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覚めぬ夢、
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醒めぬ夢
────────────────
♯
光に導かれて、目が醒めた。
世界は白く、病的なほどに正常だった。瞼を持ち上げると、すぐ天井が目に入った。四角い白い部屋には俺が寝ているパイプベッドと丸椅子、壁際の作り付けられた机がある。ぱたぱたと廊下を行き交う人の足音が微かに耳に届くだけで、あとは静かなものだ。
腕に違和感を覚えた。見れば点滴のチューブが繋がっている。ベッド脇の点滴はまだ半分も減っていない。外そうと思ったが、面倒になってやめた。
(……病院、か)
やっぱり、まだ生きてる。心臓は穏やかに脈を打ち、呼吸も出来た。しばらくベッドでじっとしていると、だんだん意識がはっきりしてきた。
部屋には人工的な蛍光灯をつけなくても充分な明かりが、大きくくりぬかれた窓から差し込んでいる。ベッドの上に落ちる光の帯を掬うと、指先がじんわり熱くなった。
(……奈義)
もしかしたら、俺は、ようやく奈義の抱えている闇に触れることが出来たのかもしれない。あの、【果て】で出会ったアリタユズルが――彼が話していたことが本当だったなら。
カツカツカツ、と尖った足音が近付いてくる。その後にもう一つ。誰だろう、と俺はベッドから起き上がり、部屋の奥のドアを見つめた。
「じゃあ、彼が起きたらこちらから電話してちょうだい」
「……はいー、って、な、鳴海ちゃんっ!!」
話しながら部屋に入って来たのは社長と菅元だった。ダークブルーのタイトなダブルスーツを着こなした社長は、普段からわざわざ胸を強調するような体の線のでる服を好んで着ている。変わって、菅元はフリルのついたシャツに大きめのジャケットとパンツ姿だ。しかも手ぶらな社長とは違って菅元は籠に入ったフルーツの盛り合わせを抱えていた。
「鳴海ちゃ~ん! やっと起きたのねぇ~!」
嬉しそうに駆け寄ってきた菅元はフルーツの籠を机の上に置くと、べらべらと喋り始めた。
「奈義くんから深夜電話が掛かって来た時は、本当にびっくりしたよぉ。だって、あの奈義くんも気が動転してたらしくて、鳴海ちゃんを殺しちゃった、なんて言うんだもの! 社長が車出してこの病院まで運んだんだけど、二日も目が覚めないから、あたし、もう心配で心配で!」
「……ちょ、待って。二日も、寝てたの? 俺」
「そうよぉ! 昏睡状態で、奈義くんなんかさっきまでずっと鳴海ちゃんに付き添って寝てなかったのを今事務所まで連れ帰って来たんだから」
「奈義、が」
「……ほっぺた、まだ痛む? 腫れは随分ひいたみたいだけど」
「あ、うん。大丈夫……」
「鳴海」
ドアのところで立ったままだった社長がヒールを鳴らしてベッドに近付いてくる。
「……一言、私や菅元に何かあってもいいんじゃないの?」
胸の前で腕を組み、鋭い目付きで見つめられる。
「……えと、お、はよーゴザイマス……?」
しどろもどろでとりあえず、失礼にならないような挨拶、と思ったら口から出たのは明らかに間抜けな挨拶だった。目が覚めたばかりだから、と取り繕うにも馬鹿なことを言ってしまった後悔で俺は呻いた。
「く、」
社長の口元が、歪む。
「……くくくっ、あっははははっ!」
「しゃ、しゃちょー?」
豪快に笑い出した社長に戸惑い気味に菅元が首を傾げる。腹を抱えてひとしきり笑った後、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、社長は俺に片目をつぶってみせた。
「────うん、おはよ。そうよね、鳴海はこういう子だって忘れてた。時々とんでもないことを言い出すのよね。……うちの事務所、来たときもそうだった」
「……俺、なんかしましたっけ」
「だって、あんたまるっきり素人で! 奈義と歌いたいって、すっごい迷惑なこと言い出したのよ? だって、奈義と組ませる子は決まってたんだから」
そう。俺は蹴落とした。奈義と一緒に上を目指すために、無謀すぎる試みに最初社長は反対だった。
「……悪いことしたわ。あんたみたいな下手くそ、奈義と組ませちゃって」
「社長……」
「でも、あたしは鳴海に賭けたの。奈義の孤独を鳴海なら、癒してくれるかもしれないってね」
社長は何かを考えているように見えた。俺の知らない思惑が俺と奈義の関係には張り巡らされていて、だから俺のようなやつが奈義の隣りにいられた。それこそ、奇跡みたいな話だ。
「こんな時に言うのもなんだけど、解散したいって奈義は言ってたわ。鳴海はどう? もう、二人では歌えないかしら」
「解散────」
口に出してその重みが、わかった。解散。すべてが終わる、言葉。
菅元が泣きそうな顔で唇を噛んでいる。解散したら、俺はいなくなる。もともと素人だし、今までやっていけてたのが不思議なくらいだった。
醒めぬ夢
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光に導かれて、目が醒めた。
世界は白く、病的なほどに正常だった。瞼を持ち上げると、すぐ天井が目に入った。四角い白い部屋には俺が寝ているパイプベッドと丸椅子、壁際の作り付けられた机がある。ぱたぱたと廊下を行き交う人の足音が微かに耳に届くだけで、あとは静かなものだ。
腕に違和感を覚えた。見れば点滴のチューブが繋がっている。ベッド脇の点滴はまだ半分も減っていない。外そうと思ったが、面倒になってやめた。
(……病院、か)
やっぱり、まだ生きてる。心臓は穏やかに脈を打ち、呼吸も出来た。しばらくベッドでじっとしていると、だんだん意識がはっきりしてきた。
部屋には人工的な蛍光灯をつけなくても充分な明かりが、大きくくりぬかれた窓から差し込んでいる。ベッドの上に落ちる光の帯を掬うと、指先がじんわり熱くなった。
(……奈義)
もしかしたら、俺は、ようやく奈義の抱えている闇に触れることが出来たのかもしれない。あの、【果て】で出会ったアリタユズルが――彼が話していたことが本当だったなら。
カツカツカツ、と尖った足音が近付いてくる。その後にもう一つ。誰だろう、と俺はベッドから起き上がり、部屋の奥のドアを見つめた。
「じゃあ、彼が起きたらこちらから電話してちょうだい」
「……はいー、って、な、鳴海ちゃんっ!!」
話しながら部屋に入って来たのは社長と菅元だった。ダークブルーのタイトなダブルスーツを着こなした社長は、普段からわざわざ胸を強調するような体の線のでる服を好んで着ている。変わって、菅元はフリルのついたシャツに大きめのジャケットとパンツ姿だ。しかも手ぶらな社長とは違って菅元は籠に入ったフルーツの盛り合わせを抱えていた。
「鳴海ちゃ~ん! やっと起きたのねぇ~!」
嬉しそうに駆け寄ってきた菅元はフルーツの籠を机の上に置くと、べらべらと喋り始めた。
「奈義くんから深夜電話が掛かって来た時は、本当にびっくりしたよぉ。だって、あの奈義くんも気が動転してたらしくて、鳴海ちゃんを殺しちゃった、なんて言うんだもの! 社長が車出してこの病院まで運んだんだけど、二日も目が覚めないから、あたし、もう心配で心配で!」
「……ちょ、待って。二日も、寝てたの? 俺」
「そうよぉ! 昏睡状態で、奈義くんなんかさっきまでずっと鳴海ちゃんに付き添って寝てなかったのを今事務所まで連れ帰って来たんだから」
「奈義、が」
「……ほっぺた、まだ痛む? 腫れは随分ひいたみたいだけど」
「あ、うん。大丈夫……」
「鳴海」
ドアのところで立ったままだった社長がヒールを鳴らしてベッドに近付いてくる。
「……一言、私や菅元に何かあってもいいんじゃないの?」
胸の前で腕を組み、鋭い目付きで見つめられる。
「……えと、お、はよーゴザイマス……?」
しどろもどろでとりあえず、失礼にならないような挨拶、と思ったら口から出たのは明らかに間抜けな挨拶だった。目が覚めたばかりだから、と取り繕うにも馬鹿なことを言ってしまった後悔で俺は呻いた。
「く、」
社長の口元が、歪む。
「……くくくっ、あっははははっ!」
「しゃ、しゃちょー?」
豪快に笑い出した社長に戸惑い気味に菅元が首を傾げる。腹を抱えてひとしきり笑った後、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、社長は俺に片目をつぶってみせた。
「────うん、おはよ。そうよね、鳴海はこういう子だって忘れてた。時々とんでもないことを言い出すのよね。……うちの事務所、来たときもそうだった」
「……俺、なんかしましたっけ」
「だって、あんたまるっきり素人で! 奈義と歌いたいって、すっごい迷惑なこと言い出したのよ? だって、奈義と組ませる子は決まってたんだから」
そう。俺は蹴落とした。奈義と一緒に上を目指すために、無謀すぎる試みに最初社長は反対だった。
「……悪いことしたわ。あんたみたいな下手くそ、奈義と組ませちゃって」
「社長……」
「でも、あたしは鳴海に賭けたの。奈義の孤独を鳴海なら、癒してくれるかもしれないってね」
社長は何かを考えているように見えた。俺の知らない思惑が俺と奈義の関係には張り巡らされていて、だから俺のようなやつが奈義の隣りにいられた。それこそ、奇跡みたいな話だ。
「こんな時に言うのもなんだけど、解散したいって奈義は言ってたわ。鳴海はどう? もう、二人では歌えないかしら」
「解散────」
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