ベル先生と混人生徒たち

清水裕

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第一章 賢者と賢者の家族

第17話 ベル、朝食を作る。

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 ――チチチ、チュン。チュンチュチュン。

 カーテン越しに温かな陽射しが射し込む中、外から聞こえる鳥の鳴き声にベルの目蓋はゆっくりと開く。
 簡素な室内、きっと伝説の賢者の部屋と言われても信じられないような、何処にでもあるような普通の部屋。
 そんな室内に置かれたベッドからベルはゆっくりと起き上がろうとする……が、腹に重みを感じて起き上がることが出来なかった。

(…………ああ、そういえば一緒に寝たいって言ってたから一緒に寝たんだったわね)
『むにゃむにゃ……べるまま~……えへへ~~……♪』

 シーツを捲くれば、彼女のお腹に抱きつくようにしてクラリスが気持ち良さそうに眠りについているのがベルの視界に入った。
 そんな彼女の頭をベルが優しく撫でると、髪がサラサラとしているのか指の間を零れていった。
 そして優しく撫でられているのが嬉しいのか、クラリスの口角が上がる口元が見え……ベルも微笑んだ。

「……本当はもう少し一緒に眠ってあげたいけど……、そろそろご飯の準備をしないといけないからごめんなさいね」

 名残惜しそうにベルが呟きながら、クラリスを自身の腹からベッドへと動かすと静かに部屋から出て行った。
 そして静かに廊下を歩き、階段を下り……彼女は1階の調理場へと到着すると、朝食を作るために動き出した。

(とりあえず、ディックもそろそろ固形物を普通に食べても良いでしょうし……パンとスープ、それと卵を目玉焼きに……かしら? クラリスのほうは……昨日も普通に食べてたし、同じ物で大丈夫よね。ただし甘い物を多めにしてっと)

 サッと朝食メニューを決めると、ベルは手早く調理を開始する。
 空間から作り溜めしたパンを1斤取り出し、5枚切りに手早く切っていく。トーストにするのは2人が起きてからだ。
 流れるように調理場を移動し、鍋を掴むと中へと水を注ぎ入れてウインナーと短冊切りにした人参、ざく切りキャベツ、串型切り玉葱を纏めていれて火にかけ始める。
 後は熱が通って柔らかくなるまでしばらく置いておくことを確認し、手早くフライパンを掴むと火に掛けた。

「うーん、ただの目玉焼きっていうのも味気ないでしょうし……、ベーコンエッグのほうが良いかしら? ……どう思う、ディック?」
「――っ!?」

 フライパンに熱が伝わり、ある程度の熱さを蓄え始めたのを確認しつつ、ベルは背後からこっそり自分を見ているディックへと訊ねた。
 一方、気づかれていないと思っていたディックはビクッと震えながら、尻尾を立てており……返事も出来ずに戸惑っていた。

「ディック? 早く決めないと普通に目玉焼きになっちゃうわよ?」
「え、あ、……ベ、ベーコンエッグで……」
「わかったわ。それじゃあ、ササッと作るからきみはクラリスを起こしてきてくれないかしら? 今は私の部屋で寝てるから」
「わ、わか……えっ!? お、おま……ベルの、部屋……?」

 ディックの答えを聞いて、スライスしたベーコンをフライパンの上に置くとジュワっと脂の焼ける香りと音が響く。
 そんな焼ける音に混じるようにして、ディックの驚く声が聞こえた。
 だが、それもそうだろう。今目の前に居る少女ベルは自分に部屋に入って来てくれと言っているのだから。
 その一方でベルはまったく気にしていないという風に、ベーコンをひっくり返してから木のボウルに落とし込んだ卵をフライパンの上へと置いていた。

「ディック? どうかしたの? 早くしないとご飯が出来ちゃうわよ?」
「あ、その…………うぅ……わ、わかったよ!!」

 ジュウ~という卵が焼ける音と半透明の白身が白く焼かれていくのを見ているベルに、もう自棄だと言わんばかりの声が聞こえて力強くドスドスと床を踏み鳴らす音が遠ざかっていくのを耳にした。
 そして、少しして「ほら、起きろよ!」『う~、まだねむい~……』と言う声が聞こえ、それを聞きながらベルは笑みを浮かべた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


『わ~、おいしそ~』
「え、ほ……ほんとうに、食べても……いいのか?」

 トースト2枚、野菜のコンソメ風スープ、ベーコンエッグ、ミニサラダ。
 そんな朝食を前にクラリスは目を輝かせ、ディックはベルへと問いかけていた。

「ええ、ディックもそろそろ固形物を入れても大丈夫みたいだし、クラリスも大丈夫だったから用意したのよ。だから、食べましょう?」
『わ~い、ごはんごはん~!』
「わ、わかった……」

 両手を挙げて喜ぶクラリス、恥かしそうに頷くけれど尻尾が嬉しそうにブンブン動くディック。そんな両者を見ながら、ベルは微笑みながら手を合わせる。

「はい、それじゃあ……いただきます」
「『いただきます』」

 そう言って、ベルの言葉に続くように2人も食事の挨拶を行ってから食事を取り始めた。
 まず最初にベルが熱々のトーストを手に取り、その上にバターを一かけら置いて優しく塗り始める。
 するとトロッと蕩け始めたバターがじんわりとトーストの表面へと浸み込み始めていく。……それをディックとクラリスがジーッと見ており、ベルに倣うかのように2人もバターを取ってトーストへと塗って行った。

『あ~~むっ。…………うわぁ~、おいし~~!』
「お、おいしい……」

 サクッ、ジュワッとサクサクのトーストとバターが仕込みこんだ表面の食感に、2人が目を見張り驚く。
 そんな2人の様子を見ながら、ベルもサクッとトーストを口にし笑みを浮かべる。

「うん、美味しい」
『ズズッ、こっちもおいし~~!』
「……ほんとだ……おいしい」

 トーストをモキュモキュしながらクラリスは手早くスープの入ったカップを手に取り、それを口につけてニコニコ笑顔となった。
 それに釣られるように、ディックも恐る恐るスープを手に取り口を付けると……素直に美味しいと口にしていた。
 2人の表情を見て、美味しく出来ていたことにホッとしつつベルも口を付ける。
 味付けをしたスープに煮えても歯応えのある野菜たち、そしてパキッと歯で噛み切ると皮が破け脂が口の中のスープに変化を齎すウインナー。
 うんうんと、ちょっとばかり自画自賛するようにベルは作ったスープの出来に頷く。

「たまご……おいしいな……。ベーコンのあじもしっかりしてるし……」
『おいし~、まんなかのきいろがとろ~ってしておいし~~♪』
「あらら、クラリス。黄身が口から垂れてるわよ? 拭いて上げるからこっちを向いてちょうだい」
『ほんと? んぷっ……、ありがとベルママ~!』

 黙々とベーコンエッグを食べるディックと、口元を黄身でベッタリとさせたクラリス。
 それを見ながらベルは手早く手拭いを取り出すと彼女の口を拭う。
 口元を拭われるクラリスは変顔を一瞬見せたが、すぐにベルにお礼を言って、今度はサラダを食べ始めた。

『しゃきしゃく~~』
「野菜、すごくしんせんなんだけど……なんでだ?」
「まだまだあるから遠慮せずに食べても良いのよ? それとディック、こうしたらもっと美味しいわよ」

 新鮮な野菜を食べて複雑そうな表情をするディックへと、ベルはそう言ってトーストの上へと野菜とベーコンエッグを載せていき、真ん中で折り曲げ……小さな口で齧り付いた。
 それを見た瞬間、ディックの尻尾がピンと立ち、クラリスの目が輝くのをベルは見逃さなかった。

「それじゃあ、おかわりは要るかしら? ただし、食べれる程度にね?」
「う、うん……」
『ん~……、たべたいけど、おなかいっぱい~……』

 頷くディックと、お腹をさすってギブアップ宣言するクラリス。
 そんな2人をベルは優しく見つめながら、ゆっくりと朝食を食べるのだった。

 それから少しして――。

「ごちそうさまでした」
「『ごちそうさまでした』」

 ベルが両手を合わせるのを見ながら、2人も真似るようにして手を合わせて合掌を行ってはふっと息を漏らした。
 どうやら朝食は満足行くまで食べることが出来たようだった。

「さてと、それじゃあ今日の予定なんだけどね」

 一拍置いてから2人にそう言うと、ハッとしたようにディックはベルを見て、クラリスはきょとんとしながら首を傾げる。
 そんな2人を見ながら、ベルは今日……今から行う予定を口にする。
 きっと、授業の第一歩とか色々な物が語られるに違いないだろう……。
 だが、その予想は違っていた。

「ディックとクラリス、2人のお部屋を掃除して模様替えしようと思います!」
「…………え?」
『うわ~、もようがえ~? ……なにそれ~?』

 ポカンとするディックと、初めて聞く言葉に目をキラキラさせるクラリス。
 2人の反応を見ながら、ベルは笑みを浮かべつつ説明を開始し始めた。



 * * * * *


 普通にご飯を食べる話でした。
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