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番外編
番外編05.救いようのない者たち3
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その舞踏会は、片田舎にしては煌びやかなものだった。
まあまあね、と心の中でつぶやきながら、フローラはしおらしく壁際に立っている。
装いも、過去のフローラからは考えられないほど奥ゆかしい。本心では誰よりも華やかに着飾りたいのだが、上流の男には清楚なほうがウケがいい、ということを学んだからだ。
(声をかけられるまでは話しかけない、なんて、まどろっこしいわぁ)
これまた、社交マナーを意識しているとは、たいした成長ぶりだ。お手本があのアイリスだということが、本人にとっては屈辱でしかないが。
しばらくの辛抱の後、待ちに待った時間が訪れた。老女主人が、ようやく獲物を紹介してくれたのだ。
「エルドランド王国、ノルーン家のヒューバードです。愛らしいお嬢さん、お名前を伺っても?」
(当たりだわ!高そうな服、ピカピカの靴、しかもなかなか美形)
「あっ、はい、ローザです。初めましてぇ」
恥じらいながらも、しっかりと目を見つめる。期待どおり、男も頬を上気させて見つめ返してきたので、フローラは勝利を確信した。
去り際、男はフローラにだけ聞こえる声で囁く。
「テラスで待っていてくれないか。お願いだ」
この瞬間、フローラはロイを捨てることを決めたのだった。彼女に背を向けた瞬間、男が恋とは無縁の表情に変わったことに気づかないまま。
「よかった。来てくれないかと思ったよ」
「そんなぁ。あんなお願いされたら、誰だって叶えてあげたくなるわ」
月明かりのテラスにやってきたヒューバードは、明らかにほっとしている。もうひと押しで完全に落ちるわぁ、とフローラは内心ニンマリした。
会話の中で、その男が祖国ではかなりの上級貴族で、しかも跡取りだと探り当てた。夢にまで見た上流階級の暮らしに、フローラの心は踊る。
「でも……」
ふいに伏目がちになるフローラ。どうしたんだい?と男は心配そうな顔をする。
「あなたに、言ってないことがあるの……」
いかにも思い悩んだ表情で、ポツリ、と語り始める。
「あたしね、このお屋敷には、駆け落ちしてきた人といるの……」
「何だって?!」
「でも、でもね!あの人、あたしに暴力を振るうの。人のいないところで。前はこんなじゃなかったのに、あたしもう、耐えられなくて……」
そう言って、泣きながらドレスの襟ぐりをずらす。白い肩に、くっきりと五本の指の跡が浮かんでいた。
「……っ?!」
(ふふ、効いたわね。自分でつけたんだけどぉ)
男を乗り換えるときの、これがフローラの手だった。新しい男は正義感に燃え、か弱い乙女を救う騎士の如く、颯爽と奪い去ってくれるのだ。
「君をそんな男のところに置いておけない!今すぐ僕の部屋へ」
「でっ、でも!あたしがいなくなったら、あの人何をするかわからないわ」
「大丈夫。僕は貴族で騎士だ。間違いなくその男より強い」
「ああ、ヒューバード!」
男に導かれて屋敷の庭を進んでいる間、フローラは有頂天だった。
厳しい逃亡者暮らしを経てもなお、自分の魅力は衰えてない。たまたま昔の知り合いだったというだけで王族に求婚されたアイリスと違って、自分のほうが本当の意味で美しいのだ。
「着いたよ」
気がつけば、庭にある離れの前にいた。特別な客だけが泊まる最上級の客室だ。
屋敷に上がりこんで半月になるが、いつも遠巻きに眺めるだけだった。その場所に踏み入れることに、フローラは優越感を覚える。
ヒューバードが扉を開けてくれたので、ありがとう、と答えて先に入る。まるで、騎士を従える姫君のように。
(うふふ、さあ、これからよ。でも今夜は、一人で寝るわ。清らかな女でいてあげなくちゃあね)
「ねえ、ヒューバード……」
客室の中は、雰囲気たっぷりに薄暗かった。もしかして彼ったら、あたしとの夜を我慢できないのかしら?困っちゃうわねぇ、とうっとりしながら振り返ったフローラだったが、そこに男の姿はなかった。
「え?」
隠れておいて脅かすつもりだろうか?それとも、とびきりのプレゼントでも持って登場する気なのかもしれない。だが、しばらく待っても、男は姿を現さなかった。
「ねえ、ちょっと、ヒューバード!もうサプライズはいいわ。ねぇ、ヒューバードったら」
フローラの呼びかけは、部屋の闇に虚しく溶けた……かに見えたが。
「彼はいないわ」
仄暗いランプの灯りの先から、静かな声が届いた。聞き覚えのある、けれど思い出したくもない声。声の主が杖立の後ろから姿を現した時、フローラは間の抜けた絶叫を発した。
「なんでぇ?!なんであんたがぁ?!」
そこには、憎んでも憎み足りない女ーーアイリスの姿があった。
まあまあね、と心の中でつぶやきながら、フローラはしおらしく壁際に立っている。
装いも、過去のフローラからは考えられないほど奥ゆかしい。本心では誰よりも華やかに着飾りたいのだが、上流の男には清楚なほうがウケがいい、ということを学んだからだ。
(声をかけられるまでは話しかけない、なんて、まどろっこしいわぁ)
これまた、社交マナーを意識しているとは、たいした成長ぶりだ。お手本があのアイリスだということが、本人にとっては屈辱でしかないが。
しばらくの辛抱の後、待ちに待った時間が訪れた。老女主人が、ようやく獲物を紹介してくれたのだ。
「エルドランド王国、ノルーン家のヒューバードです。愛らしいお嬢さん、お名前を伺っても?」
(当たりだわ!高そうな服、ピカピカの靴、しかもなかなか美形)
「あっ、はい、ローザです。初めましてぇ」
恥じらいながらも、しっかりと目を見つめる。期待どおり、男も頬を上気させて見つめ返してきたので、フローラは勝利を確信した。
去り際、男はフローラにだけ聞こえる声で囁く。
「テラスで待っていてくれないか。お願いだ」
この瞬間、フローラはロイを捨てることを決めたのだった。彼女に背を向けた瞬間、男が恋とは無縁の表情に変わったことに気づかないまま。
「よかった。来てくれないかと思ったよ」
「そんなぁ。あんなお願いされたら、誰だって叶えてあげたくなるわ」
月明かりのテラスにやってきたヒューバードは、明らかにほっとしている。もうひと押しで完全に落ちるわぁ、とフローラは内心ニンマリした。
会話の中で、その男が祖国ではかなりの上級貴族で、しかも跡取りだと探り当てた。夢にまで見た上流階級の暮らしに、フローラの心は踊る。
「でも……」
ふいに伏目がちになるフローラ。どうしたんだい?と男は心配そうな顔をする。
「あなたに、言ってないことがあるの……」
いかにも思い悩んだ表情で、ポツリ、と語り始める。
「あたしね、このお屋敷には、駆け落ちしてきた人といるの……」
「何だって?!」
「でも、でもね!あの人、あたしに暴力を振るうの。人のいないところで。前はこんなじゃなかったのに、あたしもう、耐えられなくて……」
そう言って、泣きながらドレスの襟ぐりをずらす。白い肩に、くっきりと五本の指の跡が浮かんでいた。
「……っ?!」
(ふふ、効いたわね。自分でつけたんだけどぉ)
男を乗り換えるときの、これがフローラの手だった。新しい男は正義感に燃え、か弱い乙女を救う騎士の如く、颯爽と奪い去ってくれるのだ。
「君をそんな男のところに置いておけない!今すぐ僕の部屋へ」
「でっ、でも!あたしがいなくなったら、あの人何をするかわからないわ」
「大丈夫。僕は貴族で騎士だ。間違いなくその男より強い」
「ああ、ヒューバード!」
男に導かれて屋敷の庭を進んでいる間、フローラは有頂天だった。
厳しい逃亡者暮らしを経てもなお、自分の魅力は衰えてない。たまたま昔の知り合いだったというだけで王族に求婚されたアイリスと違って、自分のほうが本当の意味で美しいのだ。
「着いたよ」
気がつけば、庭にある離れの前にいた。特別な客だけが泊まる最上級の客室だ。
屋敷に上がりこんで半月になるが、いつも遠巻きに眺めるだけだった。その場所に踏み入れることに、フローラは優越感を覚える。
ヒューバードが扉を開けてくれたので、ありがとう、と答えて先に入る。まるで、騎士を従える姫君のように。
(うふふ、さあ、これからよ。でも今夜は、一人で寝るわ。清らかな女でいてあげなくちゃあね)
「ねえ、ヒューバード……」
客室の中は、雰囲気たっぷりに薄暗かった。もしかして彼ったら、あたしとの夜を我慢できないのかしら?困っちゃうわねぇ、とうっとりしながら振り返ったフローラだったが、そこに男の姿はなかった。
「え?」
隠れておいて脅かすつもりだろうか?それとも、とびきりのプレゼントでも持って登場する気なのかもしれない。だが、しばらく待っても、男は姿を現さなかった。
「ねえ、ちょっと、ヒューバード!もうサプライズはいいわ。ねぇ、ヒューバードったら」
フローラの呼びかけは、部屋の闇に虚しく溶けた……かに見えたが。
「彼はいないわ」
仄暗いランプの灯りの先から、静かな声が届いた。聞き覚えのある、けれど思い出したくもない声。声の主が杖立の後ろから姿を現した時、フローラは間の抜けた絶叫を発した。
「なんでぇ?!なんであんたがぁ?!」
そこには、憎んでも憎み足りない女ーーアイリスの姿があった。
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