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「それじゃあまあ、オープン初月の予算達成を祝して、乾杯!」
上機嫌な上司の掛け声に合わせ、俺と並木さんも「かんぱーい」と声をあげ、中ジョッキをぶつけた。
タイミングよく、黒シャツにサテンという洒落た制服をまとった女性店員が、とりあえずで頼んでおいた料理を運んでくる。
シーザーサラダや、厚揚げの煮浸し、チリビーンズなど、多国籍なラインナップでテーブルが彩られた。
どの皿もやたらと凝った盛り付けがされており、値段もたぶん普通の居酒屋よりも一~二割お高めなんだろう。
「お前ら、でかした!」
早速ビールのジョッキを空けた社長もとい、俺の元同僚である相澤は、快活に言い放った。
高校から大学までラグビー部という生粋の体育会系のためか、騒がしい店内でも彼の声はよく通る。
「今日は好きなだけ飲んで食ってくれ!」
「だってさ並木さん」と俺は長椅子の左隣に座る彼女に水を向けた
「じゃあこの刺盛九点盛りと広島県産の生牡蠣と…あ、岩城さんみてください黒毛和牛のサイコロステーキありますよ!」
「やっぱりちょっとは遠慮してくんか…」
「いやいや言質はとったからな」
「そうですよ!もう頼んじゃいましたし!」
と彼女は備え付けのタブレットの注文ボタンを押した。
「勘弁してくれよお」と泣き真似をする相澤を、二人で笑った。
かまえの無い、気軽な祝賀会だ。他のバイトスタッフにもいちおう声はかけたが、結果的には俺と並木さんと社長の三人になった。
まあいまどき、上司を交えた飲み会に来たがる若者もそういないからな。
「それにしても、本当に予想以上の売上だったよ、お前に任せて正解だったな」
「俺は大したことしてないって、並木さんを筆頭にスタッフが頑張った成果だよ」
「違います!店長のアイディアがことごとくハマったからですよ」
「ほら、ちゃんと上司をたてることもできる、優秀だろ?」
「本気なのに…もう」
と彼女は俺の肩を小突いた。意外と酒に弱いみたいで、もうほんのりと赤くなっている。
「え?もしかして、そういう感じ?」
「は?」
「あー!悪い悪い!俺が邪魔だったな!適当なところで消えるから、上手くやれよ!」
「やめろっての」
まったくこの男は、それがれっきとしたセクハラだってわかってるのか?
だが浅黒い肌をした精悍な顔立ちの、爽やか系イケメンであるためか、その手の話しをしてもいやらしさがなかった。
いろいろ得な男だよな。身長も俺より20センチも高いらしいし…くそ。
「ごめんね並木さん、こんな奴の言うこと気にしないでいいから」
「いえ…ふふふ」
彼女は数秒前よりも顔を赤くして、うっとりと微笑んだ。
「え?まじで?」
そんな彼女を見た相澤が、聞こえるか聞こえないかぐらいのボリュームで呟いた。
こうして夜は更け、空の皿がテーブル端に積まれ、ピーク時より気持ち店内が静かになり、会話も途切れ途切れになったころ。
相澤は俺を見て、ニヤつきながら言う。
「冗談のつもりだったんだけどなあ。本当に俺はいない方が良かったか?」
「しつこいぞ。そんなんじゃないって言ってるだろーが」
「説得力皆無な自覚あるか?」
酒が進むにつれ、なぜか並木さんは距離を詰めてきて、いまは俺の肩を枕にスヤスヤと寝ている。
まあ視覚的には確かにそういう雰囲気に見えるかもな。
「まあとにかく、今日はお開きだな。お前はちゃんと彼女を送ってやれよ」
「ああ」
相澤はスーツのジャケットを羽織り、伝票を持って立ち上がった。
俺は席に座ったまま、スマホでタクシーを呼んだ。
帰り際に相澤がまたニヤケ面を見せ
「うちは節度を守れば社内恋愛自由だからな」
と捨て台詞を残し、俺が言い返す前に退散した。
「はあ…」
呆れとか、疲れとか、なんか色々なものが含まれたため息が漏れる。
「ん店長店長…」
「あ、起きた?いまタクシー呼んだからもう少し待ってな」
「ありがとうございましゅ、その、てんち…岩城さんは、どうするんですかあ?」
「俺はまだギリ終電があるからね。ああ、並木さんのタクシー代は社長からもらってるから心配しないで」
意識が戻ったのに、なぜか俺に寄りかかったままの彼女は、わずかに首を上げて俺を見つめた。
「一緒に帰らないんですかあ?」
「俺の家はちょっと遠いからさ、社長は俺の足代も出すって言ったけど辞退したんだ」
「じゃあ…私の家に帰ればいいじゃないんですかあ?」
俺は酔い覚ましに飲んでいた水を吹き出しそうになった。
「並木さん、ちょっと酔いすぎだよ」
「酔ってないれすよお」
「酔っ払いはみんなそう言うんだよ」
「ほんとに、実はそんなに酔ってないんですよ?」
先ほどまでの怪し呂律の口調とは打って変わって、ハキハキとしたいつもの彼女の口調に切り替わる。
俺はギョッとなって思わず、並木さんの顔を見た。
「いいじゃないですか、うちで飲み直しましょ」
ほんのりと頬と目は赤く染まりながらも、悪戯っぽい笑みを浮かべるその顔は、「してやったり」と語っていた。
女ってこええ。
まあとにかく、つまりは、そういうことなんだろう。
まさか俺の人生にこんな美味しいシチュエーションが訪れるなんてな。
でも、なんでかな、ちっとも食指が動かないんだよな。
同じ職場の上司と部下でそういう関係になるのは、あまり良くない。良くはないが、そこまで悪いことでもない。さっき、社長からも公認もらったみたいなもんだし。
少なくとも、定期的に女子高生とデートするより、遥かに健全で、まともだ。年の差だっていたって常識的だし。
彼女の誘いを断る理由なんて、あるようで実は無い。
それなのに、俺の口から出てきたのは、いたってつまらない解答だった。
「いいや、俺は電車で帰るよ」
タイミングよくスマホが鳴った。タクシーの到着を知らせる着信だ。
上機嫌な上司の掛け声に合わせ、俺と並木さんも「かんぱーい」と声をあげ、中ジョッキをぶつけた。
タイミングよく、黒シャツにサテンという洒落た制服をまとった女性店員が、とりあえずで頼んでおいた料理を運んでくる。
シーザーサラダや、厚揚げの煮浸し、チリビーンズなど、多国籍なラインナップでテーブルが彩られた。
どの皿もやたらと凝った盛り付けがされており、値段もたぶん普通の居酒屋よりも一~二割お高めなんだろう。
「お前ら、でかした!」
早速ビールのジョッキを空けた社長もとい、俺の元同僚である相澤は、快活に言い放った。
高校から大学までラグビー部という生粋の体育会系のためか、騒がしい店内でも彼の声はよく通る。
「今日は好きなだけ飲んで食ってくれ!」
「だってさ並木さん」と俺は長椅子の左隣に座る彼女に水を向けた
「じゃあこの刺盛九点盛りと広島県産の生牡蠣と…あ、岩城さんみてください黒毛和牛のサイコロステーキありますよ!」
「やっぱりちょっとは遠慮してくんか…」
「いやいや言質はとったからな」
「そうですよ!もう頼んじゃいましたし!」
と彼女は備え付けのタブレットの注文ボタンを押した。
「勘弁してくれよお」と泣き真似をする相澤を、二人で笑った。
かまえの無い、気軽な祝賀会だ。他のバイトスタッフにもいちおう声はかけたが、結果的には俺と並木さんと社長の三人になった。
まあいまどき、上司を交えた飲み会に来たがる若者もそういないからな。
「それにしても、本当に予想以上の売上だったよ、お前に任せて正解だったな」
「俺は大したことしてないって、並木さんを筆頭にスタッフが頑張った成果だよ」
「違います!店長のアイディアがことごとくハマったからですよ」
「ほら、ちゃんと上司をたてることもできる、優秀だろ?」
「本気なのに…もう」
と彼女は俺の肩を小突いた。意外と酒に弱いみたいで、もうほんのりと赤くなっている。
「え?もしかして、そういう感じ?」
「は?」
「あー!悪い悪い!俺が邪魔だったな!適当なところで消えるから、上手くやれよ!」
「やめろっての」
まったくこの男は、それがれっきとしたセクハラだってわかってるのか?
だが浅黒い肌をした精悍な顔立ちの、爽やか系イケメンであるためか、その手の話しをしてもいやらしさがなかった。
いろいろ得な男だよな。身長も俺より20センチも高いらしいし…くそ。
「ごめんね並木さん、こんな奴の言うこと気にしないでいいから」
「いえ…ふふふ」
彼女は数秒前よりも顔を赤くして、うっとりと微笑んだ。
「え?まじで?」
そんな彼女を見た相澤が、聞こえるか聞こえないかぐらいのボリュームで呟いた。
こうして夜は更け、空の皿がテーブル端に積まれ、ピーク時より気持ち店内が静かになり、会話も途切れ途切れになったころ。
相澤は俺を見て、ニヤつきながら言う。
「冗談のつもりだったんだけどなあ。本当に俺はいない方が良かったか?」
「しつこいぞ。そんなんじゃないって言ってるだろーが」
「説得力皆無な自覚あるか?」
酒が進むにつれ、なぜか並木さんは距離を詰めてきて、いまは俺の肩を枕にスヤスヤと寝ている。
まあ視覚的には確かにそういう雰囲気に見えるかもな。
「まあとにかく、今日はお開きだな。お前はちゃんと彼女を送ってやれよ」
「ああ」
相澤はスーツのジャケットを羽織り、伝票を持って立ち上がった。
俺は席に座ったまま、スマホでタクシーを呼んだ。
帰り際に相澤がまたニヤケ面を見せ
「うちは節度を守れば社内恋愛自由だからな」
と捨て台詞を残し、俺が言い返す前に退散した。
「はあ…」
呆れとか、疲れとか、なんか色々なものが含まれたため息が漏れる。
「ん店長店長…」
「あ、起きた?いまタクシー呼んだからもう少し待ってな」
「ありがとうございましゅ、その、てんち…岩城さんは、どうするんですかあ?」
「俺はまだギリ終電があるからね。ああ、並木さんのタクシー代は社長からもらってるから心配しないで」
意識が戻ったのに、なぜか俺に寄りかかったままの彼女は、わずかに首を上げて俺を見つめた。
「一緒に帰らないんですかあ?」
「俺の家はちょっと遠いからさ、社長は俺の足代も出すって言ったけど辞退したんだ」
「じゃあ…私の家に帰ればいいじゃないんですかあ?」
俺は酔い覚ましに飲んでいた水を吹き出しそうになった。
「並木さん、ちょっと酔いすぎだよ」
「酔ってないれすよお」
「酔っ払いはみんなそう言うんだよ」
「ほんとに、実はそんなに酔ってないんですよ?」
先ほどまでの怪し呂律の口調とは打って変わって、ハキハキとしたいつもの彼女の口調に切り替わる。
俺はギョッとなって思わず、並木さんの顔を見た。
「いいじゃないですか、うちで飲み直しましょ」
ほんのりと頬と目は赤く染まりながらも、悪戯っぽい笑みを浮かべるその顔は、「してやったり」と語っていた。
女ってこええ。
まあとにかく、つまりは、そういうことなんだろう。
まさか俺の人生にこんな美味しいシチュエーションが訪れるなんてな。
でも、なんでかな、ちっとも食指が動かないんだよな。
同じ職場の上司と部下でそういう関係になるのは、あまり良くない。良くはないが、そこまで悪いことでもない。さっき、社長からも公認もらったみたいなもんだし。
少なくとも、定期的に女子高生とデートするより、遥かに健全で、まともだ。年の差だっていたって常識的だし。
彼女の誘いを断る理由なんて、あるようで実は無い。
それなのに、俺の口から出てきたのは、いたってつまらない解答だった。
「いいや、俺は電車で帰るよ」
タイミングよくスマホが鳴った。タクシーの到着を知らせる着信だ。
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