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鳥の鳴き声が外から漏れ聞こえた。
カーテンの隙間から差す光が、網膜を刺激して、目が覚める。
今日は天気が良いらしい。いまの俺には関係ないけど。
目覚ましなんてかけていないのに、なぜか自然といつもの時間に起きてしまい、骨の髄まで染み込んだ社畜精神に、朝から苦笑した。
退職してから三日目、俺は新たな絶望と直面している。
「おれ…時間の使いかた下手すぎくね?」
ベットの中で呟いた独り言には、誰かの口調が混じっていた。
一日目は泥のように眠った。
二日目は、朝からビールを飲みながら、気になりつつも観ていなかった映画をサブスクで流し、ソファの住人と化した。
朝から飲むビールなんて最高に決まってるだろ!と思っていたけど、それほどだった。
やっぱりあの日、杏子と飲んだビールに比べちゃうとな。
映画も三本くらい観たら飽きてしまった。そのあとは…何をしていたか具体的に説明できないほどゴミのような時間を過ごした。
そして今日、ベッドから出る理由も見つけられず、とりあえずスマホで適当な動画を垂れ流し、漠然と眺めている。
「なにやってんだか…」
人と話さなさすぎて、すっかり癖になってしまった独り言は、寝室の空気に溶けて霧散した。
退職直後はやりたいことをとことんやってやると意気込んでいたはずなのに、そもそもやりたいことがほとんど無い自分の薄っぺらさにほとほと呆れ果てる。
「はあ」
ため息をつきながら寝返り、動画を中断して、カレンダーのアプリを開いた。
三日後の日曜日に赤いマークがついている。
たったの三日、たったの72時間が、おそろしく遠く感じた。
ーーどんだけアタシのこと好きなん?w
脳内に彼女の声が再生される。本物の声を聞けけるのは三日後だ。
「ふへ!?」
寝ぼけ混じりの間抜けすぎる驚声をあげ、スマホを手からこぼした。
「いきてるー?」
彼女の声が、メッセージとして届いたのだ。
なんて絶妙なタイミングだろうか。俺はなぜか周囲を見渡した。
とりあえずアプリを開き、返事を打った。
岩城「生きてるよ」
あんず「暇すぎて死にそうなんじゃね?」
もう一度、周囲を見渡す。こんどは半ば本気で、近くで見てるんじゃないかと思った。
岩城「なんでわかるんだい!?」
あんず「仕事人間のおじさんって趣味らしい趣味ないじゃん」
あんず「酒飲むとか女買うくらいしか思いつかないんだよねー」
時間と金を持て余したオッサンの生態に関しては、杏子はちょっとしたオーソリティらしい。
岩城「言うとおりだよ。女は買ってないけど」
あんず「だと思ったw」
岩城「杏子は今何してる?」
あんず「ガッコだよ、もうちょいで授業が始まる」
岩城「そっか、そういえばまだ高校生だったっけか」
あんず「しつれい」
岩城「ごめんごめん」
あんず「きのうとかはナニしてたの?」
と彼女が水を向けたので、俺はここ二日の生活をかいつまんで話した。
すると彼女からこんな返事がくる。
あんず「今日の夕方とかひま?」
あんず「ひまに決まってるかw」
岩城「まあそりゃあね」
あんず「じゃ4時に立山駅にしゅーごーね」
岩城「なんで?」
あんず「いいから来る」
岩城「はい」
ひょんなことから、予定より早く彼女と会うことになった。
無意識にあごに手をやっていた。無精髭がジョリジョリと不快な手触りを実感させる。
「よし」
俺はベッドから飛び起き、洗面所まで急々と足を運んだ。
一時間ごとに時計を見て、「まだこんな時間か…」と、小さな落胆をいくつも重ねていたが、なんだかんだで時は経つ。
俺は改札を抜け、駅ビルが併設された大きな構内を歩き、北口から街に出た。
商用、ビジネス問わず様々なビルが立ち並ぶ街並みを、巨大ロータリーの上から眺めた。
前の職場はこの二つ先の駅近だったので、通勤途中で気軽に寄れる街だが、こうして降り立つのは初めてだ。
ファッションビルや大きな本屋、映画館もあって娯楽には困らず、食べ物屋も豊富だ。
ほどよく都心的でありつつ、歩いていける距離に花火大会が開催できるほどの規模がある、自然公園まであるらしい。
「いい街だなあ」
また独りごちる俺の背中に、声がかかった。
「来たことなかったんかーい」
誰の声かはすぐにわかった。なにせずっと聞きたかった声だから。
振り向くと、制服姿の杏子がいた。さすがに寒いからか、今日は黒のカーディガンを羽織っている。
ダボっとしたシルエットは、本来可愛らしく見えそうなものだが、彼女のスタイルをもってすれば、もはやゴージャスと言ってもいいくらいの雰囲気になるらしい。
「学校お疲れ様」
「れー、岩城さんは…べつに疲れてないか」
「疲れなさすぎて、疲れたよ」
「はー、これだから元社畜は」
「返す言葉もないよ」
遠慮のない彼女の物言いに、なぜかヒーリング効果を感じる俺。
なんとなく前から思っていたが、もしかしたら俺は天性のM気質なのかもしれん。
「ところで、今日はなにを…」
しようか?、と続けようとした言葉が詰まる。
杏子が腕を組んで、俺の頭のてっぺんから足元までマジマジと観察し始めたからだ。
「ま、やっぱ上からかな」
「上?」
「行くよ」
「どこへ?」
「つべこべ言わずついてこい」
杏子は男前にリードし、俺はおずおずと彼女の三歩後ろを歩く。時代というのは、気がつけばとんでもない変化を遂げていたりするものだ。いや時代のせいにすんのもアレか。
何はともあれ、またしても俺は杏子に引っ張られ、足を進める。
不安はなかった。彼女の行く先はいつだって予想外で、いつだって魅力的だから。
カーテンの隙間から差す光が、網膜を刺激して、目が覚める。
今日は天気が良いらしい。いまの俺には関係ないけど。
目覚ましなんてかけていないのに、なぜか自然といつもの時間に起きてしまい、骨の髄まで染み込んだ社畜精神に、朝から苦笑した。
退職してから三日目、俺は新たな絶望と直面している。
「おれ…時間の使いかた下手すぎくね?」
ベットの中で呟いた独り言には、誰かの口調が混じっていた。
一日目は泥のように眠った。
二日目は、朝からビールを飲みながら、気になりつつも観ていなかった映画をサブスクで流し、ソファの住人と化した。
朝から飲むビールなんて最高に決まってるだろ!と思っていたけど、それほどだった。
やっぱりあの日、杏子と飲んだビールに比べちゃうとな。
映画も三本くらい観たら飽きてしまった。そのあとは…何をしていたか具体的に説明できないほどゴミのような時間を過ごした。
そして今日、ベッドから出る理由も見つけられず、とりあえずスマホで適当な動画を垂れ流し、漠然と眺めている。
「なにやってんだか…」
人と話さなさすぎて、すっかり癖になってしまった独り言は、寝室の空気に溶けて霧散した。
退職直後はやりたいことをとことんやってやると意気込んでいたはずなのに、そもそもやりたいことがほとんど無い自分の薄っぺらさにほとほと呆れ果てる。
「はあ」
ため息をつきながら寝返り、動画を中断して、カレンダーのアプリを開いた。
三日後の日曜日に赤いマークがついている。
たったの三日、たったの72時間が、おそろしく遠く感じた。
ーーどんだけアタシのこと好きなん?w
脳内に彼女の声が再生される。本物の声を聞けけるのは三日後だ。
「ふへ!?」
寝ぼけ混じりの間抜けすぎる驚声をあげ、スマホを手からこぼした。
「いきてるー?」
彼女の声が、メッセージとして届いたのだ。
なんて絶妙なタイミングだろうか。俺はなぜか周囲を見渡した。
とりあえずアプリを開き、返事を打った。
岩城「生きてるよ」
あんず「暇すぎて死にそうなんじゃね?」
もう一度、周囲を見渡す。こんどは半ば本気で、近くで見てるんじゃないかと思った。
岩城「なんでわかるんだい!?」
あんず「仕事人間のおじさんって趣味らしい趣味ないじゃん」
あんず「酒飲むとか女買うくらいしか思いつかないんだよねー」
時間と金を持て余したオッサンの生態に関しては、杏子はちょっとしたオーソリティらしい。
岩城「言うとおりだよ。女は買ってないけど」
あんず「だと思ったw」
岩城「杏子は今何してる?」
あんず「ガッコだよ、もうちょいで授業が始まる」
岩城「そっか、そういえばまだ高校生だったっけか」
あんず「しつれい」
岩城「ごめんごめん」
あんず「きのうとかはナニしてたの?」
と彼女が水を向けたので、俺はここ二日の生活をかいつまんで話した。
すると彼女からこんな返事がくる。
あんず「今日の夕方とかひま?」
あんず「ひまに決まってるかw」
岩城「まあそりゃあね」
あんず「じゃ4時に立山駅にしゅーごーね」
岩城「なんで?」
あんず「いいから来る」
岩城「はい」
ひょんなことから、予定より早く彼女と会うことになった。
無意識にあごに手をやっていた。無精髭がジョリジョリと不快な手触りを実感させる。
「よし」
俺はベッドから飛び起き、洗面所まで急々と足を運んだ。
一時間ごとに時計を見て、「まだこんな時間か…」と、小さな落胆をいくつも重ねていたが、なんだかんだで時は経つ。
俺は改札を抜け、駅ビルが併設された大きな構内を歩き、北口から街に出た。
商用、ビジネス問わず様々なビルが立ち並ぶ街並みを、巨大ロータリーの上から眺めた。
前の職場はこの二つ先の駅近だったので、通勤途中で気軽に寄れる街だが、こうして降り立つのは初めてだ。
ファッションビルや大きな本屋、映画館もあって娯楽には困らず、食べ物屋も豊富だ。
ほどよく都心的でありつつ、歩いていける距離に花火大会が開催できるほどの規模がある、自然公園まであるらしい。
「いい街だなあ」
また独りごちる俺の背中に、声がかかった。
「来たことなかったんかーい」
誰の声かはすぐにわかった。なにせずっと聞きたかった声だから。
振り向くと、制服姿の杏子がいた。さすがに寒いからか、今日は黒のカーディガンを羽織っている。
ダボっとしたシルエットは、本来可愛らしく見えそうなものだが、彼女のスタイルをもってすれば、もはやゴージャスと言ってもいいくらいの雰囲気になるらしい。
「学校お疲れ様」
「れー、岩城さんは…べつに疲れてないか」
「疲れなさすぎて、疲れたよ」
「はー、これだから元社畜は」
「返す言葉もないよ」
遠慮のない彼女の物言いに、なぜかヒーリング効果を感じる俺。
なんとなく前から思っていたが、もしかしたら俺は天性のM気質なのかもしれん。
「ところで、今日はなにを…」
しようか?、と続けようとした言葉が詰まる。
杏子が腕を組んで、俺の頭のてっぺんから足元までマジマジと観察し始めたからだ。
「ま、やっぱ上からかな」
「上?」
「行くよ」
「どこへ?」
「つべこべ言わずついてこい」
杏子は男前にリードし、俺はおずおずと彼女の三歩後ろを歩く。時代というのは、気がつけばとんでもない変化を遂げていたりするものだ。いや時代のせいにすんのもアレか。
何はともあれ、またしても俺は杏子に引っ張られ、足を進める。
不安はなかった。彼女の行く先はいつだって予想外で、いつだって魅力的だから。
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