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第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第21話 一週間を終えて

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「よっしゃーやっと一週間が終わったぞおおおお!」
「ワオーン!?」


 帰りのホームルームが終わった瞬間イザークが机を叩いて叫ぶ。カヴァスは驚いて威嚇をした。


 彼が叫んだ通り、金曜日の授業はもう終了。あとは土日、楽しいお休みの日が待ち受けているのだ。


「うん……本当に長かった。やっと終わったかって感じ」
「……そうだね」

「いやー色んな知識詰め込むって疲れるもんだね。あと自分は余裕でしたーみたいな表情してるじゃねえかアーサー」
「このぐらいで力尽きてもらっては困る」
「ワンワン!」
「まーたそんな犬っころ共々上から目線で」



 他の生徒達は足早に週末へと駆け出していき、教室には四人だけが残される。



「ううん……あたしもアーサーの言うことは正しいと思う。まだまだ覚えることいっぱいあるのに、倒れてなんかいられない」
「おおう、今回は二対一……いや三対一だな。エリスもそう思ってそう」
「わ、わたしは……」
「この後はどうする」


 イザークから話題が振られる前に、アーサーがすかさず割り込む。


「あ、うん、実はわたし生徒相談室に行かなくちゃいけなくて……一人で来てほしいって言われたから、アーサーには待っててもらいたいな」
「わかった」
「じゃあエリスを待ってる間雑談しようぜ」



「……どうしてそうなるんだ」
「いや自然な流れだろ今の。そういうわけだから荷物は見とくよ」
「うん、ありがとうイザーク」

「礼には及ばねえ……あ、カタリナはどうする?」
「あたしも……いる」
「オッケー。それじゃあ行ってらっしゃーい」
「うん、行ってきます」


 そうしてエリスは教室を出ていくのだった。



「さて……何の話しよう。好みのプリンの固さの話でもする?」
「え、固いプリンがあるの?」
「ほうほう、詳しくお聞かせ願えますかな」
「お、カタリナとセバスンは固いプリンは初耳と。なら丁度いいや、この世界には固いプリンと柔らかいプリンがあってね?」
「……」





 エリスが生徒相談室に入ると、そこには既にハインリヒが座っていた。

 テーブルには紅茶が二つ置かれており、ハインリヒはエリスにソファーに座るように促す。エリスが座った後、互いに紅茶を一口飲んでから話を始めた。



「さて……お忙しい中ありがとうございます」
「いえ……実はわたしも、今日は先生の所に行こうって思ってたんです」

「……どうでしたか、この一週間」
「色々あって疲れました……」
「ははは……でしょうね。普通の生徒でも密度の濃い一週間ですから。貴女なら尚更です」
「……」


 エリスは下を向いて机に視線を向ける。


「……私の下に行こうと思っていたということは、何か相談したいことがあるのでしょう。どのようなことでもいいです、仰ってみてください」
「はい、あの……さっきの授業で言ってた、不安定状態のことなんですけど」



 その単語を聞いた途端ハインリヒの顔が強張った。



「……もしかしてアーサーが不安定状態になったのですか?」
「……はい。生徒がいじめられているのを見て、わたしが止めようとして、でもアーサーは剣で斬りかかろうとして……それで、意見が対立しちゃって……」
「ふむ……」


 ハインリヒは紅茶を置き、左手を顎に置く。


「……一番最初のナイトメアなんですよね? それなのに不安定になるって……」
「いえ、逆の可能性もあります。一番最初であるが故に、後に発現したものに比べて魔力構成に不備がある。そうとも考えられます」
「……」

「何か思う所がありますか?」
「えっと……その。騎士王って有名な存在なのに、判明していることは多くないんだなって」


 ケビンの言っていた、理論上は全属性の魔法を使えるという話を思い出しながら言う。


「……何せ千年以上も前の人物ですからね。情報として遺っているのは確認しようのない昔の物ばかり。現在に生きている者は誰一人としてそれを目撃し、正しいと証明できないんです」

「言ってしまえば架空の証拠で成り立っていた存在が、今現実として我々の前にいる。故に真実を照らし合わせる必要があるのですが……それはまだ先のことです」



 話題は壮大、故に沈黙を挟む。紅茶の香りだけが部屋に立ち込めていく。



「先ずは貴女と彼との関係、彼と世界との関係を構築するのが第一です。その点では……気になりますね。意見の対立とは」
「……その時のこともそうなんですけど、わたし、アーサーとどう関わっていけばいいのかわからなくて……」
「……詳しくお願いします」


 エリスは紅茶を口に含み、ぽつりぽつりと切り出す。


「アーサーの反応がよくわからないんです。わたしが何を言っても、何をやっても表情を変えずに返事だけで……」
「……成程」
「何を思っているのかわからないんです。それが怖いんです……このままの関係だったらどうしようって」
「……そうですね」


 ハインリヒはエリスに身体を向ける。瞼は閉じられているはずなのに、心の奥まで見透かされているような、不思議な感覚をエリスは感じた。




「……彼と初めて会った時は正直驚きました。何なら今でも目を疑っています。まさか伝説に記されている騎士があんなにも無表情で不愛想だったとは。そして貴女の話を聞いた上での推測なのですが、彼は蘇ったばかりでまだ自分自身を整理しきれていないのではないかと思います」

「だから――多少不安定になったとしても、様々な物事を経験するべきだ。それで消滅しそうになったとしても、次に活かせばいい」




「……でも」
「また消滅しそうな時は私に相談してくれればいいのです。ドラゴンの卵が欲しければ縄張りに立ち入るしかない。何かを得るにはそれ相応の危険を冒さないといけない……私はそう思います」
「……」


 ハインリヒは表情を和らげ、穏やかな声色で続ける。


「大丈夫ですよ。彼は全く無表情ってわけではありません。貴女も知っているでしょうが、後ろの生徒と話をしていたり……武術の授業でも他の生徒と行動していると聞いていますから」
「イザークのことですよね。あと一人は……」


「ルシュドという名前です。確か一年二組の生徒だったかと」
「あ、それなら……ルシュドとは料理部で一緒なんです」
「そうでしたか。それなら益々仲が深まりそうですね」
「でもわたしから見ても……何だか二人に対して好意を持っているようには見えなくて……」


「それは……ある程度は仕方ないかもしれません。普通の生徒でも心を開くまでには個人差がありますから」
「……仲良くしてほしいって言うべきなんでしょうか」
「それは貴女の判断に任せますが、私としては言わなくてもいいのでは……と思います」
「うーん……考えておきます」



 エリスはまた紅茶を飲んだ。ちまちまと飲んでいた為、既に三分の二がなくなっている。



「明日は土曜日です。一日中家にいて彼と交流するのもいいと思いますが……」
「えっと……明日は料理部の活動があるのでそれに行かないといけないんです」
「おや、料理部に入られたのですか。それは結構」

「……さっき言ってたことですよね。色んな経験をした方がいいって。でも上手に料理できるかどうか不安で……」
「料理は結果と同じぐらい過程が重要視される行為です。上手くできなくても楽しくできればそれで許されることが多い。ここの魔法学園の活動もそうですので、どうか心掛けてみてください」
「……はい」


「あとは……そうですね。日常生活の色んな場面において、彼と一緒に行うようにするといいでしょう。共同作業はそれだけでも印象深くなりますから」
「課題とか通学とかですか?」
「それ以外にも、掃除や洗濯をしてみたりだとか。考えれば考えるほど色々ありますよ」

「……うーん。とりあえず、できそうなことからやってみたいと思います」
「その意気ですよ」



 エリスは遂に紅茶を飲み干した。そして背筋を伸ばしてハインリヒを見据える。



「どうでしょうか。少しは気持ちが楽になりましたか」
「はい……どう関わっていけばいいか、ちょっとわかった気がします。気遣ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、教師の役目ですから。ではこれからも体調に気を付けて生活してくださいね。そして何かあったらまた来てください」
「はい、ありがとうございます。失礼します」


 エリスはハインリヒに一礼し、そして生徒相談室を出た。







「おっ。どうやら終わったみたいだぜ。って早いなあオイ」
「ワンワン!」


 アーサー、イザーク、カタリナの三人は一階にある掲示板の前にいた。


 そのうちアーサーはエリスが生徒相談室から出るのを見ると、すぐに駆け寄った。腕にはエリスの鞄が抱えられている。


「大丈夫か」
「大丈夫……って、どうしてわたしの鞄を」
「いやー教室で駄弁っているのに飽きてさ。それで掲示板でも見に行こうぜってことになった」
「イザーク、それにカタリナも。何か待たせちゃってごめんね」

「別にいいけど……ねえエリス、プリンってどのぐらいの固さが好き?」
「へっ?」



 エリスの眼前に、妙にきりっとした目付きのカタリナの顔が迫る。



「待てカタリナ、いきなり訊いたら混乱するだろ。んーと、さっきプリンの固さについて話しててさ、そこでカタリナに固いプリンを布教した」
「ふ、布教って……」
「いやー世間の流行って柔らかめじゃん。でもボクはそれに逆らって固めのが好きなんだよね。だから固めもいいぞーって教え込んだらすげえ興味示してくれてマジ嬉しくてさー」
「……」


 アーサーのうんざりした視線と対照的に、エリスは澄んだ瞳でイザークを見つめる。


「それで第二階層にいい感じの固めのプリンの店を見つけてさー……って何だよエリス。顔に何か付いてる?」
「ううん……ただ、いつもアーサーと絡んでくれてありがとうって、そう思ってた」
「おおう、いきなりの告白。これは恋愛小説的おデート展開待ったなしい゛っ!?」



 アーサーの右拳がイザークの頬に直撃するまで数秒もかからなかった。



「もう黙れ。これ以上何か言ったら……次は鳩尾みぞおちだ」
「今のは率直に感想を申し上げただけじゃねーか!! 何か可笑しい所アリマスカー!?」

「……帰ろう。帰って疲れを癒そう」
「そうだね、アーサー」
「ワンワン!」
「ちょっと!? ボクを無視するんじゃねぇぇぇー!」

「……仲睦まじいですな、本当に」
「……そうだね、セバスン。ふふっ」



 橙色のグラデーションが美しい空が、四人の少年少女と彼らの騎士達を優しく包み込んだ。
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