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88.テンネが将兵へ声をかける
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テンネが将兵へ声をかける。何を言ったのか分からないが、将兵が慌てたように指示を出しだした。テントから、周囲へ向かって混乱の渦が広がって行く。門の近くで団子になっていた兵が、まるで潮が引くように引いて行く。
最後まで門に取りついていた兵が、仲間が下がって行くと知って、慌てて背中を見せて海へと駆けもどって行く。それは、まるで、運動会で子供が慌てて仲間の中に戻って行くような姿に見えた。
アーヘルゼッヘは、帝都の兵が外へ出ないかはらはらしながら見守っていた。しかし、門の中には兵士がたくさんいるわけでもなく、打って出られるほどの準備をしているわけでもなかった。おかげで、平原の兵士が退却し、崖から下りて、船で海へ出て行く時まで、誰も街壁から外へ出て戦おうとはしなかった。
アーヘルゼッヘは、門の上で、矢じりや折れた旗や鉄鍋が転がっている平原を眺めていた。床に座り込み、砦の上で、足をぶらっと外に出して座るころには、日はいつの間にか傾いて、正面に真っ赤な夕日が沈もうとしていた。
「あれはなんだったのですか?」
トローネがいつの間にかやってきて、となりに立った。アーヘルゼッヘは簡潔に言った。
「兄弟げんかです」
「つまり?」
「強情を張り続ける二人の兄弟が、人を使って言い合いをしていただけです」
「北の方が向こうにいた、と言うことですか」
アーヘルゼッヘは顔をあげた。トローネは、夕日に染まる海を見ている。海上には白い帆がいくつも連なり去って行く。
「あなたとなら、兄弟と言うより、兄妹喧嘩になるのではありませんか?」
と言われ、アーヘルゼッヘは笑った。そう言えば、自分は彼らの一番小さい妹みたいなものだ、と気が付いたのだ。アーヘルゼッヘは、
「私は仲介役ですよ。人間を巻きこんでこんな事をして良い訳がない。約定は絶対です」
と最後の部分を言い添えた。それから、
「けが人は? 大丈夫でしたか」
と言って、慌てて立ちあがった。自分なら大けがも治せるはずだと気が付いたのだ。しかし、トローネは手を振って、
「あなたが一番のけが人ですよ。もし、私が見たのが本当だったのなら」
と言って、アーヘルゼッヘの首を見た。アーヘルゼッヘは首に手を当てた。が、手に乾いた血がばりばりと付いているだけで、首も喉も、服の胸にも血は全く残ってはいなかった。
「私は末っ子なので、大事にされているから」
とどうしようもないことを言った。トローネは、変な顔をして、
「でしょうとも。あなたくらい無邪気なら、誰だって大事にされた人だとわかります」
と言ってため息をついた。そして、
「それで、ここへ来た意味を教えていただけるのでしょうかね?」
と今更ながらに聞いた。アーヘルゼッヘは困惑し、
「兄弟げんかを止めに来たのです」
と言った。
言ってみたが実際は違うのだ、と気が付いた。自分が人間へ忠誠をつくし、北の脅威にならないと立証するために来たのだ。それが、今では、人間側についたのだと立証してしまっている。アーヘルゼッヘはうめき声をあげたくなった。
チウは確かに言っていた。あと始末は自分で何とかするように、と言ったのは、このことだったに違いない。アーヘルゼッヘは、自分が生き延びるとは思ってはいなかったのだ。と言うよりも、チウが起きてここに立てば全てが解決するはずだと思っていたのだ。まさか、ずっと眠っていていて、精神だけ起きて、そのまま眠りに帰ってしまうとは思ってもいなかったのだ。北の者だ。そう簡単に意志を曲げるはずがないではないか!
喧嘩になってもしょうがないんじゃないだろうか、とアーヘルゼッヘは考えた。そして、それから、後で必ずテンネがやってくるはずだ、と言うことにも気が付いた。テンネはきっと聞きたいはずだ。兄がなんと言っていたのか。アーヘルゼッヘは、「うっとうしいと言っていた」と答えることしかできないぞ、と嫌な事実に気が付いた。
それから、そっと胸を押さえた。北へは、主に話しに行かなければならない、と思う。北のみんなに、自分の立場は北にある、と伝えなければと考える。混乱や戦いを避ける為にも伝えなければ。そう思うと、懐かしいような気持がしてくる。主に会える。理由ができた。そう思うと、じんわりと暖かい気持ちが広がって行く。
最後まで門に取りついていた兵が、仲間が下がって行くと知って、慌てて背中を見せて海へと駆けもどって行く。それは、まるで、運動会で子供が慌てて仲間の中に戻って行くような姿に見えた。
アーヘルゼッヘは、帝都の兵が外へ出ないかはらはらしながら見守っていた。しかし、門の中には兵士がたくさんいるわけでもなく、打って出られるほどの準備をしているわけでもなかった。おかげで、平原の兵士が退却し、崖から下りて、船で海へ出て行く時まで、誰も街壁から外へ出て戦おうとはしなかった。
アーヘルゼッヘは、門の上で、矢じりや折れた旗や鉄鍋が転がっている平原を眺めていた。床に座り込み、砦の上で、足をぶらっと外に出して座るころには、日はいつの間にか傾いて、正面に真っ赤な夕日が沈もうとしていた。
「あれはなんだったのですか?」
トローネがいつの間にかやってきて、となりに立った。アーヘルゼッヘは簡潔に言った。
「兄弟げんかです」
「つまり?」
「強情を張り続ける二人の兄弟が、人を使って言い合いをしていただけです」
「北の方が向こうにいた、と言うことですか」
アーヘルゼッヘは顔をあげた。トローネは、夕日に染まる海を見ている。海上には白い帆がいくつも連なり去って行く。
「あなたとなら、兄弟と言うより、兄妹喧嘩になるのではありませんか?」
と言われ、アーヘルゼッヘは笑った。そう言えば、自分は彼らの一番小さい妹みたいなものだ、と気が付いたのだ。アーヘルゼッヘは、
「私は仲介役ですよ。人間を巻きこんでこんな事をして良い訳がない。約定は絶対です」
と最後の部分を言い添えた。それから、
「けが人は? 大丈夫でしたか」
と言って、慌てて立ちあがった。自分なら大けがも治せるはずだと気が付いたのだ。しかし、トローネは手を振って、
「あなたが一番のけが人ですよ。もし、私が見たのが本当だったのなら」
と言って、アーヘルゼッヘの首を見た。アーヘルゼッヘは首に手を当てた。が、手に乾いた血がばりばりと付いているだけで、首も喉も、服の胸にも血は全く残ってはいなかった。
「私は末っ子なので、大事にされているから」
とどうしようもないことを言った。トローネは、変な顔をして、
「でしょうとも。あなたくらい無邪気なら、誰だって大事にされた人だとわかります」
と言ってため息をついた。そして、
「それで、ここへ来た意味を教えていただけるのでしょうかね?」
と今更ながらに聞いた。アーヘルゼッヘは困惑し、
「兄弟げんかを止めに来たのです」
と言った。
言ってみたが実際は違うのだ、と気が付いた。自分が人間へ忠誠をつくし、北の脅威にならないと立証するために来たのだ。それが、今では、人間側についたのだと立証してしまっている。アーヘルゼッヘはうめき声をあげたくなった。
チウは確かに言っていた。あと始末は自分で何とかするように、と言ったのは、このことだったに違いない。アーヘルゼッヘは、自分が生き延びるとは思ってはいなかったのだ。と言うよりも、チウが起きてここに立てば全てが解決するはずだと思っていたのだ。まさか、ずっと眠っていていて、精神だけ起きて、そのまま眠りに帰ってしまうとは思ってもいなかったのだ。北の者だ。そう簡単に意志を曲げるはずがないではないか!
喧嘩になってもしょうがないんじゃないだろうか、とアーヘルゼッヘは考えた。そして、それから、後で必ずテンネがやってくるはずだ、と言うことにも気が付いた。テンネはきっと聞きたいはずだ。兄がなんと言っていたのか。アーヘルゼッヘは、「うっとうしいと言っていた」と答えることしかできないぞ、と嫌な事実に気が付いた。
それから、そっと胸を押さえた。北へは、主に話しに行かなければならない、と思う。北のみんなに、自分の立場は北にある、と伝えなければと考える。混乱や戦いを避ける為にも伝えなければ。そう思うと、懐かしいような気持がしてくる。主に会える。理由ができた。そう思うと、じんわりと暖かい気持ちが広がって行く。
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