交際0日の略奪婚~エリート営業マンは傷心の幼馴染を逃さない~

水瀬 立乃

文字の大きさ
6 / 25
本編

第6話

しおりを挟む
今日はホテルには泊まらず家に帰ると言うので、俺は希未の家に一晩お邪魔することにした。
玄関に足を踏み入れてすぐ、目に入る所にあった香山の靴や私物を全てごみ袋に入れた。
断捨離をしているうちに『妻になる人』の欄が空欄のままの婚姻届も発見したのでビリビリに破いた。
こんなものまで用意していたくせに、香山が希未の言葉であっさり引き下がったのはいい意味で予想外だった。
これで無事に希未を香山の手から救い出せたのだと思うと、俺の胸は喜びに満ち溢れた。
窓を開けて空気を入れ替えて、掃除機をかける。
奴の臭いが残っていそうなものには消臭スプレーをかけたり取り換えられそうなものは新しいものに取り換えた。
二人で部屋を一通り片付け終えると、希未がコーヒーを淹れてくれた。

「水城…本当にありがとう…」

カップを手渡される時に震えた声でかけられた言葉に目を見開く。
ぽろぽろと涙を零しはじめた彼女をソファに座るように促して、肩を寄せて抱きしめた。
いつから泣くのを我慢していたんだろう。
今まで気が付けなかった自分が情けない。
体勢を変えて正面から抱き込むと、希未は次第に声を上げて泣きだした。

(このまま涙と一緒に嫌な記憶も全部流してしまえ)

希未の髪に鼻先を埋めて何度も頭を撫でてやる。
俺が傍にいることで辛い気持ちが少しでも和らげばいいと思った。

彼女を抱きしめながら、俺はこれからのことを考えた。
俺は大学を卒業後、広告代理店に営業職で入社した。
数年前に主任の役職に就いて、それなりに忙しいけど給料はいいし今回のように有休も比較的取りやすい。
かといってこれ以上休むことは難しいから明後日には出社しなければならないのだが、希未をここに残していくつもりはなかった。
彼女の手を離したらこのまま二度と会えなくなるような気がして怖いからだ。
きっと希未はまだ俺のことを心の底から信頼してはいない。
少なくとも昨日のプロポーズは気の迷いだと思われたままだ。
もう一度しっかり気持ちを伝えて、希未に結婚を頷かせる。
その前にまずは彼女にこのマンションを引き払って俺の家に引っ越すように説得しなければならない。
明日から同棲という形をとって、欲を言えば再来月の希未の誕生日には入籍したい。
俺は早速希未と過ごす未来に向けて計画を組み立てた。

翌朝、希未に二人分の特急券を見せながらついてきて欲しいことを告げると、案の定彼女は動揺していた。
やっぱりお前はこのまま俺と縁を切るつもりでいたんだな。

「結婚しようって言ったこと、俺は本気だよ」
「水城…」
「だけど俺は希未の気持ちを無視したくない。希未にも俺を好きになって欲しいし、望んで俺と結婚したいと思ってくれたらいいって期待してる。そのための時間が必要なんだ」
「でも…」
「この家はお前にとって楽しい記憶もあるだろうけど、それだけじゃないだろ。今は俺がいるけど、きっと一人になったら部屋の中であいつの気配を思い出して辛くなるはずだ。だからしっかり心を癒すためにも、俺と一緒に来てくれたら嬉しい。一時的でも構わないから」

逃がすつもりなんて全くないくせに、一時的でも…なんてすらすら嘘を言えてしまう俺は詐欺師の才能があるかも知れない。
こういう言い方をすれば希未が頷くだろうとわかって言っている。
希未はそんな俺の腹黒いところなんて知らないから、あっさりと俺が掘った穴に落ちてくれた。
物理的に拘束までするつもりはないけど、たぶん軟禁に近いことにはなるだろうなとほくそ笑む。
そうして俺は予定通りに希未と同棲することになった。


金曜日から半休を取って火曜日まで休んでいたから、休み明けはちょっとした地獄を見た。
一日中溜まったメールの処理に追われ、代理で対応してくれた上司や先輩に頭を下げて仕事を引き継いだ。
外出の予定もあったから昼食はゼリー飲料とコンビニのカフェラテで済ませた。
定時を過ぎていることにも気が付かないくらい集中してキーボードを打ち込んでいると、デスクに冷たい缶コーヒーが置かれて顔を上げる。

「忙しそうだね、水城」

差し入れを持って声をかけてきたのは、高校・大学の同級生で同期の捺月だった。
高校時代に付き合っていた相手でもある。
一度は男女の関係になったこともあるのに不思議と気まずい関係にはならなくて、今でも交友が続いていた。

「2日間も休んでどうしたの?貴士たかし君と何かあった?」
「いや…あいつは関係ないよ。コーヒーありがとう」
「どういたしまして。結婚式どうだった?」
「凄く良かった。国原も奥さんも幸せそうで、こっちまで幸せになれたな」
「結婚式って、幸せのおすそ分けだよね」

ふふ、と笑う捺月の顔には陰がない。
最近になってわかってきたことだが、独身の女性は他人の結婚話に敏感だ。
関係の深さに関わらず結婚していない現状と比較して焦ったり嫉妬したりする女性社員は意外に多い。
だけど捺月にそういう素振りはなくて、そんな風に考えられるのは彼女の好ましいところだなと思った。

「その通りだな。俺も結婚したくなった」
「したくなったって…ふふ、可笑しい。相手がいないと結婚はできないよ?」
「相手はいるよ」
「え…」

さっきまで笑っていた捺月が幽霊でも見たような顔をした。
あまり見たことのない顔が面白くてつい笑ってしまう。

「驚きすぎだろ」
「だって……え?彼女いたの?」
「いたっていうか、できた。やっと会えたんだよ、希未に」
「あ……希未って、工藤さん?」
「そう。すごく可愛くなってて、手放したくなくて連れてきた。あいつが頷けばすぐにでも結婚したい」

希未が俺の家にいる姿を想像しただけで嬉しすぎて顔がにやける。
色々あって疲れているだろうに、今朝は俺と一緒に起きてパンを焼いてくれて玄関で見送りまでしてくれた。
ふと今どうしているのか気になってスマホを手に取る。
残業中だとメッセージを送ると、すぐに気遣う返事が返ってきてこそばゆい気持ちになる。

(嫌がられてはいないよな…)

異性として、そもそも友達としても好かれているのか微妙だが、嫌いだったら一緒に暮らそうとはしていないだろう。
抱きしめても拒否されないし、調子に乗って「いってきます」と頬にキスをしてみたら赤くなっていた。
捺月には彼女だと言ったけど、俺達は付き合っているわけじゃない。
付き合うよりも先にプロポーズをして返事を待っている状況で、この関係を他人に何と言ったらいいのかわからない。
俺と希未だからできる特殊なケースだから、誰に説明してもわかってもらえないような気がする。
これからめちゃくちゃに甘やかして、恋人のようなこともたくさんして、希未が俺を好きになるように仕向けていくつもりだ。
結婚すると言うまでじゃなく結婚してからも、一生をかけて。

「…じゃあ、今工藤さんと一緒に住んでるの?」
「ああ。ちょうど希未が仕事を退職したタイミングだったからトントン拍子に話が進んで、昨日一緒に帰ってきた。住んでいたところは次の休みに解約の手続きしに行く予定だよ」
「そ、そうなんだ…。よかったね、水城。あれからずっと工藤さんのこと気にしてたもんね」
「気付いてたのか?」
「もちろん気付くよ!水城ってたまに、遊んでても寂しそうな顔する時あったから…」
「そうだったか?ごめん。それは気を遣わせてたな」

言われてみれば確かにふとした時に希未を思い出して胸が苦しくなる時はよくあった。
誰にも話したことはなかったけど、まさか捺月に気付かれていたとは思わなくて苦笑する。

「大丈夫、水城に気を遣ったことはないから!」
「おいっ」

軽口を叩いてバシッと肩に一撃を食らわせてきた捺月は屈託なく笑っていた。
なんとなく元気がなくなったような気がしたけど、本当に気のせいだったらしい。
俺がコーヒーの空き缶を軽く振って「ご馳走様」と言うと、彼女はそのまま帰っていった。
家で待っている希未のためにも早く仕事を終わらせて、俺も帰ろう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜ ※AI不使用です。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

処理中です...