痛愛と狂恋

Hatton

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腹ペコな一人と一匹

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空気を読まない。それは学校という空間において、ときに人権剥奪の刑に処されるほど重罪となり得る。

例えば

「ハッピーバースデートゥーユー♫」

隣のクラスの人間が、一限目の終わりに急に現れ

「ハッピーバースデートゥーユー♫」

高らかな歌声を響かせながら、ゆっくりと教室の真ん中を練り歩いている上に

「ハッピー、バ~~スデイ!イエイイエイイャ、ディアあーやーとー、ウォウォウォー」

その歌に苛立つことこの上ないアレンジが加わっているなど、本来なら言語道断なはずだ。

しかし、理不尽なことに、それが許されてしまう人間もいる。現に周りの目には、戸惑いこそあれ非難の色はない。

どの角度からも華やかで、それでいて親しみやすい愛嬌を保ち、誰もが惹きつけられる。それが九重祈ここのえいのりだ。

先日染めたばかりだと自慢していた明るい栗色のショートボブが、大げさな足取りで揺れている。そんなやや強めの個性の髪型も、その華美な顔立ちと、日本人離れした白さの肌を引き立てる添え物にしかならない。

そしてクラスの一番後ろの席にいる俺にゆっくりと近づいてき、大きなアーモンド型の目を三日月のように細めた。桜の花びらのような淡い桃色の唇が、ニマッという効果音がつきそうな形に変化した。

「綾人!お誕生日おめでとう!」

顔にも声にも満面の笑みを浮かべ、祝いの言葉を述べ、盛大な拍手を響かせる。そして周囲もつられた。といってもかなり遠慮がちなボリュームではある。

苦笑いしてるもの、ポカンとしてるもの、多種多様な表情を浮かべているが、共通して載っている色味は「困惑」だ。

そりゃそうだ、心情はお察しする。なにせ彼ら彼女らが持っている俺に関する情報といえば、性別と苗字の他には前髪がやたらと長いことくらいのもんだろう。万雷の拍手を送るには、互いに互いを知らなすぎるんだ。

なんとなくいたたまれない俺の視界に、ギフト用の洒落た封筒が現れた。

「はいこれ!約束のブツだ!」

「あんがと」ありがたく受け取り、中身は後で見ようと思ったが

「ちょいちょい待て待て、なぜしまう?ふつうここで開けるでしょ!?」

「そうか?」まあ、そうなるわな。

「開けて中を見て、そのセンスの良さに脱帽して、嬉しすぎて小躍りしたい気持ちを抑えきれないハニカミ照れ照れスマイルをこぼしながら改めてお礼を言うまでが礼儀でしょ!!」

内容はともかく指摘はごもっと。心なしか周囲の視線もグッと熱を帯びている気がする。学年1の美少女が、使う時しか思い出されない黒板消しクリーナー並みの存在感である男子生徒に贈るプレゼント。気になるのも無理ないだろう。

恐る恐る封を切って、中を見ると、ピンク色のチケットのようなものが何枚かあった。

「お米券?」

「そ!10kg分!いつものスーパーで使えるのも確認済!」

クラスメートたちの困惑はピークに達し、ついにはザワザワとし始める。だが当の本人は口角をググっと吊り上げ、ふてぶてしいドヤ顔を決めている。

そしてことさら腹立たしいことに…

「ありがとう、マジで助かる」

苦しくも、小躍りしたい気持ちを抑えたハニカミ照れ照れスマイルでお礼を言ってしまったことだ。

これは本当にありがたい。我が家の慢性的な食料難は、ここ一週間でさらに深刻化していた。どれくらい深刻かというと、それについて考えるのが嫌すぎて線路に飛び込みたくなる
ほどだ。俺の反応を見た祈は大いに満足したよう。

私、わかってるでしょ?みたいな顔をしながら

「私、わかってるでしょ?」と言った。

ひと段落したところで、隣の席の谷口が口を開く。こいつも髪を染めたんだな。サイドを刈り上げた短髪が、赤に近い茶色に染まっていた。俺と祈に近づいてくる。ただでさえデカイのに、座りながら見上げるとなかなかの威圧感だ。

「九重、放課後は体育祭実行委員だぞ、覚えてっか?」

「あったりまえでしょ!忘れねーよ」

「マジかよ?ぜってー忘れてると思ったわ」

「はあ!?あんたこそ鶏みたいな髪色しといて、よく覚えてましたねえ!」

谷口と祈がプロレスし始めたところでチャイムが鳴り、担任の高柳先生が入ってきた

「チャイム鳴ってるぞ九重」

「一限だけでなく二限まで遅刻する気か?」

やっぱり遅刻したのかこいつ。

「いいえ!すぐ出ます!静ちゃんゴメン!」

「高柳先生な」

鉄の女と称される高柳先生を名前呼びできるのは、学校広しといえど祈くらいのものだ。先生は諭しながらも、どこか諦めてる声音だった。

祈は去り際に

「じゃあね!本当におめでとー!」と俺の髪をクシャクシャに撫で回していった。




「実行委員会おわったよー」

「今どこにいんの?待ちきれずに先に帰ってるとかいうなや?」

「神社」

「はあ?神社ってどこの!?」

「駅向かう道のコンビニの角曲がったとこ」

なんで神社?男子高校生が放課後に立ち寄るにしては渋すぎない?とにかく言われたとおりコンビニの角を曲がると、本当にあった。

色褪せた鳥居。苔まみれの石畳の小道が伸びてる。その先にある御社殿は、時が止まったみたいにやけに小綺麗。

階段に座っていた綾人は、私が視界に入ると小さく手を挙げた。

「何やってんの?」

綾人が御社殿の下を指差す。高床式なようで、床下が空いている。そこにはまだ子猫といっていいくらいの小さな三毛猫がいた。紙の皿にのった餌を食べてる。カリカリではなく缶詰に入ってるシーチキンみたいなやつ。

「何日か前に、そこのコンビニの角で倒れてた」

「そんでとりあえずここに連れてきた」

「なんで神社に?」

「弱ってたし、小雨も降ってたからな」

「確かにここの床下なら雨風も防げるんだろうけどさあ…」

思わず頭を抱えた。あの猫が口にしている餌は、なかなかいい値段しそうだ。

「せめてもっと安い餌にしたら?」

「今でこそ多少元気だけど、拾ったときは飯食う元気もなさげだったからさ」

「ちょっとでも食べやすいものをと思って…その…」

綾人の声が小さくなる。私の非難がましい視線のせいかもしない。

改めて猫を見てみた。なるほど、確かに元気いっぱいってわけじゃなさそう。小さくて、弱々しくて、腹ペコ、そんなとこが綾人になぜか備わってる母性を刺激したのね。

その庇護欲を少しでも自分に向けて欲しいものだ。でも綾人にはそれができない。そんなとこが苛だたしくて、愛おしい。

「珍しいな」

綾人は真横にある木の下を見つめ、呟いた。視線の先には薄紫の花の群生地がある。

「話逸らしてるよね?」

「確かユリ科の植物だ。本来なら山に咲くから街中じゃあまりみない」

「綾人ちゃーん、ママ怒ってないからこっち向いてー、おねがーい」

すると綾人はとうとう開き直り

「無理はしない。だから大丈夫だ」と宣言するように言った。

すでに無理してるって自覚はないらしい。でも、どうせ言ったって聞きやしない。この辺りで矛を収めてやろう。

綾人はまだあの花の方を向いてる。

「なに?あの花そんな好きなん?」

「思い出した。カタクリって名前の花だ。たしか片栗粉の原料になるはず」

「詳しいじゃん」

「10歳離れた妹を持てば、いやでも花には詳しくなる」

きっと妹に「あれなーに?」と尋ねられるたび、律儀に調べたんだろうな。

「まさかあの花持って帰って、なんとか片栗粉を精製しようとしてる?」

「ちょうど切れかけてるんだ」

スマホをいじり始める綾人。たぶん「カタクリ 片栗粉 作り方」で調べている。そして途方もない労力がかかることがわかり、諦めるしかなかったみたい。
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