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美しい男

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人質のように荷馬車に転がっている私を見て尊い方は言語を発せられた。奇跡だ。

この方が絵画の中の住人ではなく三次元で息をしていることが奇跡。
それと同時にあまりに耽美でいらっしゃって私はひきつけを起こした。

星が浮かぶ夜の黒髪は帳のようにお顔を彩り、瞳は蒼色。発光しているかのような色白のお顔は焦って蒸気していた。なんで頬を赤らめているのが非常に色っぽく似合うのか。

「待て、本当に王国の姫なのか? なんでこんなことに?」

それは私も問い詰めたいトピックではありますが、陛下、錦糸で彩られた黒のサーコートがお似合いですね。そうして、お優しくも泡を吹いている私の猿轡を外して抱えてくださった。性格も良さそうだ。

「ああああ、気を確かに持て、死ぬな!」
すいません、私は死なない人間です。

美しい人が覗き込んだ拍子に一房の黒髪が私の顔にかかった。大きく息をしてしまったのは下心があったからではない。猿轡を外されたら深呼吸するのは自然なことだ。陛下の髪の香りを思う存分吸おうとはしたが。

男性の髪がなぜこんなに馨しいのだろうか。
私は今まで生きて出会ってきた男という名の標的と皇帝陛下との違いに呆然とした。
この人はついているのだろうか。私は婚約者ということもあって俄然股間が気になった。結婚したら見せてもらえるだろうか。いや、そのあとの大惨事がいやだから見なくて良い。


「健康王国第一王女ヘーゼル・ド・ヘルシオス様はなぜ縛られて荷馬車の床に転がされていらっしゃるのですか?!」
「貴国がうちの姫様が欲しいと脅迫してきたのですよね?!」
「いや、それにしたって床に転がっていますよ? おかしいです」
「うちの姫様舐めないでください。一ヶ月食べなくても死なないお方ですし気を抜けば山猿のように逃げてしまうのでこういう形になりました」
「いやいや、よく見たら泣いてらっしゃいますし扱いが酷すぎます!」
馬車の外から女を要求してきた帝国にしては人権について知ってそうなやりとりが聞こえてきた。
もっと言ってやってくれ。良い奴じゃないか美の国の誰か。

「なんということだ」
私の鼓膜が再び人の声とは思えないほど涼やかで艶のある美声で震えた。この振動はすごい。本能的な恐怖で私はイマジナリー砂を吐いた。耽美な時空に耐えられない。

精神崩壊の危機を迎えて私は今更ながらイラついてきた。
なんで我が祖国は私をこんな目に遭わせるのか。腹の底にたまっていく怨嗟は目の前の麗人ではなく慣れ親しんだ王国へと向かっていった。
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