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13小娘vs・・・
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「わあ、きれいなインパチェンス。明日リア様達と一緒に摘んで、押し花にしましょう」
あの夜から2日。
私は、ふとした拍子にリチャード様のことを思い出しては夢見心地になり、お子様方に呼び戻される、ということを繰り返していた。
今は午後の自由時間。雨季の合間の晴れ空の下、王宮の庭園を散歩している。しゃがみこんで花を眺めていたら、ふいに現れた人物に咎められた。
「ここは王宮ぞ。下賤の者がなぜ徘徊しておるのじゃ」
こ、これは随分な言われようね。
ザッハール皇国の王族は特に階級意識が強いと聞くけれど、ここまであからさまとは驚くわ。
「これはファティマ皇女。散歩のお邪魔をして申し訳ございません」
王族に対する礼を返した私に、皇女は、ふん、といかにも見下した一瞥をくれる。
「泥棒猫にはお似合いよの、地べたを這いずり回るは」
泥棒猫??
私何も盗ってないけど?
・・・この方まさか、私とリチャード様のことを知ってる?!
「今のうちに舞い上がれっておればよいわ。お前ごとき貧相な小娘、一夜限りで飽きられるのが関の山じゃ」
やっぱり!ていうか、なんなの。
リチャード様といるときと態度が違いすぎるじゃない。
でもこの方は国賓・・・だけど。
「猫は愛玩動物ですから、末永く愛でられるものですわ。飼い主が食い殺される懸念もございませんし、メス虎と違って」
「なっ、なんじゃと?!」
ファティマ皇女の顔色が変わった。
あら、メス虎の自覚あるのね。
それでも、下賤の者の煽りなどに乗せられてなるものか、と思ったのか、平静を装って吐き捨てるように言う。
「小娘め。今のうちにせいぜい、リチャード陛下の威を借りておけばよい。そなたの立場なぞ、砂嵐の中をさまよう痩せこけた駱駝のようなものじゃからの」
さすが砂漠の国の方だわ、表現が詩的・・・て、感心してる場合じゃないわ。
「威を借りてらっしゃるのはそちらではございませんの?メス虎の威を借りる女狐ですわね」
よく聞けば意味を成していない言葉なのだけれど、怒らせることが目的だから別にいいわ。
案の定、ファティマ皇女は噴火しそうそうな勢いで怒り出した。
「この賎民めっ、言わせておけば!」
今にも掴みかかられそうになったとき、皇女のもとに昼食会開始の伝令がやってきたので、ことなきを得た。
リチャード様からの正式な伝令とあらば、向かうほかない。皇女は歯噛みしながら去っていく。
よかった。思わずお返ししちゃったけれど、外交相手との間にいざこざ起こしたくないものね。
そういえば、皇女を呼びにきた伝令役、いつもリチャード様の側にいる秘書官の方だわ。確かリチャード様が、アラン、と親しげに呼んでおられたっけ。
伝令は侍従か護衛の兵士がするものだけど、秘書官がなさることもあるのね。もしかして彼も、真面目そうな顔してファティマ皇女のファンなのかしら?
「ははは!さすがグレイス。見たかったな。天下の猛獣姫をメス虎呼ばわりとはね笑」
昼食会後の国王執務室では、リチャードが秘書官のアランから庭園での顛末を聞かされ、笑い転げていた。
アラン秘書官が落ち着いて言う。
「公爵令嬢があれほど鋭い返しをなさるとは、正直意外でした。その・・・あまり流暢にお話になる方ではないと思っておりましたので」
彼が知っているのは、リチャード王を前にして固まったり、しどろもどろになったりするグレイスだけだ。
「グレイスは、その気になればいくらでも応酬できる子だよ。王族以外は人と思わないような輩は、それこそ学院時代に何度なく撃退してる。あそこは他国の王族の留学生も多いからね」
「なんと・・・。ですが、それなら私が行く必要はなかったのでは?」
秘書官が庭園に赴いたのは、“グレイスがファティマ皇女と遭遇しそうだから、困ってたら助けてあげて”、とリチャード王に頼まれたからだ。
能力を認めている相手に対して、頼まれてもいないのに助け船を出すとは陛下らしくない、とアラン秘書官は思う。
「・・・相手は猛獣だよ?攻撃が効くとは限らないじゃないか」
これまたリチャード王らしくない、歯切れの悪い答えだ。
なるほど、と秘書官は思った。
陛下はいよいよのこと、グレイス嬢に本気だ。万に一つも、彼女に傷付いてほしくないのだ。
陛下の様子から察するに、グレイス嬢と進展があったのは間違いない。
おそらくあの2日前の夜だろう。熱烈に迫るファティマ皇女に目もくれず、逃げ去るグレイス嬢を追いかけた、あの夜だ。
外交相手を放り出して行くなど、誠に陛下らしくないが、彼女のことに関してはそれでいい。何かあれば自分がフォローしよう。
グレイスから、“ファティマ皇女のファン”と疑われたなどとは夢にも思わず、二人の行く末を見守ることを決意する、人間のできた秘書官だった。
猛獣と称されたファティマ皇女は、翌日使節団を引き連れ帰国の途に着いた。
別れを惜しむ男性たちで、ロザーヌ国の沿道は埋め尽くされたが、リチャード国王陛下だけはほっと胸を撫で下ろしていた。
立場上、女性に色仕掛けで迫られるのは慣れているし、対処法も心得ているが、ファティマ皇女はグレイスに危害を加える恐れがあったからだ。
しばらくは後処理や会議で忙しいが、落ち着いたらグレイスとの時間をもとう。子どもたちとも話そう。
そう心に決めたリチャード陛下は、知る由もなかった。
幾日も経たないうちに大事件が起きて、愛しい者たちと離れなければいけなくなるとは。
あの夜から2日。
私は、ふとした拍子にリチャード様のことを思い出しては夢見心地になり、お子様方に呼び戻される、ということを繰り返していた。
今は午後の自由時間。雨季の合間の晴れ空の下、王宮の庭園を散歩している。しゃがみこんで花を眺めていたら、ふいに現れた人物に咎められた。
「ここは王宮ぞ。下賤の者がなぜ徘徊しておるのじゃ」
こ、これは随分な言われようね。
ザッハール皇国の王族は特に階級意識が強いと聞くけれど、ここまであからさまとは驚くわ。
「これはファティマ皇女。散歩のお邪魔をして申し訳ございません」
王族に対する礼を返した私に、皇女は、ふん、といかにも見下した一瞥をくれる。
「泥棒猫にはお似合いよの、地べたを這いずり回るは」
泥棒猫??
私何も盗ってないけど?
・・・この方まさか、私とリチャード様のことを知ってる?!
「今のうちに舞い上がれっておればよいわ。お前ごとき貧相な小娘、一夜限りで飽きられるのが関の山じゃ」
やっぱり!ていうか、なんなの。
リチャード様といるときと態度が違いすぎるじゃない。
でもこの方は国賓・・・だけど。
「猫は愛玩動物ですから、末永く愛でられるものですわ。飼い主が食い殺される懸念もございませんし、メス虎と違って」
「なっ、なんじゃと?!」
ファティマ皇女の顔色が変わった。
あら、メス虎の自覚あるのね。
それでも、下賤の者の煽りなどに乗せられてなるものか、と思ったのか、平静を装って吐き捨てるように言う。
「小娘め。今のうちにせいぜい、リチャード陛下の威を借りておけばよい。そなたの立場なぞ、砂嵐の中をさまよう痩せこけた駱駝のようなものじゃからの」
さすが砂漠の国の方だわ、表現が詩的・・・て、感心してる場合じゃないわ。
「威を借りてらっしゃるのはそちらではございませんの?メス虎の威を借りる女狐ですわね」
よく聞けば意味を成していない言葉なのだけれど、怒らせることが目的だから別にいいわ。
案の定、ファティマ皇女は噴火しそうそうな勢いで怒り出した。
「この賎民めっ、言わせておけば!」
今にも掴みかかられそうになったとき、皇女のもとに昼食会開始の伝令がやってきたので、ことなきを得た。
リチャード様からの正式な伝令とあらば、向かうほかない。皇女は歯噛みしながら去っていく。
よかった。思わずお返ししちゃったけれど、外交相手との間にいざこざ起こしたくないものね。
そういえば、皇女を呼びにきた伝令役、いつもリチャード様の側にいる秘書官の方だわ。確かリチャード様が、アラン、と親しげに呼んでおられたっけ。
伝令は侍従か護衛の兵士がするものだけど、秘書官がなさることもあるのね。もしかして彼も、真面目そうな顔してファティマ皇女のファンなのかしら?
「ははは!さすがグレイス。見たかったな。天下の猛獣姫をメス虎呼ばわりとはね笑」
昼食会後の国王執務室では、リチャードが秘書官のアランから庭園での顛末を聞かされ、笑い転げていた。
アラン秘書官が落ち着いて言う。
「公爵令嬢があれほど鋭い返しをなさるとは、正直意外でした。その・・・あまり流暢にお話になる方ではないと思っておりましたので」
彼が知っているのは、リチャード王を前にして固まったり、しどろもどろになったりするグレイスだけだ。
「グレイスは、その気になればいくらでも応酬できる子だよ。王族以外は人と思わないような輩は、それこそ学院時代に何度なく撃退してる。あそこは他国の王族の留学生も多いからね」
「なんと・・・。ですが、それなら私が行く必要はなかったのでは?」
秘書官が庭園に赴いたのは、“グレイスがファティマ皇女と遭遇しそうだから、困ってたら助けてあげて”、とリチャード王に頼まれたからだ。
能力を認めている相手に対して、頼まれてもいないのに助け船を出すとは陛下らしくない、とアラン秘書官は思う。
「・・・相手は猛獣だよ?攻撃が効くとは限らないじゃないか」
これまたリチャード王らしくない、歯切れの悪い答えだ。
なるほど、と秘書官は思った。
陛下はいよいよのこと、グレイス嬢に本気だ。万に一つも、彼女に傷付いてほしくないのだ。
陛下の様子から察するに、グレイス嬢と進展があったのは間違いない。
おそらくあの2日前の夜だろう。熱烈に迫るファティマ皇女に目もくれず、逃げ去るグレイス嬢を追いかけた、あの夜だ。
外交相手を放り出して行くなど、誠に陛下らしくないが、彼女のことに関してはそれでいい。何かあれば自分がフォローしよう。
グレイスから、“ファティマ皇女のファン”と疑われたなどとは夢にも思わず、二人の行く末を見守ることを決意する、人間のできた秘書官だった。
猛獣と称されたファティマ皇女は、翌日使節団を引き連れ帰国の途に着いた。
別れを惜しむ男性たちで、ロザーヌ国の沿道は埋め尽くされたが、リチャード国王陛下だけはほっと胸を撫で下ろしていた。
立場上、女性に色仕掛けで迫られるのは慣れているし、対処法も心得ているが、ファティマ皇女はグレイスに危害を加える恐れがあったからだ。
しばらくは後処理や会議で忙しいが、落ち着いたらグレイスとの時間をもとう。子どもたちとも話そう。
そう心に決めたリチャード陛下は、知る由もなかった。
幾日も経たないうちに大事件が起きて、愛しい者たちと離れなければいけなくなるとは。
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