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28 秘密だよ?
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メリエールにお掃除フェラをしてもらう。
ぴちゃぴちゃ、ペロペロと皿に盛られたミルクを飲む子犬のように、頑張って白濁液を舐め取るメリエール。
狼を彷彿させる灰色のケモ耳が、ぴくりと動いた。
――ふふ、まるで子犬だな。
少女の舌を目で追いながら竿を動かしていた湊だったが……。
――子犬?
「お、おいメリエール……」
「どうしたの? あぁん、あむ、あむ――」
半勃ちになったペニスを咥えたまま、メリエールが上目遣いでこちらを見ている。
半人半獣とか変身なんてものは、昔話からゲーム、ファンタジー小説などでよく見かけるものだった。
だからだろうか。不思議とそんなに驚きはしなかった。
「お前、頭に狼っぽい耳が生えてるぞ」
「むあ……」
メリエールはペニスから口を離し、目を見開いたまま固まってしまった。
思いきや、
「……へ?」
と、引きつり顔に変わり、
「え~? えーッ!」
ついには泣き出す。
「ごめんなさいごめんなさいどうしよう? うわあ! ごめんなさい。騙していたわけじゃないんです。殺さないで!」
ひどく怯え、懇願する。
「メリエール? 落ち着け。いったいどうした?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ――」
「おい!」
「ひっ! ごめんなさい! お願い殺さないで。ボク、死にたくない……」
メリエールが身体を縮こませる。
見れば、フサフサな灰色の毛に覆われた尻尾も生えていた。
狼の尻尾だ。
(これは……ただ事じゃないな――)
湊はズボンを履くと、メリエールの傍に寄り添うようにして、立膝をついた。
「俺を見ろメリエール。……俺はお前を殺さない、絶対にだ。そもそも、殺す理由なんてあるのか?」
目線を合わせながら、ゆっくりと、そして静かに言った。
「だってボク、魔族なんだよ。魔族は神族と人族の敵。だから、人間に見つかった魔族は殺されちゃうんだ。そんなのいやだよ」
魔族は殺される。
湊はポカポッカ村のことを思い出した。
「いいか。俺は魔族を憎んでいないし、むしろ友だちになりたいと思っている。だから、メリエール。お前とは友だちになりたい」
「キミとボクがお友だち?」
「そう、友だちだ――」
言いながら、湊はメリエールの両手首の拘束を解いていく。
自由になったメリエールは、すぐさま腕で胸を隠し、湊を警戒する。
湊はメリエールから離れ、机に向かった。
「そんなのウソだよ……」
「ウソじゃない」
「だって、魔族と神族は創生の時代からずっと憎しみ合い、戦い続けているんだよ? 人族が歴史に登場したのは、ずうっと後のことだけど、人族を生んだのは神族。神族と一緒に戦ってきた人族も、魔族とたくさん殺し合って、今ではお互い憎しみ合っているんだから」
「……メリエールは人間が憎いのか?」
「ううん。ボクは人間が好き。だってボク、姫さまとアーシェが大好きだし、他の人たちもみんな優しくて大好きだから」
「俺も同じだよ、メリエール。さっきも言ったけど、俺は魔族を憎んでいないし、友だちになりたいとも思っている。それにな。実は俺、この戦いでダークプリンセス、フィオナに会いに行こうと思っている。理由は当然、友だちになりたいからだ」
できればエッチまで行けるといいな、とまでは言わない。
そんなこと言えば、馬鹿に加えて変態確定である。
「ええ! そんなことしたら、敵だけでなく味方にも殺されちゃうよ。ていうか、キミ。発想が子どもだよ。もっと現実を見たほうがいいと思うなボク――」
なんか、さっきまで仕事を忘れて、エッチに夢中になっていた人に諭されたんですけど。
「う、うるせー。いいだろ。一度きりの人生だし、友だちになりたい。そう思ったんだ。だったらもう、行くしか無いじゃん」
キョトンとメリエールが、しばらくの間こちらを見つめていたが、
「信じていいの?」
ケモ耳を垂らし、尻尾を丸めながらメリエールは内股で立ち上がる。
警戒。そしてまだ恐れているようだ。
正体を隠して生きてきたこともあって、警戒心が強い子なんだろう。
こういうのは、ゆっくりでもいいから、行動で示して信頼を築いていくしかない。
残念なことに、この部屋には水桶がなかった。
湊はメリエールが持ってきた盆から、木製のコップを手に取って、中身を確認する。水だ。
「ああ。だから、まずは教えてくれ。どうして、魔族のお前が人間の側にいるのか?」
「うん……」
「じゃあまずは、こいつで口と体を清めな。拭くものは持ってるか?」
「うん、持ってるよ。……ありがとう」
メリエールにコップを手渡す。
それから、メリエールに背を向け、天幕の出入り口に向かい、外の様子をうかがう。
その間、メリエールは口をゆすぎ、残った水をハンカチに染み込ませてから顔や胸を拭いていく。
綺麗に拭き取れたわけではないが、何もしないよりかはマシだ。
気になるところを拭き終えると、メリエールは着衣を整える。
頃合いを見計らって、背を向けたまま湊は改めて、メリエールに問いかけた。
「みんなは、お前の耳と尻尾のこと、知っているのか?」
「ううん――」
メリエールは首を横に振った。
「姫さまもアーシェも、他の人たちみんな、誰も知らないよ」
「よく今まで隠しとおせたな。その姿を誰かに見られたら、殺されるって本当か?」
「それは間違いないよ。今だって、ボクたちは魔族と戦っているでしょ?」
「まあそれはそうだが、そんな姿でもメリエールはメリエールじゃん。いきなり殺されるわけでもないだろうし、ちゃんと話せば敵なのか、仲間なのか、わかってもらえるんじゃないか?」
「それが出来ていれば、こんなボクでも、とっくにしているよ。でも、無理なんだよ」
「理由を訊いていいか?」
「うん。魔族を滅ぼすのは、神さまから人族に与えられた使命だから。神族は魔族、とりわけ悪魔族を恨んでいるんだよ。そこに慈悲が入る余地はまったく無いくらいに」
「なるほどな」
「なるほどな、ってキミは知らないの? こんなの人間ならみんな知っていることだし、常識だよ」
「初めて知った。そもそも俺はこの世界の人間じゃないからな」
「この世界の人間じゃない……じゃあ、キミはどこから来たの?」
「俺か、俺は宇宙から来たんだ。そうだな……俺はジパングという国の出身で、船に乗って宇宙を旅していたんだが、ある日、その船が壊れてな。それで、たまたまたどり着いたのが、この星だった。というわけだ」
「宇宙……別世界……。似たようなお話を聞いたことあるよ。違う世界から来たという人が、この世界には数年に一度、現れるんだって。それとね、数年に一度のペースで空から未知の物体が落ちてくることがあるんだ。ボクも一度、森の中に落ちた物体を調査するために、姫さまに付き添って見に行ったことがあるよ。その物体は巨人よりも大きくて卵の形をしていたかな」
「そっか。まあ、その情報はありがたく頂戴するとしてだ。とりあえず話を戻そうか」
「うん」
「その姿を見られたら、殺されるのはわかった。じゃあ聞くが、どうして突然、変身したんだ?」
「たぶん、お薬の効果が切れたんだと思う」
「薬? そんなのがあるのか?」
「闇商人から買うんだよ。ボクのように、なにか事情があって、人族の国で正体を隠して生きている魔族の人たちもいるんだよ。目的は当然、生きるためだよ」
「なるほどな。俺はてっきり、エッチで興奮しすぎて変身したのかと思った」
「ち、ちがうよ! それにボク、エッチな子じゃないもん!」
「ふうん。まあ、その疑惑はいったん置いておくとして――」
「疑惑にしないで」
「その薬はいま持っているのか?」
「持ってないよ。大事なお薬だし、こんなに長く、ここに居るつもりなかったから。バッグの中にしまったままだよ」
「そのバッグは、どこに?」
「ボクとアーシェが使っている天幕のなかだよ」
「よし、じゃあ、その薬を手に入れに行くぞ」
「それはたぶん……無理だよ」
「どうして?」
「その天幕だけど、ボクとアーシェだけじゃなくて、姫さまの侍女たちも一緒だから。彼女たちは姫さまの護衛としての訓練も受けているから、見つかったらすぐに捕まっちゃうよ」
「誰がお前に行けと言った? 俺がそのバッグを取ってきてやるよ」
「え、でもでも――」
「シッ! 誰かが近づいてくるぞ」
出入り口の幕の隙間からそっと覗く。
二頭の馬を手綱で引きながら、アーシェが歩いてくる。
「アーシェだ」
振り返って、メリエールに小声で伝える。
「どうしよう? このままじゃ見つかっちゃうよ。キミもマズいよね」
「時間がない。いいか、俺の言うとおりにするんだ。そうすればお前を助けてやれる」
松明とろうそくを消していく。
「もしかして、アーシェを殺す気なの? だめだよ」
「ちがう。そんなことするか。とにかく、杖と帽子を持って俺の後ろにくっついていろ。んで、俺が合図したら馬に乗れ。いいな?」
出入口の幕が揺れ、外の明かりが差し込む。
話したことは一度もないが、知っている顔の少女が入ってきた。
「薄暗いですね……メリエール? いますか?」
振り袖のついた紺色の神官服に、ガーター付きの白のニーハイソックス。
淡いブロンドのロングストレート。
まん丸とした目。
アーシェだ。
横を向けばすぐ隣に、気配を消した湊が立っている。
しかし、彼女の視線は室内奥へと向けられていた。
「行け!」
湊の合図で、暗闇を駆けるメリエール。
同時に湊は、アーシェと目が合った。
「――ッ!」
一瞬の間をおいて、それが湊であることを認知したアーシェは、驚くあまりビクッと跳ねた。
湊はガバっとアーシェを抱きあげ室内に引きずり込んだ。
メリエールは天幕の外へ出ていった。
「あ、あなたは――ッ!」
アーシェの顎をクイッと軽く持ち上げた。
「え?」
唇を奪った。
「ン……」
即尺ならぬ即キスに、アーシェは見事にショックを受けていた。
その証拠に眼球が四方八方に小刻みに揺れている。
いったい、なにが起きているのか。
いったい、なにをされているのか。
これまで、公女エメラルダの頭脳担当として、冷静沈着を自負してきたアーシェだったが、恋愛経験ゼロの若き女神官の思考はいま、嵐のごとく乱れ、状況分析もままならない。
湊は畳み掛けるように、次の一手を打った。
口づけしたまま、アーシェの華奢な肩と腰に腕をまわして、しっかり抱きしめる。
アーシェの閉ざされた唇を舌でこじ開け、そのまま突入させる。
(え? え?)
舌を絡め合う二人。
「ン、んま……んむ、んま、あ、んふぅ……」
そのさまはまるで、熱く燃えあがる恋人のようだ。
呆然としているアーシェ。湊は神官見習いのお尻をなでまわす。
エメラルダにメリエール、そしてアーシェ。
いつも一緒にいる三人のなかでも男に対しては特段、嫌悪感を抱いていたアーシェだったが、不覚にもその男に唇を奪われてしまった。
貴族ならまだしも、公女殿下を襲った平民に!
加えて、相手の思うままに舌だけでなくお尻も嬲られている。
だがそれも束の間、アーシェが混乱から立ち直る前に、湊は唇を離した。
互いの舌が糸を引く。
アーシェは顔を真っ赤にして、いまにも頭から湯気が立ち昇りそうだ。
「ふむ……これは……ミルクティーか――」
少女の小さな舌に残っていたミルクティーの味が、湊の口の中で味覚を再現していた。
茫然自失状態で、ヘナヘナと地面に腰を落とすアーシェ。
湊は「じゃあな!」と言い残して、天幕から出て行った。
「……な……唇が……キスされて……神に仕える身であるこの私の唇を……あんなことまで――」
アーシェは立ち上がった。
背中を怒りに震わせていたが、
「……これは……神に対する冒涜です。許しませんよ、鶴春湊。あなたの愚行は野蛮な魔族そのもの。必ずや神の裁きを受けてもらいます」
落ち着きを取り戻したアーシェは、薄暗い室内に視線を巡らせ、しっかりとした口調でひとりごちた。
「それよりも、メリエールはどこでしょうか? ……いえ。あの男に連れ去られたと考えた方が良さそうですね。ひとまずは姫さまにご報告を申し上げねば――」
アーシェは歩き出した。
が、すぐに立ち止まり、ぎゅっと拳を握りしめた。
ぐすっ――。
「うぅぅ……女の子のファーストキスを奪うなんて……。ぜったい! ぜったいに許さないから……」
アーシェは、うわずった声で半べそをかいていた。
だが、新緑の瞳の奥深くでは、燃え盛る炎が舞い上がっていた。
§
湊が外に出ると肌寒い青空の下で、メリエールは馬にまたがって湊を待っていた。
アーシェが連れてきた馬は二頭で、一頭はアーシェ専用。もう一頭はメリエール専用だ。
湊は誰も乗っていない馬の方に駆け寄ると、お尻を思いっきり叩いた。
馬は驚いて、嘶き声と一緒に遠ざかって行く。
それから湊は、メリエールが待つ馬にまたがり手綱を取った。
メリエールが後ろから抱きついてくる。
「メリエールの天幕はどっちだ?」
「あっちだよ」
周囲に怪しまれないよう、馬を速歩で走らせる。
「……ね?」と、メリエール。
「ん?」
「ボクの耳と尻尾のことだけど……みんなにはその……特に姫さまとアーシェには……」
メリエールの手に、自分の左手を重ね握ってやる。
「……心配するな、誰にも言わない。これは俺たちだけの秘密だ」
「キミとボクだけの秘密……そうだね――」
左手に、メリエールのもう一方の手が重なる。
敵の侵入を防ぐために、設置された木の柵の向こう――。
ミスルムスフィア城塞を取り囲むようにして、平原に広がる連合軍。
朝の陽差しを受けて、二人を乗せた馬が丘を駆けていった。
ぴちゃぴちゃ、ペロペロと皿に盛られたミルクを飲む子犬のように、頑張って白濁液を舐め取るメリエール。
狼を彷彿させる灰色のケモ耳が、ぴくりと動いた。
――ふふ、まるで子犬だな。
少女の舌を目で追いながら竿を動かしていた湊だったが……。
――子犬?
「お、おいメリエール……」
「どうしたの? あぁん、あむ、あむ――」
半勃ちになったペニスを咥えたまま、メリエールが上目遣いでこちらを見ている。
半人半獣とか変身なんてものは、昔話からゲーム、ファンタジー小説などでよく見かけるものだった。
だからだろうか。不思議とそんなに驚きはしなかった。
「お前、頭に狼っぽい耳が生えてるぞ」
「むあ……」
メリエールはペニスから口を離し、目を見開いたまま固まってしまった。
思いきや、
「……へ?」
と、引きつり顔に変わり、
「え~? えーッ!」
ついには泣き出す。
「ごめんなさいごめんなさいどうしよう? うわあ! ごめんなさい。騙していたわけじゃないんです。殺さないで!」
ひどく怯え、懇願する。
「メリエール? 落ち着け。いったいどうした?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ――」
「おい!」
「ひっ! ごめんなさい! お願い殺さないで。ボク、死にたくない……」
メリエールが身体を縮こませる。
見れば、フサフサな灰色の毛に覆われた尻尾も生えていた。
狼の尻尾だ。
(これは……ただ事じゃないな――)
湊はズボンを履くと、メリエールの傍に寄り添うようにして、立膝をついた。
「俺を見ろメリエール。……俺はお前を殺さない、絶対にだ。そもそも、殺す理由なんてあるのか?」
目線を合わせながら、ゆっくりと、そして静かに言った。
「だってボク、魔族なんだよ。魔族は神族と人族の敵。だから、人間に見つかった魔族は殺されちゃうんだ。そんなのいやだよ」
魔族は殺される。
湊はポカポッカ村のことを思い出した。
「いいか。俺は魔族を憎んでいないし、むしろ友だちになりたいと思っている。だから、メリエール。お前とは友だちになりたい」
「キミとボクがお友だち?」
「そう、友だちだ――」
言いながら、湊はメリエールの両手首の拘束を解いていく。
自由になったメリエールは、すぐさま腕で胸を隠し、湊を警戒する。
湊はメリエールから離れ、机に向かった。
「そんなのウソだよ……」
「ウソじゃない」
「だって、魔族と神族は創生の時代からずっと憎しみ合い、戦い続けているんだよ? 人族が歴史に登場したのは、ずうっと後のことだけど、人族を生んだのは神族。神族と一緒に戦ってきた人族も、魔族とたくさん殺し合って、今ではお互い憎しみ合っているんだから」
「……メリエールは人間が憎いのか?」
「ううん。ボクは人間が好き。だってボク、姫さまとアーシェが大好きだし、他の人たちもみんな優しくて大好きだから」
「俺も同じだよ、メリエール。さっきも言ったけど、俺は魔族を憎んでいないし、友だちになりたいとも思っている。それにな。実は俺、この戦いでダークプリンセス、フィオナに会いに行こうと思っている。理由は当然、友だちになりたいからだ」
できればエッチまで行けるといいな、とまでは言わない。
そんなこと言えば、馬鹿に加えて変態確定である。
「ええ! そんなことしたら、敵だけでなく味方にも殺されちゃうよ。ていうか、キミ。発想が子どもだよ。もっと現実を見たほうがいいと思うなボク――」
なんか、さっきまで仕事を忘れて、エッチに夢中になっていた人に諭されたんですけど。
「う、うるせー。いいだろ。一度きりの人生だし、友だちになりたい。そう思ったんだ。だったらもう、行くしか無いじゃん」
キョトンとメリエールが、しばらくの間こちらを見つめていたが、
「信じていいの?」
ケモ耳を垂らし、尻尾を丸めながらメリエールは内股で立ち上がる。
警戒。そしてまだ恐れているようだ。
正体を隠して生きてきたこともあって、警戒心が強い子なんだろう。
こういうのは、ゆっくりでもいいから、行動で示して信頼を築いていくしかない。
残念なことに、この部屋には水桶がなかった。
湊はメリエールが持ってきた盆から、木製のコップを手に取って、中身を確認する。水だ。
「ああ。だから、まずは教えてくれ。どうして、魔族のお前が人間の側にいるのか?」
「うん……」
「じゃあまずは、こいつで口と体を清めな。拭くものは持ってるか?」
「うん、持ってるよ。……ありがとう」
メリエールにコップを手渡す。
それから、メリエールに背を向け、天幕の出入り口に向かい、外の様子をうかがう。
その間、メリエールは口をゆすぎ、残った水をハンカチに染み込ませてから顔や胸を拭いていく。
綺麗に拭き取れたわけではないが、何もしないよりかはマシだ。
気になるところを拭き終えると、メリエールは着衣を整える。
頃合いを見計らって、背を向けたまま湊は改めて、メリエールに問いかけた。
「みんなは、お前の耳と尻尾のこと、知っているのか?」
「ううん――」
メリエールは首を横に振った。
「姫さまもアーシェも、他の人たちみんな、誰も知らないよ」
「よく今まで隠しとおせたな。その姿を誰かに見られたら、殺されるって本当か?」
「それは間違いないよ。今だって、ボクたちは魔族と戦っているでしょ?」
「まあそれはそうだが、そんな姿でもメリエールはメリエールじゃん。いきなり殺されるわけでもないだろうし、ちゃんと話せば敵なのか、仲間なのか、わかってもらえるんじゃないか?」
「それが出来ていれば、こんなボクでも、とっくにしているよ。でも、無理なんだよ」
「理由を訊いていいか?」
「うん。魔族を滅ぼすのは、神さまから人族に与えられた使命だから。神族は魔族、とりわけ悪魔族を恨んでいるんだよ。そこに慈悲が入る余地はまったく無いくらいに」
「なるほどな」
「なるほどな、ってキミは知らないの? こんなの人間ならみんな知っていることだし、常識だよ」
「初めて知った。そもそも俺はこの世界の人間じゃないからな」
「この世界の人間じゃない……じゃあ、キミはどこから来たの?」
「俺か、俺は宇宙から来たんだ。そうだな……俺はジパングという国の出身で、船に乗って宇宙を旅していたんだが、ある日、その船が壊れてな。それで、たまたまたどり着いたのが、この星だった。というわけだ」
「宇宙……別世界……。似たようなお話を聞いたことあるよ。違う世界から来たという人が、この世界には数年に一度、現れるんだって。それとね、数年に一度のペースで空から未知の物体が落ちてくることがあるんだ。ボクも一度、森の中に落ちた物体を調査するために、姫さまに付き添って見に行ったことがあるよ。その物体は巨人よりも大きくて卵の形をしていたかな」
「そっか。まあ、その情報はありがたく頂戴するとしてだ。とりあえず話を戻そうか」
「うん」
「その姿を見られたら、殺されるのはわかった。じゃあ聞くが、どうして突然、変身したんだ?」
「たぶん、お薬の効果が切れたんだと思う」
「薬? そんなのがあるのか?」
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「ち、ちがうよ! それにボク、エッチな子じゃないもん!」
「ふうん。まあ、その疑惑はいったん置いておくとして――」
「疑惑にしないで」
「その薬はいま持っているのか?」
「持ってないよ。大事なお薬だし、こんなに長く、ここに居るつもりなかったから。バッグの中にしまったままだよ」
「そのバッグは、どこに?」
「ボクとアーシェが使っている天幕のなかだよ」
「よし、じゃあ、その薬を手に入れに行くぞ」
「それはたぶん……無理だよ」
「どうして?」
「その天幕だけど、ボクとアーシェだけじゃなくて、姫さまの侍女たちも一緒だから。彼女たちは姫さまの護衛としての訓練も受けているから、見つかったらすぐに捕まっちゃうよ」
「誰がお前に行けと言った? 俺がそのバッグを取ってきてやるよ」
「え、でもでも――」
「シッ! 誰かが近づいてくるぞ」
出入り口の幕の隙間からそっと覗く。
二頭の馬を手綱で引きながら、アーシェが歩いてくる。
「アーシェだ」
振り返って、メリエールに小声で伝える。
「どうしよう? このままじゃ見つかっちゃうよ。キミもマズいよね」
「時間がない。いいか、俺の言うとおりにするんだ。そうすればお前を助けてやれる」
松明とろうそくを消していく。
「もしかして、アーシェを殺す気なの? だめだよ」
「ちがう。そんなことするか。とにかく、杖と帽子を持って俺の後ろにくっついていろ。んで、俺が合図したら馬に乗れ。いいな?」
出入口の幕が揺れ、外の明かりが差し込む。
話したことは一度もないが、知っている顔の少女が入ってきた。
「薄暗いですね……メリエール? いますか?」
振り袖のついた紺色の神官服に、ガーター付きの白のニーハイソックス。
淡いブロンドのロングストレート。
まん丸とした目。
アーシェだ。
横を向けばすぐ隣に、気配を消した湊が立っている。
しかし、彼女の視線は室内奥へと向けられていた。
「行け!」
湊の合図で、暗闇を駆けるメリエール。
同時に湊は、アーシェと目が合った。
「――ッ!」
一瞬の間をおいて、それが湊であることを認知したアーシェは、驚くあまりビクッと跳ねた。
湊はガバっとアーシェを抱きあげ室内に引きずり込んだ。
メリエールは天幕の外へ出ていった。
「あ、あなたは――ッ!」
アーシェの顎をクイッと軽く持ち上げた。
「え?」
唇を奪った。
「ン……」
即尺ならぬ即キスに、アーシェは見事にショックを受けていた。
その証拠に眼球が四方八方に小刻みに揺れている。
いったい、なにが起きているのか。
いったい、なにをされているのか。
これまで、公女エメラルダの頭脳担当として、冷静沈着を自負してきたアーシェだったが、恋愛経験ゼロの若き女神官の思考はいま、嵐のごとく乱れ、状況分析もままならない。
湊は畳み掛けるように、次の一手を打った。
口づけしたまま、アーシェの華奢な肩と腰に腕をまわして、しっかり抱きしめる。
アーシェの閉ざされた唇を舌でこじ開け、そのまま突入させる。
(え? え?)
舌を絡め合う二人。
「ン、んま……んむ、んま、あ、んふぅ……」
そのさまはまるで、熱く燃えあがる恋人のようだ。
呆然としているアーシェ。湊は神官見習いのお尻をなでまわす。
エメラルダにメリエール、そしてアーシェ。
いつも一緒にいる三人のなかでも男に対しては特段、嫌悪感を抱いていたアーシェだったが、不覚にもその男に唇を奪われてしまった。
貴族ならまだしも、公女殿下を襲った平民に!
加えて、相手の思うままに舌だけでなくお尻も嬲られている。
だがそれも束の間、アーシェが混乱から立ち直る前に、湊は唇を離した。
互いの舌が糸を引く。
アーシェは顔を真っ赤にして、いまにも頭から湯気が立ち昇りそうだ。
「ふむ……これは……ミルクティーか――」
少女の小さな舌に残っていたミルクティーの味が、湊の口の中で味覚を再現していた。
茫然自失状態で、ヘナヘナと地面に腰を落とすアーシェ。
湊は「じゃあな!」と言い残して、天幕から出て行った。
「……な……唇が……キスされて……神に仕える身であるこの私の唇を……あんなことまで――」
アーシェは立ち上がった。
背中を怒りに震わせていたが、
「……これは……神に対する冒涜です。許しませんよ、鶴春湊。あなたの愚行は野蛮な魔族そのもの。必ずや神の裁きを受けてもらいます」
落ち着きを取り戻したアーシェは、薄暗い室内に視線を巡らせ、しっかりとした口調でひとりごちた。
「それよりも、メリエールはどこでしょうか? ……いえ。あの男に連れ去られたと考えた方が良さそうですね。ひとまずは姫さまにご報告を申し上げねば――」
アーシェは歩き出した。
が、すぐに立ち止まり、ぎゅっと拳を握りしめた。
ぐすっ――。
「うぅぅ……女の子のファーストキスを奪うなんて……。ぜったい! ぜったいに許さないから……」
アーシェは、うわずった声で半べそをかいていた。
だが、新緑の瞳の奥深くでは、燃え盛る炎が舞い上がっていた。
§
湊が外に出ると肌寒い青空の下で、メリエールは馬にまたがって湊を待っていた。
アーシェが連れてきた馬は二頭で、一頭はアーシェ専用。もう一頭はメリエール専用だ。
湊は誰も乗っていない馬の方に駆け寄ると、お尻を思いっきり叩いた。
馬は驚いて、嘶き声と一緒に遠ざかって行く。
それから湊は、メリエールが待つ馬にまたがり手綱を取った。
メリエールが後ろから抱きついてくる。
「メリエールの天幕はどっちだ?」
「あっちだよ」
周囲に怪しまれないよう、馬を速歩で走らせる。
「……ね?」と、メリエール。
「ん?」
「ボクの耳と尻尾のことだけど……みんなにはその……特に姫さまとアーシェには……」
メリエールの手に、自分の左手を重ね握ってやる。
「……心配するな、誰にも言わない。これは俺たちだけの秘密だ」
「キミとボクだけの秘密……そうだね――」
左手に、メリエールのもう一方の手が重なる。
敵の侵入を防ぐために、設置された木の柵の向こう――。
ミスルムスフィア城塞を取り囲むようにして、平原に広がる連合軍。
朝の陽差しを受けて、二人を乗せた馬が丘を駆けていった。
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恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
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2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
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