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「おお」
馬子にも衣装…これは男には使わない諺だったか?
俺は試着室の鏡に映る自分の姿を見て、今日なんどめかわからない感嘆を漏らした。
「着たー?」
外から杏子の声がかかった。
俺はさっきよりも気持ち誇らしげに、カーテンを開けて登場する。
「いいですね!」
「うんうん、お姉さん流石っす」
やはり反応は上々である。ただ杏子の言うように、スタッフさんの手腕によるところが大きいのだが。
濃紺のジャケットにグレーのデニム風スラックスは俺のようなアラフォーにしか見えないアラサーにも違和感なく馴染む。
さらに、黒無地に見えて実はうっすらとペイズリーが全体に浮かぶ総柄シャツが、程よくアクセントになってくれていた。
杏子はまたパシャリと写真を撮る。そして店員さんに告げる。
「じゃこれベースで、気回しやすいパンツとトップスも他にいくつか…」
「はい、それともし良ければ出たばかりのシューズがちょうど…」
女性陣がファッション談義に花を咲かせはじめた。
ふと、俺の記憶に昨日観た映画のワンシーンが蘇る。
実業家を演じるリチャード・ギアと、娼婦役のジュリア・ロバーツによるラブロマンスの名作だ。その中で、今みたいなシチュエーションがあったな。
もっともあの映画では、服屋で着飾られていたのは娼婦の方だったけど。
パパ活JKに服を見繕われる元社畜で今は無職のおっさんか…B級ラブコメ臭しかしないな。
杏子はフラッと俺に近づき、その手が首元に伸ばされた。少し内側に折れているシャツの襟を直してくれてるようだ。
彼女は直し終えると、俺の胸をポンと叩いて、柔らかく微笑んだ。
「イイカンジだよ、岩城さん」
「…意外と名作になるかもな」
「は?」
「なんでもないよ」
少なくとも、このヒロインは、あのチャーミングな娼婦にも引けは取らないだろう。
「けっこー買ったねー」
暮れかけた西日の差す遊歩道にて、杏子は振り返り、俺の手にある大きな紙袋を見て言った。
「ついタガが外れちゃったよ」
若干、いや、かなり手痛い出費だけど、惜しい気はしない。
立ち並ぶ店舗のうち、高そうな家具屋があり、ショーウィンドウのガラスに自分の姿が映る。
数時間前と比べ、髪型も服装もガラりと変わった姿を見て、フワッと心地よく浮き足立つ感覚がした。
「おれカッケー、とか思ってる?」
ガラス窓を熱心に見つめる俺を見とめ、杏子はニマニマとしながら尋ねた。
「そ、そこまで身の程知らずじゃないよ!?」
「じょーだんだよ、髪とか服とか新しくしたあとってアガるよね。ついナルっちゃうのもわかるわー」
ナルッちゃう…ナルシストになってしまうってことかな。まじで気をつけよ。
彼女はまた、俺の紙袋を見た。
「次はどんな風にコーデしようとか考えるのも楽しいよね」
「帰ったら一人ファッションショーでも始めそうだなあ」
「いいじゃんw自撮りして送ってよ」
「勘弁してくれ」
「麗香さんとこでワックスも買ったんだっけ?」
「ああ、一応ね」
「つぎ会うときはちゃんとセットしてきなよ?」
「頑張ります」
「楽しみって顔してるね」
「楽しみだよ。じっさい」
「そっか」
彼女はクルリと半身を翻し、少し後ろを歩く俺と向き合った。
「できたじゃん」
「なにがだい?」
「やりたいこと、だよ」
「…そんなんでいいのかな?」
「べつによくね?」
杏子はまた前を向き歩みを進めながら続けた。
「なんで大人って、やりたいことの話になると急に意識高くなんの?」
たしかに彼女の言うように、やりたいことを考えるとき、どこか遠くに行こうかなとか、なにかを勉強すべきなんじゃないかとか考えていた。
結局、その「どこか」も「なにか」も具体的には思いつかなかったわけだが。
「うまいもん食いて~、良い女とヤりて~、好きなもん好きなだけ買いて~、とかじゃダメなの?」
「いや、ちっともダメじゃないよ。ダメじゃないのにな…」
なぜかダメな気がしてしまう。大人って変だ。そして愚かだ。
「はは、いろいろ意識高いことを考えはするのに、結局やりはしなかったりするんだよな」
「それなw」
彼女は少し振り向いて、また笑う。
「そういうのなんてんだっけ?えっと…ほん…」
俺は杏子が言わんとしてることを察し、引き取った。
「ああ、本末転倒だ」
「それな」
やりたいことなはずなのに、自分で設定したハードルが高すぎて、やらなくなる。
数字を欲しがるあまり、離れていく数字にばかり気をとられる。
人生のために熱心に仕事をしていたら、いつのまにか仕事に人生を食いつぶされる。
大人の社会には、こんな本末転倒が満ち溢れている。
本も末も曖昧になり、倒れているのにも気づけず、無様に転がり続ける大人が、はたしてこの世にどれほどいるんだろうか。
「はらへったー」
杏子が大きな声でぼやく。そのときちょうど、左側に立ち並ぶビルの切れ目にさしかかり、オレンジに灼けた空が開けた。
ふと横に向いた彼女の顔を陽光が照らす。待ち構えていたかのように、秋風がふわりと通りぬけ、その髪を撫でる。
白に近い銀色の髪が、風に踊り、オレンジの光を吸い込み淡く燃え、煌煌ときらめいた。
落ちた影が彼女の綺麗なフェイスラインや、大きな目を浮かび上がらせ、覗いた耳に光る十字架のピアスもあいまって、神々しいとさえ思えた。
「どうしたの?」
俺の方を向いた杏子は、不思議そうに尋ねた。よっぽど変な顔をしていたんだろう。
苦笑する彼女の顔は、陽の光に溶け込んでいるかのように、輪郭が曖昧だった。
俺は軽く目を伏せながら答える。
「眩しくてね」
それはもう、目も開けていられないほど。
馬子にも衣装…これは男には使わない諺だったか?
俺は試着室の鏡に映る自分の姿を見て、今日なんどめかわからない感嘆を漏らした。
「着たー?」
外から杏子の声がかかった。
俺はさっきよりも気持ち誇らしげに、カーテンを開けて登場する。
「いいですね!」
「うんうん、お姉さん流石っす」
やはり反応は上々である。ただ杏子の言うように、スタッフさんの手腕によるところが大きいのだが。
濃紺のジャケットにグレーのデニム風スラックスは俺のようなアラフォーにしか見えないアラサーにも違和感なく馴染む。
さらに、黒無地に見えて実はうっすらとペイズリーが全体に浮かぶ総柄シャツが、程よくアクセントになってくれていた。
杏子はまたパシャリと写真を撮る。そして店員さんに告げる。
「じゃこれベースで、気回しやすいパンツとトップスも他にいくつか…」
「はい、それともし良ければ出たばかりのシューズがちょうど…」
女性陣がファッション談義に花を咲かせはじめた。
ふと、俺の記憶に昨日観た映画のワンシーンが蘇る。
実業家を演じるリチャード・ギアと、娼婦役のジュリア・ロバーツによるラブロマンスの名作だ。その中で、今みたいなシチュエーションがあったな。
もっともあの映画では、服屋で着飾られていたのは娼婦の方だったけど。
パパ活JKに服を見繕われる元社畜で今は無職のおっさんか…B級ラブコメ臭しかしないな。
杏子はフラッと俺に近づき、その手が首元に伸ばされた。少し内側に折れているシャツの襟を直してくれてるようだ。
彼女は直し終えると、俺の胸をポンと叩いて、柔らかく微笑んだ。
「イイカンジだよ、岩城さん」
「…意外と名作になるかもな」
「は?」
「なんでもないよ」
少なくとも、このヒロインは、あのチャーミングな娼婦にも引けは取らないだろう。
「けっこー買ったねー」
暮れかけた西日の差す遊歩道にて、杏子は振り返り、俺の手にある大きな紙袋を見て言った。
「ついタガが外れちゃったよ」
若干、いや、かなり手痛い出費だけど、惜しい気はしない。
立ち並ぶ店舗のうち、高そうな家具屋があり、ショーウィンドウのガラスに自分の姿が映る。
数時間前と比べ、髪型も服装もガラりと変わった姿を見て、フワッと心地よく浮き足立つ感覚がした。
「おれカッケー、とか思ってる?」
ガラス窓を熱心に見つめる俺を見とめ、杏子はニマニマとしながら尋ねた。
「そ、そこまで身の程知らずじゃないよ!?」
「じょーだんだよ、髪とか服とか新しくしたあとってアガるよね。ついナルっちゃうのもわかるわー」
ナルッちゃう…ナルシストになってしまうってことかな。まじで気をつけよ。
彼女はまた、俺の紙袋を見た。
「次はどんな風にコーデしようとか考えるのも楽しいよね」
「帰ったら一人ファッションショーでも始めそうだなあ」
「いいじゃんw自撮りして送ってよ」
「勘弁してくれ」
「麗香さんとこでワックスも買ったんだっけ?」
「ああ、一応ね」
「つぎ会うときはちゃんとセットしてきなよ?」
「頑張ります」
「楽しみって顔してるね」
「楽しみだよ。じっさい」
「そっか」
彼女はクルリと半身を翻し、少し後ろを歩く俺と向き合った。
「できたじゃん」
「なにがだい?」
「やりたいこと、だよ」
「…そんなんでいいのかな?」
「べつによくね?」
杏子はまた前を向き歩みを進めながら続けた。
「なんで大人って、やりたいことの話になると急に意識高くなんの?」
たしかに彼女の言うように、やりたいことを考えるとき、どこか遠くに行こうかなとか、なにかを勉強すべきなんじゃないかとか考えていた。
結局、その「どこか」も「なにか」も具体的には思いつかなかったわけだが。
「うまいもん食いて~、良い女とヤりて~、好きなもん好きなだけ買いて~、とかじゃダメなの?」
「いや、ちっともダメじゃないよ。ダメじゃないのにな…」
なぜかダメな気がしてしまう。大人って変だ。そして愚かだ。
「はは、いろいろ意識高いことを考えはするのに、結局やりはしなかったりするんだよな」
「それなw」
彼女は少し振り向いて、また笑う。
「そういうのなんてんだっけ?えっと…ほん…」
俺は杏子が言わんとしてることを察し、引き取った。
「ああ、本末転倒だ」
「それな」
やりたいことなはずなのに、自分で設定したハードルが高すぎて、やらなくなる。
数字を欲しがるあまり、離れていく数字にばかり気をとられる。
人生のために熱心に仕事をしていたら、いつのまにか仕事に人生を食いつぶされる。
大人の社会には、こんな本末転倒が満ち溢れている。
本も末も曖昧になり、倒れているのにも気づけず、無様に転がり続ける大人が、はたしてこの世にどれほどいるんだろうか。
「はらへったー」
杏子が大きな声でぼやく。そのときちょうど、左側に立ち並ぶビルの切れ目にさしかかり、オレンジに灼けた空が開けた。
ふと横に向いた彼女の顔を陽光が照らす。待ち構えていたかのように、秋風がふわりと通りぬけ、その髪を撫でる。
白に近い銀色の髪が、風に踊り、オレンジの光を吸い込み淡く燃え、煌煌ときらめいた。
落ちた影が彼女の綺麗なフェイスラインや、大きな目を浮かび上がらせ、覗いた耳に光る十字架のピアスもあいまって、神々しいとさえ思えた。
「どうしたの?」
俺の方を向いた杏子は、不思議そうに尋ねた。よっぽど変な顔をしていたんだろう。
苦笑する彼女の顔は、陽の光に溶け込んでいるかのように、輪郭が曖昧だった。
俺は軽く目を伏せながら答える。
「眩しくてね」
それはもう、目も開けていられないほど。
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