるだろうと、巫女姫様の予言でしょうか」
丁寧だが、半分あざけりが混じっている。巫女姫の立場を利用して、政治も外交も知らない子どもが何を言っている、と言う声が聞こえてきそうな皮肉り方だ。が、パソンはまったく引く気配も見せず、
「命はそこにあろうと常に戦いを続けています。この大樹もです。砂漠の真ん中で人々に涼を与えながら、大地に根を張り生きるために闘っているのです」
「ならば、もっと住みやすい都にうつれば、それこそ大樹も神もお喜びになられるでしょう」
「大樹の世界を取り上げて、どうして別の世界で戦えといえるのでしょう?」
「ですから、戦いではなく、癒しになると」
「なりますか?! 都は水がなくなり日々危機にひんしているのではありませんか?! 大樹に乾いた大地へ行って、慣れない場所で戦えと、本当にあなたは言えるのですか!」
ゼ大臣補佐は突き出していた顎を戻し、引っ張っていた上着から手を離した。狡猾で捻た老人と言った風情が消えた。まるで、意識して作っていたかのように雰囲気が消え、まっすぐ立って背を伸ばすと、思った以上に貫禄が出た。閑職に追いやられた老人には見えない。それどころか、すべてをくぐりぬけてここまで来た人間の知恵や意思が感じられた。
「ですから、先ほどセノ卿が申し上げたのです。皇帝陛下が帝都を心配し、それと同じくらいにあなた様の事を心配しておられるのだ、と」
アーヘルゼッヘは、その言葉の裏にある意味を聞いた。まっすぐした意思は、はっきりした声のようにアーヘルゼッヘには伝わった。つまり、巫女姫が命をかけようとするくらいなら、砂漠の大樹を一つくらい犠牲にしてもかまわないだろう、と言うのが都にいる皇帝をはじめ人々の気持ちだった。ゼ大臣補佐は、
「砂漠の強い水の神をお連れすれば、帝都も救われます。その思いが人々を救うでしょう」
「大樹が枯れれば、人々の思いも枯れるのではありませんか?」
「ですから、樹の専門家にお願いし万難を排して、ここの大樹においでいただくのです」
アーヘルゼッヘは黙り込んでしまったパソンを見て、そして、再び、
「パソン殿。なぜ、樹が大きいと不安になるのでしょう?」
と聞いた。
「パソン殿は、帝都へ大樹が運ばれるとはご存じなかった。なのに、樹が大きくなりすぎていると不安になった。そうですよね?」
パソンはうなずき落ち着いた声で言った。
「この大きさの大樹が、この砂漠の地でどうやって維持ができるのか不安になったのです。朝夕の水やりがあります。庁舎で管理していますが、町の者達が持ち回りで担当になり、わたくしどもの大事な樹として、お礼をこめて水をやります。しかし、これほど大きくなっては、そのうち水が足りなくなるのではないかと不安になったのです」
「今は朝と昼と夕方です」
とアゼルが答えた。すると、ゼ大臣補佐はそれはよかったと言うようにうなずいて、
「ですから、もっと熱砂の少ない過ごしやすい都に大樹をお招きすれば、水不足に悩む必要はなくなるのですよ」
と言った。この言葉に合わせて、セノ卿も、パソンへとりなすように、
「木へやる水を人々に回せるようになれば、この町ももっと過ごしやすくなるのではありませんか?」
と言うと、パソンが、
「ここでは樹に水をやっても十分人々へ水が行きわたります。しかし、帝都には人々への水もない。なのに、この大樹の水を維持できるとは思えません」
「ですが、大樹が水を呼ぶなら、きっと帝都にも水を呼んでくださるはずです」
「ならば、わたくし達が大樹を持ち去れば、この町の水は熱砂の中に消えていく、と言うことですわ」
とさらりと告げる。
セノ卿がため息をつき、ゼ大臣補佐が渋い顔をする。パソンは再び、アゼルを見ると、
「ご存じでしたのね。もしや、チウ従兄上も?」
「従妹の命に勝る物は何もない、と言っていましたよ」
と静かに答えた。パソンは口の端を噛んだ。
「わたくしの命は神々に捧げられたものです。人々のために捧げられているのです。今更、何かをためらう必要などありませんのに」
「大事だと言う思いは、譲れません。何ものに代えてもです」
と、アゼルは、チウの気持ちを代弁したのか、それとも、この大樹を町から運びださせてでもパソンの命を守りたいと思った、と自分の気持ちを言っているのか分からなかった。しかし、気持がこもっていた、パソンには何かが伝わったようだった。
「この大樹を根も枝も損ねず、別の場所へ運ぶのは、われわれでも難しいと思うのですが、みなさまどうやってお運びになる御予定ですか?」
「もちろん、樹に詳しいものに運ばせます」
とゼ大臣補佐が言うと、パソンは、
「北の方が難しいと言うほどのことを我々ができると御思いですか?」
「もちろんできると思っておりますよ。巫女姫様。我々は北の方と対等です。ですから、大戦を終わらせることができたのです」
ゼ大臣補佐は、小さい戦争をよく知らない子どもに、自分たちが人間の力を使って終わらせたのだ、と誇りと子供への諫めとを混ぜて言った。
パソンの顔に朱色が昇る、と思ったのだが、落ち着いたものだった。子供扱いはよくあることらしい。アーヘルゼッヘへは顔色を変えて怒ったが、ゼ大臣補佐へは微笑さえ浮かべて、
「争いは双方の協力がなければ終わりません。双方の力があってのことだと存じます。それよりも、わたくしが話しているのは命を育む話です。健やかにある命を摘もうとすると、そこに争いが生まれると申し上げているのです」
「戦争が起こるだろうと、巫女姫様の予言でしょうか」
丁寧だが、半分あざけりが混じっている。巫女姫の立場を利用して、政治も外交も知らない子どもが何を言っている、と言う声が聞こえてきそうな皮肉り方だ。が、パソンはまったく引く気配も見せず、
「命はそこにあろうと常に戦いを続けています。この大樹もです。砂漠の真ん中で人々に涼を与えながら、大地に根を張り生きるために闘っているのです」
「ならば、もっと住みやすい都にうつれば、それこそ大樹も神もお喜びになられるでしょう」
「大樹の世界を取り上げて、どうして別の世界で戦えといえるのでしょう?」
「ですから、戦いではなく、癒しになると」
「なりますか?! 都は水がなくなり日々危機にひんしているのではありませんか?! 大樹に乾いた大地へ行って、慣れない場所で戦えと、本当にあなたは言えるのですか!」
ゼ大臣補佐は突き出していた顎を戻し、引っ張っていた上着から手を離した。狡猾で捻た老人と言った風情が消えた。まるで、意識して作っていたかのように雰囲気が消え、まっすぐ立って背を伸ばすと、思った以上に貫禄が出た。閑職に追いやられた老人には見えない。それどころか、すべてをくぐりぬけてここまで来た人間の知恵や意思が感じられた。
「ですから、先ほどセノ卿が申し上げたのです。皇帝陛下が帝都を心配し、それと同じくらいにあなた様の事を心配しておられるのだ、と」
アーヘルゼッヘは、その言葉の裏にある意味を聞いた。まっすぐした意思は、はっきりした声のようにアーヘルゼッヘには伝わった。つまり、巫女姫が命をかけようとするくらいなら、砂漠の大樹を一つくらい犠牲にしてもかまわないだろう、と言うのが都にいる皇帝をはじめ人々の気持ちだった。ゼ大臣補佐は、
「砂漠の強い水の神をお連れすれば、帝都も救われます。その思いが人々を救うでしょう」
「大樹が枯れれば、人々の思いも枯れるのではありませんか?」
「ですから、樹の専門家にお願いし万難を排して、ここの大樹においでいただくのです」
アーヘルゼッヘは黙り込んでしまったパソンを見て、そして、再び、
「パソン殿。なぜ、樹が大きいと不安になるのでしょう?」
と聞いた。
「パソン殿は、帝都へ大樹が運ばれるとはご存じなかった。なのに、樹が大きくなりすぎていると不安になった。そうですよね?」
パソンはうなずき落ち着いた声で言った。
「この大きさの大樹が、この砂漠の地でどうやって維持ができるのか不安になったのです。朝夕の水やりがあります。庁舎で管理していますが、町の者達が持ち回りで担当になり、わたくしどもの大事な樹として、お礼をこめて水をやります。しかし、これほど大きくなっては、そのうち水が足りなくなるのではないかと不安になったのです」
「今は朝と昼と夕方です」
とアゼルが答えた。すると、ゼ大臣補佐はそれはよかったと言うようにうなずいて、
「ですから、もっと熱砂の少ない過ごしやすい都に大樹をお招きすれば、水不足に悩む必要はなくなるのですよ」
と言った。この言葉に合わせて、セノ卿も、パソンへとりなすように、
「木へやる水を人々に回せるようになれば、この町ももっと過ごしやすくなるのではありませんか?」
と言うと、パソンが、
「ここでは樹に水をやっても十分人々へ水が行きわたります。しかし、帝都には人々への水もない。なのに、この大樹の水を維持できるとは思えません」
「ですが、大樹が水を呼ぶなら、きっと帝都にも水を呼んでくださるはずです」
「ならば、わたくし達が大樹を持ち去れば、この町の水は熱砂の中に消えていく、と言うことですわ」
とさらりと告げる。
セノ卿がため息をつき、ゼ大臣補佐が渋い顔をする。パソンは再び、アゼルを見ると、
「ご存じでしたのね。もしや、チウ従兄上も?」
「従妹の命に勝る物は何もない、と言っていましたよ」
と静かに答えた。パソンは口の端を噛んだ。
「わたくしの命は神々に捧げられたものです。人々のために捧げられているのです。今更、何かをためらう必要などありませんのに」
「大事だと言う思いは、譲れません。何ものに代えてもです」
と、アゼルは、チウの気持ちを代弁したのか、それとも、この大樹を町から運びださせてでもパソンの命を守りたいと思った、と自分の気持ちを言っているのか分からなかった。しかし、気持がこもっていた、パソンには何かが伝わったようだった。
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