ベル先生と混人生徒たち

清水裕

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第一章 賢者と賢者の家族

第27話 ベル、巻き込まれる。

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 朝、体操を終え、朝食を食べ終えた3人は玄関の前に立っていた。
 けれどその表情はそれぞれ違っていた。
 ベルは心配そうに2人を見ており、ディックはぶっきら棒と言えば良いのかベルと目を合わせないようにそっぽを向いており、クラリスはふんすふんすと鼻息荒くしていた。

「それじゃあ行って来るけど、本当に大丈夫?」
「べつに、大丈夫……だと思う」
『だいじょうぶだよ、ベルママッ! くらりす、おるすばんできるよ!!』
「……クラリスがそう言ってるけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫だから、はやく……ポーションをとどけに行けよ……。あのひと、困ってるんだろ?」

 心配そうにもう一度問いかけるベルだったが、そんな彼女を突き放すようにディックは言う。
 その言葉に自信なんて物は無い。だけど、やらなきゃいけないことがあるだろと言うことを突きつけるようだった。
 だから、ベルは諦めたように、ふぅ……と息を吐くと、2人を見た。

「……わかったわ。それじゃあ、私は行ってくるけど、2人ともちゃんと留守番していてね?」
「わかったよ」
『まかせてよ!』
「変な人が来たら、ちゃんと隠れるのよ? 危ないことしないようにね? お昼はちゃんと食べるのよ?」

 やっぱり心配なのか、本当に母親みたいな感じに2人に心配そうに言う。
 ……が、見た目は12歳のディックよりも少しだけ年上の少女のようにしか見えないベルだから、何というか違和感が凄い。
 そして何度も言われるとやっぱりウザいものはウザいのである。
 結果――、

「ああもう! とっとと行けよ! うっとおしいんだよっ!!」
「っ!? わ、わかったわ……。それじゃあ、行ってくるわね……」
「あ…………」

 カッとなってディックは叫ぶようにベルへと言ったのだが、予想以上に傷付いたようでしょんぼりと項垂れながら転移を使ったのかその場からスッと姿を消した。
 消える彼女の姿を見ながら、ディックは申し訳ないことをしたと理解しているようで、何とも言えない表情をしていたのだが……ベルは気づいていたのだろうか?

 ……そして、そんな彼らの様子を遠くから使い魔の目を借りて見つめる者が居た。

「アバズレ賢者は出て行った。さあ、楽しい楽しい奪還を始めるとしようか……」
「タノしみねぇ……、このコたちをツカうのがぁ」

 使い魔から見た光景にこれから起こる……いや、起こす出来事に興奮しているのか彼らは歪んだ笑みを浮かべていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「はぁ……、心配しすぎていたみたいね……。本当、子育てって難しい物ね……っと、気を取り直してミナットーにポーションを渡さないと」

 転移を終えたベルは溜息を吐きながらつい数日前にディックと共に出向いたアキンドー商会の本店の一室の扉に手をかけた。
 ――瞬間、扉を突き破るようにして複数の槍が生えてきた。
 突然のことで対処出来ずに、ベルの体に槍が突き刺さり床を血の海に染める……はずだった。

「……貴方たち、いったいどういうつもりかしら?」

 彼女の体に突き刺さるはずだった槍は、突き刺さるか突き刺さらないかというギリギリの段階で停まっており、鋭い視線を槍を向けている者たちに向けながら問いかけた。
 彼らには、見覚えがあった。
 数年前に昇進試験をしてあげた者たちや、だいぶ昔に自分が商会を紹介した者たちも居る。中には、ラビピョンの姿もあった。
 そんな彼らが槍を、剣を、斧を、様々な武器を手に……でベルを一斉に見ているのだ。

(……どう見ても、暗示……催眠の類よね? でも、一斉に催眠をかけるなんて芸当をどうやってしたのかしら?)
「まあ、兎に角……『ディスペル』!」

 彼らを見ながら思案し、どうするべきかを考えたベルだったが、面倒臭かったのか即座に状態解除の魔法を唱える。
 すると爽やかな風が彼女の杖から吹き、その風を受けた者たちが糸が切れた人形のように……次々とバタバタ倒れていった。
 どうやら彼らにかかっている異常が解除されたのだろう。
 そして、倒れるのを見計らいベルは部屋の外へと飛び出した。すると、外にはまだ催眠を受けた者たちが居るようで……ベルを見つけると一斉に襲い掛かってきた。

「これは……、一部じゃなくて完全に本店に居る従業員全員が催眠状態にかかっているわね? 本当に、いったいどうやって?」
「け、んじゃさん……! こっち、ですっ!!」
「ミナットー? わかったわ!」

 暗示方法に皆目検討がつかないままベルは思案顔で悩み始めながら、雨霰と襲い掛かってくる攻撃を回避していたが、息絶え絶えの声が聞こえ……そちらに視線を移すとミナットーが脂汗を流しながら扉を開けて叫んでいた。
 だからベルは彼を信用してその部屋の中へと飛び込むように入った。
 ベルが入った瞬間、バタンと扉が力強く閉じられ……催眠を受けた従業員たちが扉をこじ開けようと武器を使って破壊を試みているようだが、そこは商会の長の部屋……外からの対処方法はしっかりしていた。

「…………ふぅ、ミナットー。助かったわ……大丈夫かしら?」
「な、なんとか間に合った……みたいですわ、けんじゃ……さん」
「その様子からして私が渡した道具の効果で何とか抗っている、って所かしら? ――『ディスペル』」

 お礼を言いながらミナットーを見るとかなりギリギリのところで自我を保っているのが分かり、ベルは即座に『ディスペル』を使用する。
 彼女から吹く風が朦朧とし始めていた意識がはっきりしていくのをミナットーは感じた。

「……ふ、ぅ……。助かりましたわ、賢者さん……」
「別に構わないわ。……で、いったい何があったの?」
「何があったか、と言われても正直なところ分かりません。分かっていることは、ボクらんとこにゴールドソウル支部のが来たらこんなことになってもうた……ってところぐらいですわ」
「……要するに、ゴールドソウルで何かが起きている。ってところかしら?」
「でしょうね」

 難しい顔をしながら、2人は頷き……眉を顰める。
 だが、ベルは納得行かないようだった。

「ミナットー、ゴールドソウル支部からやって来た人が何か持ってたりしてたかしら?」
「何か、ですか?」
「ええ、あれだけの人数を一度に暗示もしくは催眠にさせるなんて普通は無理ですもの。だったら何かを使った……としか考えられません」
「なるほど……。…………あ」

 ベルの話を聞きながら、ミナットーは記憶を手繰り寄せ始める。
 そして、何か思い至ったようで、ポツリと声を出した。

「何かあったんですね?」
「はい。多分、チラッと見た瞬間……頭の中に靄がかかる感じがしたんですけどあれは、羊皮紙……でした」
「羊皮紙、ですか?」
「多分、ですけど……その羊皮紙に、真っ赤な文字が描かれていた……と思います」
「そう……。……ところで、他の国への転移はどうしているのかしら?」

 思い出したようにベルがミナットーへと問いかけると、ミナットーはすぐに返事をする。

「そこは大丈夫です。ゴールドソウル支部から変なもんが入ったのを理解した時点で、頭痛いの堪えて全支部の転移を停止しときました」
「ご苦労様です。それなら他の場所に被害が送られるということは防げましたね」
「いえいえ、これも賢者さんのくれた道具があったお陰です。それに今だってこの扉が破られないのは賢者さんのお陰ですから」

 そう言いながらミナットーはベルへと頭を下げる。……事情を知らない者が傍から見たら、30代の男性が少女に頭を下げている光景である。いったいどんな状況だ?
 そして、頭を下げられたベルは……恥かしいのか顔を赤くしていた。

「別に、お礼なんて良いわよ。……兎に角、ここの人たちを元に戻して、可笑しくなった原因を探さないといけないわね」
「そうですね。……任せても宜しいでしょうか?」
「ええ、分かっているわ。言い方が悪いでしょうけど、あなたと一緒だったら逆に危険度が増すから……ね」

 申し訳なさそうにベルがミナットーに言うのだが、事実だから仕方の無いことだろう。
 それを分かっているミナットーは少しだけ悲しい顔をしながら扉から離れ、その場所に入れ替わるようにしてベルが立つ。

「……とりあえず、殺す気はサラサラ無いけど、一応麻痺って貰うべきよね」

 扉の前へと立ち、杖を構えたベルは呟きながら使える魔法の中で非殺傷の物を探しているのか、目を閉じ……すぐにゆっくりと目を開けると、トンと杖の先端で地面を叩いた。

「『パラライズ』&『スリープ』&『ブリーズ』」

 そうベルが魔法を唱えると辛子色の煙と闇夜に星空を散りばめたような煙がモクモクと現れ、それらがそよそよとした微風によって扉の隙間から外に向かっていく。
 すると一分もしない間に扉の向こうからバタバタと人が倒れる音が聞こえ始めた。

「…………落とした武器で体を傷つけていないことを祈りたいけど……、そのときは回復してあげるから」
「……死んでいないことを祈らせてもらいます」

 後ろから聞こえるミナットーの声に何とも言えない表情を浮かべながら、ベルはゆっくりと扉を開ける。
 すると、外は予想通りと言えば良いのか全員が麻痺や睡眠の異常状態となって床に倒れており、うち何名かが倒れた際に誰かが持っていた武器で傷を負ってしまったようで血が垂れているのが見えた。
 酷い物では腹に槍や剣などが突き刺さり、即死ではないにしろ致命傷となっている者さえ居た。

「っ!? こ、これは……最悪すぎる想定だったわね。異常状態はまだ治す気はないけど、とりあえず怪我の治療をしないと! ――傷付きし彼の者たちに癒しの手を……『グランドヒール・オール』!!」

 やってしまったことの後悔を感じさせる表情でベルは手早く杖を振るい、珍しく短詠唱を唱え呪文を発動させる。
 すると、彼女を中心に光のカーテンのような物が広がり出し、施設全体を覆っていき……傷付き、血が流れていた腕や手、顔などが回復しているのか癒されて行き、槍などが突き刺さっている者は内側から突き刺さっているそれらを追い出すようにして肉が再生していった。
 回復していく様子を見届け、ベルは息を吐く……。

「は、はぁ~~~~…………、久しぶりにこれだけの魔法を使ったけど、まだ出来るみたいね……。けど、頭が痛いわ」

 頭痛、それは魔力を一度に急激に消費した代償であり、魔法を使う者にとっては致命的な弱点でもあった。
 けれどまだ眩暈は無い。そう理解しながら、ベルは周囲を見渡し……探し物を探し始める。
 するとすぐに目的の物を発見し、彼女はそれを拾い上げた。

「これ、みたいね……。中身は……うわぁ……何よこれ……」

 それ……ここにいる全員を暗示に掛けた羊皮紙を広げるとベルは嫌そうな顔をした。
 それもそのはずだ。
 何故なら、羊皮紙の中身は他愛も無い子供の落書き染みた文章だった。……だが、それらの文字を書くのに使われている物に問題があったのだ。

「魔人族の百目の血……また面倒臭いものが地上に上がってきたのね」

 百目、それは人型の魔人族なのだが……その姿は無数の目を持っており、その目を見た者は暗示や催眠状態に陥り、与えられた命令をこなすだけの存在と成り果ててしまう。
 そして、それは目だけではなく……百目の血が染み込まれた物にも相手を暗示催眠へと陥れる特性を持っているのだ。

(どうせあの従者の仲間なんでしょうけど……、この血に込められた念は私を殺すこと……かしら?)

 そう思いながら、ベルは瞳へとその百目の血の特徴を焼き付けていく。
 こうすることでゴールドソウル内で同じ物や本体を見つけ易くするのだ。

「…………よし、焼き付け終わったわ。とりあえず処分して……、ミナットー! 私は今からゴールドソウルまで向かいますので、後のことは任せますッ!!」

 要らなくなった物を燃やしながらベルは大声で言う。
 すると、ミナットーが扉から顔を出してきた。どうやら隙間から様子を見ていたようだ。

「分かんました賢者さん。どうかお気をつけくださいッ!!」

 ミナットーの返事を聞き、返事を返すように杖を持つ手を上げながらベルは転移を発動させる。
 直後、彼女の体は消え失せ……その場から姿を消したのだった。
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