嘆きの王と深窓の姫

篤実譲也

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終わりの続き

09

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リボンを解いて近くの枝に巻き付けると短い文章になる。

――拝借致しました。

間違いない。セシルの書き置きだ。

「すまない。私の護衛の仕業だ」

あの子のことだ。私と王の様子を見て考えたのだろう。

だからと言って、勝手に馬を持ち出して良い理由にはならないが。

「気難しい馬なんだがな……」

ふと足元に差した陰に顔を上げれば、腑に落ちないと言いたげな顔で書き置きを眺めている。

手綱が結ばれていた場所に暴れた形跡は一切ない。

「あの子はどんな暴れ馬でも手懐けてしまうからな」

セシルは元から動物に好かれ易い性質らしく、森に入れば自然と動物が寄って来るほどだ。

穏やかで優しい子だからだろう。

動物は本能で感じ取ると聞くからな。

「へえ」

琥珀色の瞳が興味深そうに細められる。

シランの若獅子と恐れられる王の馬を勝手に連れ出す人間はまず居まい。

ましてやウィスタリアの王城で盗みを働くなど命知らずにもほどがある。

「なかなか気が利く」

馬が居なければ足止め出来ると考えたのだろう。

あの子らしいが、たまに突拍子もないことを仕出かすから心臓に悪い。

「エル!」

不意に名前を呼ばれて振り返る。

姉のドロテアだった。

「ドーラ姉上」

思い切り抱き締められると、仄かに花の香りがした。

受け止めきれずによろめいた背を支えられる。

小さく溜め息を吐いたのが聞こえた。

「ドロテア様。シラン国王の御前ですよ」

咎めるように告げるのは兄の部下であるノエルだ。

奔放な姉によく振り回されている。

「構わん」

「恐れ入ります。ご挨拶が遅れました。王国軍騎士団副団長のノエル・マクファーレンと申します」

ノエルがその場に膝を付き、右手に持った剣を掲げる。

鞘には花を模したウィスタリア王家の紋章が刻まれている。

「立て」

ノエルが無言で一礼して立ち上がると、すかさず姉が割って入る。

相変わらずの美貌だ。

陽の光の下で輝く長いブルネットがふわりと風に舞う。

スタイルも抜群で、男女問わず羨望の的になるのも頷ける。

「古くから縁があるのです」

一言で説明するのは難しく、それとなくぼかして告げる。

今夜は食事を共にするだろうから、その時にゆっくり話せば良い。

「無粋ですよ」

ノエルが淡々と告げる。

すると不満そうにしつつも解放してくれた。

いつも彼の言うことだけは素直に聞くのだ。

「私はエルが心配なのよ」

視線が私の後ろへと注がれる。

探るような視線を受けても眉一つ動かさないのを見て柳眉を逆立てる。

「よりにもよってシランの若獅子だなんて」

随分な物言いだが、涼しい顔で平然としている。

その余裕ぶりが気に入らないらしく、鋭く睨みつけた。

ノエルが不安げに様子を見守っている。

「そういえば、どうして此方へ?」

睨み合うばかりでは埒が明かないので、ノエルに来た理由を尋ねた。

「ああ、そうでした。国王が今夜は泊まるようにと。食事の席を用意してあると仰せでした」

「……そうか。分かった」

ゆっくり休ませようという気遣いもあるだろうが、私達の関係が気になるのだろう。

遅かれ早かれ打ち明けるつもりだったからちょうどいい。

「ちょっと、話はまだ終わってないわよ」

食ってかかるドロテアには目もくれず、リボンが結ばれていた木の幹に背を預けた。

視線だけで座るように促されて隣に腰を下ろす。
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