錆びた指先。~大人なあんたとガキの俺の二重奏~

かたらぎヨシノリ

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君のための歌、ここはこどもたちの国。

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 君のための歌、ここはこどもの国。
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 夢を見ていた。
 ぼんやりと薄暗い闇の中に立ち尽くしながら、俺は一人でそこにいた。風も音も無い静寂。肌がひりひりと痛んだ。夢の中まで痛みや不快からは逃れようがないことに苛立ちながら。

「人がいる……」

 突然、声がした。後ろを振り返ると淡い色のパジャマ姿の青年が立っていた。俺と同じくらいの年だろう。色素の薄い目は大きく、伸びた黒髪は肩の上であちこちに跳ねている。整った目鼻立ちではあるが、どこか生気のない凡庸とした表情が青年の印象を薄くさせていた。

 「こんにちは」

 不思議な響きの声だった。やわらかい、優しいメゾソプラノ。少年のような幼さを滲ませた声。遠い記憶の中で、聞き覚えがある気がした。

「……ここは?」

 青年は目を細め、首を振る。

「俺も随分ここにいるけど、よくわかんない。でも、あんたもきっと【逃げて】きたんだろ?」
「────」
「でも名前がないと面倒だから、俺はこの場所を【果て】って呼んでるけど」
「果て……?」
「うん。世界の果て。現実の果て。夢の果て。……でもどっちかというと、夢に近いのかも。……時々だけど、ふっと目が覚める時がある。でもまたここに戻って来ちゃうんだけど、ね」
「君は、生きてる人? それとも、死んでる人?」
「ははは。藪から棒になに? あんた、幽霊とか神様とか信じちゃう人? 天国も地獄も所詮宗教だよ。俺は何も信じてない」
「宗教とか、よくわかんないけど」
「────生きてるよ。多分ね。死んでもいるけど」
「……どっちだよ」

 あはは。青年は綺麗な声で高らかに笑う。歌うような抑揚のある声。

「身体は生きてるよ。繋ぎ止めてくれてる人がいるから」

 一瞬、青年は哀しそうに顔を歪めた。

「……嫌いな人?」
「まさか。大事な、人、だったよ……」
「なら、早くその人のところに戻ればいいのに」
「────あんたにも、同じ言葉返してあげようか」

 悪戯を思い付いた子どものような嫌味ったらしい口調に俺は肩を竦めてみせる。

「……あんたは、生きてる人?」
「どうだろう……」

 俺は、無意識に首に手をやる。そして思い出す。奈義のこと。奈義の指先。自分の卑怯さ。忘れたかった感情がまだ胸の中に宿ったままなことに戸惑いながら、考える。

「死んでも、いい、とは思った。奈義に殺されてもいいくらい、奈義を愛してるから」

 実際、死んだのかどうかはわからなかった。でも、死んだのだろうとは思っていた。だからこの場所をすんなりと受け入れていられる。

「愛してる人に、殺させたの? 自分を?」

 信じられないと青年は目を丸くする。信じられない。もう一度、青年が呟く。

「最低だね」

 うん。と返す。
 最低、だった。俺は最低な人間だった。

「俺と同じくらい最低」

 言い捨てるように青年は俯き、黙り込んだ。引き結ばれた唇。やはり青年の影は薄い。俺は気の無い振りをして辺りの闇に目を凝らした。

「ここには何もないよ」

 青年の静かな声。俺はそれでもこの闇の中に隠されたものがあるのではないかと、目を凝らす。

「……帰りたい?」
「帰る? ここにどうやって来たのかもわからないのに?」
「────帰れるかもよ。あんたなら。この【果て】に囚われないあんたなら、もしかしたら」

 そこで俺は青年の方を見た。上から下まで、見た。
 青年の足には黒い蔦のような闇が巻き付いていた。驚いて、それなに、と馬鹿なことを口走る俺に青年はやわらかく笑った。

「最低な俺の足枷。身体と心がバラバラになったまま、心が闇に囚われて、むこうに帰れないのが、今の俺」
「……むこう?」
「そう。現実。……あんたも、似たようなもんなんだろうけど」

 だからここにいるんだろう。
 現実から逃げ出して、この【果て】に。

「俺は、現実に絶望して大事な人も信じられなくなって、逃げた」
「────君は……」
「うん、俺はただの死に損ないだよ。心は死んでも、身体はまだ生きてる。……苦痛から逃れたくて死のうとしても、やっぱり上手くはいかないね。今は、生きたいのかもこのまま死んでもいいのかもまだわかってない」

 でも一つだけわかることがあるよ。青年は俺を真っ直ぐに見つめる。

「あんたは、まだ生きてる」
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