ミスキャスト!?

かたらぎヨシノリ

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告白NGの平凡俳優

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[chapter:ミスキャスト 告白しない男vs告白させたい男]
────────────────
若手俳優×平凡俳優、溺愛、執着、年下×年上
────────────────
八嶋尚之 やしまなおゆき 32歳 平凡俳優。やわらかい印象のぱっとしない平凡優男。
茅ヶ崎隼人 ちがさきはやと 20歳 若手俳優。演技派のイケメン。爽やか真面目系に見えるが……
堤健治 つつみけんじ 30歳 八嶋のマネージャーで大学時代の後輩。細マッチョ。
────────────────
[newpage]
[chapter:1 告白NGの平凡俳優]

「いや~~~、さすがに生徒に手を出すクズ教師はアウトでしょう……!!!」

 マネージャーに渡された台本を読み終えて、俺は事務所のソファーに崩れ落ちていた。
 さあ次の仕事の話を詰めましょうと昼間から事務所に呼び出されたのだが、こんなクズ役引っ張ってくるなんて随分と真っ向から喧嘩買ってくるじゃねーの、くそマネ!!
 苛立つ俺の横でニコニコしている黒淵眼鏡の細マッチョは俺のマネージャーの[[rb:堤健治 > つつみけんじ]]だ。
 手柄を誉めろとばかりにむちむちの胸を張るのは何故だ。布地が窮屈そうだぞ、と俺は思わず突っ込みを入れてしまった。既成のシャツだともうこいつの身体に合わないんだろうな。
 マネージャーは体力勝負です、と言い出して鍛え始めたこいつの頭がおかしいのは昔からだったのを思い出して遠い目になる。

「大丈夫です、[[rb:八嶋 > やしま]]先輩! こんなんどうせフィクションなんで! ドラマだし、原作の漫画むちゃくちゃ売れてるんですよ! 俺の妹が原作ファンで、このゲイ教師役には平々凡々な八嶋先輩こそハマるって推してて……!」
「平々凡々言うな! ……うっわ、漫画のアオリ文句すごいな……親友の息子……男同士……教師と生徒……禁断の愛の三重苦……はぁ。無理です、無理無理。これ断って!!!」
「えぇぇぇぇぇぇ! この配役取るの苦労したのにそんなぁぁぁぁぁ」
「バカマネ、俺の出演NGはなんだっけ!?」
「……告白する役、っす」
「ドンピシャじゃねーか!!! どあほ!!!」

 ここで台本をバカマネこと堤に投げつける。べしゃっと顔面にヒットしたそれを堤が大事に抱き抱えた衝撃で、机の上に積まれていた漫画が雪崩を起こして崩れていく。エグいページが見えて、俺の顔がひきつる。

「でもゲイ役なんて新境地じゃないすか! やるべきッス!」
「……ばっか。俺のNGそこじゃねーのよ堤くーん……!」

 こいつは俺の大学の後輩で何故か俺を追って事務所にまで押し掛けたバカだ。マネージャーとしての能力はほぼないが、俺の暇潰しやパシりや愚痴相手だと才能があるので傍に置いている。
 「告白しない」平凡俳優こと俺、[[rb:八嶋尚之 > やしまなおゆき]]はイケメンでもなければ体格もぱっとしない。
 ひょろっとした優男面でトゲも毒もない、[[rb:普通のどこにでもいそうな男 > 平凡]]……それをあえて売りにしているのだ。
 全員が主役では成り立たないこの業界で俺はいち早く俺の立ち位置を理解し、そこに立つことだけを死守していた。脇役でいい。目立つことも望まない。ただ俺はひとつだけ甘い汁が、ご褒美が欲しいだけなのだ。

 ────[[rb:告白されたい > モテたい]]。

 プライベートではとっくにそのイベントは諦めた。
 だから嘘でいい。
 虚構でいい。脚本に書かれた物語の役でいい。
 それでいて、主役じゃないほうがいい。
 俺は誰かに告白されたい。好きと言ってもらいたい。
 それだけが、俺の俳優人生の全てだ。

 恋愛モノに必要な当て馬でもよかった。告白される役であればどんなクズ役でもほいほい引き受けた。嫌われても、炎上してもどうでもいい。
 他人に評価されるのは俺が演じた役であって、あれは俺じゃない。
 画面の中の、スクリーンの中の、俺の顔をした俺は、八嶋尚之であって俺じゃない。俺じゃない誰かがどれだけヘイトされても俺は傷つかない。あれはフィクションだ。現実ではない。俺には関係ない。だからこそ、楽しんでいられる。

「まー、確かに八嶋さんが役者じゃなかったら人生でこんなに誰かに告白されることってないでしょうね……平々凡々ですしね……」
「だろ? まじほんとこの人生でよかったわー」

 バカマネと軽口を言い合う。
 そりゃそうだ。俺は普通の男で、たまたま役者に向いていただけ。たまたまこっちの世界に踏み込んで、たまたま立ち位置を掴んだだけ。
 舞台の中央でスポットライトを浴びれるのは選ばれた奴らだけだ。
 俺はその隅っこで、少し溢れる光に触れるだけ。
 それでいいのだ。
 それだけを望んでも、いいじゃないか。
 俺は普通の平凡な役者の一人なのだから。
 
「────とりあえずお断り前提に監督と出演交渉といこうじゃねーの?」
「ひぇ……俺の営業努力が全く認められることなく捨てられようとしている……!」
「泣いてる暇があるなら監督に連絡取れよ!」

 はぁー、と深いため息を全力で吐いて堤が事務所の電話を取って手帳を開いて番号を押した。数回の呼び出しで繋がったのか慣れた口振りで堤が営業トークを開始する。

「こちら佐伯エンターテイメント芸能事務所所属俳優の八嶋尚之のマネージャーの堤です。ええ、お疲れ様です。飯田監督。先日のオファーですが、うちの八嶋本人から直接出演についての交渉をしたいと……ええ、そうです……ええ、例の……告白シーンのことで────」

────────────────

 結論を言うと、俺は渋々だがこの仕事を受けることになった。条件つきだが。
 それに俺の相手役こと[[rb:茅ヶ崎隼人 > ちがさきはやと]]は、バカマネが集めてきた情報によると若手俳優でピカイチに評判がいい好青年だという。
 なんでも顔も良いし演技が上手いらしい。
 舞台映えもするし、歌も躍りも運動神経も抜群だそう。
 なんでか忙しいスケジュールを調整してまで俺の相手役に名乗りを上げたらしく、俺は新人さんにまぁまぁ好かれているのでは、と期待してしまったのが悪かった。

 ────現場で顔合わせた瞬間から嘘だろ、と俺は呻いている。

「……茅ヶ崎隼人です」

 ……詐欺じゃないのか、こいつ。

 事前情報を疑うほどに、茅ヶ崎は俺に塩対応だった。
 にこりともしないイケメンが俺をじっと見下ろしている。
 笑わない。話し掛けてこない。世間話レベルの会話もない。……それも俺に対してだけ! 他の出演キャストは歳が近いからかすんなりと自己紹介、世間話、セリフの読み合わせなどの至って健全な会話をしている。
 他人行儀、というよりか確実にあんたはこっちくんなオーラで俺は威嚇牽制されている。茅ヶ崎のマネージャーがおろおろと頭を下げているのが逆に同情を買うくらいだ。
 うわー。前評判が良くてハードル上がってるタイプの若手か。
 めんどくせー。ガキかよ。
 適当に笑ってやり過ごせなーかな……。
 でも茅ヶ崎の顔が良いのは評判通りだった。
 さらさらで艶のある短い黒髪に切れ長の目。はっきりとした顔立ちは平凡な俺の垂れ目とは作りが違う。
 なるほどね。いい男じゃん。
 体格がいい、とは聞いていたが俺より縦も厚みも一回りは違うようだ。鍛えられた身体と比較するには貧相な俺の方が気後れしてしまうわ。
 ほへー、と呆けている俺に苛立つように、何か言いたいことでも? と茅ヶ崎が小さく尋ねる。

「んん、佐伯エンターテイメント芸能事務所所属の八嶋尚之だ。はじめまして……今回はどうもよろしく。えーと、なぁ、茅ヶ崎くん? キミちゃんとこの台本読んだ? あの、俺の相手役ってことは、その……男同士で絡むんだが……ヤれる?」
「大丈夫です。俺にはNGはないんでちゃんとヤれます」
「……へぇ? そりゃよかった」

 告白NGの俺への当て付けかよ、と苦い顔をしてしまう。
 なんだ思ったより俺のこと嫌いなんじゃねーの、こいつ。
 俺を踏み台にして次のステージにいきたんだろうな。ふむ。俺と絡んだって上に上がれるわけねーけど。なんと言っても俺は平凡な役者だ。さして高みを目指してもいないのだから。

「あ。もしかして茅ヶ崎くんの方が[[rb:経験者 > ・・・]]なの?」
「経験者、とは」
「男の経験あるの?」

 際どい俺のからかいに茅ヶ崎が固まった。
 お、いい反応じゃん。
 ついにやけてしまう口許を隠せず、ぎらりと批難の視線を向けられる。

「……ごめんごめん。悪乗りしました!  怒んないでよ。俺もゲイ役初めてだから緊張してるんだよね。ま、初心者同士で頑張ろうな? あと話題性だけでお仕事選んだらいつか後悔しちゃうよ、気をつけてな。茅ヶ崎くん」
「八嶋さんは違うんですか?」
「んー。俺だって断れる立場なら断ってる。今回は何回も断ったけど監督さんがセリフ変えてくれるっていうから仕方なく引き受けただけで……ははは」
「……セリフを変える?」
「ああ、俺の告白シーン抜きにしてもらえることになってて────」
「は?」
「……んん?」
「八嶋さん……あんたはバカなの? そこが肝心だろ? このドラマ……っ! 告白しない男がようやく告白するってもう噂になってんの!!!」

 ぐぐっと、茅ヶ崎の眉間にシワが深くなっていく。
 真顔のイケメンが突然不機嫌モードに入って俺はかなりビビった。え、怖い怖い。今どきのキレる若者ってこういうこと!?

「八嶋さん!」
「ひゃいっ」
「……あんたの告白シーン抜きなら俺はこの役降板しますから」
「……へ?」
「降板しますからね!」

 最初の顔合わせで大問題が発生して現場は凍りついた。
 俺だってしばらくの間何が起こったのか理解できなかった。
 待て。待てよ、どういうことだ!?
 俺の相手役は、茅ヶ崎が挙手したからすんなり決まったわけで。
 ここで茅ヶ崎に降りられたらまた一から代役探しで。
 ……そんな時間も掛ける金もないのは俺でもわかるわけで。

「……はぁぁぁぁ!? 降板って────やめてくれよ……」
「じゃ、台本通りにちゃんと告白してくださいね」
「いや、ちょ、うそっ、俺が……告白……??? すんのォ!?!? 冗談だろぉぉぉぉ!!」

 誰が望むんだよ、平凡なオッサン役者の告白シーン!? そんなん視聴率にも話題性にも貢献できるわけがないだろうが!

「あっはは。冗談じゃないですよ。告白しない俳優────八嶋さんの貴重な告白シーン、話題にならないわけないじゃないですか?」

 ね、監督? みんな楽しみですよね?
 悪意のあるような冷たい声が茅ヶ崎のものだと知りたくはなかった。
 ────どうして、こうなった?
 静まり返るスタジオとスタッフやキャストからのぬるい視線に居たたまれず冷や汗をかく。
 俺はこうして茅ヶ崎隼人と最悪の出会いを果たしたのだった。

……
続く
……
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