悪役令嬢諸国漫遊記

清水裕

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第十六話 悪役令嬢、頭痛を覚える。

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 わたくしにしがみ付く様にして歩くセージョさんを連れて孤児院まで戻ってくると、シスさんが驚いた様子でわたくし達を出迎えてくれました。
 セージョさんの様子から何があったのかを理解したようで、セージョさんに「大変だったわね……」と優しく声をかけてくれていました。
 そして温かい薬草茶を彼女へと差し出し、チビチビと飲んでいたセージョさんですが……薬草茶でリラックスしたのと精神的な疲労が溜まってしまっていたのでしょう、気づけばわたくしの肩にもたれかかるようにして眠っていました。
「……よっぽど恐かったんですね」
 呟きながら、眠る彼女の髪を優しく撫でると「んぅ……」と可愛らしい寝言を口にしました。
 そんなわたくしの行動をシスさんが見ていましたが、突然と頭を下げてきました。
「ありがとうございます、パナセア様……」
「お礼を言われる事などしていませんよ」
「いえ、セージョの様子から本当に怖いことがあったに違いありません。それを助けてくれた貴女様には本当に感謝しか出来ません」
 気にしなくても良いのですが……。そう思いながら、わたくしはセージョさんの髪を撫で続けていますが……気持ち良さそうにしていた表情が徐々に歪み始めました。
 気に触りましたか? そんな風に思っていると、魘され具合が尋常じゃないと感じられました。
「う、うぅ……や、いや……、こない……で……」
「セージョさん? どうしましたか?」
「セージョ、どうしたの?」
 シスさんも変だと感じたようでわたくし達のほうへと近づくと、優しく彼女をゆすりました。
 ですが、それでもセージョさんは目覚めません。これは……何かを感じ取っているのでしょうか?
「ぃやぁ……。こない、でぇ……たすけ、て……」
「パ、パナセア様……これは……」
「……何かを、感じ取っているのは分かりますが……聖女だから?」
「え?」
「いえ、気にしないでください。とにかく、目が覚めないと話しになりませんね」
 わたくしの言葉にシスさんがこちらを見ましたが、気にしない振りをしつつセージョさんを視ます。
 ですが特に変わった様子は見られません。……通常とは違う視方に変えましょうか。
 怪我とか病気ではなく、一種の呪いを受けているのかも知れませんし。そう思いながら、呪いを受けている場合に有効である目に魔力を集中させながら見ます。
「これは……闇?」
 そう、一言で言うなら闇がセージョさんの頭の周囲を包みこんでいるようでした。
 自身の中から溢れ出している? ……いえ、これは……。
「いえ、考えるのは後にしましょう。今はセージョさんを目覚めさせるのが先決です」
 彼女を包む闇が何処から来てるのか、浮かび始める考えを振り払うとわたくしは手に魔力を広げるようにして伸ばすと仰ぐようにセージョさんへと手を左右させます。
 すると彼女の頭を包んでいた闇は吹き飛ばされるように散って行くのが視えました。
「んっ、んん……。あ……れ? わた、し……」
「セージョ!? ああ良かった、目を覚ましたのね!」
「シスター? あの、どうか……したの?」
 目を覚ましたセージョさんを前に安堵の息を吐きながらシスさんは彼女を抱きしめます。
 対するセージョさんは良く分かっていないようで戸惑いながらシスさんに抱きしめられていました。
 ……ですが、シスさんには悪いですけどそれは中断してもらいましょう。
「シスさん、少々急いでいますのでセージョさんとお話をさせていただけませんか?」
「え、あ、はっ、はい! すみませんでしたパナセア様」
「御気になさらず、それでセージョさん……大丈夫ですか?」
 戸惑った様子でセージョさんから離れるシスさんにひとこと言ってからわたくしはセージョさんと向き合います。
 セージョさんはわたくしを見ると……照れたように頬を染めて顔を反らしました。
「この様子からして大丈夫みたいですね。……それでセージョさん、貴女は今どんな悪夢を見てたのですか?」
「あ、えっと……その……すごく怖い暗やみが、わたしをおいかけてきてました。それで……にくい、とかゆるさない……とか言われて、すごく……こわかったです……」
 わたくしの質問にセージョさんはぽつりぽつりと呟くように答えていきます。ですが、怖い暗闇が追いかけてくる……ですか。
 まさかアージョさん、追い込まれたからと最悪な事をしましたか?
 そんな可能性を浮かんだ瞬間、顔を顰めながらレヴィアが近付いてきました。
「あるじー、なんだかへんなモヤモヤがあっちでうごめいてるー……」
「モヤモヤ、ですか?」
「うん。いやなモヤモヤー……。すっごくいやなかんじがするのー」
 言いながらレヴィアはある方角を指差しました。
 あっちは……中心部辺り、ですよね? もしかしなくてももしかするでしょうけど……一応聞いておきましょうか。
「シスさん、あの方角にって何がありますか?」
「あの方角ですか? えぇっと……、教会がありますね。アージョがいる教会が……」
 シスさんがそう言った瞬間、頭が痛くなるのを感じました。
 当たり前です。どうして転生者という存在は基本的には最悪な事を起こすのが好きなのでしょうか?
 数日間の猶予があるならば良かったですよ? ですが、何ですか貶されて後が無いとわかったから準備も無しに危険な行為を行ったというのですか!?
 彼を見習ってくださいよ、彼を……! ちゃんと考えに考えて、準備を念入りに行って、相手が優位に立っていると思った瞬間から、少しずつ崩れ去ろうとしていくように計画を立ててる彼を!!
「あの……パナセア様? 大丈夫……ですか?」
「あ、ああ、はい、大丈夫です……。ただちょっと自分でも予想外の出来事に頭痛を覚えただけです……」
「は、はあ……」
 わたくしの洩れるような返事にシスさんはキョトンとした表情で呟いていましたが、このままではいけませんよね?
 とりあえず、レヴィアへと向き直ると顔を顰めたままでした。
「レヴィア、もやもやは近づいてくる気配がありますか?」
「えっとねー、モヤモヤはすこしずつおおきくなってきてるかもー。レヴィアがつなみをだすときとおなじかんじでー」
「なるほど、時間は無い……ですか。シスさん、子供達をつれて外に出ましょう。手遅れにならない内に」
「え? え? パ、パナセア様? いったいどうしたのですか?!」
 何が起きているのか分からないシスさんは戸惑った様子でわたくしの言葉に尋ねてきます。
 まあ、事情を知らない人が見ていたらまったく分かりませんよね?
「説明している暇はありません。早く移動しないと……とりあえず港か丘の、出来るだけ中央の教会から離れた位置まで移動しないと――――っっ!!」
 そう言った瞬間、周囲に広がるかのように吐き気を催す気配がしました。
 わたくし以外にも感じたようで、シスさんも口元に手を当てて蹲りました。
「……遅かったみたいですね」
 呟いた瞬間、外の方では町の人々が口々に「何だあれ!?」「闇? 闇が近づいてくる?!」と言った戸惑った様子の声が聞こえました。
 その声は段々と大きくなり、吐き気を催す気配も少しずつ近づいてくるのを感じます。
「パ、パナセアさま……」
「……シスさん、急いでここに残っている子供達をつれて港か丘に行きますよ」
「で、ですが……――「急いで!!」――は、はいっ!!」
 膝を付いて青い顔をしているシスさんへと素早く言うと、何が起きているのかを理解していない状態で動くのは危険だと考えているのでしょう。彼女は躊躇うようにわたくしの言葉に返事を返そうとしました。
 ですがそれよりも先にわたくしの大声にビクリと跳ねて、急いで子供達を呼びに走って行きました。
 それを見ながら、わたくしは立ち上がろうとしますが……上手く立ち上がれません。
「お嬢様、失礼します」
「あ、え、ええ……、ありがとう、カエデ」
「気にしないでください。それに……完璧なお嬢様に本当に手を貸すことが出来る機会なんてあまりないですから」
 何も話さず側に付き従っていたカエデが手を差し伸べ、わたくしは彼女の手を掴んでゆっくりと立ち上がりました。
 ですが、ひとこと余計ですよ?
「カエデ、わたくしだって人間ですから対処出来ないことが起きたら混乱だってしますし、腰だって抜かしますよ?」
「はい、そこがお嬢様の可愛らしいところです。……大丈夫ですか?」
「…………ええ、大丈夫みたい。けど不安だから少し手は貸してくれるかしら?」
「仰せのままに。それで、孤児院の子供達をつれてどちらに向かいますか?」
 わたくしへと頭を垂れるカエデを見てから、挙動不審のセージョさんへと声をかけます。
 ここは感に頼りましょう。
「セージョさん、港と丘……行くならどっちが良いですか?」
「ふぇっ!? え、えと、あの、その……お、丘で!!」
「わかりました。カエデ、岬の辺りにある丘まで避難しましょう」
 突然話を振られたセージョさんは戸惑いながら答えました。
 その言葉を聞いて、わたくしはカエデに行く先を指示すると同時にシスさんが子供達をつれて戻ってきました。
 子供達は小さいからか、何が起きているのかよく分かっていない様子でしたが……思い空気を感じているようでソワソワと落ち着きがありません。
「お、お待たせしました!」
「大丈夫です。……あなた達、今から移動をしますが迷子にならないように気をつけてくださいね」
『『は、はいっ!』』『『う、うん!』』
 逆らってはいけない、そう思っているようで彼らは一同に頷きました。
 それを見てからシスさんを見て、チラリと壁の華と化しているアサシンさんを見ます。
 子供達が遅れず迷子にならないように手を貸すようにと意味を込めてのチラ見ですが、分かっているようで頷いていますね。
「わかったみたいですね。それでは丘に行きましょう。シスさん、セージョさんは地元ですからあの丘へと向かう道は分かりますか?」
「「は、はい」」
「よろしい。では案内をお願いしますね」
 わたくしの言葉に全員が頷き、孤児院を出ると走らず騒がず、けれども手早く町中を早足で移動しながら丘に向けて移動します。
 ですが、自分達だけが助かるのは彼女達には重いでしょうから、言っておきましょうか。
「すぅ……皆さん! 迫りくる闇に取り込まれる前に急いで港か丘まで逃げてください!! 聞こえているなら、動けない者に手を貸して急いで移動してください!!」
 そう叫んだ瞬間、周囲がザワッと慌しくなります。同時に迫り来る闇に呆然としていた者達が動き出すのが見えました。
 そんな気配を感じながら、もう一度叫びます。
「もう一度言います! 逃げ遅れた者に手を貸し、急いで丘か港に逃げてください!!」
「パナセア様……」
「周りを巻き込まず、注意しながら時には手を貸し移動してください!!」
「わ、私達も! みなさーん! 逃げてくださーーいっ!!」
『『にげてー!』』
『『てつだってーーっ!!』』
 わたくしの声に混ざるようにして、移動をしながらシスさんと一緒に逃げる子供達も声を上げます。
 我先にと逃げ出そうとしていた町の者達もそんな彼女達の様子を見ていたからか、ごく一部ですがハッとした様子で近くで転んだ者や腰を抜かしている者に手を貸しているのが見えました。
 そんな彼らを見ながら、わたくしはチラリと後ろを……中央の教会を見ます。
 ――闇。そう、一言で現すならば闇が半球状に広がり、少しずつ町を呑み込んでるように見えました。
 中はいったいどうなっているのか、それは分かりませんが……見ていると吐き気が催される為、良いものではないでしょう。
 早くなんとかしないといけませんね……。

 しばらく町中を移動をし続け、家々が無くなり舗装された地面は徐々に草に覆われた道へと変わり始め、道なのか分からない程の場所へとなっていました。
 どうやらこの丘は見晴らしは良いけれど誰も寄り付かない場所だったのでしょうね。
 そう思いながら周囲を見ると、わたくし達以外にも自力でここに辿り着いた者、わたくし達の声に気づいて移動した者達が居ました。
 そしてわたくしは……、
「ふぅ……はぁ……」
「大丈夫ですか、お嬢様」
「ええ、大丈夫よ……。けど、舗装されていない道とはこんなにも歩き難いものなのね……。今度はもう少し歩き易い靴を履く事にするわ」
 慣れない道を歩いていたからか、それとも素早く移動を行っていたからか肩で息をしていました。
 けれどもそのお陰か、無事に丘に辿り着くことが出来ました。
 ビュウビュウと潮風が流れる丘の上から町を見ると、町の中心……多分教会を起点に闇の半球は広がっていました。
「パナセア様……、あれは……なんですか?」
「わたくしにはアレが何なのかは分かりません。……セージョさんはどう感じますか?」
「え? えっと、あれは……こわいものです。アージョが、わたしをどなるときに近いような感じに……」
 セージョさんに尋ねると、ジワジワと広がる闇を恐がるように彼女はそう言いますが……なるほど、所謂負の感情が強いといったところでしょうか?
 そんな事を考えながら、目を閉じどうするべきかを考えます。
 いえ、どうするべきかは分かりますよ? あの負の感情の闇を払えば良いのですから。
 ですがそれを行うには、渦中の真っ只中である教会にある聖女のみが開くことが出来る扉を使わなければならないはずです。
 けれども闇の中に入ることが出来るのでしょうか?
「パ、パナセア様?」
 黙り続けるわたくしを心配してか、不安そうにセージョさんがこちらを見ます。
 そんな彼女に釣られて周囲の視線が集まりますが、気にはしません。
 出来るだけ考えをまとめないと……。
 あの闇に対処するには教会の扉が必要。そして扉は闇の中にある……。
 つまりは鍵が掛かった部屋の中に鍵があるといった状態です。
 では、鍵が掛かった扉を壊す? いえ、あれは聖女の力でないと対処出来ないと直感が感じています。
 でも如何にかしないといけないですよね? ……いえ、例えで浮かんだ考え方、それを現状に置き換えたらどうですか?
 鍵が扉、部屋の扉が闇と考えましょう。ちゃんとした鍵は部屋の中……。
 けれどそれを開けるには蹴破る? こじ開ける? ……もうひとつ鍵がある事を確認する。
「鍵……そう、そうだわ。鍵、鍵よ!」
「お、お嬢様? その、大丈夫……ですか?」
「ええ大丈夫よ。ようやく考えがまとまったわ!」
 浮かんだ考えに鼻息荒くわたくしはカエデに返事を返す。
 そして、丘のある程度の広さがある場所まで向かうとわたくしは力を使って目的の物を創り始める。
 創るのは扉、教会にある聖女が開く扉と同じ物。けれどこれは緊急時の為に一回だけの物。
 そのイメージの元、少しずつわたくしの前へと扉が形作られるのを見ていると、誰かの声が聞こえた。

 ――瞬間、背中に焼けた鉄の塊を押し付けられたような痛みが……走った。
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