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第1話 私、老婆になっちゃった
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「じゃあ美紅は英明が好きなんだ」
「うん。絶対内緒だからね。鏡花ちゃんおしゃべりだから」
小学3年生の美紅は学校からの帰宅途中、友人の鏡花に
好きな男子を白状するよう問い詰められ、渋々ながら答えてしまった。
最近の小学生は、大人が想像するよりもずっと複雑なのである。
「絶対言わないから安心しな。あれ、あそこにいるの
英明じゃない? 噂をすればなんとやらってやつだね」
30メートルほど後方から、英明が1人でこちらに向かって歩いてくる。
英明と美紅は幼稚園からの幼馴染で、お互いの家も2軒隔てたところにある。
したがって2人の登下校の道順はほとんど同じなのであるが
英明は普段、同クラスの仲良しの男子と下校することが多いため
下校途中に2人が遭遇するのは実に久方ぶりのことであった。
最近、英明とあまり話せていないな。
美紅は先ほどの鏡花への自白と相まってか、緊張で鼓動が
波打ち、頬が赤らんでいくのを感じた。
それを見て取ってか、鏡花が大声で英明に呼びかけた。
「おーい。英明。美紅もあんたのこと好きだって。
両想いってか、羨ましいね」
「ちょっと。鏡花ちゃん!」
「ごめんごめん。うち英明から相談受けてたんだよね。
美紅が自分のことどう思ってるか聞いてくれって。
2人のこと邪魔しちゃ悪いから先帰ってるね。バイバイ美紅」
そう言うやいなや、鏡花は一足先に帰ってしまった。
英明と美紅は眼を見開きながら互いを見つめていた。
照れくささと幸福感にあふれた、うっとりとするような沈黙が漂っていた。
先にその沈黙を破ったのは英明であった。
「鏡花は美紅の親友だろ。だからつい話しちまったんだ。
ほんとにごめん。だけど俺、美紅のことが好きなんだ」
英明は照れくさそうに頭を掻きながら、美紅の近くへと
歩み寄ってきた。
「英明くん……私、最近英明くんと話せなくて寂しかった。
私も英明くんのことが好き。」
美紅と英明は互いに手を取り合い、熱く視線を交わしあった。
英明くんの潤んだ瞳、とても素敵だわ。彼の瞳は少し灰色がかって特徴的だ。
ああ、このまま時間が止まってしまえばよいのに。
――まさに、その瞬間の出来事であった。
突如として紅い光が地球全体を照らし出したのである。
その光は、真紅のルビーのような誠に美しい光であった。
それはまるで、二人の恋を祝福する愛の光のようにさえ
思われたのだった。
情愛で頭が恍惚としていた美紅は、その異常な事態を
認識する暇もないまま、瞬く間に意識を失ったのだった。
「ちょっと。美紅。美紅ってば。起きてよ。」
ん。誰の声だろう。酷くガラガラとした声が私を呼んでいる。
近所のおばあさんの声かな。それにしては砕けた調子だけど。
「美紅ってば。起きろ。ウチだよ、鏡花だよ」
鏡花? 鏡花ちゃんか。そっか。あれ、私さっきまで
英明くんと両想いだって知って、それで……
美紅はまだ意識半ばのまま、鏡花だと称する声がする方へ目を向けたが
その光景を目の当たりにするやいなや、衝撃のあまり正気を取り戻した。
なんと、そこには先ほど別れたはずの鏡花と同じ服装をした
しわくちゃの老婆が佇んでいたからである。
「鏡花ちゃん? ほんとうに鏡花ちゃんなの?」
いや、彼女は鏡花ちゃんだ。
美紅は鏡花と親友だからそうしたことはなんとなく分かるのだ。
また、美紅は鏡花に呼びかけた自分の声らしき音も、ハリのない、疲れ切った
老婆の声であることに気がついた。
美紅は恐る恐る、自分の腕にぶら下がっている物体を目の前にかざした。
そこには、冬の枯れ枝のように節くれだった醜い手があった。
「鏡花ちゃん。」
鏡花はこの一言に込められた美紅の真意を機敏に察すると
彼女の方へ手鏡をおずおずと差し出した。
そこにはあまりに深く刻まれたあまり、一種の畏怖の念をも感じさせる
ような太い皺におおわれた、老婆の顔が映っていた。
「鏡花ちゃん。私たち、老婆になったの? どうして?」
「美紅、ウチも何故だかよく分からないの。突然紅い光に包まれて
意識を失って、目が覚めたらババアになってて。これって、きっと
なにかの悪い夢だよね? そうだよね?」
美紅も鏡花もこの異常事態を目の前にして、ただただ茫然自失と
なるほかなかった。
「そういえば、英明くんは?」
ふと、美紅は先刻まで無我夢中で恋焦がれた英明の存在を思い出すと
彼の姿を追い求めるように周囲を見渡した。
すると、十数メートルほど道の先に1人の年老いた男が
倒れているのを見出した。
まさか。
美紅は重たい腰を上げて、その老爺の近くまで
駆け寄ろうとした。
しかし、ひざの関節が激しく痛む。とても走ることなんてできやしない。
なんとか這いずるような形で彼の近くへとにじりよると、霞む目で
その姿を食い入るように見つめた。
それはやはり、英明であった。服装も彼の着用していたものそのもので
あったし、なにより彼の特徴的な灰色がかった瞳がそこにあった。
「こんな。こんなことって。ありえない。おかしいよ」
時間が止まればよいのにって願ったから罰が当たったのだろうか。
これは鏡花ちゃんのいうように夢よ。きっと。悪夢だわ。
早く目を覚まさなくちゃ。
しかしながら、それは紛れもなく現実であった。
腰痛が、目のかすれが、関節痛が、老化から生ずるあらゆる身体の不調が
美紅に現実逃避することを許さなかったのである。
「私、老婆になっちゃった。醜く老けてしまったんだわ」
美紅はしわがれ声で、何度も何度も繰り返し呟き続けた。
「うん。絶対内緒だからね。鏡花ちゃんおしゃべりだから」
小学3年生の美紅は学校からの帰宅途中、友人の鏡花に
好きな男子を白状するよう問い詰められ、渋々ながら答えてしまった。
最近の小学生は、大人が想像するよりもずっと複雑なのである。
「絶対言わないから安心しな。あれ、あそこにいるの
英明じゃない? 噂をすればなんとやらってやつだね」
30メートルほど後方から、英明が1人でこちらに向かって歩いてくる。
英明と美紅は幼稚園からの幼馴染で、お互いの家も2軒隔てたところにある。
したがって2人の登下校の道順はほとんど同じなのであるが
英明は普段、同クラスの仲良しの男子と下校することが多いため
下校途中に2人が遭遇するのは実に久方ぶりのことであった。
最近、英明とあまり話せていないな。
美紅は先ほどの鏡花への自白と相まってか、緊張で鼓動が
波打ち、頬が赤らんでいくのを感じた。
それを見て取ってか、鏡花が大声で英明に呼びかけた。
「おーい。英明。美紅もあんたのこと好きだって。
両想いってか、羨ましいね」
「ちょっと。鏡花ちゃん!」
「ごめんごめん。うち英明から相談受けてたんだよね。
美紅が自分のことどう思ってるか聞いてくれって。
2人のこと邪魔しちゃ悪いから先帰ってるね。バイバイ美紅」
そう言うやいなや、鏡花は一足先に帰ってしまった。
英明と美紅は眼を見開きながら互いを見つめていた。
照れくささと幸福感にあふれた、うっとりとするような沈黙が漂っていた。
先にその沈黙を破ったのは英明であった。
「鏡花は美紅の親友だろ。だからつい話しちまったんだ。
ほんとにごめん。だけど俺、美紅のことが好きなんだ」
英明は照れくさそうに頭を掻きながら、美紅の近くへと
歩み寄ってきた。
「英明くん……私、最近英明くんと話せなくて寂しかった。
私も英明くんのことが好き。」
美紅と英明は互いに手を取り合い、熱く視線を交わしあった。
英明くんの潤んだ瞳、とても素敵だわ。彼の瞳は少し灰色がかって特徴的だ。
ああ、このまま時間が止まってしまえばよいのに。
――まさに、その瞬間の出来事であった。
突如として紅い光が地球全体を照らし出したのである。
その光は、真紅のルビーのような誠に美しい光であった。
それはまるで、二人の恋を祝福する愛の光のようにさえ
思われたのだった。
情愛で頭が恍惚としていた美紅は、その異常な事態を
認識する暇もないまま、瞬く間に意識を失ったのだった。
「ちょっと。美紅。美紅ってば。起きてよ。」
ん。誰の声だろう。酷くガラガラとした声が私を呼んでいる。
近所のおばあさんの声かな。それにしては砕けた調子だけど。
「美紅ってば。起きろ。ウチだよ、鏡花だよ」
鏡花? 鏡花ちゃんか。そっか。あれ、私さっきまで
英明くんと両想いだって知って、それで……
美紅はまだ意識半ばのまま、鏡花だと称する声がする方へ目を向けたが
その光景を目の当たりにするやいなや、衝撃のあまり正気を取り戻した。
なんと、そこには先ほど別れたはずの鏡花と同じ服装をした
しわくちゃの老婆が佇んでいたからである。
「鏡花ちゃん? ほんとうに鏡花ちゃんなの?」
いや、彼女は鏡花ちゃんだ。
美紅は鏡花と親友だからそうしたことはなんとなく分かるのだ。
また、美紅は鏡花に呼びかけた自分の声らしき音も、ハリのない、疲れ切った
老婆の声であることに気がついた。
美紅は恐る恐る、自分の腕にぶら下がっている物体を目の前にかざした。
そこには、冬の枯れ枝のように節くれだった醜い手があった。
「鏡花ちゃん。」
鏡花はこの一言に込められた美紅の真意を機敏に察すると
彼女の方へ手鏡をおずおずと差し出した。
そこにはあまりに深く刻まれたあまり、一種の畏怖の念をも感じさせる
ような太い皺におおわれた、老婆の顔が映っていた。
「鏡花ちゃん。私たち、老婆になったの? どうして?」
「美紅、ウチも何故だかよく分からないの。突然紅い光に包まれて
意識を失って、目が覚めたらババアになってて。これって、きっと
なにかの悪い夢だよね? そうだよね?」
美紅も鏡花もこの異常事態を目の前にして、ただただ茫然自失と
なるほかなかった。
「そういえば、英明くんは?」
ふと、美紅は先刻まで無我夢中で恋焦がれた英明の存在を思い出すと
彼の姿を追い求めるように周囲を見渡した。
すると、十数メートルほど道の先に1人の年老いた男が
倒れているのを見出した。
まさか。
美紅は重たい腰を上げて、その老爺の近くまで
駆け寄ろうとした。
しかし、ひざの関節が激しく痛む。とても走ることなんてできやしない。
なんとか這いずるような形で彼の近くへとにじりよると、霞む目で
その姿を食い入るように見つめた。
それはやはり、英明であった。服装も彼の着用していたものそのもので
あったし、なにより彼の特徴的な灰色がかった瞳がそこにあった。
「こんな。こんなことって。ありえない。おかしいよ」
時間が止まればよいのにって願ったから罰が当たったのだろうか。
これは鏡花ちゃんのいうように夢よ。きっと。悪夢だわ。
早く目を覚まさなくちゃ。
しかしながら、それは紛れもなく現実であった。
腰痛が、目のかすれが、関節痛が、老化から生ずるあらゆる身体の不調が
美紅に現実逃避することを許さなかったのである。
「私、老婆になっちゃった。醜く老けてしまったんだわ」
美紅はしわがれ声で、何度も何度も繰り返し呟き続けた。
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