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29 各陣営の状況を現場からお伝えします1
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ダームスフィア王国連合軍本陣
難攻不落の砦、ミスルムスフィア城塞に向けて、正面左右の三方向から攻城塔が突き進む。
全高四〇メートル超、全幅二六メートルの攻城兵器を牽引しているのは二頭の巨獣グリフォンとおよそ二〇〇名の軽装歩兵。
内部は一〇層に分かれ、カタパルトやバリスタも収納されている。
兵士たちの顔に疲れた様子はなく、士気は高い。
その陣容を満足気に高台から見下ろす一人の少年。
ダームスフィア王国王太子であり、ミスルムスフィア自治領総督でもあるサミュエル・ビーダ・デルバランは、満足そうに口角をあげた。
彼は、今回の戦いの総大将も務める。
「殿。ハイランド大公国ハイランド公爵家第二公女、エメラルダ様がお越しになられました」
サミュエルのすぐ後ろで、ダームスフィア王国連合軍参謀ドルゴールが声をかけた。
「そういえば、そうであったな。それで? 僕の未来の妻は噂どおりのブスであったか?」
「ご冗談を。ナフィス霊山に二〇〇年に一度、一つしか咲かないと云われる伝説の月雫夢幻蝶花のごとく、美しきお方でございます」
「ふん。まあ元から期待はしていない。噂どおり、ハイオークや大熊を一撃で倒すほどの巨人女かどうか、僕自身の目で確かめてやる。通しておけ」
「ハッ。承知いたしました」
現在二七歳。
若干、二二歳にしてただの一兵卒から参謀にまでのし上がったドルゴールは一礼すると踵を返した。
サミュエルが大天幕に戻ると、すでに天幕の中は王国軍配下と諸侯が立ち並び、玉座の前では二人の女騎士が立て膝をついて頭をさげて待っていた。
サミュエルは奥に据えられた小さめな玉座に座ると、足を組んで肘掛けに片肘をついて、つまらなさそうに言った。
「待たせたな、面をあげよ」
二人の女騎士が面をあげた。
「お初にお目にかかります。ダームスフィア王国サミュエル王太子殿下。わたくしはハイランド大公国、オットー・エストール・V・デトマソ・ハイランドが娘、エメラルダ・デトマソ・ハイランドでございます。そして、こちらは――」
「近衛騎士団団長を務めております、ジゼルでございます」
「……」
サミュエルは瞠若し、口をパクパクさせた。
(お……おお……。ビショ! 美少女ぉ! しかもJKダヨJK! ……ぐへへ、この子が俺のモノに……)
どうしたと言わんばかりに、諸侯たちの視線が玉座に集まる。
「ん、ん……殿下?」
むせるようにして、ドルゴールが声をかけた。
「……あ。ああ、うむ!」
気づかないうちにサミュエルは、前のめりになっていた姿勢を正すと、
「二人ともよく参られた、このような戦なんてもの早く終わらせて姫とはゆっくり話したいものだな、なあ? ドリゴールよ?」
早口であきらかに動揺していた。
「はい、このドルゴールもそのように思います、殿……」
参謀は女騎士に向き直り、
「エメラルダ姫、ジゼル殿。こたびの戦、急なこととはいえ、三千の兵をもって馳せ参じていただいたこと、このドルゴール、貴国との同盟の力強さを実感しました。殿に代わって厚くお礼、申し上げます」
「……ありがたきお言葉、感謝いたします。両国の今後の発展のためにも、微力ながら、全力でこの地から魔族を追い出す所存でございます」
男に慣れていないエメラルダの声音は、少しばかり緊張していたせいもあって、若干ぎこちなかった。
「頼もしいことです。それでは全員、揃ったところで本日の軍議を始めます」
「ちょっと待てい!」
室内に野太い声が響き渡った。
「ドルゴールよ、アダンがこの場にいないようだが? ヤツはどうした?」
皆の注目が集まる中、ダームスフィア王国軍配下ハザン将軍は、白髪交じりの片眉をあげてみせた。
「アダン殿ですか。アダン殿には、別働隊として動くよう指示を出しています」
「別働隊? どういうことだ?」
「ええ。アダン殿には、こたびの戦では将軍の肩書と権限を与えています。しかし、彼は我が国の民でもなく冒険者です。正規の軍人ではありません。どちらかといえば、その立場は傭兵に近い。獅子の勇者アダン、その名についてはここにいる全員、耳にしたことがあるでしょう。彼は過去、魔王候補を一人倒しています。その実力は通常の人間の力をはるかに超え本物といえましょう。ですが、彼は戦争向きではない。彼には冒険者らしく、自由に動いてもらうのが一番です。だから、私は彼にクエストを与えました」
「クエストだと?」
ハザンが腕組みする。
「そのクエストとはもちろん、ダンジョン攻略とダークプリンセス『フィオナ』を倒すことです」
「ダンジョン……? なにを言っているドルゴールよ。フィオナは目の前にある城に立てこもっているのだぞ。どこにダンジョンがある?」
「それに関しては、まずはこちらをご覧いただきたい」
先ほどまで、エメラルダたちが居た場所には、軍議用の大きな円卓が置かれていた。
ドルゴールのそばに控えていた兵士が、古くて大きな巻物を広げて見せる。
サミュエルはじめ、諸侯が円卓を囲む。
「これは昨日、アダン殿が占領した砦から見つかったものです」
「ふむ、これはミスルムスフィア城塞の見取り図ですかな……」
諸侯の一人が言った。
「そうです。注目すべきは、地下のこの辺りです――」
(キレイな横顔……ほっぺたスベスベ気持ちよさそう。……おっぱいの大きさ、どれくらいかな。まあまあ、あるよな。あの防具はどうやって外せばいいんだ? ゴクリ――)
サミュエルは軍議の間ずっと、隣に立っていたエメラルダの全身を視姦するように、チラチラと覗き見していた。
§
「ふう……」
「姫さま、大丈夫ですか?」
軍議が終わり、エメラルダとジゼルは外に出ていた。
外で待機していたエメラルダの侍女と女騎士が集まってくる。
「ええ。ですが、なんといいますか……。サミュエル王子にその、胸のあたりをずっと見られていたようでして……。殿方とは皆、あのような感じなのでしょうか?」
「そうですね、男は皆、女の胸がお好きでございます。特にサミュエル様のような十三歳の男子は……」
エメラルダにとって、ジゼルは悩みなど何でも相談できる姉的な存在である。
ジゼルは女性で構成される近衛騎士団の団長を務め、アーシェやメリエールからも慕われている。
ジゼルも、彼女たちを妹のように思っている。
「はあ……この先が思いやられます。これからまた、王子と行動を共にしなければなりませんし……ジゼル、今からわたくしと入れ替わりませんか? 良いアイディアかと思いますが、どうです?」
エメラルダは時折、親しきもの限定でおかしなことを言い出す。
「そのご様子ですと心配するのは、まだしなくて良さそうですね。ところで姫さま、アーシェとメリエールですが、まだ合流できていないようです」
侍女たちによれば、誰もアーシェとメリエールの姿は見かけていない、とのことだった。
「そうですか。すこし心配ですが、あの二人ならきっと大丈夫でしょう」
エメラルダは微笑んだ。
三人の騎士が近づいてくる。
いずれも男で、甲冑の上に羽織った青色のローブには、ハイランド家の紋章が縫い込まれていた。
騎士たちはエメラルダの前で立ち止まると、ひざまずいた。
「エメラルダ姫。侍女を通さず直接、口を開きますこと何卒、ご容赦くださいませ。わたしは国王陛下直属、エストール騎士団団長バートバリーと申します」
ハイランド大公国軍三千人のうち、エメラルダ直属の兵士は近衛騎士団二〇名と一〇名の侍女。
残りの兵士の指揮はすべて、目の前にいる壮年のベテラン騎士、バートバリーに任せている。
婚約者のサミュエル同様、バートバリーと顔を合わせたのも今日が初めてであった。
なぜなら、エメラルダが戦場に到着したのは二日前で、バートバリーは前日まで、最前線で戦っていたためである。
エメラルダへの挨拶が済みしだい、最前線に戻る予定である。
「国王陛下から、あなたのことは聞いています。剣の腕だけでなく、戦術にも大変、長けているとか。こたびの戦いでは、わたくしもあなたから多くを学びたいと思っています。頼りにしていますよ、バートバリー」
隻眼の騎士、バートバリーによれば攻城戦は、エストール騎士団と公国兵が担うことになる。
エメラルダとジゼル率いる近衛騎士団は、ダンジョン攻略組として城内に突入する時が来るまで、サミュエルの本陣で待機とのこと。
エメラルダは心の中でため息をついた。
§
ヴァルガリー王国軍、本陣
ずんぐりとした体型。
髪飾りならぬ髭飾りで装飾された、白髪まじりのモジャモジャ髭は、まるでドワーフを思わせた。
ただ、低身長のドワーフと違って、男は身の丈が二メートルあることだ。
長さが足元まである黒いマントを羽織り、並大抵の男ではその重さに耐えられないであろう、頑強な甲冑を着込んでいる。
腰の両側に巨大な斧を差し、武器も防具も傷や修復跡がいくつもあり、この者が歴戦をくぐり抜けてきた戦士であることを物語っていた。
ヴァルガリー王国国王、ヨルムは髭をさすりながら配下の将に言った。
「見たかお前ら、ダームスフィアの坊主。軍議中もハイランドの女にうつつを抜かしてるなんざ、ありゃあ、もうダメだな~。なあ、お前らもそう思うだろ?」
「マイキング。どこに間者が潜んでいるか、わかりませんぞ。そのような発言は――」
「たわけ。そんなの気にしていたら、なあんにも話せないだろが。なんのために、高い金払って魔女を雇ったと思ってる? この陣には結界が張ってある。〈スクロール〉に名前が書かれていないヤツが結界の中に入ろうとするとホレ。あんな風になる――」
大ジョッキの酒をグビグビ飲みながら、すこし離れた場所を指差す。
そこには八本の十字架が立っていた。
十字架には人間が五体。
獣人とゴブリンが合わせて三体、はりつけにされていた。
いずれも激しく拷問された跡があり、極太の釘が何本も全身に刺さったままだったり、顔の皮が剥がされていたり、内蔵が飛び出していたり、ひどいものでは腕や脚、眼球が欠損していた。
「いいかお前たち! 俺たちは東の城壁攻略を任されたが、すぐには前に出ず様子見すっぞ。壁に近づいても、なるべく戦うのは避けろ」
「ヨルム。なにか考えでもあるのか?」
ヨルムの弟、ガルムが斧の具合を確かめながら訊ねた。
「ああ、この戦に勝てば分け前として、俺たちには自治領の四分の一と、ダームスフィアから三年間、ある程度の金が毎年、送られてくる」
「金はおいて、ミスリムスフィア自治領を四分の一か。妥当といえば妥当だな」
「だがな、この戦いでダームスフィアは多くの戦力を失うと、俺は踏んでいる。当然、よそから参加した貴族、騎士団にも同じことがいえる。要するにだ。軍事バランスが崩れる可能性が大いにあり得るということだ」
「その根拠は?」
「根拠? そんなものは無い! まあ強いて言うなら、ヤツらは魔族を舐めてかかっているていうことよ」
「相変わらずだな、ヨルム。戦士の直感てヤツか。〈魔軍〉は三千もいないそうだぞ。戦力の上では三万と三千。これだけ差があれば、さすがに〈魔軍〉の連中も城を守りきれないのでは?」
人族は、魔族軍のことを魔軍と呼ぶことがある。
「そうか? じゃあ、なぜヤツらは城の前に部隊を展開しているんだ? 敵の親玉は年端も行かない小娘だが、まだ誰も戦ったことのない相手だ。魔軍ってのは、なかなか厄介な連中でな。親玉によってだいぶ戦い方が変わる。その変わりようといったら俺ら以上だ。きっとヤツらは、とんでもねえ物を隠し持っているに違いねえ」
「……なるほど。ヨルムの言うとおりかもしれないな。そのための様子見でもあるわけだな。んで、戦力を最後まで温存しておいて、戦が終わったら、力を失った国から略奪しまくる。そういうことだな?」
「さすが俺の弟! わかってるじゃねえか! ようし、野郎ども! 宴(戦い)をおっぱじめるぞ!」
難攻不落の砦、ミスルムスフィア城塞に向けて、正面左右の三方向から攻城塔が突き進む。
全高四〇メートル超、全幅二六メートルの攻城兵器を牽引しているのは二頭の巨獣グリフォンとおよそ二〇〇名の軽装歩兵。
内部は一〇層に分かれ、カタパルトやバリスタも収納されている。
兵士たちの顔に疲れた様子はなく、士気は高い。
その陣容を満足気に高台から見下ろす一人の少年。
ダームスフィア王国王太子であり、ミスルムスフィア自治領総督でもあるサミュエル・ビーダ・デルバランは、満足そうに口角をあげた。
彼は、今回の戦いの総大将も務める。
「殿。ハイランド大公国ハイランド公爵家第二公女、エメラルダ様がお越しになられました」
サミュエルのすぐ後ろで、ダームスフィア王国連合軍参謀ドルゴールが声をかけた。
「そういえば、そうであったな。それで? 僕の未来の妻は噂どおりのブスであったか?」
「ご冗談を。ナフィス霊山に二〇〇年に一度、一つしか咲かないと云われる伝説の月雫夢幻蝶花のごとく、美しきお方でございます」
「ふん。まあ元から期待はしていない。噂どおり、ハイオークや大熊を一撃で倒すほどの巨人女かどうか、僕自身の目で確かめてやる。通しておけ」
「ハッ。承知いたしました」
現在二七歳。
若干、二二歳にしてただの一兵卒から参謀にまでのし上がったドルゴールは一礼すると踵を返した。
サミュエルが大天幕に戻ると、すでに天幕の中は王国軍配下と諸侯が立ち並び、玉座の前では二人の女騎士が立て膝をついて頭をさげて待っていた。
サミュエルは奥に据えられた小さめな玉座に座ると、足を組んで肘掛けに片肘をついて、つまらなさそうに言った。
「待たせたな、面をあげよ」
二人の女騎士が面をあげた。
「お初にお目にかかります。ダームスフィア王国サミュエル王太子殿下。わたくしはハイランド大公国、オットー・エストール・V・デトマソ・ハイランドが娘、エメラルダ・デトマソ・ハイランドでございます。そして、こちらは――」
「近衛騎士団団長を務めております、ジゼルでございます」
「……」
サミュエルは瞠若し、口をパクパクさせた。
(お……おお……。ビショ! 美少女ぉ! しかもJKダヨJK! ……ぐへへ、この子が俺のモノに……)
どうしたと言わんばかりに、諸侯たちの視線が玉座に集まる。
「ん、ん……殿下?」
むせるようにして、ドルゴールが声をかけた。
「……あ。ああ、うむ!」
気づかないうちにサミュエルは、前のめりになっていた姿勢を正すと、
「二人ともよく参られた、このような戦なんてもの早く終わらせて姫とはゆっくり話したいものだな、なあ? ドリゴールよ?」
早口であきらかに動揺していた。
「はい、このドルゴールもそのように思います、殿……」
参謀は女騎士に向き直り、
「エメラルダ姫、ジゼル殿。こたびの戦、急なこととはいえ、三千の兵をもって馳せ参じていただいたこと、このドルゴール、貴国との同盟の力強さを実感しました。殿に代わって厚くお礼、申し上げます」
「……ありがたきお言葉、感謝いたします。両国の今後の発展のためにも、微力ながら、全力でこの地から魔族を追い出す所存でございます」
男に慣れていないエメラルダの声音は、少しばかり緊張していたせいもあって、若干ぎこちなかった。
「頼もしいことです。それでは全員、揃ったところで本日の軍議を始めます」
「ちょっと待てい!」
室内に野太い声が響き渡った。
「ドルゴールよ、アダンがこの場にいないようだが? ヤツはどうした?」
皆の注目が集まる中、ダームスフィア王国軍配下ハザン将軍は、白髪交じりの片眉をあげてみせた。
「アダン殿ですか。アダン殿には、別働隊として動くよう指示を出しています」
「別働隊? どういうことだ?」
「ええ。アダン殿には、こたびの戦では将軍の肩書と権限を与えています。しかし、彼は我が国の民でもなく冒険者です。正規の軍人ではありません。どちらかといえば、その立場は傭兵に近い。獅子の勇者アダン、その名についてはここにいる全員、耳にしたことがあるでしょう。彼は過去、魔王候補を一人倒しています。その実力は通常の人間の力をはるかに超え本物といえましょう。ですが、彼は戦争向きではない。彼には冒険者らしく、自由に動いてもらうのが一番です。だから、私は彼にクエストを与えました」
「クエストだと?」
ハザンが腕組みする。
「そのクエストとはもちろん、ダンジョン攻略とダークプリンセス『フィオナ』を倒すことです」
「ダンジョン……? なにを言っているドルゴールよ。フィオナは目の前にある城に立てこもっているのだぞ。どこにダンジョンがある?」
「それに関しては、まずはこちらをご覧いただきたい」
先ほどまで、エメラルダたちが居た場所には、軍議用の大きな円卓が置かれていた。
ドルゴールのそばに控えていた兵士が、古くて大きな巻物を広げて見せる。
サミュエルはじめ、諸侯が円卓を囲む。
「これは昨日、アダン殿が占領した砦から見つかったものです」
「ふむ、これはミスルムスフィア城塞の見取り図ですかな……」
諸侯の一人が言った。
「そうです。注目すべきは、地下のこの辺りです――」
(キレイな横顔……ほっぺたスベスベ気持ちよさそう。……おっぱいの大きさ、どれくらいかな。まあまあ、あるよな。あの防具はどうやって外せばいいんだ? ゴクリ――)
サミュエルは軍議の間ずっと、隣に立っていたエメラルダの全身を視姦するように、チラチラと覗き見していた。
§
「ふう……」
「姫さま、大丈夫ですか?」
軍議が終わり、エメラルダとジゼルは外に出ていた。
外で待機していたエメラルダの侍女と女騎士が集まってくる。
「ええ。ですが、なんといいますか……。サミュエル王子にその、胸のあたりをずっと見られていたようでして……。殿方とは皆、あのような感じなのでしょうか?」
「そうですね、男は皆、女の胸がお好きでございます。特にサミュエル様のような十三歳の男子は……」
エメラルダにとって、ジゼルは悩みなど何でも相談できる姉的な存在である。
ジゼルは女性で構成される近衛騎士団の団長を務め、アーシェやメリエールからも慕われている。
ジゼルも、彼女たちを妹のように思っている。
「はあ……この先が思いやられます。これからまた、王子と行動を共にしなければなりませんし……ジゼル、今からわたくしと入れ替わりませんか? 良いアイディアかと思いますが、どうです?」
エメラルダは時折、親しきもの限定でおかしなことを言い出す。
「そのご様子ですと心配するのは、まだしなくて良さそうですね。ところで姫さま、アーシェとメリエールですが、まだ合流できていないようです」
侍女たちによれば、誰もアーシェとメリエールの姿は見かけていない、とのことだった。
「そうですか。すこし心配ですが、あの二人ならきっと大丈夫でしょう」
エメラルダは微笑んだ。
三人の騎士が近づいてくる。
いずれも男で、甲冑の上に羽織った青色のローブには、ハイランド家の紋章が縫い込まれていた。
騎士たちはエメラルダの前で立ち止まると、ひざまずいた。
「エメラルダ姫。侍女を通さず直接、口を開きますこと何卒、ご容赦くださいませ。わたしは国王陛下直属、エストール騎士団団長バートバリーと申します」
ハイランド大公国軍三千人のうち、エメラルダ直属の兵士は近衛騎士団二〇名と一〇名の侍女。
残りの兵士の指揮はすべて、目の前にいる壮年のベテラン騎士、バートバリーに任せている。
婚約者のサミュエル同様、バートバリーと顔を合わせたのも今日が初めてであった。
なぜなら、エメラルダが戦場に到着したのは二日前で、バートバリーは前日まで、最前線で戦っていたためである。
エメラルダへの挨拶が済みしだい、最前線に戻る予定である。
「国王陛下から、あなたのことは聞いています。剣の腕だけでなく、戦術にも大変、長けているとか。こたびの戦いでは、わたくしもあなたから多くを学びたいと思っています。頼りにしていますよ、バートバリー」
隻眼の騎士、バートバリーによれば攻城戦は、エストール騎士団と公国兵が担うことになる。
エメラルダとジゼル率いる近衛騎士団は、ダンジョン攻略組として城内に突入する時が来るまで、サミュエルの本陣で待機とのこと。
エメラルダは心の中でため息をついた。
§
ヴァルガリー王国軍、本陣
ずんぐりとした体型。
髪飾りならぬ髭飾りで装飾された、白髪まじりのモジャモジャ髭は、まるでドワーフを思わせた。
ただ、低身長のドワーフと違って、男は身の丈が二メートルあることだ。
長さが足元まである黒いマントを羽織り、並大抵の男ではその重さに耐えられないであろう、頑強な甲冑を着込んでいる。
腰の両側に巨大な斧を差し、武器も防具も傷や修復跡がいくつもあり、この者が歴戦をくぐり抜けてきた戦士であることを物語っていた。
ヴァルガリー王国国王、ヨルムは髭をさすりながら配下の将に言った。
「見たかお前ら、ダームスフィアの坊主。軍議中もハイランドの女にうつつを抜かしてるなんざ、ありゃあ、もうダメだな~。なあ、お前らもそう思うだろ?」
「マイキング。どこに間者が潜んでいるか、わかりませんぞ。そのような発言は――」
「たわけ。そんなの気にしていたら、なあんにも話せないだろが。なんのために、高い金払って魔女を雇ったと思ってる? この陣には結界が張ってある。〈スクロール〉に名前が書かれていないヤツが結界の中に入ろうとするとホレ。あんな風になる――」
大ジョッキの酒をグビグビ飲みながら、すこし離れた場所を指差す。
そこには八本の十字架が立っていた。
十字架には人間が五体。
獣人とゴブリンが合わせて三体、はりつけにされていた。
いずれも激しく拷問された跡があり、極太の釘が何本も全身に刺さったままだったり、顔の皮が剥がされていたり、内蔵が飛び出していたり、ひどいものでは腕や脚、眼球が欠損していた。
「いいかお前たち! 俺たちは東の城壁攻略を任されたが、すぐには前に出ず様子見すっぞ。壁に近づいても、なるべく戦うのは避けろ」
「ヨルム。なにか考えでもあるのか?」
ヨルムの弟、ガルムが斧の具合を確かめながら訊ねた。
「ああ、この戦に勝てば分け前として、俺たちには自治領の四分の一と、ダームスフィアから三年間、ある程度の金が毎年、送られてくる」
「金はおいて、ミスリムスフィア自治領を四分の一か。妥当といえば妥当だな」
「だがな、この戦いでダームスフィアは多くの戦力を失うと、俺は踏んでいる。当然、よそから参加した貴族、騎士団にも同じことがいえる。要するにだ。軍事バランスが崩れる可能性が大いにあり得るということだ」
「その根拠は?」
「根拠? そんなものは無い! まあ強いて言うなら、ヤツらは魔族を舐めてかかっているていうことよ」
「相変わらずだな、ヨルム。戦士の直感てヤツか。〈魔軍〉は三千もいないそうだぞ。戦力の上では三万と三千。これだけ差があれば、さすがに〈魔軍〉の連中も城を守りきれないのでは?」
人族は、魔族軍のことを魔軍と呼ぶことがある。
「そうか? じゃあ、なぜヤツらは城の前に部隊を展開しているんだ? 敵の親玉は年端も行かない小娘だが、まだ誰も戦ったことのない相手だ。魔軍ってのは、なかなか厄介な連中でな。親玉によってだいぶ戦い方が変わる。その変わりようといったら俺ら以上だ。きっとヤツらは、とんでもねえ物を隠し持っているに違いねえ」
「……なるほど。ヨルムの言うとおりかもしれないな。そのための様子見でもあるわけだな。んで、戦力を最後まで温存しておいて、戦が終わったら、力を失った国から略奪しまくる。そういうことだな?」
「さすが俺の弟! わかってるじゃねえか! ようし、野郎ども! 宴(戦い)をおっぱじめるぞ!」
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