黒ギャルとパパ活始めたら人生変わった

Hatton

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店を出て、タクシーに乗る並木さんが、振り向きざまに言った。

「じゃあ…おやすみなさい」

「また明日ね」

「…はい」

彼女の目がわずかに潤んでいるのは、きっと飲みすぎたせいだろう。お互いのために、そういうことにしとこう。

お互いのため…か、この言葉は大人がよく使う、責任転嫁の常套句だよな。

ドアが閉まり、数秒おいてタクシーが発進した。

後部座席に座る彼女の後頭部のシルエットが、わずかに動く。

ただ窓の外を見ているだけか、それとも振り向いて俺を見ているのか、どちらかわからなかった。

「ふう」

苦々しいため息と共に、体の力が抜ける。無性に杏子に会いたかった。

スマホを開いて、家で待つ杏子に「いまから帰る」とメッセージを送ったところで、バッテリーが切れかかってることに気づく。もう帰るだけだし問題ないだろ。

飲屋街を歩き、駅まで向かう途中、店の前で飲み会終わりと思しきスーツ姿のグループがたむろしていた。「これって何の時間?」と全員が思いながらも、なんとなく解散できず、無意味にだべってしまうアレをやっている。

空気って本当に厄介だし、不思議だ。その場の誰ひとりとして望んじゃいないことを、全員が強制されることすらある。

そんなことをぼんやりと考えつつ歩き、駅に到着した。俺が乗る電車は10分後くらいに来る。こういうとき、煙草というアイテムは実は便利だ。

ロータリーの階段裏にある喫煙スペースのパーテーションの中に入り、タバコを取り出したところで、思わぬ人物が目に留まる。

「お?」

「あれ?」

相澤と俺はお互いの顔を見て、すっ飛んきょな声を上げる。彼は俺の手の中にある煙草のボックスを、俺は彼が指で挟んでいる火のついた煙草を見た。

「たしか、やめたんじゃなかったか?」と俺は苦笑まじりに告げる。

「お前こそ」と相澤も似たような笑いを漏らしながら言った。

そういえば、お互いに同じ時期に、同じような理由でーつまりは当時付き合っていた彼女に叱られて、煙草を辞め、そのことで意気投合して、親しくなったような気がする。

俺は煙草を口にくわえた。ライターを探すのに手間取っていると、年季の入ったジッポライターが差し出される。

「さんきゅ」

ジポッと軽快な音を立て、相澤のライターに火が灯る。

「てっきりあのままお泊まりコースかと思ったよ」

「やめろっての」

「逆にあの子の何が不満なんだ?」

「べつに不満なんてないさ、上司と部下の節度を守っただだけだお」

「そうか、お前らしいな」

「ヘタレって言われてるようにしか聞こえないな」

「ははwたしかにそうかもなw」

「うっせえよ」

「でもな…」

相澤は新しい煙草に火をつけ、深く、深く、煙を吸い込んだ。そして大きく口を開けて一気に紫煙を吐き出す。

「なんだかんだ、お前は正しいんだよな」

「はあ?」

「結局はお前みたいなやつが、最後には勝つんだろうなって思うんだ。真面目にな」

自分が正しいことをしてきた実感なんて、一ミリもない。むしろ間違いを犯した数の方を自慢したいくらいだ。だが、あえて言及はしないことにした。

他人がやたらと正しく見えることもある。例えば、なにか大失敗をしでかした後とかは特に。

「最後っていつなんだろうな、老後か?」

「さあな、わからん」

俺たちは数分沈黙したのちに、お互い同じタイミングで煙草を灰皿に捨てた。

「どっかで飲み直すか?」

「…この近くに静かに飲めるショットバーがあるから、そこでどうだ?」

「ごちそうになりまーす、社長」

「ったく、こんなときばっかり持ち上げやがってよお…」

こうして俺たちはまた夜の街に繰り出した。結局帰りはタクシーになりそうだが、まあいいか。

いい歳して、やめた煙草に手を伸ばした二人。わりかし前向きなニュアンスで再開した俺はかなり稀なケースだ。相澤はきっと、典型的な方のケースなんだろう。

やめたはずの煙草は、大概はとてつもなく嫌なことがあったときに、ふと思い出し、吸いたくなるものだから。
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