ベル先生と混人生徒たち

清水裕

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第一章 賢者と賢者の家族

第18話 3人、部屋の掃除をする。【前編】

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「掃除をする理由はディックには少し前に言ったんだけど、きみたちの部屋はあまり掃除していなかったからホコリっぽいと思うのよ。そして、模様替えは殺風景だから……自分好みにしたら良いと思うのよ」
『なんで~?』

 ベルの説明にクラリスは首を傾げながら問いかける。
 そんな彼女の仕草に笑みを浮かべつつ、ベルは説明を続ける。

「クラリス、今はいろんなことを知らないから仕方ないだろうけど……、何時かきっときみもお洒落とか身嗜みとか考えるときが来ると思うわ。だから、自分が好きな感じの部屋にすることを覚えたら良いの」
『ん~~……、よくわかんないけど、わかった~!』

 にっこり笑顔でクラリスは返事をするのだが、多分理解は出来ていないだろう。少なくともあと4,5年ぐらいは……。
 内心ベルもそれを理解しているのだからああ言ったのかも知れない。
 そして、ベルはディックのほうを見た。

「それじゃあ、先にディックの部屋から掃除をしようと思うんだけど良いかしら?」
「わ、わかった……。けど、そうじ道具は?」
「それなら問題は無いわ。ついてきて、2人とも」

 ベルは立ち上がると、2人を招き歩き出した。
 そこは、ついさっきまで彼女たちが居たリビングから少し歩いた、入口近くに置かれた扉で……彼女はそれを開けた。
 中は薄暗く、開け放たれた扉から射し込む光でようやっと入口辺りが見えるぐらいだった。

「ここは……?」
「この部屋は家の中の倉庫なんだけど掃除道具に畑道具、他にも色々と揃っているから好きに使っても構わないわ。だけど今回は入口周辺にあるこれらを使うだけで良いから、詳しい詳細はまた今度機会があったらね」

 そう言いながら、ベルはしゃがんで入口に射し込む光で見えた金属製のバケツを2つと、箒を3本ほどとハタキを3本ほど、そして雑巾であろう布を数枚手に取り、立ち上がった。

「さ、それじゃあディックの部屋に向かいましょうか」
「え……あ、……そ、その、持つ……」
「良いの? それじゃあ……これとこれをお願い出来るかしら?」

 掃除道具を持って微笑むベルだったが、ディックはハッとして彼女へと手を伸ばし、そう言った。
 きっとこれでもかなり緊張して言っているということをベルは理解し、訊ねたのだが……彼はブンブンと首を振って返答する。
 だから、くすりと笑うとディックへと掃除道具の箒とハタキを差し出した。
 そして3人は移動し、ディックの部屋へと到着した。

『わ~、ここがでぃっくおにちゃんのおへや~?』
「ええそうよ。クラリスの部屋の向かいね」
「そ~なんだ~」

 ベルの言葉にクラリスはにっこり笑顔で返事をする。
 ……とは言っても、彼女はまだベルから離れたくないようで、一度部屋の入口から中を見ただけでしかない。

「それじゃあ、掃除を始めようと思うけど……先に換気をして空気を綺麗にしたほうが良いわね」

 そう言いながらベルが窓へと近づき、鍵を外してゆっくりと開ける。
 すると、油を差していないからかギギィと金属が擦れ合う音が響きながら、窓は開かれ……そよ風が中へと舞い込んできた。
 それでようやく天井とタンスとの間にクモの巣が張られていたり、床のホコリも溜まっているのがベルも理解した。

(うわぁ……、空き部屋を掃除していなかったけど、ホコリって溜まるのよね……機会があったら全部掃除したいけど、今はディックの部屋とクラリスの部屋だけで良いわよね?)

 自分に言い聞かせながら、彼女はハタキを手に取る。

「2人とも、掃除は上から下にっていうのが基本だから、天井辺りのホコリやクモの巣を落として、それから床を掃いて最後に雑巾で掛けるのだけど、大丈夫かしら?」
『だいじょぶ~~!』
「えっと、やってみる……」

 ベルの言葉に2人が返事を返し、彼女と同じようにハタキを掴む。
 それを見てから、先ずはお手本とでも言うようにベルがパタパタとハタキで天井辺りとタンスの上辺りの空いた空間を掃除し始める。
 するとベルの手が動く度にその先のハタキが動き、薄っすらと張られたクモの巣やタンスの上に積み重なったホコリがぼろぼろと地面に向けて落ちていくのが見え、嗅覚が優れているディックはコホコホと咽始めた。

「大丈夫、ディック? ごめんなさいね、これを渡すのを忘れていたわ」
「え……っと、これって?」

 謝りながらベルが差し出してきた白い長方形の布をディックは訝しげに見ながら受け取る。
 受け取ったそれを広げると、どうやら長方形の厚手の布に伸縮する細い紐が両端についているようだった。

「これはね、マスクっていうの。この両端の紐を耳に掛けて布を口元で覆えば、ホコリが入らなくなって咽る心配は無くなるわ」
「わ、わかった……」

 少し戸惑いつつベルに返事をしながら、ディックは差し出されたマスクの紐を耳に掛けて布を口に当てた。
 すると、少し息苦しいけれど……咽る様子が無くなるのを感じた。

「どうかしらディック? 咽る心配はなくなった?」
「う、うん……な、なくなった……」
「それなら良かったわ。それじゃあ、掃除を続けましょうか」

 たどたどしく返事を返すディックを優しく見てから、ベルは再び掃除を開始する。
 天井周辺をパタパタという音が響き、ベルとディックが背を伸ばしながらハタキを掛ける。
 その際に背を伸ばした彼らの服の裾から肌が見え、チラリと臍が見えるのはご愛嬌という物だろう。
 天井が高いため、2人の身長でも背を伸ばしてパタパタするしか出来ないようだ。……けれど、それも出来ない者も居た。

『う~ん、う~~ん! と、とどかない~~!』

 一生懸命両手両足を伸ばして背を伸ばしているのだが、まだ幼く小柄な彼女の持つハタキは天井にさえも届いていなかった。
 けれども、ベルとディックのように自分も天井にハタキを伸ばしてパタパタとホコリを落としたいと思いながら必死に瀬を伸ばしていた。
 だけど一生懸命両手足を伸ばした結果、待っていたのは背中から倒れるという結末だった。

『う~~、ベルママやでぃっくおにちゃんみたいにパタパタしたいのに~~!』
「クラリス? 無理をしないようにね? まだまだ掃除はあるんだから」

 背中から床に倒れてムスーッとするクラリスに気づいたベルは彼女を起こし、優しくそう言うのだが……やっぱりやりたい物はやりたいのだ。

(う~、なんとかしたいな~、なにかできるほうほうないかな~??)

 じ~っと、クラリスはハタキを見ているのだが……何だか声がし始めた。
 その声は声っぽいけれど声じゃないように感じられたのだが、クラリスにはそれが声だと理解出来た。
 そしてその声は、ハタキから聞こえていた。……更には、箒やバケツも声を放っているのが聞こえた。

(ひさしぶりだ。ひさしぶりだ。そうじだそうじだ!)
(うえをぱたぱた、ほこりをおとせ。おとしておとしておとしまくるぞ!)
(うわぁ、ちょっとふるのがつよいよぉ!?)
(これがおわればつぎは、ぼくらださっさっさっさとはいてくぞ)
(ほこりをあつめて、へやをきれいに!)
(さいごはわたしらがみずぶきできれいにしてあげるー!)

(……だれ~?)

 聞こえてくる声に不思議そうにクラリスが頭の中で問いかけると、その声がピタッと止み……まるで彼女を観察するような間隔が空いた。
 そして……。

(バンシーだ! バンシーだ!)
(おお、バンシーだ。バンシーがいるぞ!)
(バンシーさん、バンシーさん、ぼくらをつかっておくれよ!)
(ぱぱぱっと、きれいにしてくれよ!)
(それがおわったら、わたしらをつかっておくれ。いっしょうけんめいがんばるからさー!

(……ん~~?)

 クラリス目掛けて喜びに近い声が上げられているのだが、それがどういう意味なのか分からず彼女は首を傾げる。
 その様子に掃除道具たちも様子が変だということに気づいたらしく……。

(バンシーさん、もしかしてやりかたわからないのかい?)
(やりかた~?)
(そうだよ。ぼくらをつかったまほうのそうじだよ!)
(おお~っ、まほ~のそうじ~!? つかえるようになりたい!)
(なるほど、まほうをまなぶまえだったんだね。だったらわたしらがおしえてやるよー!)
(ほんと~!? まほ~のそうじをできるようになりたい! そ~したら、きっとベルママ、くらりすをほめてくれるの!)

 掃除道具が言った魔法の掃除という言葉にクラリスは反応し、瞳をキラキラ輝かせた。
 どんな物か良く分からないけれど、きっと素敵なものに違いない。
 そう思いながら、ドキドキと胸を膨らませるのだった。
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