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33 空飛ぶ酒樽
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ミスルムスフィア魔族軍、ミスルムスフィア城塞、城壁歩廊
総崩れになった王国軍を眼下に、ダンタリオンはそばに控えていた伝令役のダークエルフたちに指示を出す。
彼らもまた、ダンタリオンと似た黒のレザーアーマーに身を固めていた。
「一気に叩きます。敵陣後方に急襲部隊を放ちつつ、すべての魔道士と弓兵は総攻撃を始めてください。私はゴーレムを呼び起こします」
ダークエルフたちは各々、静かに頷くと四方八方に散っていった。
ダンタリオンは、城門前に待機させているドルロブの部隊を見やった。
「ドルロブ将軍、ミミ。もうすぐ、あなたたちの出番です。ですが、敵の数は以前として多い。おそらく、双方ともに多くの者が生命を落とすことでしょう。私ができることはせめて、あなたたちを死なせないよう敵本陣までの道を切り開くことだけです」
ダンタリオンは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
口端から、黒い霧のようなものが漏れ出る。
「それでは呼び起こします」
ダンタリオンは禁呪を唱えた。
禁呪は人間や一般の魔族など、この世に存在する者たちが扱う魔法に似てはいるが、その原理・性質はまったく異なるもので、自然界における天変地異に近いものがある。
個人の技量によるが魔法は魔法で防いだり、無効にすることが可能だ。
逆に魔法で直接、禁呪を防ぐことはできない。
§
ダームスフィア王国連合軍中央左翼、ハイランド大公国軍エストール騎士団
近くで攻城塔が倒壊した。
空に放たれた火矢が襲ってくる。
足元はまだ揺れているが、最初に受けた津波のような勢いはない。
「シールド! 盾を持て!」
叫ぶ諸将たち。
盾を掲げながら、従士が近くにいた女魔導士をかばう。
刹那、火矢が盾を貫通し目に突き刺さった。
眼球がジュッと焼ける。従士は片目を失った。
盾を持っていない魔道士や槍兵が次々に倒れていく。
「バートバリー様、あれを!」
兵士が上空を指差す。
無数の紅蓮に光輝く六芒魔法陣が現れた。
「――む!」
魔法陣の中心からは、炎に包まれた岩石が――。
穴から這い出るようにズズズと現れる。
その大きさは巨獣グリフォンに相当する。
「ファイアストーンだ! でかいぞ!」
膝に矢を受け、額から血が流れ出ていた砲兵が周囲に知らせる。
あの巨大な炎の岩石は、落ちて終わりではない。
いわゆる爆弾だ。
ファイアストーンは魔法である。
だから、こちらも地の利を活かして、グラウンド・ウォールとメタロノアーの重ねがけによる鋼の土壁で対応できるかもしれない。
魔法を極めし者であれば、キャンセラーが有効だろう。
しかし、人間族のなかでキャンセラーを扱える者がいたことは、いまだかつて聞いたことがない。
また、途切れることのない火矢に対処する必要がある。
だが、いまの状況がそれを許さない。
仮に魔法で防ぐことができたとしても――実際には可能だろうが――それが一部の人間に対してだけならば、戦場では意味をなさない。
魔法の源であるエレムト。
それは砲弾よりも重要な戦術物資であり、有限でもある。
それゆえに、戦場での魔法はなるべく広範囲に渡って、具体的には部隊全体に対して使うのが得策である。
しかし、それには多くの魔道士と詠唱時間を要する。
重ねがけなら、なおさらだ。
勇者、もしくは賢者がこの場にいれば、話はまた違ってくるのだろうが……。
バートバリーは決断する。
この状況で最も多くが助かるのは――、
「皆、すぐその場から離れろ! いや、どこかに身を隠せ!」
バートバリーは、倒れた攻城塔へ全力で走り身を隠した。
直後、戦場のいたる所で落下した巨石は爆散し、兵士やカタパルトといった兵器を四方八方に吹き飛ばした。
直撃を喰らった騎士の上半身は金属製の鎧と一緒にぺしゃんことなり、千切れた下半身が宙に舞った。
爆炎に巻き込まれた女弓兵の顔半分がみるみるうちに焼けただれていった。
爆風をやり過ごしたバートバリーが攻城塔から這い出ると、他所から吹き飛んできたと思われる王国兵たちが、まるで糸が切れたマリオネットのように、屍となって転がっていた。
中にはまだ、息をしている者もいたが、四肢がありえない方向に曲がっている。
破砕した兵器の木片に炎が移り、黒煙を立ち昇らせている。
バートバリーの元へ難を逃れた騎士や兵が集まってくる。
そばには、奇跡的に助かったグリフォンが一頭いた。
ただ、やみくもに単騎で大鷲の翼を持つ幻獣を飛ばすのは無謀というものだ。
後方は、高低差一メートル超の起伏が幾重にも連なり、移動するのはかなり厳しそうではある。
つまり、後方は壁に立ち塞がれたようなものだ。
「バートバリー様!」
土埃まみれの騎士たちが声を掛けてくる。
「動けるものは来い! ここでモタついていては、また火矢とファイアストーンにやられるだけだ! それに前を見てみるがいい」
と、バートバリーは城塞の方角を指差す。
「さきほどまであった起伏が消え、元あった平原の姿に戻っている。まるで我らを誘っているようではないか」
「恐れながらバートバリー様。罠ではございませんか。進むのは危険かと。それに、このような芸当ができる者がいるとは……。敵方には賢者、いや、それ以上の者がいるやもしれませぬぞ」
「そうだろうな。だからといってどうする? 後ろは壁に遮られたようなものだ。敵に背を向ければ、より一層の被害を被るのは目に見えている。お前たちも、ああはなりたくないだろう」
敵を前にして何もできずに、故郷に家族を残したまま屍と化した無数の仲間たち。
騎士たちは、バートバリーに首肯した。
「では兵たちに伝えよ。すぐに出発するぞ。兵器は捨て置け。城壁にたどり着きしだい、こちらも魔法攻撃をしかけつつ、正面左翼を攻略する!」
なるべく固まらないように素早く編成し終えると、隻眼の騎士団長は剣を勢いよく振りあげた。
「旗を掲げよ! ハイランド大公国エストール騎士団、バートバリー、ここにあり、とな!」
その姿と歓声に奮い立たされたのか、倒れていた他国の兵士や傭兵が次々と起きあがる。
「くっそ、俺たちも行くぞ! ぐずぐずするな!」
「ぜったい手放すなよ! こいつが無ければ意味ないからな!」
長梯子を担ぎあげる槍兵。
「誰か! 手伝って!」
咳き込む女魔導士の腕を引っ張りあげる女剣士。
第二波の火矢が弧を描いて飛んでくる。
紅蓮に光輝く六芒魔法陣が空に出現。
絨毯爆撃の合図だ。
「ファイアストーン! 回避だ回避いーっ!」
「魔軍め。いったいどれだけのエレムトを保有しているというの。はっきり言って、私たちは舐めていたわ」
「そのような、いまはどうでもいい戯言は戦いが終わってからにしろ!」
さきほど片目を火矢で失った従士が、身を呈して守った女魔導士に怒鳴る。
焼けた眼球には、まだ折れた矢が刺さっていた。
「……ごめんなさい。あなたの言うとおりね」
本陣から角笛の音は聞こえてこない。
伝令も期待できそうにない。
損害を顧みず吶喊とともに突撃した結果、ついに王国連合軍はぎりぎり弓矢で狙えるところまで近づくことができた。
「弓兵はここから攻撃を仕掛けろ! 魔道士たちは城壁の上でのさばっているヤツらを蹴散らせ! いいか、固まるなよ。他はこのまま壁に向かう!」
「バートバリー卿! 私はここで後続を待ち、他の将と合流した上で壁に向かう!」
諸将の一人、ラスムセン伯爵。
八〇〇はいた彼の精鋭たちは、いまや二〇人にも満たない。
死んだか爆風で散らばったかのどちらかだ。
「ラスムセン伯。わかった! 神の御加護を!」
城壁にさらに近づいたバートバリーの一団。
突然、地面が揺れだした。
「また、波がくるのか――」
大地の高波に備えるバートバリー。
だが現れたのは、予想していたものではなかった。
城壁からすこし離れた場所で、地面がぼこぼこと盛りあがり、土の塊がニョキニョキ伸びていく。
グリフォンが警戒する。
土塊はすぐに二階建ての家屋ぐらいの大きさまでになり、さらに周辺の土や石を取り込みながら形を成していく。
現れたのは地面から上半身だけが生えた、高さ三〇メートルのゴーレム。
頭部はバッタのような形をし、胴体から四本の長く太い腕が生えていた。
まわりを見渡しただけでも、ゴーレムは一〇体以上いる。
おそらく、アダン遊撃隊と傭兵、諸侯の兵から成る混成部隊が攻略している西の壁とヴァルガリー王国軍が攻略中の東も同じ状況であろう。
互いに救援を要請、または差し向ける余裕はない。
そうこうしているうちに、グリフォンがゴーレムの手に捕まり、城壁に最も近づいていた兵たちが、土塊の腕で薙ぎ払われていく。
四方八方へと吹っ飛ぶ無数の兵たち。
死に至る者はほとんどいなかったが、ここでもまた、多くが大怪我を負った。
すでに握りつぶされ、全身の骨を砕かれたグリフォンが、大地に叩きつけられ、盛大に血飛沫を撒き散らした。
「弓兵は城壁の上にいるやつらに狙いをさだめろ! 魔道士は距離をとって、あのゴーレムを排除しろ! いや、排除できなくてもいい! 牽制しろ! その間に残りは全員、ゴーレムの腕をかいくぐって壁を目指すぞ!」
(せめて、平衡錘投石機があれば……戦後復旧を見据えて、なるべく破壊を抑えようとしたダームスフィア王家の意向が裏目に出たか――)
その時だった。
城塞から横並びの砲撃音が連なるように、空に響き渡ったかと思うと、黒色の大きな物体が渡り鳥のように空高く飛んでいった。
「つぎはなんだ!」
「……あれは酒樽か?」
視力の高い兵士たちが口にしたとおり、放たれた砲弾は酒樽に間違いはなかったが、その中には急襲部隊のグレムリンが積まれていた。
その数、五〇。
酒樽は風の魔法によって距離を伸ばし、高台にあるダームスフィア王国連合軍の陣地に着弾していった。
「全弾不発……? やつら一体、何を撃ち込んだ?」
嫌な予感がしてならない。
本陣、しいてはエメラルダの安否を心配するバートバリーであったが、本陣には戻れない。
「我らは壁に集中するぞ。進め!」
また砲撃音。
さっきと同じように五〇個の酒樽が飛んでいく。
一〇〇匹のグレムリンが王国連合軍の陣地に放たれたことになる。
数分後、また砲撃が始まったが今度は、平原に足止めされている人間たちに向けられたものだった。
隻眼の騎士の後ろで、爆発の連鎖が起こっている。
もはや、生き残る道は壁を乗り越え、開城するしかない。
「奮戦せよ! 故郷に帰りたくば、ここでくたばるな!」
バートバリーの脳裏に妻の顔がよぎった。
§
王国連合軍の陣地内前方に次々と着弾した酒樽のなかから、身の丈五〇センチほどの武装したグレムリンが現れた。
「ギ……ギギ……。ヒョウロウコ、ハッケン! モヤス。テンマク、モヤス。ギギ――」
「なんだこいつら! 急いで本陣に知らせなければ!」
少し進んだところで、守備兵に見つかった小鬼。
守備兵が踵を返して駆け出す。
入隊して間もない若き守備兵は、死角から襲いかかったグレムリンの凶刃に倒れてしまった。
間を置かずして、弓や剣を手にした数匹のグレムリンが悶える守備兵に襲いかかり、止めを差した。
「イクゾ! イソゲ! ニンゲンノメシ、モヤス! ジャマスルモノ、コロス。グァグァ」
総崩れになった王国軍を眼下に、ダンタリオンはそばに控えていた伝令役のダークエルフたちに指示を出す。
彼らもまた、ダンタリオンと似た黒のレザーアーマーに身を固めていた。
「一気に叩きます。敵陣後方に急襲部隊を放ちつつ、すべての魔道士と弓兵は総攻撃を始めてください。私はゴーレムを呼び起こします」
ダークエルフたちは各々、静かに頷くと四方八方に散っていった。
ダンタリオンは、城門前に待機させているドルロブの部隊を見やった。
「ドルロブ将軍、ミミ。もうすぐ、あなたたちの出番です。ですが、敵の数は以前として多い。おそらく、双方ともに多くの者が生命を落とすことでしょう。私ができることはせめて、あなたたちを死なせないよう敵本陣までの道を切り開くことだけです」
ダンタリオンは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
口端から、黒い霧のようなものが漏れ出る。
「それでは呼び起こします」
ダンタリオンは禁呪を唱えた。
禁呪は人間や一般の魔族など、この世に存在する者たちが扱う魔法に似てはいるが、その原理・性質はまったく異なるもので、自然界における天変地異に近いものがある。
個人の技量によるが魔法は魔法で防いだり、無効にすることが可能だ。
逆に魔法で直接、禁呪を防ぐことはできない。
§
ダームスフィア王国連合軍中央左翼、ハイランド大公国軍エストール騎士団
近くで攻城塔が倒壊した。
空に放たれた火矢が襲ってくる。
足元はまだ揺れているが、最初に受けた津波のような勢いはない。
「シールド! 盾を持て!」
叫ぶ諸将たち。
盾を掲げながら、従士が近くにいた女魔導士をかばう。
刹那、火矢が盾を貫通し目に突き刺さった。
眼球がジュッと焼ける。従士は片目を失った。
盾を持っていない魔道士や槍兵が次々に倒れていく。
「バートバリー様、あれを!」
兵士が上空を指差す。
無数の紅蓮に光輝く六芒魔法陣が現れた。
「――む!」
魔法陣の中心からは、炎に包まれた岩石が――。
穴から這い出るようにズズズと現れる。
その大きさは巨獣グリフォンに相当する。
「ファイアストーンだ! でかいぞ!」
膝に矢を受け、額から血が流れ出ていた砲兵が周囲に知らせる。
あの巨大な炎の岩石は、落ちて終わりではない。
いわゆる爆弾だ。
ファイアストーンは魔法である。
だから、こちらも地の利を活かして、グラウンド・ウォールとメタロノアーの重ねがけによる鋼の土壁で対応できるかもしれない。
魔法を極めし者であれば、キャンセラーが有効だろう。
しかし、人間族のなかでキャンセラーを扱える者がいたことは、いまだかつて聞いたことがない。
また、途切れることのない火矢に対処する必要がある。
だが、いまの状況がそれを許さない。
仮に魔法で防ぐことができたとしても――実際には可能だろうが――それが一部の人間に対してだけならば、戦場では意味をなさない。
魔法の源であるエレムト。
それは砲弾よりも重要な戦術物資であり、有限でもある。
それゆえに、戦場での魔法はなるべく広範囲に渡って、具体的には部隊全体に対して使うのが得策である。
しかし、それには多くの魔道士と詠唱時間を要する。
重ねがけなら、なおさらだ。
勇者、もしくは賢者がこの場にいれば、話はまた違ってくるのだろうが……。
バートバリーは決断する。
この状況で最も多くが助かるのは――、
「皆、すぐその場から離れろ! いや、どこかに身を隠せ!」
バートバリーは、倒れた攻城塔へ全力で走り身を隠した。
直後、戦場のいたる所で落下した巨石は爆散し、兵士やカタパルトといった兵器を四方八方に吹き飛ばした。
直撃を喰らった騎士の上半身は金属製の鎧と一緒にぺしゃんことなり、千切れた下半身が宙に舞った。
爆炎に巻き込まれた女弓兵の顔半分がみるみるうちに焼けただれていった。
爆風をやり過ごしたバートバリーが攻城塔から這い出ると、他所から吹き飛んできたと思われる王国兵たちが、まるで糸が切れたマリオネットのように、屍となって転がっていた。
中にはまだ、息をしている者もいたが、四肢がありえない方向に曲がっている。
破砕した兵器の木片に炎が移り、黒煙を立ち昇らせている。
バートバリーの元へ難を逃れた騎士や兵が集まってくる。
そばには、奇跡的に助かったグリフォンが一頭いた。
ただ、やみくもに単騎で大鷲の翼を持つ幻獣を飛ばすのは無謀というものだ。
後方は、高低差一メートル超の起伏が幾重にも連なり、移動するのはかなり厳しそうではある。
つまり、後方は壁に立ち塞がれたようなものだ。
「バートバリー様!」
土埃まみれの騎士たちが声を掛けてくる。
「動けるものは来い! ここでモタついていては、また火矢とファイアストーンにやられるだけだ! それに前を見てみるがいい」
と、バートバリーは城塞の方角を指差す。
「さきほどまであった起伏が消え、元あった平原の姿に戻っている。まるで我らを誘っているようではないか」
「恐れながらバートバリー様。罠ではございませんか。進むのは危険かと。それに、このような芸当ができる者がいるとは……。敵方には賢者、いや、それ以上の者がいるやもしれませぬぞ」
「そうだろうな。だからといってどうする? 後ろは壁に遮られたようなものだ。敵に背を向ければ、より一層の被害を被るのは目に見えている。お前たちも、ああはなりたくないだろう」
敵を前にして何もできずに、故郷に家族を残したまま屍と化した無数の仲間たち。
騎士たちは、バートバリーに首肯した。
「では兵たちに伝えよ。すぐに出発するぞ。兵器は捨て置け。城壁にたどり着きしだい、こちらも魔法攻撃をしかけつつ、正面左翼を攻略する!」
なるべく固まらないように素早く編成し終えると、隻眼の騎士団長は剣を勢いよく振りあげた。
「旗を掲げよ! ハイランド大公国エストール騎士団、バートバリー、ここにあり、とな!」
その姿と歓声に奮い立たされたのか、倒れていた他国の兵士や傭兵が次々と起きあがる。
「くっそ、俺たちも行くぞ! ぐずぐずするな!」
「ぜったい手放すなよ! こいつが無ければ意味ないからな!」
長梯子を担ぎあげる槍兵。
「誰か! 手伝って!」
咳き込む女魔導士の腕を引っ張りあげる女剣士。
第二波の火矢が弧を描いて飛んでくる。
紅蓮に光輝く六芒魔法陣が空に出現。
絨毯爆撃の合図だ。
「ファイアストーン! 回避だ回避いーっ!」
「魔軍め。いったいどれだけのエレムトを保有しているというの。はっきり言って、私たちは舐めていたわ」
「そのような、いまはどうでもいい戯言は戦いが終わってからにしろ!」
さきほど片目を火矢で失った従士が、身を呈して守った女魔導士に怒鳴る。
焼けた眼球には、まだ折れた矢が刺さっていた。
「……ごめんなさい。あなたの言うとおりね」
本陣から角笛の音は聞こえてこない。
伝令も期待できそうにない。
損害を顧みず吶喊とともに突撃した結果、ついに王国連合軍はぎりぎり弓矢で狙えるところまで近づくことができた。
「弓兵はここから攻撃を仕掛けろ! 魔道士たちは城壁の上でのさばっているヤツらを蹴散らせ! いいか、固まるなよ。他はこのまま壁に向かう!」
「バートバリー卿! 私はここで後続を待ち、他の将と合流した上で壁に向かう!」
諸将の一人、ラスムセン伯爵。
八〇〇はいた彼の精鋭たちは、いまや二〇人にも満たない。
死んだか爆風で散らばったかのどちらかだ。
「ラスムセン伯。わかった! 神の御加護を!」
城壁にさらに近づいたバートバリーの一団。
突然、地面が揺れだした。
「また、波がくるのか――」
大地の高波に備えるバートバリー。
だが現れたのは、予想していたものではなかった。
城壁からすこし離れた場所で、地面がぼこぼこと盛りあがり、土の塊がニョキニョキ伸びていく。
グリフォンが警戒する。
土塊はすぐに二階建ての家屋ぐらいの大きさまでになり、さらに周辺の土や石を取り込みながら形を成していく。
現れたのは地面から上半身だけが生えた、高さ三〇メートルのゴーレム。
頭部はバッタのような形をし、胴体から四本の長く太い腕が生えていた。
まわりを見渡しただけでも、ゴーレムは一〇体以上いる。
おそらく、アダン遊撃隊と傭兵、諸侯の兵から成る混成部隊が攻略している西の壁とヴァルガリー王国軍が攻略中の東も同じ状況であろう。
互いに救援を要請、または差し向ける余裕はない。
そうこうしているうちに、グリフォンがゴーレムの手に捕まり、城壁に最も近づいていた兵たちが、土塊の腕で薙ぎ払われていく。
四方八方へと吹っ飛ぶ無数の兵たち。
死に至る者はほとんどいなかったが、ここでもまた、多くが大怪我を負った。
すでに握りつぶされ、全身の骨を砕かれたグリフォンが、大地に叩きつけられ、盛大に血飛沫を撒き散らした。
「弓兵は城壁の上にいるやつらに狙いをさだめろ! 魔道士は距離をとって、あのゴーレムを排除しろ! いや、排除できなくてもいい! 牽制しろ! その間に残りは全員、ゴーレムの腕をかいくぐって壁を目指すぞ!」
(せめて、平衡錘投石機があれば……戦後復旧を見据えて、なるべく破壊を抑えようとしたダームスフィア王家の意向が裏目に出たか――)
その時だった。
城塞から横並びの砲撃音が連なるように、空に響き渡ったかと思うと、黒色の大きな物体が渡り鳥のように空高く飛んでいった。
「つぎはなんだ!」
「……あれは酒樽か?」
視力の高い兵士たちが口にしたとおり、放たれた砲弾は酒樽に間違いはなかったが、その中には急襲部隊のグレムリンが積まれていた。
その数、五〇。
酒樽は風の魔法によって距離を伸ばし、高台にあるダームスフィア王国連合軍の陣地に着弾していった。
「全弾不発……? やつら一体、何を撃ち込んだ?」
嫌な予感がしてならない。
本陣、しいてはエメラルダの安否を心配するバートバリーであったが、本陣には戻れない。
「我らは壁に集中するぞ。進め!」
また砲撃音。
さっきと同じように五〇個の酒樽が飛んでいく。
一〇〇匹のグレムリンが王国連合軍の陣地に放たれたことになる。
数分後、また砲撃が始まったが今度は、平原に足止めされている人間たちに向けられたものだった。
隻眼の騎士の後ろで、爆発の連鎖が起こっている。
もはや、生き残る道は壁を乗り越え、開城するしかない。
「奮戦せよ! 故郷に帰りたくば、ここでくたばるな!」
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王国連合軍の陣地内前方に次々と着弾した酒樽のなかから、身の丈五〇センチほどの武装したグレムリンが現れた。
「ギ……ギギ……。ヒョウロウコ、ハッケン! モヤス。テンマク、モヤス。ギギ――」
「なんだこいつら! 急いで本陣に知らせなければ!」
少し進んだところで、守備兵に見つかった小鬼。
守備兵が踵を返して駆け出す。
入隊して間もない若き守備兵は、死角から襲いかかったグレムリンの凶刃に倒れてしまった。
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