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10. お見舞い
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那由から見れば、由貴子は「自己中心的でワガママな同い年の女の子」という部分がいちばん目につく。
だからこそ。
入院中の母親に対しての振る舞いというものは驚きの連続だった。言葉は丁寧だし、こまごまとした気配りも欠かさない。そうでありながら精神的な距離の変化に応じて仕草や言葉をさりげなく変えていく。
すごいなお嬢様。
どうして、わたしに対して、それをしてくれないのか。
「そうですか。まもなく退院なのですね。お日にちは……まあ来週ですの。でも、焦らないでくださいね。わたしの父の友人は退院の翌日に遊ぶ予定を入れてしまい、絶対にそれに間に合わせようと隠れて無理なリハビリをして、入院が延びてしまいましたから」
「あら、それはたいへんね。わたしも気を付けないと……それにしても、那由にこんな素敵なお友達がいたなんて知らなかったわ」
母親の言葉に、あはは、とかわいた笑いを返す。
素敵なお友達に見えるのですか。そうですか。
「それにしても、月之宮さんのお家で働くことになるなんて……家のこともあるのにだいじょうぶ?」
「うん」
長い時間お願いするものでもありませんから、と由貴子が那由の手を取った。なぜか指も絡めてくる。
「登下校のときに話し相手になっていただいて、ときおり放課後に女中としてわたしの家のこまごまとしたものを少しだけ手伝っていただく。お仕事としてはそのくらいです。ね、那由」
「あ、はい」
肯定してから気付く。
あれ、もしかしてこれ、ずっと一緒に登下校することが確定していないですか。
「女中服も近日中に届く予定です。とても似合うと思いますので、那由が着ましたらお写真に撮ってお見せしますね」
「あら、楽しみ」
あと、女中姿とやらをすることも。
かくして母親と同級生との初顔合わせは上々のうちにおわった。
「どら焼き、ごちそうさま。とても美味しかったわ」
「お気に召してなによりです」
由貴子がスカートの裾をつまみ、膝を軽くおった。普通の人がやれば芝居くさくなるのだろうが、その仕草はおどろくほど自然で美しい。
二人は病院を出た。じいやさんの車に乗り込む。音を立てずに――というのは大げさだが、それでも静かに滑らかに車が動きだす。
「由貴子さま。ありがとうございました。母を見舞っていただいて」
「あら、那由のお母さまなのよ。わたしがお見舞いをしない理由があるのかしら? それにしても、かわいらしい方だったわね。わたし、好きになれそうだわ。ああ、でも、安心して。世界で一番かわいいのは那由だから」
「はあ」
なにを安心しろとおうのか、という表情を浮かべる那由にかまわず、同級生のお嬢様は瞳を向けてきた。それを受けて那由が身体を寄せる。同級生のお嬢様が嬉しそうに、肩に頭を預けてくる。
「そうそう。お話をする順序が前後してしまったけれども、わたし、週末にあなたたち姉妹を家にご招待するわ。お泊りね。さきほど、お母さまにも許可をいただいたわ」
「……いつのまにそんな話を」
「あなたが席を外しているときね。ああ、誤解をしないでちょうだい。あなたを意図的に無視してその話をすすめようとしたわけではないわ。おしゃべりの中で、話がその方向に向かってしまっただけ。そうそう。お母さま、少し心配をしていたわよ。那由からお友達の話をきいたことがない。お友達がいないのではないかと。だから、わたし言ったのよ。『わたしがいます』とね」
「母の心配を一つ解消していただいたことには感謝いたしますが――わたしたちお友達なのですか?」
「ええ、そうよ」
即座に答えが返ってきた。
この関係が友達というものかと言われれば、正直首をかしげたくはなる。なるけれども、由貴子さまが友達とおっしゃるのであれば、そうなのだろう。
「それからね、那由。あなたのお母さまの退院の日は、平日なのね。当日はじいやをよこして、おうちまでお送りするので安心してね――いいわよね、じいや」
「はい、お嬢様」
いや、さすがにそれは、と言いかけた那由の唇に、お嬢様の人差し指があてられた。
「お母さま、バスを使って帰るつもりでいらっしゃったのね。わたしも好きよ、バスは。いつもの車よりも少し高い目線で街を見るのは、とてもワクワクするもの。でもね、入院中のお荷物があるでしょう。退院の日にそれらを持って移動されるというのは、なかなかにたいへんなことだとは思わない? だからわたし申し上げたのよ。『那由のお母さまということは、わたしのお母さまであるということでもあるのですから、娘からのお願いだと思って、この申し出を受けてくださいませんか?』と――どうしたのかしら、那由?」
「由貴子さまは、いつもお友達にそのように親切に接しているのですか?」
由貴子は不思議そうに首をかしげた。
「わたしがしていることは親切なのかしら?」
そして笑う。
「でも、那由がそう言うのならばそうなのでしょうね。ええ、そうよ。お友達には親切なのよ、わたし」
「でも、由貴子さま。お声をかけていただいてからまだ二日目ですよ、わたしたちの関係は」
「違うわよ」
由貴子はまぶたを閉じた。また身体を預けてくる。整った唇が美しく開いた。
「『一生の仲』の二日目よ」
だからこそ。
入院中の母親に対しての振る舞いというものは驚きの連続だった。言葉は丁寧だし、こまごまとした気配りも欠かさない。そうでありながら精神的な距離の変化に応じて仕草や言葉をさりげなく変えていく。
すごいなお嬢様。
どうして、わたしに対して、それをしてくれないのか。
「そうですか。まもなく退院なのですね。お日にちは……まあ来週ですの。でも、焦らないでくださいね。わたしの父の友人は退院の翌日に遊ぶ予定を入れてしまい、絶対にそれに間に合わせようと隠れて無理なリハビリをして、入院が延びてしまいましたから」
「あら、それはたいへんね。わたしも気を付けないと……それにしても、那由にこんな素敵なお友達がいたなんて知らなかったわ」
母親の言葉に、あはは、とかわいた笑いを返す。
素敵なお友達に見えるのですか。そうですか。
「それにしても、月之宮さんのお家で働くことになるなんて……家のこともあるのにだいじょうぶ?」
「うん」
長い時間お願いするものでもありませんから、と由貴子が那由の手を取った。なぜか指も絡めてくる。
「登下校のときに話し相手になっていただいて、ときおり放課後に女中としてわたしの家のこまごまとしたものを少しだけ手伝っていただく。お仕事としてはそのくらいです。ね、那由」
「あ、はい」
肯定してから気付く。
あれ、もしかしてこれ、ずっと一緒に登下校することが確定していないですか。
「女中服も近日中に届く予定です。とても似合うと思いますので、那由が着ましたらお写真に撮ってお見せしますね」
「あら、楽しみ」
あと、女中姿とやらをすることも。
かくして母親と同級生との初顔合わせは上々のうちにおわった。
「どら焼き、ごちそうさま。とても美味しかったわ」
「お気に召してなによりです」
由貴子がスカートの裾をつまみ、膝を軽くおった。普通の人がやれば芝居くさくなるのだろうが、その仕草はおどろくほど自然で美しい。
二人は病院を出た。じいやさんの車に乗り込む。音を立てずに――というのは大げさだが、それでも静かに滑らかに車が動きだす。
「由貴子さま。ありがとうございました。母を見舞っていただいて」
「あら、那由のお母さまなのよ。わたしがお見舞いをしない理由があるのかしら? それにしても、かわいらしい方だったわね。わたし、好きになれそうだわ。ああ、でも、安心して。世界で一番かわいいのは那由だから」
「はあ」
なにを安心しろとおうのか、という表情を浮かべる那由にかまわず、同級生のお嬢様は瞳を向けてきた。それを受けて那由が身体を寄せる。同級生のお嬢様が嬉しそうに、肩に頭を預けてくる。
「そうそう。お話をする順序が前後してしまったけれども、わたし、週末にあなたたち姉妹を家にご招待するわ。お泊りね。さきほど、お母さまにも許可をいただいたわ」
「……いつのまにそんな話を」
「あなたが席を外しているときね。ああ、誤解をしないでちょうだい。あなたを意図的に無視してその話をすすめようとしたわけではないわ。おしゃべりの中で、話がその方向に向かってしまっただけ。そうそう。お母さま、少し心配をしていたわよ。那由からお友達の話をきいたことがない。お友達がいないのではないかと。だから、わたし言ったのよ。『わたしがいます』とね」
「母の心配を一つ解消していただいたことには感謝いたしますが――わたしたちお友達なのですか?」
「ええ、そうよ」
即座に答えが返ってきた。
この関係が友達というものかと言われれば、正直首をかしげたくはなる。なるけれども、由貴子さまが友達とおっしゃるのであれば、そうなのだろう。
「それからね、那由。あなたのお母さまの退院の日は、平日なのね。当日はじいやをよこして、おうちまでお送りするので安心してね――いいわよね、じいや」
「はい、お嬢様」
いや、さすがにそれは、と言いかけた那由の唇に、お嬢様の人差し指があてられた。
「お母さま、バスを使って帰るつもりでいらっしゃったのね。わたしも好きよ、バスは。いつもの車よりも少し高い目線で街を見るのは、とてもワクワクするもの。でもね、入院中のお荷物があるでしょう。退院の日にそれらを持って移動されるというのは、なかなかにたいへんなことだとは思わない? だからわたし申し上げたのよ。『那由のお母さまということは、わたしのお母さまであるということでもあるのですから、娘からのお願いだと思って、この申し出を受けてくださいませんか?』と――どうしたのかしら、那由?」
「由貴子さまは、いつもお友達にそのように親切に接しているのですか?」
由貴子は不思議そうに首をかしげた。
「わたしがしていることは親切なのかしら?」
そして笑う。
「でも、那由がそう言うのならばそうなのでしょうね。ええ、そうよ。お友達には親切なのよ、わたし」
「でも、由貴子さま。お声をかけていただいてからまだ二日目ですよ、わたしたちの関係は」
「違うわよ」
由貴子はまぶたを閉じた。また身体を預けてくる。整った唇が美しく開いた。
「『一生の仲』の二日目よ」
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