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四枚目、これが大人とガキに与えられたラストチャンス。
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「────ツチヤマサユキがあんな人だって知らなかったな……」
俺を落ち着けるために社長室から一緒に抜け出して、給湯室でお湯を沸かし始めた菅元がぽつりと溜め息をついた。
「鳴海ちゃん、座ってていいよ」
失礼しちゃうよね、あたしでさえカチンときたもん。有名所になるとああも鼻持ちならなくなっちゃうのねぇ。
菅元の声が水のように流れていく。
何か。ひっかかった。
(あれ)
「……待って、話が全然見えないんですけど」
まだまだ喋りたそうな菅元を制して、俺は床に座り込んでがしがして頭を掻いた。
「俺が事務所に呼ばれたのは、俺をクビにするためじゃなかったの」
「え~。鳴海ちゃんを? あはは。なんでそうなるのよ、だって鳴海ちゃんいなかったらジゼルなくなっちゃうじゃない」
馬鹿ねぇ。
こぼこぼと音を立てて急須にお湯を注ぐ菅元に焦りの色はなかった。どうやら社長からそういう話はまだないらしい。
(……じゃ、なんで)
「ジゼルの四枚目のシングルをツチヤマサユキが書いてくれるって話なのよ?」
「……ツチヤマサユキ?」
「やだなぁ、とぼけちゃって。さっき会ったでしょ? お父様がスウェーデン出身のヴァイオリニスト、お母様が日本人ピアニストの音楽一家。ツチヤ兄弟は十代のころからこっちの業界で活動してたし、鳴海ちゃんも知ってるでしょう? ……奈義ちゃんの因縁のお相手」
「……ツチヤ、ツチヤ、土屋……?」
ツチヤマサユキ。奈義。因縁。音楽。
ぶつ切りの単語を辿れば答えはすぐ見つかった。
────土屋真幸。
高み、にいるはずの。
「………嘘だろ」
俺は頭を抱えたまま床にへたりこむ。
(────なんで、あんなのが土屋真幸なわけ!?)
そういや、名前だけは有名で知っているけど顔は知らなかった。土屋真幸が生み出す音楽だけが印象強くてそれ以外のことはあまり興味が無かった。
(……奈義)
土屋真幸のこと、きっと奈義は知ってた。伝言聞いたんだろうな。だから、ここに来なかったんだ。
(そりゃ、来ねぇわ。俺だって土屋真幸に会うって知ってたらこんなとこにいない)
「……因縁の、って。それ社長も知ってる?」
「当たり前でしょ」
「じゃ、なんで引き受けんの!? あんなのと一緒に仕事なんか出来ない! 奈義が、辛すぎるだろ!」
「あ、あたしに怒んないでよぅ……。社長だって断ったのよ? 三枚目のシングル出す辺りから打診はあったみたいなの。しかも向こうから。で、無理ですって断って別の先生に曲書いてもらって……売れなかったじゃない。ほら見たことかってばりにさ、向こうが押しかけて、今度は断りきれなかったの……」
俺は自分が恥ずかしくて顔が上げられなかった。
(なんだ。全部俺のせいじゃん)
三枚目のシングル、売れてれば問題なかった。
「────ごめん」
もっと、もっと歌がちゃんと歌えてたら────。
焦り。苛立ち。憧憬。手を伸ばしても伸ばしても、届かない焦れったさ。
いくら曲が良くても奈義が巧くても、ボーカルの俺が歌えてないから、クソになる。
────心を伴わない歌は歌とはいわないんだよ。
土屋真幸の言葉が正論で真実なだけにことさら胸に刺さった。
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