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38.あなたは所詮は北の方だ
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アーヘルゼッヘは彼らを見て、再び言った。
「ですが、この大樹を運ぶのは、かなり難しい作業になります」
「わかっています。北の方ができそうもなくても、我々は我々の方法で、解決しているのですよ」
ゼ大臣補佐が誇りをかけて、と言うように言った。しかし、アーヘルゼッヘは樹を背にし、彼らに向かって再び言った。
「この乾燥した砂漠の地で水を吸い上げるために根を深く張っているのです。あの、町の外れの森の水を使っているのだとすると、あそこまで根が伸びているのかもしれません。森の木々よりも太い根が、この町の下へ広がっているんです。それをすべて掘り返せば、町の建物が崩れてしまう。また、根を切って運べば水を吸い上げられなくなって、途中で枯れてしまうでしょう。町も樹も無事にここから運びだすのは難しいのです」
「ですから、樹の専門家に」
と言うゼ大臣補佐の言葉を押えた。
「専門家なら、さらに困難さを感じるでしょう。また、樹には好む気候が存在します。この照りつける太陽に慣れた葉や枝が、帝都にあうかどうかもわかりません」
「同じような気候になるよう、それこそ帝都に温かい場所を作ってでも準備しますぞ」
「なら、帝都が砂漠になるよう準備するのですか? 水が欲しくて樹を植え換えるのに?」
「あなたは何もわかっておられないのですよ、北の方!」
とセノ卿が声を挟んだ。苛立った声だった。
「何でも簡単に手に入る北の方に、われわれ水の乏しい都の現状なぞ分かるはずもない。巫女姫が一途に思いつめるほどの惨状を、あなたに分かれとは言いません。ですが、われわれのやることに口をはさむ言われもない!」
「私は単に実現の可能性について述べているのであって、否定をしているわけではありません」
「ならば、可能性を高めるよう、ご協力いただきましょうか!?」
と言ったのは、じっと聞いていた西の大神官、オッソ・ローゲルだった。アーヘルゼッヘが振り向くと、
「大陸の平和に、帝都の繁栄が必要なのですよ。せっかく大戦が終わったと言うのに、内戦にでもなれば、疲弊した人々がやっと立ち直りかけたと言うのに、また、いやもっとひどく荒んでしまいます」
確固とした意思のある男の声だった。
神々の声に耳を澄ましている男の声ではなく、現実の人間の声に耳を傾けている男の声だった。アーヘルゼッヘは、オッソへ、
「ですから、北の者でも難しい、と申し上げているのです」
「我々と力を合わせるわけにはいかない、とおっしゃるのですか?」
「そうではなくて、本当にこれは難しいのだと」
「我々の知恵など大したことではないと言う意味でしょうか?」
「そうではなくて!」
「そう言っているのといっしょでしょう! あなたの意見しかない。我々の知恵など聞くまでもない、と言っているのですから!」
アーヘルゼッヘはオッソを見て黙り込んだ。背後の樹のみずみずしい気配を背中に感じ腕に感じた。まるで、愛しむにアーヘルゼッヘの項をなでた。
「気が進まないのです。私には、樹がここにいたがっているように見える」
そう言って、項に手を添え樹の気配をそっと掴んだ。そして人々には、謝罪するように片手を広げた。
「あなたは所詮は北の方だ」
オッソは吐き捨てるような声で言った。が、パソンは違った。
「わたくしも同じです! 大樹はここにいたがっているような気がします」
「あなたは帝都のぬくもりです。そのあなたがいなくなれば、帝国がどうなっていくか少しは自覚をお持ちになるべきです」
オッソの声は冷たかった。大戦後の十年。人間はまだ立ち直りだしたばかりなのかもしれない。そう思わせるほど、余裕がなかった。
「大樹を守れと神はお告げです」
かすれた声がした。全員が顔をあげると、両手を上へあげ天上へ顔を向けうつろな顔で宙を見る女祭司の姿があった。オッソは見るからに胡散臭そうな顔で女祭司のプロトルを見た。が、島の少年ティアラーネは、もっと率直に、
「本当に聞こえるの?」
とプロトルに聞いた。プロトルは怒った顔もせず、うつろな表情のまま、
「聞こえる。大樹は守れとおっしゃっている」
「なんて名前の神様?」
「名はない」
「僕の島の神々は二百三十五人おられるけど、みんな名前があるよ」
「お一人だから、神と言う呼び名だけで十分」
と告げると、少年は目を見開いた。それもそうだと思ったようだ。プロトルは少年との会話で意識が現実に戻って来たらしい。手を下げて全員の視線の中央にいると気づくと、マントをさらに強く自分に巻きつけ、かすれた声で早口で、
「山の神の意思だ。わたしは伝えた」
だからどうと言う意味はないらしい。
帝都と意思が異なっていると告げることに意味があったらしい。ゼ大臣補佐は探るような目でプロトルを見ると、脇に立ちセノ卿に何かを言った。セノ卿は何度か首を横に振ったが、説得されたらしい。
「プロトル殿。昨年よりお話のありました、山々のお望みを、我が家の名に懸けて、検討するよう帝都議会にかける準備がございます」
プロトルの視線は動かなかった。外の大樹を見つめたままだ。セノ卿はさらに、
「今すぐにでも、早便で便りを出しましょう。私の指示だと申せば、動かないわけにはまいりません」
「ハンゼンホーンの次代の当主のお言葉ですか?」
と初めてプロトルが顔を向けた。表情は消したままだが、先ほどより生気がある。
「私の言葉はすべてがハンゼンホーン家の言葉です」
「本当に、通行税を課してもよいと?」
「山のことは山の民が一番よくご存じのはず。検討する時には、山岳の民の代表を交えて討議するように申しましょう」
セノ卿が探るように言う。プロトルはまっすぐに、セノ卿を見た。神経質でぶっきらぼうな女祭司の顔はなくなり、思慮深い主のような顔になる。
「帝都のことも大樹のことも、大地に住まう人間達の方がよく存じていましょう。私の使命は山の神の言葉を伝えることです。山と平地は神が違う。山の者達はみなそれを存じています」
「ありがたいことです」
「お礼を申します」
と最後に付け足しのように、ゼ大臣補佐が言った。
「ですが、この大樹を運ぶのは、かなり難しい作業になります」
「わかっています。北の方ができそうもなくても、我々は我々の方法で、解決しているのですよ」
ゼ大臣補佐が誇りをかけて、と言うように言った。しかし、アーヘルゼッヘは樹を背にし、彼らに向かって再び言った。
「この乾燥した砂漠の地で水を吸い上げるために根を深く張っているのです。あの、町の外れの森の水を使っているのだとすると、あそこまで根が伸びているのかもしれません。森の木々よりも太い根が、この町の下へ広がっているんです。それをすべて掘り返せば、町の建物が崩れてしまう。また、根を切って運べば水を吸い上げられなくなって、途中で枯れてしまうでしょう。町も樹も無事にここから運びだすのは難しいのです」
「ですから、樹の専門家に」
と言うゼ大臣補佐の言葉を押えた。
「専門家なら、さらに困難さを感じるでしょう。また、樹には好む気候が存在します。この照りつける太陽に慣れた葉や枝が、帝都にあうかどうかもわかりません」
「同じような気候になるよう、それこそ帝都に温かい場所を作ってでも準備しますぞ」
「なら、帝都が砂漠になるよう準備するのですか? 水が欲しくて樹を植え換えるのに?」
「あなたは何もわかっておられないのですよ、北の方!」
とセノ卿が声を挟んだ。苛立った声だった。
「何でも簡単に手に入る北の方に、われわれ水の乏しい都の現状なぞ分かるはずもない。巫女姫が一途に思いつめるほどの惨状を、あなたに分かれとは言いません。ですが、われわれのやることに口をはさむ言われもない!」
「私は単に実現の可能性について述べているのであって、否定をしているわけではありません」
「ならば、可能性を高めるよう、ご協力いただきましょうか!?」
と言ったのは、じっと聞いていた西の大神官、オッソ・ローゲルだった。アーヘルゼッヘが振り向くと、
「大陸の平和に、帝都の繁栄が必要なのですよ。せっかく大戦が終わったと言うのに、内戦にでもなれば、疲弊した人々がやっと立ち直りかけたと言うのに、また、いやもっとひどく荒んでしまいます」
確固とした意思のある男の声だった。
神々の声に耳を澄ましている男の声ではなく、現実の人間の声に耳を傾けている男の声だった。アーヘルゼッヘは、オッソへ、
「ですから、北の者でも難しい、と申し上げているのです」
「我々と力を合わせるわけにはいかない、とおっしゃるのですか?」
「そうではなくて、本当にこれは難しいのだと」
「我々の知恵など大したことではないと言う意味でしょうか?」
「そうではなくて!」
「そう言っているのといっしょでしょう! あなたの意見しかない。我々の知恵など聞くまでもない、と言っているのですから!」
アーヘルゼッヘはオッソを見て黙り込んだ。背後の樹のみずみずしい気配を背中に感じ腕に感じた。まるで、愛しむにアーヘルゼッヘの項をなでた。
「気が進まないのです。私には、樹がここにいたがっているように見える」
そう言って、項に手を添え樹の気配をそっと掴んだ。そして人々には、謝罪するように片手を広げた。
「あなたは所詮は北の方だ」
オッソは吐き捨てるような声で言った。が、パソンは違った。
「わたくしも同じです! 大樹はここにいたがっているような気がします」
「あなたは帝都のぬくもりです。そのあなたがいなくなれば、帝国がどうなっていくか少しは自覚をお持ちになるべきです」
オッソの声は冷たかった。大戦後の十年。人間はまだ立ち直りだしたばかりなのかもしれない。そう思わせるほど、余裕がなかった。
「大樹を守れと神はお告げです」
かすれた声がした。全員が顔をあげると、両手を上へあげ天上へ顔を向けうつろな顔で宙を見る女祭司の姿があった。オッソは見るからに胡散臭そうな顔で女祭司のプロトルを見た。が、島の少年ティアラーネは、もっと率直に、
「本当に聞こえるの?」
とプロトルに聞いた。プロトルは怒った顔もせず、うつろな表情のまま、
「聞こえる。大樹は守れとおっしゃっている」
「なんて名前の神様?」
「名はない」
「僕の島の神々は二百三十五人おられるけど、みんな名前があるよ」
「お一人だから、神と言う呼び名だけで十分」
と告げると、少年は目を見開いた。それもそうだと思ったようだ。プロトルは少年との会話で意識が現実に戻って来たらしい。手を下げて全員の視線の中央にいると気づくと、マントをさらに強く自分に巻きつけ、かすれた声で早口で、
「山の神の意思だ。わたしは伝えた」
だからどうと言う意味はないらしい。
帝都と意思が異なっていると告げることに意味があったらしい。ゼ大臣補佐は探るような目でプロトルを見ると、脇に立ちセノ卿に何かを言った。セノ卿は何度か首を横に振ったが、説得されたらしい。
「プロトル殿。昨年よりお話のありました、山々のお望みを、我が家の名に懸けて、検討するよう帝都議会にかける準備がございます」
プロトルの視線は動かなかった。外の大樹を見つめたままだ。セノ卿はさらに、
「今すぐにでも、早便で便りを出しましょう。私の指示だと申せば、動かないわけにはまいりません」
「ハンゼンホーンの次代の当主のお言葉ですか?」
と初めてプロトルが顔を向けた。表情は消したままだが、先ほどより生気がある。
「私の言葉はすべてがハンゼンホーン家の言葉です」
「本当に、通行税を課してもよいと?」
「山のことは山の民が一番よくご存じのはず。検討する時には、山岳の民の代表を交えて討議するように申しましょう」
セノ卿が探るように言う。プロトルはまっすぐに、セノ卿を見た。神経質でぶっきらぼうな女祭司の顔はなくなり、思慮深い主のような顔になる。
「帝都のことも大樹のことも、大地に住まう人間達の方がよく存じていましょう。私の使命は山の神の言葉を伝えることです。山と平地は神が違う。山の者達はみなそれを存じています」
「ありがたいことです」
「お礼を申します」
と最後に付け足しのように、ゼ大臣補佐が言った。
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