卯月ゆう莉は罪つくり

Hatton

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思春期フィルターの解像度

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神崎造かんざきつくるは、実家の便利屋でバイトしている。

仕事柄、人様の生活空間に踏み込むことが多く、ときに見てはいけないものを見てしまうことも。

たとえば、学校内では美少女として名が通っている先輩の、下着を見つけてしまうとか。

「どうしたらいいんだ…」と造は内心で独り言ちた。

いつものように、生活力ゼロなのに一人暮らしをする卯月うづきゆうの部屋の掃除を請負い。

いつものように、無残な汚部屋と化したリビングの、衣類の山に埋もれたソファをあらかた片付けたところ。

ソファの隙間から黒い布が飛び出しているのを見つけた。

靴下かと思って引っ張り出し、眼前に掲げたソレが女性もののショーツであることを認識した造は、衝撃と戸惑いでフリーズした。

ズボラを絵に描いたような人間であるゆう莉とはいえ、いつもは下着を造に片付けさせることはない。流石にその程度の乙女のたしなみはある。

だが同時にズボラを絵に描いたような人間であるがゆえ、たしなみが徹底されているとは言い難いのだった。

不幸中の幸いーあるいは幸福中の不幸ーで、華美な装飾や柄は施されてはおらず、否が応でも色気を感じさせるデザインではなかった。

ポリエステル素材の無地に、ウエスト部分にだけ「CK」の愛称で有名なブランドロゴが施されている、シンプルなものだった。デザイン性よりも機能性を重視したタイプの下着である。

「でも、だからって…」とまた造は独り言ちる。

そう、だからといって割り切れないのが、思春期の少年だ。

男性下着にもあるようなボクサータイプならまだしも、小さな逆三角形のつくりは、誰がどう見ても女性用のショーツであり、16歳の少年を動揺させるには十分すぎるほどの艶かしさがあった。

このような思考をたどっていたため、造はとある重大な事実に気づくまでにタイムラグを要した。

女性の下着をつまんでフリーズしている姿は、客観的に見てヤバいという事実だ。

そして気づいた時にはもう遅かった。

「ねえねえ、洗濯物の中にさあ…」

いつもなら掃除が終わるまで寝室に引っ込んでいるゆう莉が、こんな日に限ってリビングにやってきた。

造は下着をつまんだまま、ゆう莉の方に顔を向けた。

ここでパッと手を離せればまだよかったが、本当に動揺したとき、人は指一本動かせなくなるらしい。

数秒の沈黙。造の背中に冷たい汗がじんわりと滲んだ。

ゆう莉は、ズカズカと造に近づき「そうそう、これは洗わなくていいやつだから」と言い、下着をひったくった。

特に気にしている風でもない。

「よかったあ、危うく明日着るやつがなくなるとこだったよ」

「あの…」

「ん?」

「いえ、なんでもありません」

謝るべきだと思った造だったが、それはそれで意味深になると考えなおし、何事もなかったかのように仕事を再開することにした。

だが、動揺はまだ体のいたるところに残っていたようだ。

「あ」

中腰になってソファ前のテーブルに置かれた缶に手をのばした造は、小さな声をあげた。缶を掴み損ねて倒してしまったのだ。

缶は柔らかなラグの上にポフッと落ちた。幸い中身は入っていなかったようである。

造は拾おうとしたが、その前にゆう莉の手が落ちた缶を掴んだ。

「すいません」と謝りつつ、缶を受け取ろうとした造に、ゆう莉が顔を近づけた。

彼女の顔は造の顔を通りすぎ、耳元に唇が触れそうな距離まできた。

「だいじょうぶ、わかってるから」

小さくささやかれたゆう莉の声には、吐息が多く含まれていて、耳朶を優しくなでるようだった。

造はふたたびフリーズした。

顔を上げたゆう莉の頬は、ほんのりと、熟れる前の桃のように染まっている。

「じゃあ、引き続きよろしくね」と言い、パタパタとスリッパの音を響かせ、寝室に戻っていった。

「わかってるって何を?というかなんだかんだで先輩も恥ずかしかったのか?」

造はまたしても内心で独り言ちた。



翌日

「やあ」

「どうも」

一階の階段前で、造はゆう莉に遭遇した。学年が違うため校内でバッタリ会うのは珍しい。

「教室移動?」

「ええ、理科室に」

「そっか、わたしはこれから教室に戻るとこ」

というわけで、成り行きで一緒に階段を上ることに。

ゆう莉は少し前を歩き、造はそれを追いかける。いつもの二人だった。

しかし、ゆう莉の黒いスカートが視界にはいった瞬間、最高のタイミングで、最低なことを造は思い出してしまった。

ーーよかったあ、危うく明日着るやつがなくなるとこだったよ

つまり、ゆう莉は今日、例の下着を履いているということである。

「今日も暑いねえ、外は40度だってさあ」

「はあ」

ゆう莉はいつもの調子で話している。

造は生返事をしつつも、わずかに左右に揺れる彼女のお尻に目が吸い寄せられ、内容が全然はいってこなかった。

そのスカートの中がどんな風になっているのか、他の誰にも不可能な解像度で想像できることが、造をたまらなくさせていた。

ワナワナと込み上げてくる感情に呼応し、造の体温が上がった。

もう造の目には、スカートは消えてなくなり、あの黒い下着に包まれたゆう莉の小さなお尻が、目の前でユラユラと振られているようにしか見えない。

そんな妄想に取りつかれたせいか、造は階段の踊り場にさしかかるまで、ゆう莉が喋らなくなったことに気づかなかった。

顔を上げると、彼女は上半身だけで振り向き、造を見下ろしていた。

踊り場の窓から差し込む逆光で、造からはゆう莉の表情はわからない。

「どうかしました?」

造は平然と尋ねた。このときばかりは、自分の死んだ表情筋に感謝した。

「ううん、なんでもないよお」

ゆう莉はコロコロと笑い、再び歩き始めた。造は小さく安堵のため息をつく。

2階まで来ると、二人は左右に分かれた。

造はつい思い返してしまうアレコレを振り払いつつ、理科室にたどりついた。

薬品の匂いがただよう教室の奥側、指定されているいつもの席に腰を下ろしたところで、ポケットの中のスマホが震えた。

まだ先生が来ていないため、スマホを取り出し、内容だけ確認するために起動した。

待機画面にはゆう莉からのメッセージの通知があり、アプリを開くまでもない、一言だけ書かれたメッセージが造の目に飛び込んできた。

「むっつりスケベ」

造は机に顔を突っ伏して、叫びたい衝動を必死に抑えた。
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