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第1章1節 学園生活/始まりの一学期
第25話 円卓八国
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「……魔法使いですか」
「はい。彼女が杖を手にして十数秒後、次々と魔弾が出てきました。異常な速さの上に詠唱もなしに、です」
「ふむ……」
職員室。他の教師が慌ただしく動いている中、ハインリヒとケビンが机に座って会話をしている。彼らのいる空間は他の時間から隔離され、静かな時間が流れていた。
「……益々謎が増えましたね」
「近年においては魔法使いは珍しいとされています。アーサーが彼女の下に発現したのはそれが理由……とは考えられないでしょうか」
「……」
ハインリヒは左手を顎の下に当てる。考えている時の手癖だ。
「大衆はそれで納得するでしょうね。ですが私は……それで終わらせるにはまだ早いと思います。そもそも何故騎士王が蘇ったのか、その理由の答えは見つかっていない」
「……帝国時代ならまだしも、こんな平和な時代に蘇るなんて」
「今も平和とは言えませんけどね」
暗い声色で言った後、机の方に視線を落とす。そこには書類が乱雑に散らばっていた。一部には何かの絵が描かれている。
「その書類……またあの方から?」
「アドルフ先生経由で回ってきましてね。彼らは表立って調査できませんから、私に調べてほしいと」
「……『エム』ですか」
ケビンは書類を回し見ながら、溜息交じりに呟く。
「どうやら最近は生徒達の間でも流行っているようで。だから私に調べてもらうのが適任だと考えたのでしょう」
「……アーサーとエリスが手を染めなければいいのですが」
「彼はともかく、彼女は真面目な生徒なのであり得ない……と言いたい所ですが、誰が持っているかわからないものですからね。用心しておきましょう」
そんな二人の元に褐色肌の女性が近寄ってくる。
「お疲れ様です。ハーブティー入れたのでよかったらどうぞ」
「ん、ありがとうございますニース先生。どうですか、仕事の調子は」
「ぼちぼちですよ。一年生達も学園に馴染みつつあるようですし、美術部も大会に向けて頑張っています」
「そうですか……そういえば、ニース先生は結構な生徒から慕われているとお聞きしましたが」
「ん? そうですね、年も近い方なので話しかけやすいんじゃないでしょうか」
「……それならこれ、ちょっと訊いてみてもらえませんか」
ニースはハインリヒから書類を受け取り目を通す。
それを読む表情はどんどん険しくなっていく。
「……わかりました。訊いてみます」
「よろしくお願いします。あ、カップは自分で洗うのでお構いなく」
「それじゃあお言葉に甘えて。私は授業の準備してますね」
ニースはそう言って二人から離れていったのだった。
「……そういえば、エリスの魔法学総論のカリキュラムはどうしますか?」
「ああそれなんですけど、まだ確証が得られてないので今のところは現状維持で行こうかと。近いうちに合成魔法を試してもらって、それで方向性を決めようかと思っています」
「わかりました。まあ魔法のことは専門である貴方に任せます」
会話の区切りがついた所で、二人はハーブティーを飲む。
「ああ美味しい……どこのハーブだろう。ニース先生だからエレナージュでしょうか」
「……エルフィンハーブ。ウィーエルの特産品ですね」
「凄い、そんなこともわかるんですか」
「目が見えなくなると……ね」
「お邪魔しまーす……わあ」
「……」
エリスとアーサーは百合の塔に行き、正面入口から入って、左の奥の方にある扉を開けた。
その空間は暗い茶色の壁になっており、魔法光球が吊り下げられて柔らかい光を放っている。そして沢山の生徒達が形の様々な机に着き、談笑をしていたり書き取りに励んでいる姿が見られた。
「あっ……もういたんだ」
閉めたはずの扉が開くと、知っている声が聞こえる。二人が後ろを振り向くとカタリナがセバスンを抱いて立っていた。
「……遅刻、しちゃった……」
「ううん、わたし達も今来たところだから」
「そ、そうなんだ」
「だから大丈夫だよ。えっと、待ち合わせの場所……いたいた」
エリスとアーサーは奥の方に向かっていく。カタリナもそれについていった。
その場所に到着すると、リーシャがすでに座っており、ココアを半分ほど口にしていた。
「おいっす~。三人共お疲れ様~」
「お疲れ~」
「え、えっと……」
「こっちはリーシャ、料理部で一緒なの。リーシャ、こっちはカタリナ。教室で席が前後なんだ」
「へーそうなんだ。よろしくね、カタリナ。あ、この雪だるまがスノウだよ」
「え、えっと……あたしがカタリナで、こっちがセバスン……」
「よろしくなのです!」
「よろしくお願いしますぞ」
互いの挨拶も終わった所で全員が席に着いた。
「何かごめんね、急に呼び出しちゃって」
「ううん、前からカフェに興味あったから全然」
「そうだ、折角だから三人も何か頼んできなよ」
「……頼んでいいの?」
「飲み物だけなら無料、トッピング乗せるならその度五ヴォンドかかる感じ。だからまずは適当に頼んできなよ」
「それなら……行ってみようか」
「そうだね」
「わかった」
エリス、アーサー、カタリナの三人はカウンターに向かう。緑のエプロンを着けたスタッフが手際よく食べ物の準備をしている。
会計口の前に立つと店の奥から男性が出てきた。栗色の髪で肌は白く滑らかで、顔も割と整っている。
「いらっしゃいませ~。おや、新しい顔だ。君達は一年生かな」
「は、はい」
「やっぱり。顔でもわかるし雰囲気でもわかっちゃうんだよね。僕はガレア、学生寮のカフェスペースの運営を担当している。分かりやすく言うと店長ってやつだ。いつもは薔薇の塔にいるんだけど今日は気分転換でこっちに来てねー」
「ガレアさんさっさと注文取ってください。この子達萎縮してますよ」
「おっと失礼。さて何に致しましょう」
「えっと……」
店員に一喝されガレアは頭を掻く前で、エリスは慌ててメニュー表に目を遣る。
「きょ、今日のおすすめで……」
「あ、あたしも……」
「オレも同じだ」
「はーい、今日のおすすめ三人前~」
ガレアが店員に呼びかける。呼応するかのように、ういーとやる気が一見感じられない声が、厨房の方から聞こえてきた。
そして数分後、三人の目の前にグラスが三つ乗せられたお盆が置かれる。
「今日のおすすめはキャラメルカプチーノですよっと。それでは宿題雑談共々ごゆっくり~」
「ありがとうございましたー……アーサー、これ持ってよ」
「わかった」
アーサーはお盆を持ちゆっくりと席まで運んでいき、エリスとカタリナはそれを横目に戻っていくのであった。
「お帰り~どうだった?」
「店長さんがいたよ。何だか……独特な人だった」
「へー、ガレアさんいたんだ。あの人たまに園舎の方にも来てるから今後も割と会うかもね」
「そうなんだ」
「うん。それはさておきやろうか。気合入れないと雑談だけで終わる」
リーシャはペンを持ち一呼吸して、机の上のプリントと向き合う。
「地理学……だよね」
「『円卓八国』やったから、そのおさらいのプリント。私地理学得意じゃないからさ……だから皆でやろうって思った」
プリントには世界地図が描かれており、それに加えて九個の杯が描かれている。
「帝国が所持していた小聖杯――それを元にした八の国のことを円卓八国って言うんだっけ」
「そうそう。帝国から独立した新しい国々ってことね」
リーシャは地図の上部分、アルブリア島の丁度真北にある島々を指差した。
「そのうちの一つ、雪と氷に閉ざされた王国『イズエルト』。実は私ここの出身なんだ」
「そうなんだ。でも何か納得いくかも」
エリスはスノウを見つめながら言う。相も変わらず雪だるまのように可愛らしい。
スノウは褒められる気配を感じたのか、ふふんと鼻を鳴らし、数回飛び跳ねてみせるのだった。
「カタリナはどこ出身なの?」
「えっ!? あ、ああ、あたしは……」
驚きながらもカタリナが指差したのは地図の東側、デュペナ大陸の北部分にある密林地帯だった。
「『クロンダイン』か。何か暴動とかで物騒な国だっけ?」
「う、うん。そうだよ」
「あー……あまり大きくは言わないけど、何か大変そう。まあいいや、んで、その下にあるのは……」
「『ケルヴィン』。暁と叡智の国」
「おおっ、よく覚えてるねえアーサー」
「……」
リーシャに褒められたが、アーサーはそれに対して一切の反応を返さない。今日のおすすめと評されたカプチーノを飲んでも無表情だ。
「確か賢者って呼ばれている人がたくさんいて、その人達が議会を開いて治めてるんだよね」
「元老院っつったっけ。でもって、魔法学園があるのはここのおかげ~」
「どういうこと?」
「『若者を一ヶ所に集めて学問を教え込む』って施設の発祥がケルヴィンらしい。詳しいことは私も忘れたわ」
「ふーん……すごい国なんだね」
「すごさもわかった所で次~」
リーシャは指を滑らせイズエルトより西の地域に指を置く。
「獣人の地域『パルズミール』。イズエルトと横の位置同じだから、結構寒いのかな」
「獣人は暖かそうだからあまり支障ないのかもね。それで、ここは四つの貴族の連合体だっけ?」
「そうそう。狼、兎、猪、猫の四つで家名は忘れた」
「……」
「あ、一つ思い出した。狼はロズウェリだ」
「ロズウェリ……?」
エリスの耳に、豪快に扉が開かれる幻聴が聞こえた。
「エリス、何か心当たりがある感じ?」
「うん……家政学で一緒の子がそんな名前だった」
「え……?」
「クラリアだよ。そっか、あの時カタリナはいなかったね」
「へーそうなんだ……まあいいか、人の友人関係には首は突っ込まないよ」
四人はまた世界地図を眺める。時々カプチーノやココアを飲みながら広い世界に思いを巡らせていく。
「アンディネ大陸だけで小聖杯五個もあるんだ」
「まあだだっ広い大陸だからねー。でもってここが『リネス』の町」
リーシャが指差したのはアンディネ大陸の南部分、持ち手のように出っ張った部分だった。
「ご存知商人達の国……他にも色んな文化が混ざり合う水の都だよ」
「一番最初に帝国から独立したんだよね。ルドミリア先生が言ってた」
「そうそう。砂漠のど真ん中で祈りを捧げたら水が溢れてきたって……信じられない」
「まあ二百年も前の話だし……あと地図を見ていて思ったんだけど、アンディネ大陸の南って砂漠多いんだね」
「南からの瘴気を含んだ風が『ラグナル山脈』と『トスカ海』で遮断されるからとかなんとか。地形の向こう側は守られたけど、その前の地域は瘴気に侵されてだんだんと砂漠に。もっとも今は魔法具とかで瘴気も軽減されてるらしくて、海岸線沿いには普通に町もあるんだって」
「バドゥと呼ばれている地域か」
「そうそうアーサー、それそれ」
「……」
「へえ……それでこっちに進んでいくと、『エレナージュ』と『ガラティア』か」
エリスは南部分を大陸の縁に沿ってなぞっていく。
一面の砂漠地帯を通り過ぎた後、石や山がたくさんある所で指が止まる。
「砂漠のオアシス~みたいな国だっけエレナージュ。こんな小さいのに他の国と渡り合ってるんだからすごいよね」
「……王様とかがすごいのかな」
「そうだった、砂漠で小さい国なのに王国なんだよね……ってイズエルトと同じじゃん」
リーシャは変な納得をしてから、ココアを口に含む。
「でもってこの岩ばっかの国がガラティアね。この辺りを覆うように広がっているのがラグナル山脈……大きいなあ」
「……山ばっかりで住めるのかな」
「作物は全然育たないらしいよ。でも住んでる人々は屈強で体力はあるから、傭兵稼業をよくやってるんだって。あとは鉱山が結構あるから鉱石を輸出している」
「ああ~そういう感じか~……うん、八国はこんな感じかな」
「……まだ七だぞ。『ウィーエル』を忘れている」
アーサーはリネス地方の北、ラグナル山脈に隣り合っている森林地帯を指差した。
「ああ~忘れてた。エルフがいっぱいいる国ね……それ以外に何かある?」
「緑が多いとか……魔力に満ち溢れているとか?」
「どっちにしても何か身体に良さそうな国だよね……ううーん」
リーシャは顔を上げ腕を組んで伸ばす。
「これで八だから全部か。じゃあ……復唱する?」
「してみようか」
エリスは思ったままに口を動かしてみる。
「ガラティア、パルズミール、エレナージュ、ウィーエル、リネス、ケルヴィン、クロンダイン、イズエルトっと……」
「……それ何の順番?」
「何となく? わたしはこれがしっくりくる順番なんだよね」
「ふーん。じゃあ私もやるかあ。イズエルト、クロンダイン、アルミラージュ……」
「混ざっているぞ」
「あれ?」
「やっぱり手を動かさないとだめかな……」
カタリナはそう言いながら紙とペンの準備をする。
「ええ~もう手を動かしたくないんだけど……」
「だったらそうしなければいいだろ」
「……いや。カタリナが頑張るなら私も頑張る」
「えっ……あたしそんな凄くないよ、リーシャ……」
「頑張るぞー! えいえいおー!」
「……お、おー!」
「ふふっ……わたし達も頑張ろうか、アーサー」
「……」
「と、その前に私はお代わりだ! 行ってくる!」
「行ってらっしゃーい」
それからも四人の宿題は、蝸牛が如く進んでいくのであった。
「はい。彼女が杖を手にして十数秒後、次々と魔弾が出てきました。異常な速さの上に詠唱もなしに、です」
「ふむ……」
職員室。他の教師が慌ただしく動いている中、ハインリヒとケビンが机に座って会話をしている。彼らのいる空間は他の時間から隔離され、静かな時間が流れていた。
「……益々謎が増えましたね」
「近年においては魔法使いは珍しいとされています。アーサーが彼女の下に発現したのはそれが理由……とは考えられないでしょうか」
「……」
ハインリヒは左手を顎の下に当てる。考えている時の手癖だ。
「大衆はそれで納得するでしょうね。ですが私は……それで終わらせるにはまだ早いと思います。そもそも何故騎士王が蘇ったのか、その理由の答えは見つかっていない」
「……帝国時代ならまだしも、こんな平和な時代に蘇るなんて」
「今も平和とは言えませんけどね」
暗い声色で言った後、机の方に視線を落とす。そこには書類が乱雑に散らばっていた。一部には何かの絵が描かれている。
「その書類……またあの方から?」
「アドルフ先生経由で回ってきましてね。彼らは表立って調査できませんから、私に調べてほしいと」
「……『エム』ですか」
ケビンは書類を回し見ながら、溜息交じりに呟く。
「どうやら最近は生徒達の間でも流行っているようで。だから私に調べてもらうのが適任だと考えたのでしょう」
「……アーサーとエリスが手を染めなければいいのですが」
「彼はともかく、彼女は真面目な生徒なのであり得ない……と言いたい所ですが、誰が持っているかわからないものですからね。用心しておきましょう」
そんな二人の元に褐色肌の女性が近寄ってくる。
「お疲れ様です。ハーブティー入れたのでよかったらどうぞ」
「ん、ありがとうございますニース先生。どうですか、仕事の調子は」
「ぼちぼちですよ。一年生達も学園に馴染みつつあるようですし、美術部も大会に向けて頑張っています」
「そうですか……そういえば、ニース先生は結構な生徒から慕われているとお聞きしましたが」
「ん? そうですね、年も近い方なので話しかけやすいんじゃないでしょうか」
「……それならこれ、ちょっと訊いてみてもらえませんか」
ニースはハインリヒから書類を受け取り目を通す。
それを読む表情はどんどん険しくなっていく。
「……わかりました。訊いてみます」
「よろしくお願いします。あ、カップは自分で洗うのでお構いなく」
「それじゃあお言葉に甘えて。私は授業の準備してますね」
ニースはそう言って二人から離れていったのだった。
「……そういえば、エリスの魔法学総論のカリキュラムはどうしますか?」
「ああそれなんですけど、まだ確証が得られてないので今のところは現状維持で行こうかと。近いうちに合成魔法を試してもらって、それで方向性を決めようかと思っています」
「わかりました。まあ魔法のことは専門である貴方に任せます」
会話の区切りがついた所で、二人はハーブティーを飲む。
「ああ美味しい……どこのハーブだろう。ニース先生だからエレナージュでしょうか」
「……エルフィンハーブ。ウィーエルの特産品ですね」
「凄い、そんなこともわかるんですか」
「目が見えなくなると……ね」
「お邪魔しまーす……わあ」
「……」
エリスとアーサーは百合の塔に行き、正面入口から入って、左の奥の方にある扉を開けた。
その空間は暗い茶色の壁になっており、魔法光球が吊り下げられて柔らかい光を放っている。そして沢山の生徒達が形の様々な机に着き、談笑をしていたり書き取りに励んでいる姿が見られた。
「あっ……もういたんだ」
閉めたはずの扉が開くと、知っている声が聞こえる。二人が後ろを振り向くとカタリナがセバスンを抱いて立っていた。
「……遅刻、しちゃった……」
「ううん、わたし達も今来たところだから」
「そ、そうなんだ」
「だから大丈夫だよ。えっと、待ち合わせの場所……いたいた」
エリスとアーサーは奥の方に向かっていく。カタリナもそれについていった。
その場所に到着すると、リーシャがすでに座っており、ココアを半分ほど口にしていた。
「おいっす~。三人共お疲れ様~」
「お疲れ~」
「え、えっと……」
「こっちはリーシャ、料理部で一緒なの。リーシャ、こっちはカタリナ。教室で席が前後なんだ」
「へーそうなんだ。よろしくね、カタリナ。あ、この雪だるまがスノウだよ」
「え、えっと……あたしがカタリナで、こっちがセバスン……」
「よろしくなのです!」
「よろしくお願いしますぞ」
互いの挨拶も終わった所で全員が席に着いた。
「何かごめんね、急に呼び出しちゃって」
「ううん、前からカフェに興味あったから全然」
「そうだ、折角だから三人も何か頼んできなよ」
「……頼んでいいの?」
「飲み物だけなら無料、トッピング乗せるならその度五ヴォンドかかる感じ。だからまずは適当に頼んできなよ」
「それなら……行ってみようか」
「そうだね」
「わかった」
エリス、アーサー、カタリナの三人はカウンターに向かう。緑のエプロンを着けたスタッフが手際よく食べ物の準備をしている。
会計口の前に立つと店の奥から男性が出てきた。栗色の髪で肌は白く滑らかで、顔も割と整っている。
「いらっしゃいませ~。おや、新しい顔だ。君達は一年生かな」
「は、はい」
「やっぱり。顔でもわかるし雰囲気でもわかっちゃうんだよね。僕はガレア、学生寮のカフェスペースの運営を担当している。分かりやすく言うと店長ってやつだ。いつもは薔薇の塔にいるんだけど今日は気分転換でこっちに来てねー」
「ガレアさんさっさと注文取ってください。この子達萎縮してますよ」
「おっと失礼。さて何に致しましょう」
「えっと……」
店員に一喝されガレアは頭を掻く前で、エリスは慌ててメニュー表に目を遣る。
「きょ、今日のおすすめで……」
「あ、あたしも……」
「オレも同じだ」
「はーい、今日のおすすめ三人前~」
ガレアが店員に呼びかける。呼応するかのように、ういーとやる気が一見感じられない声が、厨房の方から聞こえてきた。
そして数分後、三人の目の前にグラスが三つ乗せられたお盆が置かれる。
「今日のおすすめはキャラメルカプチーノですよっと。それでは宿題雑談共々ごゆっくり~」
「ありがとうございましたー……アーサー、これ持ってよ」
「わかった」
アーサーはお盆を持ちゆっくりと席まで運んでいき、エリスとカタリナはそれを横目に戻っていくのであった。
「お帰り~どうだった?」
「店長さんがいたよ。何だか……独特な人だった」
「へー、ガレアさんいたんだ。あの人たまに園舎の方にも来てるから今後も割と会うかもね」
「そうなんだ」
「うん。それはさておきやろうか。気合入れないと雑談だけで終わる」
リーシャはペンを持ち一呼吸して、机の上のプリントと向き合う。
「地理学……だよね」
「『円卓八国』やったから、そのおさらいのプリント。私地理学得意じゃないからさ……だから皆でやろうって思った」
プリントには世界地図が描かれており、それに加えて九個の杯が描かれている。
「帝国が所持していた小聖杯――それを元にした八の国のことを円卓八国って言うんだっけ」
「そうそう。帝国から独立した新しい国々ってことね」
リーシャは地図の上部分、アルブリア島の丁度真北にある島々を指差した。
「そのうちの一つ、雪と氷に閉ざされた王国『イズエルト』。実は私ここの出身なんだ」
「そうなんだ。でも何か納得いくかも」
エリスはスノウを見つめながら言う。相も変わらず雪だるまのように可愛らしい。
スノウは褒められる気配を感じたのか、ふふんと鼻を鳴らし、数回飛び跳ねてみせるのだった。
「カタリナはどこ出身なの?」
「えっ!? あ、ああ、あたしは……」
驚きながらもカタリナが指差したのは地図の東側、デュペナ大陸の北部分にある密林地帯だった。
「『クロンダイン』か。何か暴動とかで物騒な国だっけ?」
「う、うん。そうだよ」
「あー……あまり大きくは言わないけど、何か大変そう。まあいいや、んで、その下にあるのは……」
「『ケルヴィン』。暁と叡智の国」
「おおっ、よく覚えてるねえアーサー」
「……」
リーシャに褒められたが、アーサーはそれに対して一切の反応を返さない。今日のおすすめと評されたカプチーノを飲んでも無表情だ。
「確か賢者って呼ばれている人がたくさんいて、その人達が議会を開いて治めてるんだよね」
「元老院っつったっけ。でもって、魔法学園があるのはここのおかげ~」
「どういうこと?」
「『若者を一ヶ所に集めて学問を教え込む』って施設の発祥がケルヴィンらしい。詳しいことは私も忘れたわ」
「ふーん……すごい国なんだね」
「すごさもわかった所で次~」
リーシャは指を滑らせイズエルトより西の地域に指を置く。
「獣人の地域『パルズミール』。イズエルトと横の位置同じだから、結構寒いのかな」
「獣人は暖かそうだからあまり支障ないのかもね。それで、ここは四つの貴族の連合体だっけ?」
「そうそう。狼、兎、猪、猫の四つで家名は忘れた」
「……」
「あ、一つ思い出した。狼はロズウェリだ」
「ロズウェリ……?」
エリスの耳に、豪快に扉が開かれる幻聴が聞こえた。
「エリス、何か心当たりがある感じ?」
「うん……家政学で一緒の子がそんな名前だった」
「え……?」
「クラリアだよ。そっか、あの時カタリナはいなかったね」
「へーそうなんだ……まあいいか、人の友人関係には首は突っ込まないよ」
四人はまた世界地図を眺める。時々カプチーノやココアを飲みながら広い世界に思いを巡らせていく。
「アンディネ大陸だけで小聖杯五個もあるんだ」
「まあだだっ広い大陸だからねー。でもってここが『リネス』の町」
リーシャが指差したのはアンディネ大陸の南部分、持ち手のように出っ張った部分だった。
「ご存知商人達の国……他にも色んな文化が混ざり合う水の都だよ」
「一番最初に帝国から独立したんだよね。ルドミリア先生が言ってた」
「そうそう。砂漠のど真ん中で祈りを捧げたら水が溢れてきたって……信じられない」
「まあ二百年も前の話だし……あと地図を見ていて思ったんだけど、アンディネ大陸の南って砂漠多いんだね」
「南からの瘴気を含んだ風が『ラグナル山脈』と『トスカ海』で遮断されるからとかなんとか。地形の向こう側は守られたけど、その前の地域は瘴気に侵されてだんだんと砂漠に。もっとも今は魔法具とかで瘴気も軽減されてるらしくて、海岸線沿いには普通に町もあるんだって」
「バドゥと呼ばれている地域か」
「そうそうアーサー、それそれ」
「……」
「へえ……それでこっちに進んでいくと、『エレナージュ』と『ガラティア』か」
エリスは南部分を大陸の縁に沿ってなぞっていく。
一面の砂漠地帯を通り過ぎた後、石や山がたくさんある所で指が止まる。
「砂漠のオアシス~みたいな国だっけエレナージュ。こんな小さいのに他の国と渡り合ってるんだからすごいよね」
「……王様とかがすごいのかな」
「そうだった、砂漠で小さい国なのに王国なんだよね……ってイズエルトと同じじゃん」
リーシャは変な納得をしてから、ココアを口に含む。
「でもってこの岩ばっかの国がガラティアね。この辺りを覆うように広がっているのがラグナル山脈……大きいなあ」
「……山ばっかりで住めるのかな」
「作物は全然育たないらしいよ。でも住んでる人々は屈強で体力はあるから、傭兵稼業をよくやってるんだって。あとは鉱山が結構あるから鉱石を輸出している」
「ああ~そういう感じか~……うん、八国はこんな感じかな」
「……まだ七だぞ。『ウィーエル』を忘れている」
アーサーはリネス地方の北、ラグナル山脈に隣り合っている森林地帯を指差した。
「ああ~忘れてた。エルフがいっぱいいる国ね……それ以外に何かある?」
「緑が多いとか……魔力に満ち溢れているとか?」
「どっちにしても何か身体に良さそうな国だよね……ううーん」
リーシャは顔を上げ腕を組んで伸ばす。
「これで八だから全部か。じゃあ……復唱する?」
「してみようか」
エリスは思ったままに口を動かしてみる。
「ガラティア、パルズミール、エレナージュ、ウィーエル、リネス、ケルヴィン、クロンダイン、イズエルトっと……」
「……それ何の順番?」
「何となく? わたしはこれがしっくりくる順番なんだよね」
「ふーん。じゃあ私もやるかあ。イズエルト、クロンダイン、アルミラージュ……」
「混ざっているぞ」
「あれ?」
「やっぱり手を動かさないとだめかな……」
カタリナはそう言いながら紙とペンの準備をする。
「ええ~もう手を動かしたくないんだけど……」
「だったらそうしなければいいだろ」
「……いや。カタリナが頑張るなら私も頑張る」
「えっ……あたしそんな凄くないよ、リーシャ……」
「頑張るぞー! えいえいおー!」
「……お、おー!」
「ふふっ……わたし達も頑張ろうか、アーサー」
「……」
「と、その前に私はお代わりだ! 行ってくる!」
「行ってらっしゃーい」
それからも四人の宿題は、蝸牛が如く進んでいくのであった。
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幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
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少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
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現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
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宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
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無能と蔑まれ、Aランクパーティを追放された結界師フィン。
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