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第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第50話 探検ぼくらのアルブリア ~領主様といっしょ~

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 散々爽やかとは程遠い草の臭いに煽られた後、四人は中央広場に戻り屋台でソフトクリームを買っていた。



「あああー腰が痛えよー……」
「ふぅ……いい運動したなぁ」
「よくそんなこと言えるなぁ!?」
「まあ女子は普段運動しないし……」
「……逆じゃないのか、それ」


 噴水に寄りかかり人の流れを見つめる。この暑さというのに人々が町を行き交う姿には、あまり変化が見られない。


「人多いなあ……アヴァロン村の比じゃないね」
「こん中にどれだけの観光客がいんだろ」
「種族も様々……だね」
「ナイトメアもだな」



 広場の周りには屋台や大道芸人でごった返している。


 時々王政や自分の種族について熱心に語る人物、そして黄色いスカーフを巻いた人物も見受けられた。



「どうする~? 次どこ行こうか~?」
「順番に階層降りて行こうぜ」
「そうしようか。じゃあまず第四階層から」


 ソフトクリームを食べ終わり、四人は立ち上がり階段に向かう。





 第四階層。ウィングレー家が治める軍事・研究区。武器や戦術、魔術や道具の研究や実験を行っており、それに伴い学者や軍人が多く居住している。階層内には時々硝煙の臭いが充満し、住民から苦情が寄せられることがあるのだそう。


 現在エリス達は土の地面の演習場を訪れ、研究を行っている魔術師の一人から話を聞いていた所だ。



「というわけで、魔法具と普通の道具の違いについて説明させてもらったけど」
「はい。魔力が込められていて、魔術が苦手な人でも魔術による現象を引き起こせるのが魔法具なんですね」
「そういうこと。いやあ君達まだ一年生なのに凄いな。飲み込みが早いよ」
「そんなことありませんよ」
「はっはっは。それで私が今研究している魔法具がこれだ」


 魔術師はエリスに硝子玉を見せる。中は黒い煙で充満していた。


「これを地面に叩き付けるとあら不思議、そこに落とし穴ができる。しかもただ穴が空くだけじゃなくって、わからないように隠してもくれる」
「これだけで完璧な落とし穴ができるんですね、すごい」
「まあまだ試作品なんだが……」



 魔術師は硝子玉を地面に叩き付ける。黒い煙が引いていく頃、叩き付けた場所を見ると、ほんの少し穴が空いている場所があった。



「ほらこの辺り。ここだけ土に覆われていな……あ」



 魔術師の目に入ったのは、


 風を切って走ってくるイザーク。と彼に引っ張られているアーサー。



「おじさーん!!! このポーションすご……おわーーーーーっっっ!?」
「ぬおっ……!?」


 魔術師が注意を呼びかける前に、イザークと共にアーサーも落とし穴の中に吸い込まれていった。




「ごめんごめん。あんまり早く来たから呼び止める時間もなかった」
「……何すかコレ!? いや落とし穴っていうのはわかるんすけど、何すかコレ!?」
「落とし穴を作る魔法具だって。実演してくれたんだよ」
「それは……また厄介なものを……」
「そう! 厄介なものを一兵卒でも使えるようにする! それが私達の仕事さ!」


 高笑いする魔術師を、落とし穴から這い出てきたイザークとアーサーが苦い目で見つめる。


「ただの落とし穴製造魔法具だけど、実は凄いんだこれが。何と仮想空間理論の一部が使われていてね、今君達が落ちた穴は魔力によって拡張されたものなんだよ」
「何すか? つまり、今落ちたのはアルブリアではないどっかってことすか?」
「絶妙に違うがその認識で構わない。もう一度言うが凄いことなんだよ。ウォーディガンが現れなければ、亜空間理論が発展することは不可能だったからね」


 魔術師は魔法具を弄りながら、やや早口で続ける。


「ウォーディガン……有名な魔術師ですよね」
「そうそう、学生の教科書にも出てくるぐらい偉大なる魔術師だ。歴史においては結構最近の人物にも関わらずね」
「テスト勉強で覚えるの苦労したっす……」
「彼が亜空間理論を研究しなければ、仮想空間理論は飛躍しなかった。彼がいたからこそアルブリアの土地問題にも光明が見えてくる~……」

「……???」
「あ、今のは魔術師の独り言。とにかく凄いんだよ、亜空間理論と仮想空間理論とウォーディガンはね!」


 自分の領域に踏み込まれると早口になるのが専門職の特徴である。


「……それはさておきいいんですか。学生に研究の内容教えちゃって」
「ん? ああ、これぐらいなら平気さ。肝心の細かい仕組みは教えてないもの。それにこういう仕事もあるってことを伝えるのも大事な役割だからね」


「君達も大きくなったら魔術師っていうのもいいぞ。何せ需要が多い。魔法を研究し、時々魔物と戦ったりするからな。王侯貴族に仕える宮廷魔術師にもなれば、給与は高いし週休もばっちり保障だ。どう?」
「うーん、他の仕事見てからですかねー……どうする? 落とし穴落ちたからもう次の階行く?」


 エリスが落ちた男子二人に声をかけると、全力で頷かれた。


「ポーション飲んだし魔法具の効果は実感できたし、もう、ここは、十分だぁ~……」
「……それで構わん」
「だそうです。なのでわたし達は次の階層行きますね」
「ああ、第三階層か。あそこは緑が多くて目の保養になるぞ。楽しんでおいで」





 第三階層。ウェルザイラ家が治める農業・畜産区。王国の食料事情は全てこの階層が賄っており、沢山の作物や畜産物が生産されて民達に行き届いていく。ガラスの窓が太陽の光を取り入れ、魔法による風が人工的とはいえど心地良い。


 そんな第三階層で、四人はアドルフ・ウェルザイラ――グレイスウィル魔法学園学園長兼ウェルザイラ家当主に捕まってしまった。



「ぬおおおおおおおあああああああっっっ!?」
「どうだイザーク!! 吹き抜ける風が気持ち良いだろう!! 思いっ切り叫んでいるということは気持ちいいってことだ!!」

「くっ……!」
「流石アーサー!! 馬をしっかり乗りこなしているな!! きし……騎手の才能があるだけはある!!」



 アドルフはフォンティーヌに跨り二匹の馬を先導している。片方にはイザークが騎乗しており、ほぼ馬の腹にしがみついている状態だった。もう一方のアーサーは手綱を手に持ち、何とかバランスを保てている。





「……あんな乱暴な乗り方させられたらなぁ……」



 呆然としながら二人の様子を見ているエリスとカタリナの下に、ルドミリアがやってくる。今日はいつも着用している緑色のローブではなく、麦わら帽子にデニム生地のオーバーオールという、如何にも農家らしい服装だった。



「ルドミリア先生。こんにちは」
「うん、こんにちは。良かったら君達もこれを」
「スムージーですか?」
「さっき向こうの畑で採れたばかりの野菜を使っている。美味いぞ」
「ありがとうございます」


 一口飲んだスムージーが、二人の頬を綻ばせる。


「……はぁ。コクがあってまろやかで美味しい……!」
「先生、そ、その……」
「お代わりならまだまだあるぞ、カタリナ。折角の機会だからな、いっぱい飲んでいけ」
「あ、ありがとうございます……」



 するとそこにアドルフ、彼に続いてへろへろになったアーサーとイザークが近付いてくる。



「ルドミリア、それをこの子達にも。俺の分は後でいいぞ」
「言われなくてもそのつもりだ……ほら」
「ごくごくごくごく……!! ぶばぁーっ!! あーっ、美味え……」
「身に染みる」
「そうだろうそうだろう。疲れた身体にたっぷりの栄養程、最高の褒美はない!」


 三人はエリスとカタリナの隣にどすんと腰を降ろす。


「どうだ第三階層は。この国随一の自然の多さだろう? 客寄せ用に造られた地上階の人工森林にも引かぬとも劣らないと思わないか?」
「すげー自信っすね学園長……」
「当然だ! 俺と俺の父上、さらにその前の先代達が積み上げてきた努力の結晶だからな! これを誇らずにして何を誇れば……おっと、ありがとう」


 ルドミリアはアドルフにスムージーが入ったコップを渡し、アドルフの隣に座る。


「実に熱心な家系だよ、ウェルザイラは。行動力はグレイスウィル随一だと私は考えている」
「先生の家系……ウィングレー家ですよね。さっき第四階層にも行ってきたんです」
「そうだったのか。どうだ、彼等は真面目に仕事していたか?」
「魔術師の方からお話を聞いてきました。真面目だったかはちょっと……」

「冗談だよ。彼らは真面目に仕事をしている。不真面目だったとしても、それ相応の理由がある」
「信じられているんですね」
「信じないとやってられないというのもある。授業の準備もしないといけないからな。他の階層や国外の視察も行わなければいけないし、中々忙しいんだ……」



 ルドミリアは手を組み上に伸ばす。うーんと漏らした声は中々可愛らしかった。



「あれ? じゃあ普段の領主の仕事って誰がやってんすか?」
「大半は私のナイトメアに任せている。頭が切れておまけにかなりダンディだ」
「それ言っちゃう!? 自分でダンディとか言っちゃう!?」
「黙れ」
「ごふっ!?」


 アドルフの脇腹を小突くルドミリア。小突かれた側は当たり所が悪かったのか、悶絶している。


「痛かったぁ!! 今のは中々に……!! まあいい。今は我慢しよう。生徒の前だし。ところで君達、第四第三と来て次は第二階層に行くつもりかな?」
「はい、そのつもりです」
「よし。じゃあアールイン家の当主に連絡して案内してもらうように取り計らおう」
「え、そこまでしていただかなくても……」
「いいんだ、どうせあいつも暇だろうし。この機会だから顔も覚えるといい」


「……ここは甘えとこうぜ。人のご厚意には甘えとく! 世をいい感じに生きていくためのコツだ」
「殊勝な考え方だなイザーク! それじゃあ俺は行ってくるから、ちょっと待っててくれ!」


 アドルフは立ち上がり遠くにある屋敷へと向かっていった。





 第二階層。アールイン家が治める商業区。帝国時代から続く老舗や近年になって国外で興った新興店など、種別も経歴も問わない様々な店が立ち並んでいる。その数は数百とも千以上とも言われているが、これを知るのは領主だけ――



「以上、第二階層の概要だ。纏めるとこの階層はさらに八つに分けられ、区域ごとに種別が固まるようになっている。食料、衣料、サービス業などといった感じにな。すると客側が店を回りやすいと、そういうことだ」


 アールイン家当主トレックは踵を大袈裟に踏み鳴らしながら、アドルフから回されてきた生徒達に説明をしていた。


「わかったか? おい? わかったかと訊いているんだが?」
「……ご主人、それぐらいにしましょうよ。この子達もうすっごい反省してるっぽいし」
「うるさい! うるさい、うるさい、うるさーいっっっ!!!」



 トレックはクレーベの肩に乗り、目を平らにしているエリスの頬を両手で挟む。隣にいるカタリナは、今にも泣きそうな表情をしてセバスンを抱き締めている。



「しゅみませーん……だって知らなかったんでしゅぅ……」
「貴様は僕を馬鹿にしたんだぞ!!! そのことを理解しているのか!?」
「ご主人すまねえ!! これ以上は何か殺される気がします!!」


 クレーベはトレックを慌てて肩から降ろす。


 そんな氷の巨体を殺気立ったアーサーの視線が貫いていた。


「すみませんねえお嬢さん。ご主人は低身長なのが大分コンプレックスで……でも初めて会った時は仕方ないっすよ!!! もう!!!」
「お前まで……もがっ!?」

「だけどご主人、頭はめちゃくちゃいいんすよ!!! 多分四貴族の中では一番!!! そこは理解してほしいっす!!! 低身長だけど!!!」
「お前ぇ……!!!」


 トレックは必死にクレーベの手を口から離そうともがいている。


「いやー……スゲーよオマエら。まさか領主様と一緒に宿題やったなんて」
「本当に。本当に偶然だったの。多分領主様ってわかっていたら宿題誘わなかったと思う」
「頭いいし喋り方も上から目線だったから、変だとは思ってたんだけど……」
「そこで気付けよ!!! 気付けよおおおおおおぉぉぉ!!!」


 トレックは拘束から脱出しまた肩に乗る。


「いいか小娘共!!! 残りの三人にもこのこと伝えておけよ!!! あと小僧共、お前達は今日、アールイン家の当主として僕と初対面した!!! 今後二度と絶対に間違えるんじゃないぞ!!!」
「はーい……」
「……はい」
「うっす」
「ああ……」



「……」
「ごしゅじーん! 眉間に皺を寄せないでぇぇぇ!!!」



 叱るのを我慢して地団駄を踏み始めたトレックを宥めながら、クレーベは四人に尋ねる。



「ところでお嬢さん方、この先はどうするおつもりで?」
「第一階層に行きます。それで一通り、ですね」
「そうっすか。えっとセーヴァ様は今出張中なんで……誰も案内付けれないっす。すいません」
「いえ、元から自分達で歩き回る予定だったので……」

「第一階層は居住区だからな? 住民の迷惑にならないようにしろよ」
「あ、落ち着いてきた」
「……もういい!!! さっさと行け!!! 僕が激怒する前に!!!」


 トレックはぷいと四人に背中を向けてしまう。


「はい。ありがとうございました、聡明なるアールイン家領主トレック様」
「トレック様……ありがとうございました」
「トレック様ばんざーい」
「ふん……」


 四人はトレックとクレーベに見送られて第二階層を後にする。





「……ふっ。話せばわかってくれるじゃないか」
「一人そうじゃないのがいましたが」
「あいつについては、アドルフから話を聞いているから問題ない。まだ敬う心というものができていないのだろう。それを差し引いても、ふっ、ふふっ……」
「全く、褒められるとすーぐこれだ……」


 満足そうににやつくトレックを担ぎ上げ、クレーベは屋敷に戻っていく。
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