悪役令嬢諸国漫遊記

清水裕

文字の大きさ
16 / 37

閑話 暗殺者、少女と出会う。

しおりを挟む
 オレには記憶が無い。いや、あったのだろうが……余計な物を覚えておく必要は無い為に、所属する組織へと入る事になった時点で消されたのだろう。
 だから実際の年齢は分からないし、元々の名前も分からない。どんな人生を歩んで、どんな生活をしてたのかも分かるわけが無い。
 けれどそんな物はどうでもいい。今のオレは何時かやってくる聖女様を陰ながら外敵から護る為に用意された存在、それだけで十分だった。
 その為にオレは言われるがままに暗殺の技術を上げていった。
 一年、二年、と少しずつ技術は上がって行き、何時か聖女様に危害が加えられるかも知れない存在を排除したりした。
 十年が経つ頃には少年のような体付きが段々と大人へと変わり、相手を殺す事に何の抵抗も無くなり……蟻を潰すのと同じようなものと思う様になった頃、聖女様が教会へと現れた報せを聞いた。
 オレは影から教会へと現れた聖女様を見たけれど、彼女はまだ幼かった。
「アタシが聖女なの。その証拠に聖句を知ってるし、数年後には聖女の刻印が現れるわ!」
 けれども聖女様は自分を聖女と認めない者達を前に、毅然とした態度でそう告げていた。
 それを見ながら教会で次世代の聖女様の育成を任せられているオーリオ神官長はブヨブヨと太り、脂ぎった顔を満面の笑顔にしながら頷いていた。
 同時に裏でオレへとその者達を排除するように仕向けていった。
「上出来です。これからも聖女様の為に働いてくださいね」
 突然死を起こした部下の死を悼みながら、神官長は涙を流し……その裏ではそう言ってオレを労っていた。
 それからしばらくして、オレは聖女様と対面する事となり神官長に連れられて聖女様の前へと立った。
「聖女様、この者は聖女様を外敵から護る為に用意した盾であり、剣です。ご自由にお使いくださいませ」
「護衛? ……どちらかというと邪魔物を消す存在ってところかしら?」
 神官長の言葉を聞いた聖女様はすぐにオレの立場を察したらしく、呟いた。
 ジロジロと見られる視線を感じていると、聖女様は何かを呟いたが……それは聞いた事もない言葉だった。
『護衛だけど、どっちかっていうとニンジャよね。アサシンかニンジャ』
「……聖女様?」
「おお、聖女様! この者に、聖女が話せると言う聖句を唱えたのですかっ!?」
 聞き慣れない言葉に首を傾げていると、神官長が両手を広げながら驚いた様子であった。
 対するオレは静かに黙っているけれども、聞き慣れなかった言葉の正体が聖句である事に驚いていた。
「え!? あ、ああ、うん、聖句よ聖句! 今日からアンタの名前は『アサシン・ニンジャ』よ!!」
「アサシン・ニンジャ……」
「おお! 聖女様が名前をくださったぞ!! 良かったではないか!!」
 バシバシと神官長がオレの背中を叩くけれど、これは祝福……ではなく嫉妬? いや、馬鹿にしているのだろうか?
 そう思いながらも、オレは与えられた名前を小さく口の中で呟いた。
 オレだけの、名前……。オレだけの……。

「…………うぅっ、ここ……は」
 意識が浮上し、ゆっくりとオレは目覚めて行く……。
 すると、ズキズキと頭が痛み始めた。
 この痛みは一体何なのかと思ったけれども、すぐにあのメイドの姿をした化け物の存在を思い出した。
 ……そうか、オレは捕まったのか。
 そう思いながらオレは体を起こそうとした。けれど、拘束されているのか体は首までしか動く事は出来なかった。
 それに装備も……外されているか。
 拘束を解く為に手足に隠して持っていたナイフも無いように感じる。
 ばれないように忍ばせていたのだが、あっさりとばれてしまっていたらしい。
「何者なんだ……あのメイド……。それに、あの女も」
 オレが狙った女、聞いた話だと貴族だったはずなのに……どう考えても貴族などではないとしか思えない。いや、あれは人なのだろうかとさえ思ってしまう。
 同時によく無事だったとも思ってしまうけれど、いったいオレに何をさせるつもりなのだろうか? 基本的に相手を見張って、殺す事しか出来ないのだが?
 そんな事を思っていると、扉が開く音が聞こえた。……だが、かなり建て付けが悪いのかギギィィと金切り声のような音がしていた。
「――誰だ?」
「っ!? あ、あの……目が、覚めたの……ですか?」
 オレの声にビクッと怯える気配を感じたが、少しするとオドオドとした様子で少女が一人近づいてきた。
 こいつは……確か、度々町へと訪れた聖女様が施しを与えていた孤児の一人だったか?
 煤けた灰色のボサボサな髪、栄養が無いからか成長していない体、そして若干臭いを放つ衣服。
「此処は孤児院か? オレはどうしている? そして、お前は何のようだ?」
「は、はい。ここは、孤児院……です。その、パナセア……様が、縛っているから、ちゃんと……見てるようにって……言ってたので、見て……います」
 そう言うと孤児の少女は壊れかけの椅子を引き摺るとオレが見える辺りで座った。
 前髪で隠れた瞳から視線を感じるから、少女はオレを見ているのだろう。
 ……なんだ。この状況は?
 ベッドに縛られているオレを、孤児の少女が見ている……わけが分からない。
 だが、あの化け物達は居ないようだ。だったら、どうとでもなる……だろうか?
 そう思いながらオレは目の前の少女にこの拘束を解いてもらう事にした。
「……すまないが、水を飲ませてもらえないだろうか? ……ああ、このままだと飲むのは厳しいから拘束を解いてもらえると嬉しい」
「え、えと、は……はい」
 オレの言葉に少女は戸惑いつつも大丈夫と判断したようで、オレを拘束していた物を取り外し始めるのが見えた。
 拘束が解かれたら急いで此処を逃げる事にしよう。だが、目の前のこの少女には顔を見られている……殺るか。
 あの化け物達のような存在がゴロゴロしているはずがない。そう思いながら、オレは拘束が解かれた瞬間に少女の首を折る算段を考える。
「うん、しょ……! と、解けました。その、起き上がっても大丈夫で――」
「悪いな」
「――え?」
 そう言ってオレは自由になった手を動かし、少女の細い首を圧し折ろうとした。
 だがその瞬間、本当にこれで良いのかという声が頭の中に聞こえた気がした。
 なんだ……これは? 人を殺すのには慣れているだろう? それなのに、何故……手が動かないんだ?
「あ、の…………ぅぐ!?」
 骨と皮しかないと思える程に細い少女の首がオレの手に収まる中、少女は何が起きて居るのか理解出来ていないように……灰色の前髪の隙間から覗く紫色の瞳がオレを見ていた。
 その瞳、それがオレを躊躇わせているのだ。そう理解しながら、迷いを振り切るべくグッと手に力を入れようとした――瞬間、ゾッと全身を這うような怖気を感じた。
「なにしてるのー?」
「っ!?」
 入口の方から声が聞こえ、振り返ると……娼婦の様な服装をした少女が居た。
 目の前のこの状況を分かっていないとでも言うような少女だ。
 だが、だが、目の前の存在はあの化け物達とは違った意味で化け物に感じてしまった。
「な、なんだ……この人という大きさに無理矢理巨大な存在を押し込めたような存在は……!?」
 気が付けば全身がガクガク震え始めており、少女から手を放せずにいた。
 それを見た少女化け物が首を傾げながら何かを考えている様子だったが……。
「んー? あるじがね、いってたんだー。わるいやつはぼこぼこにしろってー♪」
 言いながら少女化け物はゆっくりと近付いてくると、手を振り上げた。
 ……オレは観念してあの化け物達が帰ってくるまで待てば良かったのだろうか。
 今になってそれが正しかったのではないかと思う中、振り下ろされた化け物の手は手刀のようにオレの肩へとめり込んだ。
「ガ――――っ!! っ!! ッッ!!」
 激痛、そうとしか言いようがない痛みが、ある程度の痛みには耐える事が出来るはずだったオレの体はその痛みに支配された。
 声にならない悲鳴を上げながら、オレは少女の首から手を放しその場で蹲ってしまう。
 なんだ。なんだこの痛みは!? 肩の骨が折れている!? いや、そもそもまだ体は付いているのか!?
 そんな不安さえ抱いてしまう中、少女の咽る声が耳に届いた。
「けほっ、けほっ……」
「だいじょうぶー?」
「は、はい……だ、大丈夫……です」
 少女化け物の声と、少女の声が聞こえる中……激痛からか、それともあの一撃が原因かは分からない。けれども徐々に意識が遠ざかり始めるのをオレは感じ始めていた。
 寒い、寂しい……これが、死。オレが与え続けていたモノ。
 それがオレにも与えられるというのか……。聖女様が成長する姿を見る事も出来ずに……。
 ああ、オレは……、おれは……。
「…………たくない」
 無意識に、オレは何かを呟いていた。
 直後……遠ざかっていく意識の中、オレは見た。
 銀色の髪を靡かせながら、懸命にオレの事を助けたいという風に紫の瞳で見ながら光り輝く少女の顔を……。
 あの顔は……、あれは……。
「せいじょ、さ……ま……?」
 体に温かい光が入っていくのを感じながら、オレの意識は先ほどと同じように遠ざかっていった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星井ゆの花(星里有乃)
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

処理中です...