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閑話 暗殺者、少女と出会う。
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オレには記憶が無い。いや、あったのだろうが……余計な物を覚えておく必要は無い為に、所属する組織へと入る事になった時点で消されたのだろう。
だから実際の年齢は分からないし、元々の名前も分からない。どんな人生を歩んで、どんな生活をしてたのかも分かるわけが無い。
けれどそんな物はどうでもいい。今のオレは何時かやってくる聖女様を陰ながら外敵から護る為に用意された存在、それだけで十分だった。
その為にオレは言われるがままに暗殺の技術を上げていった。
一年、二年、と少しずつ技術は上がって行き、何時か聖女様に危害が加えられるかも知れない存在を排除したりした。
十年が経つ頃には少年のような体付きが段々と大人へと変わり、相手を殺す事に何の抵抗も無くなり……蟻を潰すのと同じようなものと思う様になった頃、聖女様が教会へと現れた報せを聞いた。
オレは影から教会へと現れた聖女様を見たけれど、彼女はまだ幼かった。
「アタシが聖女なの。その証拠に聖句を知ってるし、数年後には聖女の刻印が現れるわ!」
けれども聖女様は自分を聖女と認めない者達を前に、毅然とした態度でそう告げていた。
それを見ながら教会で次世代の聖女様の育成を任せられているオーリオ神官長はブヨブヨと太り、脂ぎった顔を満面の笑顔にしながら頷いていた。
同時に裏でオレへとその者達を排除するように仕向けていった。
「上出来です。これからも聖女様の為に働いてくださいね」
突然死を起こした部下の死を悼みながら、神官長は涙を流し……その裏ではそう言ってオレを労っていた。
それからしばらくして、オレは聖女様と対面する事となり神官長に連れられて聖女様の前へと立った。
「聖女様、この者は聖女様を外敵から護る為に用意した盾であり、剣です。ご自由にお使いくださいませ」
「護衛? ……どちらかというと邪魔物を消す存在ってところかしら?」
神官長の言葉を聞いた聖女様はすぐにオレの立場を察したらしく、呟いた。
ジロジロと見られる視線を感じていると、聖女様は何かを呟いたが……それは聞いた事もない言葉だった。
『護衛だけど、どっちかっていうとニンジャよね。アサシンかニンジャ』
「……聖女様?」
「おお、聖女様! この者に、聖女が話せると言う聖句を唱えたのですかっ!?」
聞き慣れない言葉に首を傾げていると、神官長が両手を広げながら驚いた様子であった。
対するオレは静かに黙っているけれども、聞き慣れなかった言葉の正体が聖句である事に驚いていた。
「え!? あ、ああ、うん、聖句よ聖句! 今日からアンタの名前は『アサシン・ニンジャ』よ!!」
「アサシン・ニンジャ……」
「おお! 聖女様が名前をくださったぞ!! 良かったではないか!!」
バシバシと神官長がオレの背中を叩くけれど、これは祝福……ではなく嫉妬? いや、馬鹿にしているのだろうか?
そう思いながらも、オレは与えられた名前を小さく口の中で呟いた。
オレだけの、名前……。オレだけの……。
「…………うぅっ、ここ……は」
意識が浮上し、ゆっくりとオレは目覚めて行く……。
すると、ズキズキと頭が痛み始めた。
この痛みは一体何なのかと思ったけれども、すぐにあのメイドの姿をした化け物の存在を思い出した。
……そうか、オレは捕まったのか。
そう思いながらオレは体を起こそうとした。けれど、拘束されているのか体は首までしか動く事は出来なかった。
それに装備も……外されているか。
拘束を解く為に手足に隠して持っていたナイフも無いように感じる。
ばれないように忍ばせていたのだが、あっさりとばれてしまっていたらしい。
「何者なんだ……あのメイド……。それに、あの女も」
オレが狙った女、聞いた話だと貴族だったはずなのに……どう考えても貴族などではないとしか思えない。いや、あれは人なのだろうかとさえ思ってしまう。
同時によく無事だったとも思ってしまうけれど、いったいオレに何をさせるつもりなのだろうか? 基本的に相手を見張って、殺す事しか出来ないのだが?
そんな事を思っていると、扉が開く音が聞こえた。……だが、かなり建て付けが悪いのかギギィィと金切り声のような音がしていた。
「――誰だ?」
「っ!? あ、あの……目が、覚めたの……ですか?」
オレの声にビクッと怯える気配を感じたが、少しするとオドオドとした様子で少女が一人近づいてきた。
こいつは……確か、度々町へと訪れた聖女様が施しを与えていた孤児の一人だったか?
煤けた灰色のボサボサな髪、栄養が無いからか成長していない体、そして若干臭いを放つ衣服。
「此処は孤児院か? オレはどうしている? そして、お前は何のようだ?」
「は、はい。ここは、孤児院……です。その、パナセア……様が、縛っているから、ちゃんと……見てるようにって……言ってたので、見て……います」
そう言うと孤児の少女は壊れかけの椅子を引き摺るとオレが見える辺りで座った。
前髪で隠れた瞳から視線を感じるから、少女はオレを見ているのだろう。
……なんだ。この状況は?
ベッドに縛られているオレを、孤児の少女が見ている……わけが分からない。
だが、あの化け物達は居ないようだ。だったら、どうとでもなる……だろうか?
そう思いながらオレは目の前の少女にこの拘束を解いてもらう事にした。
「……すまないが、水を飲ませてもらえないだろうか? ……ああ、このままだと飲むのは厳しいから拘束を解いてもらえると嬉しい」
「え、えと、は……はい」
オレの言葉に少女は戸惑いつつも大丈夫と判断したようで、オレを拘束していた物を取り外し始めるのが見えた。
拘束が解かれたら急いで此処を逃げる事にしよう。だが、目の前のこの少女には顔を見られている……殺るか。
あの化け物達のような存在がゴロゴロしているはずがない。そう思いながら、オレは拘束が解かれた瞬間に少女の首を折る算段を考える。
「うん、しょ……! と、解けました。その、起き上がっても大丈夫で――」
「悪いな」
「――え?」
そう言ってオレは自由になった手を動かし、少女の細い首を圧し折ろうとした。
だがその瞬間、本当にこれで良いのかという声が頭の中に聞こえた気がした。
なんだ……これは? 人を殺すのには慣れているだろう? それなのに、何故……手が動かないんだ?
「あ、の…………ぅぐ!?」
骨と皮しかないと思える程に細い少女の首がオレの手に収まる中、少女は何が起きて居るのか理解出来ていないように……灰色の前髪の隙間から覗く紫色の瞳がオレを見ていた。
その瞳、それがオレを躊躇わせているのだ。そう理解しながら、迷いを振り切るべくグッと手に力を入れようとした――瞬間、ゾッと全身を這うような怖気を感じた。
「なにしてるのー?」
「っ!?」
入口の方から声が聞こえ、振り返ると……娼婦の様な服装をした少女が居た。
目の前のこの状況を分かっていないとでも言うような少女だ。
だが、だが、目の前の存在はあの化け物達とは違った意味で化け物に感じてしまった。
「な、なんだ……この人という大きさに無理矢理巨大な存在を押し込めたような存在は……!?」
気が付けば全身がガクガク震え始めており、少女から手を放せずにいた。
それを見た少女が首を傾げながら何かを考えている様子だったが……。
「んー? あるじがね、いってたんだー。わるいやつはぼこぼこにしろってー♪」
言いながら少女はゆっくりと近付いてくると、手を振り上げた。
……オレは観念してあの化け物達が帰ってくるまで待てば良かったのだろうか。
今になってそれが正しかったのではないかと思う中、振り下ろされた化け物の手は手刀のようにオレの肩へとめり込んだ。
「ガ――――っ!! っ!! ッッ!!」
激痛、そうとしか言いようがない痛みが、ある程度の痛みには耐える事が出来るはずだったオレの体はその痛みに支配された。
声にならない悲鳴を上げながら、オレは少女の首から手を放しその場で蹲ってしまう。
なんだ。なんだこの痛みは!? 肩の骨が折れている!? いや、そもそもまだ体は付いているのか!?
そんな不安さえ抱いてしまう中、少女の咽る声が耳に届いた。
「けほっ、けほっ……」
「だいじょうぶー?」
「は、はい……だ、大丈夫……です」
少女の声と、少女の声が聞こえる中……激痛からか、それともあの一撃が原因かは分からない。けれども徐々に意識が遠ざかり始めるのをオレは感じ始めていた。
寒い、寂しい……これが、死。オレが与え続けていたモノ。
それがオレにも与えられるというのか……。聖女様が成長する姿を見る事も出来ずに……。
ああ、オレは……、おれは……。
「…………たくない」
無意識に、オレは何かを呟いていた。
直後……遠ざかっていく意識の中、オレは見た。
銀色の髪を靡かせながら、懸命にオレの事を助けたいという風に紫の瞳で見ながら光り輝く少女の顔を……。
あの顔は……、あれは……。
「せいじょ、さ……ま……?」
体に温かい光が入っていくのを感じながら、オレの意識は先ほどと同じように遠ざかっていった。
だから実際の年齢は分からないし、元々の名前も分からない。どんな人生を歩んで、どんな生活をしてたのかも分かるわけが無い。
けれどそんな物はどうでもいい。今のオレは何時かやってくる聖女様を陰ながら外敵から護る為に用意された存在、それだけで十分だった。
その為にオレは言われるがままに暗殺の技術を上げていった。
一年、二年、と少しずつ技術は上がって行き、何時か聖女様に危害が加えられるかも知れない存在を排除したりした。
十年が経つ頃には少年のような体付きが段々と大人へと変わり、相手を殺す事に何の抵抗も無くなり……蟻を潰すのと同じようなものと思う様になった頃、聖女様が教会へと現れた報せを聞いた。
オレは影から教会へと現れた聖女様を見たけれど、彼女はまだ幼かった。
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けれども聖女様は自分を聖女と認めない者達を前に、毅然とした態度でそう告げていた。
それを見ながら教会で次世代の聖女様の育成を任せられているオーリオ神官長はブヨブヨと太り、脂ぎった顔を満面の笑顔にしながら頷いていた。
同時に裏でオレへとその者達を排除するように仕向けていった。
「上出来です。これからも聖女様の為に働いてくださいね」
突然死を起こした部下の死を悼みながら、神官長は涙を流し……その裏ではそう言ってオレを労っていた。
それからしばらくして、オレは聖女様と対面する事となり神官長に連れられて聖女様の前へと立った。
「聖女様、この者は聖女様を外敵から護る為に用意した盾であり、剣です。ご自由にお使いくださいませ」
「護衛? ……どちらかというと邪魔物を消す存在ってところかしら?」
神官長の言葉を聞いた聖女様はすぐにオレの立場を察したらしく、呟いた。
ジロジロと見られる視線を感じていると、聖女様は何かを呟いたが……それは聞いた事もない言葉だった。
『護衛だけど、どっちかっていうとニンジャよね。アサシンかニンジャ』
「……聖女様?」
「おお、聖女様! この者に、聖女が話せると言う聖句を唱えたのですかっ!?」
聞き慣れない言葉に首を傾げていると、神官長が両手を広げながら驚いた様子であった。
対するオレは静かに黙っているけれども、聞き慣れなかった言葉の正体が聖句である事に驚いていた。
「え!? あ、ああ、うん、聖句よ聖句! 今日からアンタの名前は『アサシン・ニンジャ』よ!!」
「アサシン・ニンジャ……」
「おお! 聖女様が名前をくださったぞ!! 良かったではないか!!」
バシバシと神官長がオレの背中を叩くけれど、これは祝福……ではなく嫉妬? いや、馬鹿にしているのだろうか?
そう思いながらも、オレは与えられた名前を小さく口の中で呟いた。
オレだけの、名前……。オレだけの……。
「…………うぅっ、ここ……は」
意識が浮上し、ゆっくりとオレは目覚めて行く……。
すると、ズキズキと頭が痛み始めた。
この痛みは一体何なのかと思ったけれども、すぐにあのメイドの姿をした化け物の存在を思い出した。
……そうか、オレは捕まったのか。
そう思いながらオレは体を起こそうとした。けれど、拘束されているのか体は首までしか動く事は出来なかった。
それに装備も……外されているか。
拘束を解く為に手足に隠して持っていたナイフも無いように感じる。
ばれないように忍ばせていたのだが、あっさりとばれてしまっていたらしい。
「何者なんだ……あのメイド……。それに、あの女も」
オレが狙った女、聞いた話だと貴族だったはずなのに……どう考えても貴族などではないとしか思えない。いや、あれは人なのだろうかとさえ思ってしまう。
同時によく無事だったとも思ってしまうけれど、いったいオレに何をさせるつもりなのだろうか? 基本的に相手を見張って、殺す事しか出来ないのだが?
そんな事を思っていると、扉が開く音が聞こえた。……だが、かなり建て付けが悪いのかギギィィと金切り声のような音がしていた。
「――誰だ?」
「っ!? あ、あの……目が、覚めたの……ですか?」
オレの声にビクッと怯える気配を感じたが、少しするとオドオドとした様子で少女が一人近づいてきた。
こいつは……確か、度々町へと訪れた聖女様が施しを与えていた孤児の一人だったか?
煤けた灰色のボサボサな髪、栄養が無いからか成長していない体、そして若干臭いを放つ衣服。
「此処は孤児院か? オレはどうしている? そして、お前は何のようだ?」
「は、はい。ここは、孤児院……です。その、パナセア……様が、縛っているから、ちゃんと……見てるようにって……言ってたので、見て……います」
そう言うと孤児の少女は壊れかけの椅子を引き摺るとオレが見える辺りで座った。
前髪で隠れた瞳から視線を感じるから、少女はオレを見ているのだろう。
……なんだ。この状況は?
ベッドに縛られているオレを、孤児の少女が見ている……わけが分からない。
だが、あの化け物達は居ないようだ。だったら、どうとでもなる……だろうか?
そう思いながらオレは目の前の少女にこの拘束を解いてもらう事にした。
「……すまないが、水を飲ませてもらえないだろうか? ……ああ、このままだと飲むのは厳しいから拘束を解いてもらえると嬉しい」
「え、えと、は……はい」
オレの言葉に少女は戸惑いつつも大丈夫と判断したようで、オレを拘束していた物を取り外し始めるのが見えた。
拘束が解かれたら急いで此処を逃げる事にしよう。だが、目の前のこの少女には顔を見られている……殺るか。
あの化け物達のような存在がゴロゴロしているはずがない。そう思いながら、オレは拘束が解かれた瞬間に少女の首を折る算段を考える。
「うん、しょ……! と、解けました。その、起き上がっても大丈夫で――」
「悪いな」
「――え?」
そう言ってオレは自由になった手を動かし、少女の細い首を圧し折ろうとした。
だがその瞬間、本当にこれで良いのかという声が頭の中に聞こえた気がした。
なんだ……これは? 人を殺すのには慣れているだろう? それなのに、何故……手が動かないんだ?
「あ、の…………ぅぐ!?」
骨と皮しかないと思える程に細い少女の首がオレの手に収まる中、少女は何が起きて居るのか理解出来ていないように……灰色の前髪の隙間から覗く紫色の瞳がオレを見ていた。
その瞳、それがオレを躊躇わせているのだ。そう理解しながら、迷いを振り切るべくグッと手に力を入れようとした――瞬間、ゾッと全身を這うような怖気を感じた。
「なにしてるのー?」
「っ!?」
入口の方から声が聞こえ、振り返ると……娼婦の様な服装をした少女が居た。
目の前のこの状況を分かっていないとでも言うような少女だ。
だが、だが、目の前の存在はあの化け物達とは違った意味で化け物に感じてしまった。
「な、なんだ……この人という大きさに無理矢理巨大な存在を押し込めたような存在は……!?」
気が付けば全身がガクガク震え始めており、少女から手を放せずにいた。
それを見た少女が首を傾げながら何かを考えている様子だったが……。
「んー? あるじがね、いってたんだー。わるいやつはぼこぼこにしろってー♪」
言いながら少女はゆっくりと近付いてくると、手を振り上げた。
……オレは観念してあの化け物達が帰ってくるまで待てば良かったのだろうか。
今になってそれが正しかったのではないかと思う中、振り下ろされた化け物の手は手刀のようにオレの肩へとめり込んだ。
「ガ――――っ!! っ!! ッッ!!」
激痛、そうとしか言いようがない痛みが、ある程度の痛みには耐える事が出来るはずだったオレの体はその痛みに支配された。
声にならない悲鳴を上げながら、オレは少女の首から手を放しその場で蹲ってしまう。
なんだ。なんだこの痛みは!? 肩の骨が折れている!? いや、そもそもまだ体は付いているのか!?
そんな不安さえ抱いてしまう中、少女の咽る声が耳に届いた。
「けほっ、けほっ……」
「だいじょうぶー?」
「は、はい……だ、大丈夫……です」
少女の声と、少女の声が聞こえる中……激痛からか、それともあの一撃が原因かは分からない。けれども徐々に意識が遠ざかり始めるのをオレは感じ始めていた。
寒い、寂しい……これが、死。オレが与え続けていたモノ。
それがオレにも与えられるというのか……。聖女様が成長する姿を見る事も出来ずに……。
ああ、オレは……、おれは……。
「…………たくない」
無意識に、オレは何かを呟いていた。
直後……遠ざかっていく意識の中、オレは見た。
銀色の髪を靡かせながら、懸命にオレの事を助けたいという風に紫の瞳で見ながら光り輝く少女の顔を……。
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