幼馴染に夢中の夫を捨てた貴婦人は、王太子に熱愛される

Narian

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番外編

番外編06 救いようのない者たち4

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「ア、アイリス……!なんで、あんたがここにいるのぉっ!?」

フローラの声は、怒りで震えている。アイリスはもう、略奪した男の妻ではなく王族だというのに、礼儀を払う様子もない。

「ヒューバードはどこに行ったの!?彼を出しなさいよぉっ!」

男が消え、代わりにアイリスが現れた。おおよそ予想がつくだろうに、歪んだプライドが理解することを拒んでいる。

「彼はいないわ」

アイリスの静かな声が、フローラの癇に障る。

どれだけ踏みにじっても、声を荒げることも取り乱すこともしない。決して誇りを失わないアイリスの気高さが、昔からフローラの神経を逆撫でするのだ。


「非礼が過ぎるぞ、女!」

フローラの背後から現れたのは、ヒューバードだった。

「お、女ぁ?ひどいじゃないのぉ、ヒューバード!」

「わたしはそのような名ではない。その名であったとしても、お前などに呼び捨てされる謂れはない」

先ほどまでの紅潮した顔とはうってかわって、今は冷ややかさの権化のようだ。フローラには蔑んだ視線を投げただけで、うやうやしくアイリスに向き直り、膝を折る。

「王太子妃殿下、恐れながら申し上げます。この者のふるまいは目に余ります。今すぐ連行することを、お許しいただけませんでしょうか」

「なっ……」

アイリスは黙っていたが、やがて悲しげな表情で答えた。

「いいえ。貴方の気遣いは嬉しく思いますが、控えていてください」



「ふん、そういうことなの」

フローラの顔は醜く歪んでいる。天使のようだと男たちを虜にした愛らしさは、影も形もない。

「手下を使って、あたしを騙したってわけね。ふん、おあいにくさま!あたしはそんな男なんて、どうだっていいんだから」

堰を切ったように、罵詈雑言があふれ出す。

「何とか言ったらどうなのよぉ?あんたっていつもそうだったわ。穢れを知らない聖女みたいな顔をして、いっつも人を見下して。あんたの本性、あたしがわかってないと思ったのぉ?!」

一気に捲し立てたせいで、フローラの息は上がり、額には汗が浮かんでいる。


「ええ、そうね」

アイリスの表情も口調も、風のない夜の水面のように静かだ。

「な、なによ」

「私が命じて、貴女を罠にかけた。貴女にとってこんなことは、何でもないことなのでしょうね」

アイリスの雰囲気が変わったことを、フローラも感じ取ったのだろう。強がってはいるが、声に恐れの色が滲む。

「そ、そうよ。あんたのすることで、傷つくことなんて一つもないんだからぁ!」


「……いいでしょう」

アイリスは短く答えると、空中に向かって合図を送った。入口の扉が開き、数人の人影が入室してくる。

「この方たちに、見覚えがあるかしら?」

「何だっていうのよ。そんなの知るわけ……あっ」

そこにいたのは、ロイとフローラが今まで騙してきた老人たちだった。カモの顔など、全員覚えているわけではないが。


「ねえアイリス、これがあんたの奥の手?旦那と同じことするなんて、お粗末すぎるんじゃなぁい?!」

監獄に送りたければ、送ればいい。何度だって脱獄して、返り咲いてみせる。そうタカを括っていたフローラだったが、ふいに違和感を覚えた。


「何か気づいたのであろう?リジー……いや、フローラよ」

言葉を発したのは、最初に騙したあの老婦人だった。だが、フローラの知る人の良い田舎者とは、口調も、態度も、あまりに違う。

「な、何かってぇ?」

「説明せねばわからぬか?鈍い娘だの」

他の老人たちも、次々と口を挟み始める。

「しかたあるまいよ、ノワール伯爵夫人。我ら、みな上手いこと演じておったからの」

「エヴァンズ侯爵閣下の好々爺ぶりたるや、名演技だったと聞いておりますよ。身の上話を聞いてやって、涙が止まらなかったとか」


ほほほ、ははは……。まるで洗練された社交場のように、愉快そうに笑い合う老人たちを、フローラは間の抜けた表情で見ていた。

「エヴァンズ侯爵……ノワール伯爵夫人」

無知なフローラでも知っている、名だたる家名。

「もう、わかったでしょう?」

黙って見ていたアイリスが、口を開いた。

「い、いや……」

聞きたくない!フローラは本能的に、真実を拒む。けれどアイリスはもう、幕引き以外するつもりはなかった。

「彼らは、王家に忠実な貴族の方々。そして、私の協力者です。貴女が出会った人々は、全て作り物だったのですよ。貴女を監視するための、ね」

「そんな、嘘よぉ!お屋敷だってあったし、使用人もたくさん……」

「すべて、私が命じて作り上げた偽物です」

「うそ、大嘘よ!!あんたにそんな大それたこと、できるわけない!」

「できるのです。なぜなら」

言葉を切り、短く、だがはっきりとアイリスは言い放つ。

「私は、王太子妃だから」


その一言は、フローラの歪んだ優越感を打ち壊すのに、充分だった。

見下し続けてきた女が、いつの間にか、遥か高みから自分を見下ろしていた。そして自分は、その女の掌で滑稽に踊らされていただけ。

「いや…いやああああ!!!!」

フローラは、無様に膝から崩れ落ちた。
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