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61.彼らの聖地
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「さあ、まいりましょう」
とアーヘルゼッヘが言って歩き出すと、彼らは無言でうなずいた。アーヘルゼッヘが歩き出すとそのまま後に従った。静かな行列になった。アーヘルゼッヘは彼らの緊張を感じた。
北の者の力を改めて感じて萎縮しそうな人間たちを見て、アーヘルゼッヘは無言になった。人を見て安心した自分と、自分を見て恐怖を感じた人間と、いったい何が違うのだろうと不安になった。何か大事なものを見落としているような気がした。
洞窟は緩い坂道になっていた。斜めの壁と壁の間をうねうねと上へ続く道がある。天井は見えないほど高く、暗く見上げても分からないのだが、足もとには人が通った跡がある。降り積もった砂礫の間に岩がむき出しの場所があり一筋の道になっていた。
水を汲みに降りるのか、宗教的儀式のために降りてくるのか、アーヘルゼッヘには分からなかった。神殿の住人でもある姫巫女も知らない場所で宗教儀式と言うのはあまり考えられないのだが、漁師が知っているくらいだから、儀式用の水を汲む場所だったのかもしれない。
永遠とも続く通路を上って行くと、突然、ぽっかり空いた場所に出た。頭上はるか上に天井がある。丸いドーム型だ。上の方には欄干があり、その向こうには柱があって、柱の間に空が見える。真っ青な空だ。明るかった。巨大だった。欄干がレースのように見えるほど高く大きい。洞窟の上を取り払って、天井を付けたように見えた。
アーヘルゼッヘは一歩中に踏み出した。とたんに降るような祈りの声が響きだす。驚いて一歩下がると音が消えた。顔を出すと祈りの声が振動になって頬に触れる。大音量で聞こえだす。響き方が場所によって違うらしい。欄干の向こう、見えない柱のたもとに人々がいて祈りの声を上げているようだった。
岩や崩れかけた大地の割れ目があって、人がいるような場所には見えない。中央に、大地から突き出た岩があってその岩の頂上に鎖がかけてあった。降るような声の中、アーヘルゼッヘは突き出た岩へ近づいた。すると後ろからパソンの声が聞こえた。
「なりません。そちらに行ってはいけません!」
細いのに不思議とよく聞こえてくる。押し殺したような必至な声だった。振り返ると、全員、洞窟の入口に立ち止まってアーヘルゼッヘを見つめていた。
「お戻りください!」
パソンの言葉に、彼らの聖地を荒らしたらしいと思った。慌てて戻ろうとしたのだが、降る声がさらに大きく響きだし、アーヘルゼッヘは驚いて立ち止まってしまった。
そこに、上から人が降ってきた。まるで、真上から飛び降りたような勢いで落ちてきて、中央の岩の先へ叩きつけられ跳ね上がって脇へ落ちた。アーヘルゼッヘは固まったまま動けなかった。岩の向こうへ人形のように跳ね上がって消えた。あたりに漂い始めた血の匂いにアーヘルゼッヘは吐き気を覚えた。と、同時に岩の向こうへ駈け出した。
無残な若者の姿があった。よじれた四肢に崩れた頭を見て、アーヘルゼッヘはフードをとってマントを脱いだ。長い銀の髪が背中に流れ、整った色白の面に、怒りに光が滲むような銀の目がかっと見開いていた。
若者は、職人のような簡素な生地の服を着ていた。空を鷲掴みにするように固まった指は、太く厚い皮で覆われよく使い込んだ指をしていた。つかむとまだ温かく、引っ張ると軽く崩れた。アーヘルゼッヘはマントを被せて、マントの膨らみを見下ろした。そして、後ろへ向かって声を上げた。
「パソン殿。姫巫女殿。あなたの神への祈りはこれなのですか」
しんと静まり返った洞窟で、アーヘルゼッヘの声が響いた。天井近くにいた人々にも聞こえたらしい。頭上から声を上がり、ざわめきとともに欄干に人影が差しはじめた。
「パソン殿。人を救いたいと言いながら、人を殺しているのが、あなたの聖なる御技なのですか」
「雨が降らないからです」
と静かな声で答えたのは、ゼ大臣補佐だった。入口に立ち止まっていた人々は立ちつくしたままだった。パソンは立ったまま何か言おうと口を開けているのだが、声が出ない。
「雨が降らなければ何をしてもいいと言うのですか」
ゼ大臣補佐が粛々と答えを返す。
「その者は、自分の身を捧げるために来たのです」
「雨のために死にたいなどと、人が思うものですか」
アーヘルゼッヘが声を張り上げると、頭上から、
「自分の身一つで雨が降るならと、ここへ来たのです」
と声が降ってきた。欄干に立つ一人の男が見下ろしながら話していた。
「こんなことで雨が降るはずがない」
と言うアーヘルゼッヘの言葉に、欄干の小さな影が揺れた。笑っているようにも見えた。が、男は穏やかな声で、
「姫巫女が身を焼くくらいなら、自分たちの身をささげたいと思うのが心情です。姫が都に入られる前に雨を降らして差し上げたかった」
「嘘です!」
と叫んだのはパソンだった。
とアーヘルゼッヘが言って歩き出すと、彼らは無言でうなずいた。アーヘルゼッヘが歩き出すとそのまま後に従った。静かな行列になった。アーヘルゼッヘは彼らの緊張を感じた。
北の者の力を改めて感じて萎縮しそうな人間たちを見て、アーヘルゼッヘは無言になった。人を見て安心した自分と、自分を見て恐怖を感じた人間と、いったい何が違うのだろうと不安になった。何か大事なものを見落としているような気がした。
洞窟は緩い坂道になっていた。斜めの壁と壁の間をうねうねと上へ続く道がある。天井は見えないほど高く、暗く見上げても分からないのだが、足もとには人が通った跡がある。降り積もった砂礫の間に岩がむき出しの場所があり一筋の道になっていた。
水を汲みに降りるのか、宗教的儀式のために降りてくるのか、アーヘルゼッヘには分からなかった。神殿の住人でもある姫巫女も知らない場所で宗教儀式と言うのはあまり考えられないのだが、漁師が知っているくらいだから、儀式用の水を汲む場所だったのかもしれない。
永遠とも続く通路を上って行くと、突然、ぽっかり空いた場所に出た。頭上はるか上に天井がある。丸いドーム型だ。上の方には欄干があり、その向こうには柱があって、柱の間に空が見える。真っ青な空だ。明るかった。巨大だった。欄干がレースのように見えるほど高く大きい。洞窟の上を取り払って、天井を付けたように見えた。
アーヘルゼッヘは一歩中に踏み出した。とたんに降るような祈りの声が響きだす。驚いて一歩下がると音が消えた。顔を出すと祈りの声が振動になって頬に触れる。大音量で聞こえだす。響き方が場所によって違うらしい。欄干の向こう、見えない柱のたもとに人々がいて祈りの声を上げているようだった。
岩や崩れかけた大地の割れ目があって、人がいるような場所には見えない。中央に、大地から突き出た岩があってその岩の頂上に鎖がかけてあった。降るような声の中、アーヘルゼッヘは突き出た岩へ近づいた。すると後ろからパソンの声が聞こえた。
「なりません。そちらに行ってはいけません!」
細いのに不思議とよく聞こえてくる。押し殺したような必至な声だった。振り返ると、全員、洞窟の入口に立ち止まってアーヘルゼッヘを見つめていた。
「お戻りください!」
パソンの言葉に、彼らの聖地を荒らしたらしいと思った。慌てて戻ろうとしたのだが、降る声がさらに大きく響きだし、アーヘルゼッヘは驚いて立ち止まってしまった。
そこに、上から人が降ってきた。まるで、真上から飛び降りたような勢いで落ちてきて、中央の岩の先へ叩きつけられ跳ね上がって脇へ落ちた。アーヘルゼッヘは固まったまま動けなかった。岩の向こうへ人形のように跳ね上がって消えた。あたりに漂い始めた血の匂いにアーヘルゼッヘは吐き気を覚えた。と、同時に岩の向こうへ駈け出した。
無残な若者の姿があった。よじれた四肢に崩れた頭を見て、アーヘルゼッヘはフードをとってマントを脱いだ。長い銀の髪が背中に流れ、整った色白の面に、怒りに光が滲むような銀の目がかっと見開いていた。
若者は、職人のような簡素な生地の服を着ていた。空を鷲掴みにするように固まった指は、太く厚い皮で覆われよく使い込んだ指をしていた。つかむとまだ温かく、引っ張ると軽く崩れた。アーヘルゼッヘはマントを被せて、マントの膨らみを見下ろした。そして、後ろへ向かって声を上げた。
「パソン殿。姫巫女殿。あなたの神への祈りはこれなのですか」
しんと静まり返った洞窟で、アーヘルゼッヘの声が響いた。天井近くにいた人々にも聞こえたらしい。頭上から声を上がり、ざわめきとともに欄干に人影が差しはじめた。
「パソン殿。人を救いたいと言いながら、人を殺しているのが、あなたの聖なる御技なのですか」
「雨が降らないからです」
と静かな声で答えたのは、ゼ大臣補佐だった。入口に立ち止まっていた人々は立ちつくしたままだった。パソンは立ったまま何か言おうと口を開けているのだが、声が出ない。
「雨が降らなければ何をしてもいいと言うのですか」
ゼ大臣補佐が粛々と答えを返す。
「その者は、自分の身を捧げるために来たのです」
「雨のために死にたいなどと、人が思うものですか」
アーヘルゼッヘが声を張り上げると、頭上から、
「自分の身一つで雨が降るならと、ここへ来たのです」
と声が降ってきた。欄干に立つ一人の男が見下ろしながら話していた。
「こんなことで雨が降るはずがない」
と言うアーヘルゼッヘの言葉に、欄干の小さな影が揺れた。笑っているようにも見えた。が、男は穏やかな声で、
「姫巫女が身を焼くくらいなら、自分たちの身をささげたいと思うのが心情です。姫が都に入られる前に雨を降らして差し上げたかった」
「嘘です!」
と叫んだのはパソンだった。
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