黒ギャルとパパ活始めたら人生変わった

Hatton

文字の大きさ
35 / 51

31

しおりを挟む
「じゃあ、あとはよろしくね」

「はい、お疲れ様です」

「おつかれさまでーす」

日曜の18時ちょい前、俺は並木さんと、最近雇った若いアルバイトの子に声をかけた。

「ジャケット忘れてます!」

「ああ、ごめん」

いそいそと店を出ようとした俺は、並木さんに呼び止められ、急ブレーキをかけて、バックヤードに戻った。

「どうしたんですか?そんな慌てて?」

「ははは、ちょっと用事があってさ、じゃあ今度こそおつかれ」

訝しむ並木さんを尻目に、俺は念押しでカバンの中もチェックしながら、そそくさと店をでた。

駅につき、「駆け込み乗車はおやめください」というアナウンスを耳にしながら電車に飛び乗り、ジリジリとドア付近で待機しながら数駅分を移動し、ようやく立山駅についた。

ロータリーの大きな植木の縁に、杏子は座っている。休日だからか、私服姿だ。

起毛したオーバーサイズの黒ニットを、ワンピースのように着こなし、長く伸びた足は今日はベージュのストッキングに包まれていた。

久々の私服姿につい見惚れてしまったが、完全に遅刻していることを思い出し、慌てて駆け寄った。

「ごめん、遅くなった」

「仕事?」

「帰り際にお客さんからの電話に捕まっちゃってさ、参ったよ」

俺の言い訳に、杏子は軽く微笑むだけで答えた。

いつもなら「社畜ってんねー」くらい言いそうなところだ。

少しばかり元気がないような…気のせいだといいけど。

「で、どこ行く?」

「実はもう決めてあるんだ」

「へー、めずらし」

「予約もしてあるからついてきて」

こうして俺たちは、すっかり陽が落ちた街を並んで歩いた。

いろいろ悩んだが、他に良さげな店も見つからなかったため、結局あのパイのレストランにした。

そもそも、杏子が好きそうな店かどうかを吟味するために下見したわけだしな。

いつもならもちろんここまでやらないけど、今日は特別だ。


「いい感じの店だね」

店内に入り、席に案内された杏子は、周囲を見渡しながら言った。

「こんな店知ってたんだ?」

「いや俺もはじめてだよ、食べログ見てたらたまたま目に止まって、なんとなく気になってね」

「ふーん」

「あ、メニューはスマホから見れるし、そこから注文もできるみたいだから」

杏子はスマホを操作して、店のメニューに目を通した。

「へー、パイ食べ放題なんだ」

「そうなんだよ、甘いやつだけじゃなくてしょっぱいのもあるし、それとチーズピザがすごく…なんだい?」

杏子はスマホから目を離し、熱心に語る俺を見てにやけていた。

「詳しいじゃん、のにさ」

「よ、予約のときにね、ついでにメニューを見たからさ」

「ふーん」

照れ臭さでとっさに初めて来たと言ってしまったが、よけいな見栄だったかもしれないな…

少し元気がないように見えたから、食べ放題は失敗だったかもと懸念したが、どうやらその心配はなかったらしい。

「うう、食い過ぎたあ」

「メニューにあるパイ全部制覇したら、そりゃあな」

「元取らなきゃじゃん」

結局、杏子はいつものように、むしろいつも以上によく食べた。

テーブルの端に寄せてある大皿の山が、それを物語っている。もちろん、あのヘビー級のチーズピザも平らげた。

そして会計を終え、店の外で待っていた杏子は、あらたまった口調で言った。

「ご馳走様、いろいろありがとね、岩城さん」

下見まで行ったことを、やんわりと勘づかれてる気がするな。

「いえいえ」

「あと…」

「うん?」

「ううん、やっぱいいや」

やはり、少し様子が変だ。


モノレール下の遊歩道を歩いていると、木々たちにオレンジや黄色のライトが装飾されているのに気づいた。

さらにところどころに、輝くジャックオーランタンがいる。

そうか、もうすぐハロウィンか。杏子と出会ってから、二月近く経過しているらしい。

もう二月な気もするし、まだ二月な気もする。本当に、不思議な数ヶ月だ。

そうだ、まあまあ雰囲気もいいし、ここでいいか。

俺は立ち止まった。するとほぼ同時に、なぜか杏子も立ち止まる。

俺はカバンの中を漁り、ある物を取り出し、彼女の正面に移動し、手渡した。

「17歳の誕生日、おめでとう」

「え?」

「誕生日、昨日だったんだろ?」

「そ、そうだけど、なんで知ってんの?」

「ほら、ラウワンのカラオケで」

「あ」

あの日、ひととおりスポッチャを楽しんだあと、俺たちはカラオケに行った。

カウンターで前の客が手続きしているのを待っているあいだ、杏子はトイレに行くといい、学割のための学生証を俺に手渡したのだ。

そのときにチラッと生年月日が見え、彼女の17歳の誕生日が目前に迫っていたのを知った。

俺から受け取った赤いリボンがついた茶色い巾着袋を見つめ、杏子は固まった。

「えっと、もしよければ開けて見てみて」

彼女はリボンをほどき、中からオレンジの箱を取り出した。

「これ…」

「知ってるだろうけど、香水だよ」

「どうして…これ選んだの?」

杏子は硬い声で言い、ジッとソレを見つめていた。うつむきがちな姿勢のため、微妙に表情が見えず、どういう感情なのか読めない。

もしかして外したかもしれないと思うと、背筋が凍る。

「杏子のスマホケースに似てたからだけど、あれ?違った?」

「ううん…そうだよ」

杏子のスマホケースは立体的な香水のボトルが描かれているもので、特徴的な楕円形をしていた。

たまたま在庫をチェックしてたら、そっくりな香水が目にとまり、社長に頼み込んで入手したのである。

「たしか廃盤…だよね?どうやって?」

「み、店の在庫でたまたま見つけて、でも未使用品だから!」

「ふふふ…そういう問題じゃなくね?」

「ゔ」

痛いところをつかれた。そこがネックで、ギリギリまで悩んだのだ。

でも時間もなかったし、そもそもいまどきのJKが喜びそうなものを俺がゼロから導けるはずもないため、無難と冒険の中間択として、これにしたのだ。

でもやっぱり、中古品はなかったか?やらかしたのか?

背中にじわじと冷や汗が滲んできた。

「まったくもー、しょーがないなあ岩城さんは」

いつもの軽い調子で、でも微かに震える声で、杏子はぼやいた。

「めんもくない」

「ふつーの女なら、下手すりゃガチギレ案件だよ」

「ごもっともです」

「だから他の女にはやっちゃダメだよ」

杏子は、、うつむき加減だった顔をあげた。

「こんなの泣いて喜ぶの、アタシくらいなんだかんね」

泣き笑いの表情を浮かべる杏子。

拭いきれなかった雫が、彼女の頬をゆっくりとなぞる。

そしてハロウィンのライトに照らされたソレは、さながらトパーズのような光を帯びた。

絵に描いたような、というかもしも俺に絵の才能があれば、この場で筆をとって描写し、後世に残したくなるような、そんな光景だった。

勘弁してくれよ。

これ以上ないと思っていた恋心が、また大きく膨らみ、もはや破裂しそうで、痛いくらいだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...