ベル先生と混人生徒たち

清水裕

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第一章 賢者と賢者の家族

第4話 ベル、ディックと食事をする。

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 それからしばらくして、お風呂タイムが終わったようで真新しい服に着替えたディックとベルの体からはポカポカとした湯気が昇っており、温かくなっていることが分かる。
 ……が、ディックのほうは湯に上せたのか、それとも別の理由か顔が真っ赤になったままだ。

「ふう、温かかったぁ。ディックも気持ちよかったかしら?」
「うぇっ!? あ、その……う、うん……」

 ベルが声をかけると、ボーっとしてた彼は突如ビクリと体を跳ねさせ獣人特有の耳と尻尾をピンと立てながら、戸惑いつつ返事を返した。
 そんな彼の様子を見ながら、ベルはクスリと笑う。その笑いがディックの耳に届いたらしく、嫌そうな表情で彼女を睨みつけたのだが……その睨みも一瞬で、すぐにポカンとした表情となった。
 何故なら、その笑いは嘲りなどではなく、まるで大事な物を見ている……所謂母親が子供に向けるような笑いだった。
 だが、そんな笑いを向けられたことも無いディックは当然……戸惑った。

(な、なんだよ……? なんだよ、その笑い顔は……?! お、おれを笑ったはずなのに、こいつの笑い顔……すごくあたたかくなる……)

 ベルが自身に向ける感情。それが何なのか分からず、再び振り返ろうとしたディックだったがそれが出来ず、それでも真正面を向くわけにも行かず……力なく首を下に向けて視線を床に向けた。
 そして、そんな彼の心情を知るかと言わんばかりに、彼のお腹はググゥ~~……。と鳴った。

「ふふっ、温かくなったら、今度はお腹が空いたみたいね。それじゃあ、髪を乾かしてからご飯にしましょう。そのときか食後に、私がきみを貰ってきた理由を言うわ。良い?」
「……………………わかった」

 こくんと首を縦に振るディックを見ながら、ベルは彼の頭へとバスタオルを優しく乗せるとゆっくりと撫でるように髪についた水滴を拭い始めた。
 ……そんな彼女の行動を彼はお腹が鳴ってしまった羞恥からか顔を赤くしたまま、我慢して受け入れたのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「さてと、温めてくるから少し待っててちょうだい。ああ、別に寝転がっても良いから心配しないでね」

 妙に落ち着く香りを醸し出す草で編まれたであろう絨毯が敷き詰められたリビング。そこへと案内されたディックは言われるがまま絨毯の上へと座った。
 そんな彼を見てから、ベルは作ったパン粥を温めるために台所へと向かい見えなくなった。
 彼女が居なくなったからだろうか、ディックはようやく自分が落ち着いたのを感じた。
 ……その落ち着きを覚えた瞬間、どうやら自分はかなり彼女に対して警戒と緊張をしていたのだと言うことを彼は理解する。
 まあ、それもそうだろう。何も無償で手助けをする奴なんて居るわけがないのだから。

(……あいつ、いったいおれをどうするつもりなんだ……? 何もしないって言ってたけど、信じられない! きっと、安心しきったところで裏切るに決まってるんだ!!)

 ディックの脳裏には、自身を痛めつけたあの悪魔のような王女の姿が過ぎり、その結果自分を拉致同然で連れて来たベルを信用する気にはなれなかった。
 だから、甘い顔なんて絶対にしない! そう彼は心に誓う。
 今だってきっと、台所に向かったと言っておきながらこっそりと様子を窺っているに違いない。もしくは様子を窺う道具を使っているはずだ。
 そう思いながらディックは今自分が居る部屋の中を見渡す。すると部屋の中が変だということに彼は気づいた。
 普通は部屋の中ならばあるのが当然である椅子がひとつも無いのだ。
 そして、唯一置かれているテーブルも脚が低く……腰を屈まないといけない、まるで座ることが前提に作られた木製のテーブルだった。

(どういう……ことだ? 椅子に座って、テーブルでごはんとか食べないのか? もしかして、あのあしが低いテーブルでごはんを……? い、いやっ、地べたに座るのは、奴隷とかのはずなのに……)

 目の前に置かれたテーブルに視線を移しながら、ディックは困惑する。
 何故なら普通人間であれ混人であれ、好き好んで地べたで座るわけが無いのだ。例え絨毯が敷かれていようとも……だ。
 訳が分からずディックが動揺する中、パン粥を温め終えたのか鍋を手にしたベルが戻って来た。

「お待たせ、きみには少し物足りないと思うけど……今まで、満足がいくような物を食べさせられていたのか分からないきみに、いきなり肉のようなガツンと重い物は厳しいと思うからパン粥にさせて貰ったわ」

 そう言いながら、彼女はテーブルの上へと鍋敷を敷くとその上へと鍋を置くと絨毯の上へと座り、蓋を開けた。
 すると、鍋の中の温められたパン粥がふんわりと甘いミルクの匂いを放ち、それが部屋の中へと広がっていった。
 その甘い匂いに……先程もお腹を鳴らしていたディックの喉がゴクリと鳴るのがベルの耳に届いた。

「それじゃあ、よそうから待っててちょうだいね」

 優しい口調でベルはディックに言うと木のしゃもじを使い、何時の間にか出された木の器へとドロドロのパン粥を注ぐと木のスプーンと共に彼へと差し出した。
 そんな差し出された木の器をディックは驚いた様子で見つつ、それとベルを交互に見始める。

「え、あ……食べて、いいのかよ?」
「ええ、食べてもいいわよ。……もしかして、毒を気にしているのかしら?」
「っ!! ち、ちげーよ! お、おれが食べるときはもう凄く冷めてて冷たいから……」
「……そう。けど、心配しなくてもいいわ。私はディックが先に食べても怒りはしないから、これからは温かいご飯を一緒に食べましょう」

 そう言いながら、ベルはディックをより優しく見る。
 その瞳に宿る感情、それがいったいどんな感情であるのかはディックにはまだ分からない。……けれど、その視線を向けられる彼は、何とも居心地の悪さを感じてしまっていた。
 だから、その視線から外れるために急いでパン粥が入った木の器を取り、それを食べるためにスプーンを口へと運ぶ。
 ……が、スプーンを口に運んだ瞬間……彼は体をビクリとさせ、耳と尻尾を立て……漫画でよく見るような下から上に向けて震えが通り抜けていった。

「~~~~~~っっ!!」
(あ、あれ……? もしかして、不味かったのかしら? 数百年も引き篭もってたから味音痴に……? あ)

 そんな不安を感じながら、ディックを見ていたベルだったが彼が固まる理由に思い至った。
 温まったばかりのパン粥が熱すぎたのだ。
 だから固まっている。それに気づいたベルは急いで木のカップを取り出すと、何処からとも無く取り出した陶器で作られた瓶を傾ける。
 すると中から白い液体……ミルクがとくとくと音を立てながら零れ出し、木のカップを満たしていく。

「ディック。これを飲んで口の中を冷まして、ミルクだから」
「(こくこく!)…………ごく、ごくっ! ぷ、ぷはぁっ!!」

 差し出されたミルクを受け取ると、彼は疑うよりも先に口の中の熱を取り除きたいと思いながら口を付けた。
 すると、彼は再び驚いた。
 何故なら、ディックが飲んだミルク。それは、キンキンに冷えており、熱くなっていた口の中が急激に冷やされたからだ。
 更に言うならば、彼が飲んだミルク。その味も驚く理由であった。

(こ、これが……ミルク?! おれの知ってるミルクと全然違う……、アレはつんって鼻を摘みたくなる臭いなのに、これからはぜんぜんしない!)

 自分が飲み終えたミルクのカップとベルを交互に見る彼だったが、そんな彼の様子を違うふうに勘違いしたのかベルは優しく微笑み……。

「ミルクが足りなかったのね。お代わりを注ぐわね」
「あ、……う、うん」
「……はい、それじゃあ今度は慌てず冷ましてから食べなさいね」

 カップへとミルクを注ぎ終えると、ベルはディックの目の前でミルクが入っていた瓶をまるで見えない棚に入れるように虚空に消した。
 それを見ていたディックはポカンと呆けた顔をしていたが、すぐに彼女に顔を見られて溜まるかとでも言うようにパン粥へと視線を向けて、今度はふぅふぅと冷ましてから口を付けた。

「っ!!? あ、甘っうまっ!?」
「口に合ったみたいね。まだまだ入ってるから沢山食べていいからね」

 パン粥から感じる純粋な砂糖の甘さ、それに驚きながらも初めて食べるまともな甘さにディックはスプーンをとめることが出来なかった。
 そんな彼の様子を見ながらも、ベル自身もパン粥へと口を付ける。

(……久しぶりに食べたけど、パン粥って本当卵無しの液にドロドロになるまで浸したフレンチトーストって感じよねー……。何度も思うけど、米のお粥が懐かしいなぁ)

 きっと彼女の言葉をこのの住人に語ったとしても首を傾げるばかりかも知れない。
 なので彼女は何も言わず静かにディックを見ていたのだが、無愛想な感じに木の器を出してお代わりを要求してきたディックに頬を緩ませる。
 何故なら、「……ん」と言って木の器を差し出す彼の耳と尻尾はピコピコブンブンとパン粥が美味しかったことを知らせるように動いているのだから。

 その姿を見ながら、ベルはパン粥のお代わりを注ぐとディックへと差し出すのだった。
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