北大陸のアーヘルゼッヘ

ふみはなえ

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89.絶対の権力者の醍醐味(最終話)

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そんなアーヘルゼッヘのそばで辛抱強く立ち尽くしている、壮年の男がいた。実際にはアーヘルゼッヘよりもずっと若い。自分の半分以下の年ではないだろうか、と思いながら、アーヘルゼッヘは見上げた。本当のところを伝えるべきだろうか、と。

今、まさに、北の者はもしかしたら総力を挙げて、戦をしなければ、と思い始めたかもしれない、と言うべきなのだろうか。と思いながら。しかし、トローネは、そんなアーヘルゼッヘに、おごそかに祝いの言葉を述べだしていた。

「初陣おめでとうございます。あなたが、バテレスト家の主として、この帝都最大の危機を切り抜けたことは帝国じゅうに広がるでしょう。これで、あなたの地位は安泰です」
と言ってから、にっと笑う。
「もしも、主をやりたくないのなら、誰かに主役を命じてしまえばいいだけですぞ。それこそが、絶対の権力者の醍醐味です」
と言っていた。

気がつくと、離れたところで憮然とした顔の、紫の衣装の男がいた。バテレスト家の男だった。そして、その脇に、あの、宮殿の謁見の間で見た、若い兵士の姿も見つけた。どちらが主従という様子でもなかった。それよりも、どちらがより先に声をかけられるか、固唾を飲んでアーヘルゼッヘを見守っているように見えた。つまり、誰に主を命じるか、決めれば決めたで騒動が起こる。
「チウがいれば」
とつぶやくと、トローネが、
「そう言えば、あなたはチウ殿に似ているかもしれません。何を考えているか分からない。ひょうひょうとした方でしたから」
と懐かしそうに言うのだった。同じ家名を持つからかもしれない、とトローネはのんきなことを言っている。

それにしてもチウは、なぜ、唯々諾々と皇帝に殺されたのかと、チウに対して猛烈と腹が立ってきた。影を作って生きているように見せているなら、そのままであれば良かったものを。チウと言う存在で、テンネを止めれば良かったのだ。

アーヘルゼッヘが二人を諌めるように自殺という形で止めに入ったのは、いい方法じゃなかったのかも知れない。しかし、今の状況のどれをとってみても、アーヘルゼッヘが招いたものは一つもない。すべては、あのチウ、テンネ兄弟のせいではないか。起きろ、嫌だ、と寝起きの闘争を、世界中に数千年にもわたって繰り広げるなど、迷惑以外の何者でもない。これが年長者のする事か、と言いたくはるほどだ。

アーヘルゼッヘは、どうしようもないほど腹が立ってきた。その腹立ちは、割り切れなさと相まって、叫びだしたくなるほどだった。そんな中、涼やかで軽やかな声が聞こえた。

「アーヘルゼッヘ様。やはりあなたが、わたくしどもを助けてくださったのですね。つい先ほどです。帝都の下町で、水が出る場所が出はじめたと聞きました。きっと何かをなさったのでしょう? やはりあなたが我らの神です!」
と街壁を上ってきた声は、美しい白い衣とともに飛び出して来て、多くの信者を背後に連れて、
「どうしても神をお助けしたいと思い、駆けつけたのです」
とはにかみながら片膝をついた。

姫巫女にかしずかれたアーヘルゼッヘは途方に暮れていた。水は大祭の時の大樹のおかげだ。水を引いているのは眠っているチウのおかげで、彼のせいとも言えなくもない。が、このかしずいている十四歳の少女の思い込みは、もしかしたら、自分のせいかもしれないぞ。と思いつつ、いったい、自分はなにをやったんだ、と考え込んだ。

 皇帝が老齢のため死去し、その後、皇帝の書庫をめぐって、大陸を巻き込む動乱がはじまる。その時、書庫を死守して、名実ともに大陸の主となってしまうアーヘルゼッヘだったのだが、今は、ただただ、襲い来る責任と人々の思いに押されて、腰を抜かしているだけだった。ただ、年老いた嫌われ者の皇帝が、嫌な権威を振りかざしながらも、今しばらくは、平和の淵を漂うのだった。

 これは、人間の住む三大大陸の一つ、中津大陸を統べる神の話である。名をアーヘルゼッヘと言い、神々住む世界では幼く、また、その幼さを武器に好き放題しはじめる、驚異の神と語り継がれることになるのだが、それは後の話となる。


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アーヘルゼッヘのお話は、以上になります。

昔に書いたお話で、上げながら色々思う事もあったのですが、
もう手をつける余裕もない程あれこれある為、そのまま上げさせて頂きました。
このようなお話を、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
本当に感謝でございます。
少しでも楽しんでいただけたらと願っております。

良い一日をお過ごしくださいませ。
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