錆びた指先。~大人なあんたとガキの俺の二重奏~

かたらぎヨシノリ

文字の大きさ
1 / 19
崖っぷち、あるいは悪足掻きする大人とガキ。

01

しおりを挟む
────────────────
 崖っぷち、あるいは悪足掻きする大人とガキ。
────────────────
    ♯

 あんたの音に俺を重ねて。
 いつか。
 あれを、越えていく。

    ♯

 ────シャウト。
 吐き出す言葉とパトス。伝えたいんじゃなくて、伝われ。
 なけなしの声で。
 音を越えて届け。

(あんたを)

 喉が潰れても届くならそれでいい。後悔なんかしない。

(越えたい)

 ただそれだけの不純な動機で俺が歌い続けるだけの話。

「俺不思議なんだけどよォ」

 フリータイム数百円の駅前の安いカラオケ。俺たちのスタジオはいつもここで。持ち込んだアコギ腕に抱えたまま奈義ナギが不揃いな顎鬚を指先でいじる。俺は人の持ち歌を歌いながら目だけ奈義に向ける。

「なんでコピーで満足してんの、お前」

 生気のないタレ目。こけた頬。それはたんに奈義の不精だ。一日一食で生活費を切り詰め音楽に金を注ぎ込んでいるのだ。俺も似たようなもので、俺たち二人して音楽にすがりついてようやく生きてる。

「……満足なんかしてないよ」

 マイクのスイッチを乱暴に切り、中途に開かれた歌本の上に押しつける。部屋中にあの人のベース、切り付けるみたいな尖った音が広がる。嘘嘘。こんなの本物じゃないって理解してるけどメロディラインむちゃくちゃに良すぎて、誰の音でも気持ちよくなっちゃうのは仕方がない。
 だいたいこのカラオケ屋は防音を謳っておきながら、部屋の壁が薄い。だから安いのだろうが、右隣りからはひっきりなしに若い女の声がしているし、左隣からは野太い演歌が聞こえるのはさすがにひどい。それをかき消すために高くした音量はびりびりと俺の肌と鼓膜を震わせる。 
 あの人の作った音がどっと押し寄せる。
 その感覚が俺は好きで、同じ曲をすでに四度も流していた。奈義は付き合いでいるだけで、もっぱら歌うのは俺だ。売れないデュオバンド、《ジゼル》のボーカルだし。
 でも、いつもは俺が歌うのを目を細めて見ているだけの奈義がこうしてなにか言い出すのは珍しいことだった。

「カラオケでコピー以外になにすんだよ。自分の歌もカラオケマシンにろくに入らないようなやつがさ」

 自嘲しながらウーロン茶を喉に流し込む。

「メジャーデビューしてもう二年だぜ? 出した曲はたった三曲でオリコン最高は三十八位。次ヒット無しなら契約解除の勧告受けて……あんたからはコピーで満足か、だもんな」
「ナル……」
「奈義はいいよな。クビ切られても昔みたいにどっかのバックギター弾きに戻ればいいんだし! 俺なんか潰しきかないからさ、どっかのバックコーラスに拾われたら儲けもんだけど」
「ナル」
「だいたい俺がプロになるって時点でおかしいと思ってたんだ。やってけるわけないって。なのにあんたが俺を無理やりこの世界に連れ込んだんだろ!」
「────鳴海ナルミ

 低い、奈義の声が咎めるように俺の名を呼ぶ。あの日、俺をこの世界に引きずり込んだときのように。

 「売れないのは俺たちに・・・・原因があるんだろう?」

 悔しさにうぐ、と声を詰まらせる。
 八つ当たりなのは重々わかってた。俺と組むまではフリーでツアーのギタリストやってた奈義とは違って、俺にはもう、後がない。
 次がラストチャンスだった。
 契約切られたら、もうダメだ。再デビューがどれだけ厳しい世界なのかは、数年この業界に身を置いただけでわかる。
 ひっきりなしに、歌は生まれて、売れない奴らは容赦なく切り捨てられて、後釜はもう決まっている。
 俺たちだって誰かを押しのけてデビューした。
 なのに───俺は売れないのを自分のせいだと認めるのが怖かった。

「………じゃあさ、俺と奈義、どっちが悪いんだろうね」
「それを俺に言わせるのか」

 表情をまったくのフラットにして感情を殺した声が刺さる。
 皮膚の一ミリ下をナイフで削ぎ落とされる。
 剥される。本性。見せつけられる。目の前に。

(待って。まだ隠して)

 明るみの中にまだいられるほどじゃない。
 アレはまだ、キツい。
 まだ。

「くそみたいなプライドなんざ、恥だ」

 静かに何度もその言葉を繰り返す。恥。恥恥恥。
 そうだ。

「────俺の代わりなんか、すぐ見つかると思うよ?」
「────そうやって、いつまで逃げるつもりだ………鳴海」

 言われなくても、わかってる。
 悪いのは、俺だって────。

 俺たちがまだ光を恐れていた頃。出会った頃。俺たちは音楽を殺そうと思っていた。そんなことできやしないのを知りながら、でも、やらなきゃ殺られると、思い込んでた。

 あの時の、思い詰めたキツい光が奈義の目の中に揺れていた。

 ねえ。俺たちは、いつの間にか、牙を折られて。
 抗えない巨大な流れに右も左もわからないまま飲み込まれた。
 売れるために誰かの歌を歌わされて結局売れないから切られるなんて不条理も甚だしいけど、契約振りかざされたら何も言えない。

 ────昔はこんなんじゃなかったのに。

 あの人や、奈義と出会った頃は。

 もっと自由で。
 もっと楽しくて。
 もっと────音楽に恋していたはずで。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

過去のやらかしと野営飯

琉斗六
BL
◎あらすじ かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。 「一級になったら、また一緒に冒険しような」 ──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。 美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。 それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。 昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。 「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」 寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、 執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー! ◎その他 この物語は、複数のサイトに投稿されています。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...