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「あ、あんずさん…ですか?」
あいつと、地田と初めて会った時のことは、よく覚えてる。
待ち合わせ場所の高いホテルのラウンジで、先について待っていたアタシに、地田はおどおどしながら話しかけてきた。
「どうも、地田さんすか?」
「そうです!」
ボリューム調節がバグってて、ラウンジ全体に響くくらい、おおきな返事だった。
「ちょっとw声デカイですよw」
「す、すいません…緊張してて」
地田のことは知り合いの知り合いの、そのまた知り合いくらいの感じで紹介され、連絡を取り合うようになり、会うことになった。
ようは新しいパパだ。このあとホテルで食事して、上の部屋に行く予定だった。
でもこんな上等なホテルを用意されたのは初めてだった。基本的にパパは金持ってる人ばかりだけど、金で買った女にいいホテルを用意したがる男は、そんなにいない。
「すごいホテルだね、はいるときビクビクしちゃった」
「はは…」
地田は女と喋ることに慣れていない男にありがちな、乾いた笑いを漏らしながら、アタシの正面に座った。
36歳って聞いてたけど、もしかしたら童貞かもって思ったくらいだ。でも違った。
「すいません」
店員を呼ぶときに上げた彼の左手の薬指、そこにシンプルなデザインのプラチナの指輪がはまってた。
正直びっくりした。結婚してる男のパパ活なんて珍しくもなんともないけど、この目の前にいるおどおどした男に奥さんがいるなんて誰も思わない。
コーヒーが来て、地田は口をつけたけど、すぐに「あっち」と軽く叫んで、くちびるを抑えた。カップを置くとき、小刻みに手が震えてるからガチャガチャとソーサーが鳴った。
「そんな緊張せんでもw」
「すいません、こういうの初めてで」
「みりゃわかるよ、てかなんで敬語?」
「すいません…」
べつに責めてるわけでもないのに、地田はどんどん小さくなってるみたいだった。
これじゃあ部屋に行ったところで、勃つもんも勃たなそうだったから、アタシはじっくり彼と話してみることにした。
普段はパパのプライベートとか趣味とかどうでもいいけど、ここまで緊張されると、もはや可哀想に思っちゃったんだよな。
アタシがいろいろ質問すると、地田は今の自分のこと、そしてどうしてパパ活する気になったのかを話した。
お父さんが不動産投資で成功していて、地田はそのうちの何軒かの管理を任されているらしく、その家賃収入だけでで年収2000万円。
奥さんとは婚活パーティーで知り合って、結婚3年目。でも奥さんは結婚当初から、地田の金で遊び歩いていて、外に男が何人もいるみたい。
「だから僕も、若い子とあそんでやるって思って…その…」
と彼は額の汗をハンカチでふきながら言った。
なんていうか、同情しちゃったんだよな。
ハナっから金目当ての女と結婚して、好き放題されて、仕返しのつもりで女を買っても、ろくに会話もできないなんて、さすがに可哀想すぎる。
だからつい、優しくしちゃった。
いろいろな話を聞いたし、できるだけ褒めるようにもした。エッチのときも、ちょっとサービス過剰だったかもしんない。
ベッドでのアタシの奉仕を、地田は泣きそうになるくらい喜んだ。たぶん奥さんとは数えるくらいしかしたことないんだろう。その数回のときだって、ダッチワイフ抱いてるみたいに無反応だったんだろうし。
そんな感じで、三ヶ月くらい関係を続けてたら…
「僕と結婚してください」
「は?」
ホテルのラウンジで、地田はプロポーズしてきた。そして、高級ジュエリーブランドのロゴが入った小さな箱をカパッと開け、大きなダイヤがはまっている指輪をアタシに見せた。
「いやいや、奥さんいるでしょ?」
「もちろん別れるよ。僕には君が全てなんだ」
地田はアタシを見つめた。純粋な目だった。イカれた人間の目って意外とキラキラするらしい。
指輪はよく見ると、大きなダイヤだけでなく、リングのまわりにびっしりと小さなダイヤが埋まっていた。
そのキラキラだったり、ギラギラだったりが、すごく怖かった。光っているものが怖いこともあるんだって、アタシはこのとき初めて知った。
「むりむりむり」
アタシは席を立って逃げようとしたけど、地田に腕を掴まれた。その力がびっくりするくらい強くて、痛かった。
「ちょっと待って!!どうして!?」
「むしろそっちがなんで!?」
「君も同じ気持ちなんだろ?」
どうやら優しくしすぎたみたいだ。
アタシは必死に腕を振りほどこうとしたけど、地田は離さなかった。本当に折れるかと思った。
騒ぎを聞きつけた店員さんがやってきたから、アタシは「助けてください!」と叫んだ。そしたらやっと手が緩んだから、その隙に振りほどいて、走ってホテルを出た。
そのあとすぐに、鬼電や鬼メッセがきたけど、着拒してブロックして、二度と関わらないようにした。
でも地田のイカれっぷりは、アタシの想像をはるかに超えてたみたい。
あいつと、地田と初めて会った時のことは、よく覚えてる。
待ち合わせ場所の高いホテルのラウンジで、先について待っていたアタシに、地田はおどおどしながら話しかけてきた。
「どうも、地田さんすか?」
「そうです!」
ボリューム調節がバグってて、ラウンジ全体に響くくらい、おおきな返事だった。
「ちょっとw声デカイですよw」
「す、すいません…緊張してて」
地田のことは知り合いの知り合いの、そのまた知り合いくらいの感じで紹介され、連絡を取り合うようになり、会うことになった。
ようは新しいパパだ。このあとホテルで食事して、上の部屋に行く予定だった。
でもこんな上等なホテルを用意されたのは初めてだった。基本的にパパは金持ってる人ばかりだけど、金で買った女にいいホテルを用意したがる男は、そんなにいない。
「すごいホテルだね、はいるときビクビクしちゃった」
「はは…」
地田は女と喋ることに慣れていない男にありがちな、乾いた笑いを漏らしながら、アタシの正面に座った。
36歳って聞いてたけど、もしかしたら童貞かもって思ったくらいだ。でも違った。
「すいません」
店員を呼ぶときに上げた彼の左手の薬指、そこにシンプルなデザインのプラチナの指輪がはまってた。
正直びっくりした。結婚してる男のパパ活なんて珍しくもなんともないけど、この目の前にいるおどおどした男に奥さんがいるなんて誰も思わない。
コーヒーが来て、地田は口をつけたけど、すぐに「あっち」と軽く叫んで、くちびるを抑えた。カップを置くとき、小刻みに手が震えてるからガチャガチャとソーサーが鳴った。
「そんな緊張せんでもw」
「すいません、こういうの初めてで」
「みりゃわかるよ、てかなんで敬語?」
「すいません…」
べつに責めてるわけでもないのに、地田はどんどん小さくなってるみたいだった。
これじゃあ部屋に行ったところで、勃つもんも勃たなそうだったから、アタシはじっくり彼と話してみることにした。
普段はパパのプライベートとか趣味とかどうでもいいけど、ここまで緊張されると、もはや可哀想に思っちゃったんだよな。
アタシがいろいろ質問すると、地田は今の自分のこと、そしてどうしてパパ活する気になったのかを話した。
お父さんが不動産投資で成功していて、地田はそのうちの何軒かの管理を任されているらしく、その家賃収入だけでで年収2000万円。
奥さんとは婚活パーティーで知り合って、結婚3年目。でも奥さんは結婚当初から、地田の金で遊び歩いていて、外に男が何人もいるみたい。
「だから僕も、若い子とあそんでやるって思って…その…」
と彼は額の汗をハンカチでふきながら言った。
なんていうか、同情しちゃったんだよな。
ハナっから金目当ての女と結婚して、好き放題されて、仕返しのつもりで女を買っても、ろくに会話もできないなんて、さすがに可哀想すぎる。
だからつい、優しくしちゃった。
いろいろな話を聞いたし、できるだけ褒めるようにもした。エッチのときも、ちょっとサービス過剰だったかもしんない。
ベッドでのアタシの奉仕を、地田は泣きそうになるくらい喜んだ。たぶん奥さんとは数えるくらいしかしたことないんだろう。その数回のときだって、ダッチワイフ抱いてるみたいに無反応だったんだろうし。
そんな感じで、三ヶ月くらい関係を続けてたら…
「僕と結婚してください」
「は?」
ホテルのラウンジで、地田はプロポーズしてきた。そして、高級ジュエリーブランドのロゴが入った小さな箱をカパッと開け、大きなダイヤがはまっている指輪をアタシに見せた。
「いやいや、奥さんいるでしょ?」
「もちろん別れるよ。僕には君が全てなんだ」
地田はアタシを見つめた。純粋な目だった。イカれた人間の目って意外とキラキラするらしい。
指輪はよく見ると、大きなダイヤだけでなく、リングのまわりにびっしりと小さなダイヤが埋まっていた。
そのキラキラだったり、ギラギラだったりが、すごく怖かった。光っているものが怖いこともあるんだって、アタシはこのとき初めて知った。
「むりむりむり」
アタシは席を立って逃げようとしたけど、地田に腕を掴まれた。その力がびっくりするくらい強くて、痛かった。
「ちょっと待って!!どうして!?」
「むしろそっちがなんで!?」
「君も同じ気持ちなんだろ?」
どうやら優しくしすぎたみたいだ。
アタシは必死に腕を振りほどこうとしたけど、地田は離さなかった。本当に折れるかと思った。
騒ぎを聞きつけた店員さんがやってきたから、アタシは「助けてください!」と叫んだ。そしたらやっと手が緩んだから、その隙に振りほどいて、走ってホテルを出た。
そのあとすぐに、鬼電や鬼メッセがきたけど、着拒してブロックして、二度と関わらないようにした。
でも地田のイカれっぷりは、アタシの想像をはるかに超えてたみたい。
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