6 / 19
四枚目、これが大人とガキに与えられたラストチャンス。
06
しおりを挟む♯
「聞いた聞いた? ビッグニュースよねぇ! 鳴海ちゃん~! すっごい、あたし、あたし自分のことじゃないのにこんなに興奮したの初めてなんだけど」
世田谷の外れにあるビルの五階。事務所の扉を開くとマネージャーの菅元が満面の笑みで出迎えてくれた。まだ若い菅元は俺よりも二つ年上なだけで、この業界のキャリアは俺とさほど変わらない。
「ビッグニュース?」
「そうよぅ。伝言聞いたんでしょ、あたし興奮しちゃって最後まで入んなかったから何回も吹き込んじゃったけどさ」
「……ああ、ごめん。聞いてないです」
「ええぇえ!! ……じゃ、もしかして奈義くんもまだ聞いてないのかしら」
「……奈義? 聞いてないって、事務所に来てないんですか」
「そうなのよぅ。てっきりあたしも鳴海ちゃんと二人で来ると思ってたんだけどね……さっきも携帯に電話したの。でも全然連絡取れなくて困ってるのよねぇ~。先方の都合もあるし、いつまでも社長とのお話じゃあちらも退屈だろうしね」
「ん? 社長、来客中?」
ちらりと事務所の奥の社長室のドアに目をやる。確かに向こうからは人の気配がした。
「そうそう、鳴海ちゃんもちゃんと挨拶しないと! うちの事務所にとってもあなたたちジゼルにとっても大事なお客様なんだから!!」
菅元のちっさい体の中のどこににそれだけ有り余っているんだと思うくらいの力で、腕をぐいぐいひったくられ、俺は抗う暇もなかった。菅元が社長室のドアをノックする。
「……ちょ、待ってっ」
「社長~菅元ですけど、今鳴海ちゃん来たんで入っていいですよねぇ」
「鳴海? 馬鹿スガ! さっさと入りなさい!」
キツい罵声に俺は首を竦めるが、菅元は随分慣れてしまったようで、笑いながらドアを開けた。
「し、失礼しますぅ、ほら、鳴海ちゃんも!」
半ば無理矢理社長室に引きずり込まれ、頭を押さえ付けられる。ぐき、と俺の首が嫌な音を立てるが菅元は構わず社長室のソファのとこに俺を引っ張っていく。よくわからないが、なぜだか菅元はいつになく興奮しているようだった。
ライブ前とレコーディング前の時も菅元はこんな興奮状態になるのをぼんやりと思い出す。クビになったら菅元とも離れるんだと考えたらやっぱり寂しかった。……少しだけだけど。
「……遅くなりまして本当に申し訳ないです。これがジゼルの鳴海です。鳴海、ちゃんと挨拶して」
ようやく菅元の腕を振り払い、俺は社長と向かい合わせにソファに座った人物に今度は自分から頭を下げる。
「――榊、鳴海です。よろしく」
なんで辞める人間が知らない奴に挨拶してんだろう、と不思議に思いながら、顔を上げたら奇妙な違和感があった。
黒髪を後ろでくくった男は柔らかい笑みを浮かべて俺を見ていた。切れ長の眼は澄んだ蒼空の青。日本人離れの彫りは外国の匂いがした。
「こちらこそよろしくね、鳴海くん」
ゆっくりと立ち上がった男は背が高く、痩せてはいたがもやしみたいな俺とは違って、がっしりとしていた。男は大きな手を差し出して、握手を求めて来た。
しかたなく俺も手を出して握手をする。
(……あ)
手を触ってわかった。この人、音楽をやっている。指先が弦を弾き込んで固くぼろぼろになっていた。
(奈義とおんなじ)
マメが出来て潰れて皮膚が固くなって、痛みを堪えた先に生まれる音楽。簡単に出来そうで簡単に辿り着けない高み。そういうものが染み付いた、指先だった。
「ね、どうしてジゼルが売れないのかわかる?」
男が突然切り出した。意図がわからなくて俺は男の顔を見上げる。……既視感。
「君の歌聴かせてもらったよ。よかった。でも売れてないのなんでか君分かってるでしょ」
「ツチヤ先生! 急に何をおっしゃるんですか」
「黙ってて、泉さん。……ね、鳴海くん。君は、君にしか出来ないことをするしかないんだよ」
「俺にしかできないこと……?」
なにを言い出すんだろう、この人は。
(ジゼルが売れない理由? そんなこと、俺が一番知ってる――!)
滅多に揺らがない感情が、この時ばかりは激しくマイナスの方に動いた。不快感と苛立ち。正論に立ち向かえない弱い自分に対しての怒り。
(でも、そんなの初対面の相手になんで責められなきゃいけないの!? 社長にだったら、わかるけど――)
俺は手を振りほどいて拒絶をあらわにする。一刻も早くこの場所から逃れたかった。この男と同じ空気なんて吸いたくない。
「心を伴わない歌は歌とはいわないんだよ」
男の言葉が、俺を貫いた。
カッ、と頭に血が上るのと体の下にストンと血が落ちるのが同時で俺は何がなんだかわからなくなる。
何もかもわかったような男の態度に俺は恐怖した。がくがくとみっともなく体が震え、菅元が慌てて俺の肩を抱いた。
「だ、大丈夫? 鳴海ちゃん……っ」
大丈夫なわけがない。優しい奈義の忠告でさえ俺は傷つくくらい脆い豆腐メンタルなのに大丈夫なわけがなかった。
でも平気な顔をしなければ。
嫌な相手だけど、こいつは事務所にとっても大事なお客様なんだ。
なら、奈義にとってもそうだろう。
俺一人のわがままで相手の気分を害するのは避けなくては。
俺は、もう子供じゃないんだから。
真正面からの批判にも耐えれるだけの分別は持ってる。どれだけ傷ついても平気な振りは出来る。
「ツチヤ先生! うちの鳴海を苛めないでちょうだい。これから一緒に仕事をしていくっていうのに……!」
「ああ、すみません。言いたいことはすぐに言っちゃう質なんですよ。僕。……それであの子も傷つけちゃったんだっけ。うん、鳴海くん? ごめんね、本当のこと言い過ぎたね」
ごめんなさい、と頭を下げる。
その際も社長にグチグチ文句を言われて男はへらりと笑っていた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
過去のやらかしと野営飯
琉斗六
BL
◎あらすじ
かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。
「一級になったら、また一緒に冒険しような」
──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。
美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。
それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。
昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。
「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」
寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、
執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー!
◎その他
この物語は、複数のサイトに投稿されています。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる