ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

文字の大きさ
10 / 247
第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第9話 ファーストコンタクト

しおりを挟む
「失礼しまーす……」


 恐る恐る教室の扉を開け、中に入る。一足遅れてしまったこともあり、この瞬間の緊張感は一入ひとしおだ。

 既に二人以外の生徒は席に着いており、本を読んだり、机に突っ伏したり、あるいは自分のナイトメアと会話したり遊んだりと、思い思いの方法で暇を潰している。


「ここだね、わたし達の席」
「ああ」


 アーサーの席は扉から一番奥の列の先頭、エリスはその隣だった。割とわかりやすい位置である。


 取り敢えずは着席し、椅子を引っ張って座る。まだ教師は来ていないので、他の生徒同様暇を潰すことになった。





(ふぅ……)


 一旦エリスは静かに目を瞑った。

 そしてここに来る前、ユーリスに言われていたことを思い出す。




「……いいかいエリス? 入学したらやった方がいいことがある」

「多分入学式が終わったらホームルームがあると思うけど……その時に担任の先生が来るまで時間があるはずだ」

「その時に自分の前か後ろの人に話しかけなさい。そうすれば一番最初に話したってことで覚えてもらえるから。相手も自分もね」




(……よし)


 決意を胸に目を開けた。目の前に映るのは教卓と黒板、後はロッカーが二つほどあるだけ。必然的に後ろの生徒に話しかけることになる。


「……こんにちは」
「ひゃあっ!?」


 後ろの生徒はエリスが振り向き、挨拶をすると驚いて椅子から少し飛び跳ねた。



 紫色の瞳で、頬にはそばかすがある。髪は深い緑色の大きい三つ編みが一本背中にかかっていた。そして両腕で何かを抱き締めたまま、じっとエリスを見つめている。



(……)


(……深緑の髪に紫の瞳って、あまり見たことない組み合わせかも?)



 他にも彼女のことをちらちら見てくる生徒がいたので、自分と同じことを考えているのだろうと、エリスは思った。



(……でも、見た目について言われると嫌な人もいるよね)

(まずはつつがない話題からにしよう……)



 エリスが思案している間も、相手はじっと見つめており、どうやら出方を窺っている様子だった。



「あ、あの……何……?」
「あ、ごめんね。えっと……さっきの学園長先生、すごかったね」
「う、うん……凄かったね」


「次はホームルームって言ってたけど、何するんだろうね」
「え、何だろう……自己紹介とか……?」
「わかんないよねー……あはは。あ、課外活動は何にするか決めた?」
「あわっ、ま……まだかな……」


「……あ、またごめん。名前を教えていなかったね。わたしはエリス。エリス・ペンドラゴン。ナイトメアは……恥ずかしがり屋であまり出てこないんだ。あなたは?」
「あ、あたし……あたし、カタリナ。えーと……」


「リグス、でございますよ」
「あ、そうだった……カタリナ、リグス、です」



 カタリナが抱き締めていた何かが、耳打ちをしてきたようだ。名前を名乗った後に、彼女はそれをそっと手放す。

 彼はシルクハットを被ってタキシードに身を包んでいた。そして大きい鉤鼻と長耳。一般的にゴブリンと呼ばれる魔物である。

 手放されたゴブリンはちょこんと机の上に乗り、そのまま数歩前に歩き出してエリスの眼前まで来ると、帽子を取って会釈した。一般的なゴブリンのイメージとは随分とかけ離れた、丁寧な所作だ。



「この子はセバスン。あたしの……ナイトメア」
「よろしくお願いします、エリス様」

「あ、よろしくお願いします……そんな、様なんてつけなくても」
「いえいえ、何分こういう性格なもので。あとわたくしには敬語は使わず、普通に接していただければ大丈夫ですよ」
「えっ、そんな……大丈夫なんですか?」
「わたくしは大丈夫でございます。ああ、ですが……」


 セバスンはカタリナの顔を見上げる。


「お嬢様は如何でしょうか」
「あ、あたし……?」
「わたくしはナイトメア。お嬢様を守る騎士であり、お嬢様の言うことがわたくしの意思でございます。そのため、最終的な判断はお嬢様が下してくださいませ」

「……あ、そっか。確かにナイトメアってそういうものだもんね。カタリナ、それでいい?」
「……うん。大丈夫だよ」
「よし。それじゃあこれからよろしくね、カタリナ、セバスン」
「よ、よろしくお願いしますっ」


 カタリナは少し顔を赤くして返事を返し、頭を深々と下げた。



 エリスはそれを見て笑い返す。頭を上げたカタリナもまた笑い返し、お互いに張られていた氷の壁は破壊されたようだった。





(……)


 アーサーはエリスとカタリナの様子を真横で見ている。丁寧に椅子をエリスの方に向けて、背筋を伸ばしてじっと見ている。


 そんな周囲を気にしない様子の彼は、逆に話しかけられることになるのだった。




「……なあ」


 誰かが肩を叩いてきた。


「……」
「オイオイオイ~? 聞いてんのか?」

「……」
「ここまでしてんだから話しようぜ~?」
「……」

「おらっ椅子引っ張るぞっおらっ」
「……くそっ」



 とうとう耐え兼ねたアーサーが、肩を叩いてきた人物がいる方向――自分から見て右、後ろの席の方を振り向くと、


 少々ぼさついた茶髪、同じような茶色の目の生徒が、にやけながらアーサーを見つめていた。



「やっほー☆」
「……何だあんたは」
「何だあんたはって。何だあんたはって……ねえ? それはこっちのセリフって感じなんだけど」
「……はぁ」


 生徒はにやにやしながら言葉を発する。率直に気持ち悪いと思うアーサーであった。


 彼の隣には人型の何かが黙して立っており、存在感を放っていた。ゆったりとした黒い長袖に密着した黒いズボン、顔は黒い布で覆われている。

 例えるならば、舞台の黒子。そのような雰囲気だった。


「いやだってさあ……さっきからずっと隣の子のこと見ているじゃん。何? 入学早々もうカノジョ狙ってんの? 会話のチャンス探ってる? はっやいねぇ~」
「……そういうことではないんだが」
「でも傍から見るとそうにしか思えないんだけど」
「……」


 アーサーは事実を説明しようとしたが、ハインリヒの警告を思い出して別の言葉に置き換える。


「……オレは色々あって彼女を守ることになっている。それだけだ」
「へぇ~、何かそっちの方がアレだな。現に鞘なんて持って物騒だし。まあいいや、出会ったばっかだし詮索はしないでおくよ」
「何なんださっきから……」


 アーサーが煩わしくしていると、教室の扉が開く音がし、

 ハインリヒが両腕からこぼれそうなほどの書類を持って教室に入ってきた。


 それらを全て教卓に置くと、重たく鈍い音がする。するとクラスにいる全ての生徒は、会話を切り上げるのだった。


「……イザークだ、よろしく。こっちの黒いのがサイリ、ボクのナイトメアだ。オマエは?」
「あんたに名乗る義理はない」
「アーサー、この紙を後ろに回していってください」


 ハインリヒが書類の山をアーサーの机にどんと置く。アーサーはそれを呆然として見つめた後、観念して与えられた仕事を行う。


 改めて後ろを向き書類を送ると、案の定イザークはにやついており、書類を受け取りながら一言。


「……よろしくなぁっ、アーサー♪」
「……くそっ」







「ああ~……つっかれたぁ~……」
「……そうだな」
「ワンワン」


 入学式もホームルームも終わって夜。エリスとアーサーは案内された離れに戻って来ていた。扉を開けて入るとリビングがあり、一人掛けのソファーが二つ、二人掛けのソファーが一つ、そしてテーブルがある。


 エリスは二人掛けのソファーに思い切り腰かけ、そして手すりの部分にもたれて息を吐き出した。アーサーは一人掛けのソファーに座り、マグカップに注がれたココアを眺めている。



 カヴァスはアーサーの足元で大きく伸びをしてくつろいでいた。テーブルには苺が山盛りの籠が置かれ、早く食べろと自己主張している。 



「……苺食べていいんだからね? せっかくお父さんとお母さんが持たせてくれたんだから」
「……」


 アーサーは苺を一つ取り、ヘタごと口に放り込んだ。数回噛んだ後に飲み込む。一連の動作の間、終始真顔であった。


「これからはわたしに許可取らなくても、色んなことやっていいんだからね? 許可出すわたしだって疲れるもん」
「わかった」

「……アーサーっていつも『わかった』とか『そうだな』とかばっかり言ってる感じする。もっと他のことも言ってよ」
「……」


 アーサーはエリスを怪訝な目で見つめる。

 頬を膨らませた赤髪の主君が、一瞬だけにやけ面の茶髪の少年に見えた。見えてしまった。見えてしまったのでアーサーは溜息をついた。


「……それ以上はやめろ。あんたがあいつに見えてくる」
「え、誰のこと?」
「こっちの話だ」
「そっか」


 エリスはそっと瞳を閉じた。暖炉の光と魔法の光球の光。二つの光が部屋いっぱいに広がり幻想的な暖かさで包み込んでいる。




「エリス、アーサーは騎士王だか何だかって言われたけど……それはそれよ。あんなかっこいい男の子で、しかもあなたと近い歳なんだから、仲良くならないと損よ」

「グレイスウィルには色んなものがあるわ。仲良くなるきっかけになるものがたくさんあるだろうし、それを活かして積極的にアプローチ! 相手が無関心ならこっちから攻めていかないと。それが男の子と付き合う時のコツだからね――」




(……アプローチ、かあ)


 エリシアの言伝を思い出してから目を開ける。

 そして苺を手に取って、丁寧にヘタを取って食べた。程良い酸味と深い甘みが口の中に広がる。


(何ができるかわからないけど……少しずつ。少しずつやってみよう)



 そう考えることにしたエリスは、アーサーの方を向いて言葉をかける。



「はぁ、美味しい。明日から学生生活スタートだ……わくわくするね、アーサー」
「そうだな」

「わたしはさ、もう明日が楽しみだよ。早速友達もできたし……カタリナっていうんだよ。アーサーは友達できた?」
「不要な接触をした」
「もう、そんな言い方しないの~」



 学園生活はじめての夜は、こうして穏やかに過ぎていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」  ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

処理中です...