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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期
第76話 幕間:晩餐会
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「皆様、本日は帝国建国祭にお越しいただき誠に感謝致します。父ハインラインに代わり、私ハルトエルが御礼を申し上げます」
王城の広間に、様々な料理が置かれた机が並ぶ。
「グレイスウィルが王国制に移行してから、今年で六十年。今年もまたこのように建国を祝えたこと大変喜ばしく思います」
礼服、ドレス、その他各個人が正装だと思う服。それぞれが身を包み、階段上にいる王太子ハルトエルの言葉に耳を傾けている。
「今日は遠路遥々お越しいただいた皆様のために、ささやかではありますが宴の席をご用意させて頂きました。短い間ではありますが、地域の壁を越えて語り合い、食事の席を楽しんでいただければと思います。それではワイングラスを――」
彼の動作に合わせて、全員が思い思いにグラスを掲げる。
「創世の女神と帝国の暁に――乾杯」
こうして煌美で妖絶な王城の夜が始まるのだった。
肩元が見える深緑のロングドレス。いつもより艶やかなダークブラウンの長髪。
学園で教師をやっている時とは全く異なる雰囲気を漂わせるルドミリアに、エレナージュ第一王子ベルシュが話しかけてきた。
「ルドミリア殿、ご無沙汰しております」
「……ああ、これはこれはベルシュ殿。遺跡の調査以来だな」
「こちらこそお変わりないようで何よりです。それでですね……あの時持ち帰った物品の調査結果が出まして。それで……誠に申し上げにくいのですが、その……」
「……色々と察したよ。だが最後まで聞いておこう」
ベルジュは申し訳なさそうに伝える。
「……エルフのもの、トールマンのもの、それぞれの特徴が見られる装飾品が数多くありました。恐らく……互いの種族の装飾品を、あの神殿で交換し合っていたのではないかと」
「……成程。あの遺跡は装飾品を通して、エルフとトールマンの友好関係を築く拠点だったと、そういうことか」
「そういうことです」
「……」
ルドミリアは顔を手で覆い、指の間からアルトリオスを見つめる。
「ああ美しきヘカテ女王。ご機嫌麗しゅう」
「アルトリオス様。お会いできて光栄です」
結晶で飾られたドレスに身を包み、頭が王冠のように凍っている女性に、アルトリオスは右手を腰の正面に添える形式のお辞儀をする。
「こちらこそ光栄だ。清美たるウェンディゴ族の長である貴女にお会いできるとは」
「……私は全てのイズエルトの民の長です。履き違えないでくださいますか」
「社交辞令ってやつですよ。どうです一杯。テンペストレイン……嵐の様に激しい風味のワインです。ラクスウェルというエルフのワイナリーで作られてましてね。ウィーエルの名産なんですよ。ほら、ライナス殿も」
アルトリオスは近くに居た、褐色肌のアフロヘアーの男性を引き摺り込む。
「おおっ……すみません、また今度」
「さあさあ、あんな人間なぞに絡まないで私と飲み明かしましょう」
「わかった、わかったから離してくれよ……」
アルトリオスが強引に絡んでいる姿を見て、ルドミリアは辛抱溜まらず目を背ける。
「……おい」
「は、はい」
「ブラッディナイトだ。今すぐ持ってこい」
「は、はいぃぃぃ……!」
使用人はルドミリアの殺気を感じ取り、忽ち食堂の奥に姿を消す。
「……ルドミリアの奴。機嫌が悪そうだな」
「何があったんでしょうな」
「さあな」
赤い燕尾服に身を包んだアドルフはワイングラスを片手に、痩せこけたこげ茶色の髪の男と言葉を交わしていた。
「そういえば姫様の御姿が見られませんが」
「姫様はまだこういう宴の席は堪えるようだ。部屋でお休みになられている」
「左様でありますか。ですが姫様もそろそろ社交界の礼儀を学ぶ時が来ているのでは?」
「俺はそういうのには疎いんだ。姫様のことはレオナに一任させている。あいつがまだ早いと言うなら俺はそれに従う」
「あの聖教会の密使なぞを信用しているのですか?」
「あいつは信用できる人間だ。少なくとも、お前よりはなぁ」
お前という箇所を強調して言い放つアドルフ。
「……寧ろお前の方がぁ、密使と呼ぶには相応しいと思うぞぉ、なあセーヴァ? だってお前が何をやっているか、てんでわからないもんなぁ?」
「おやおや、そのような言い回し……貴方は相変わらず、私のことがお嫌いのようで」
「……民を放り投げてクロンダインで何をしている? お前の一番の仕事は、グレイスウィルの民を守ることだろうが。居住区の工事を指揮監督せず、計画作るだけ作ってこっちに放り投げて……」
「おや、あそこにおられますのは」
セーヴァが後ろを振り向くと、そこには無難な黒の燕尾服に身を包んだ少年が。
「ほっほっほ……ここは親族水入らずの時間を楽しむと良いでしょう。私はこれで」
「え、お、おい……!?」
アドルフが引き留める間もなく、男はそのまま客人達の波に消えていってしまった。
「……伯父上、お邪魔するつもりはなかったのですが……よろしければ私がセーヴァ様を呼んで参りましょうか?」
「あ、ああ……」
藍色の髪の少年は、濃いオレンジの瞳で申し訳なさそうにアドルフを覗き込む。
「……いや、あいつの言うことにも一理ある。色々と話そうじゃないか、リュッケルト」
「すみません、お話を邪魔してしまって……」
「いや、いいんだ。お前が来なかったとしても、あいつは何か理由をつけて立ち去ろうとするからな」
「……伯父上。ありがとうございます」
それでも申し訳なさそうにしている甥の姿を受けて、アドルフは罰が悪そうに頭を掻く。
「……それにしても、こうして伯父上と話すのは随分と久しぶりに感じます」
「んーあーそうだな……『タンザナイア制圧戦』に始まり、『大寒波』鎮圧に『ドーラ鉱山』の割譲会議にまで駆り出されて、そして今年も……色々あってパルズミールの方には行けなかったからな」
「伯父上は一流の魔術師です。それに歯に衣着せぬ物言いをなさるお方です。戦力的にも、審議の上でも、伯父上の力が必要とされているのですよ」
「わっはっは。他人を持ち上げるのが上手い所は、お前の母さんに似たよなあ」
ワインを口にする。当然だがかつて自分が好きだった味ではない。ルドミリアは好きな銘柄をたらふく飲めるのに自分はそうではない――やはり戦争は好きではないと思う。
「どうだ、パルズミール魔法学園卒業まで後一年。得られるものはあったか?」
「ええ、それはもう……人間と獣人の違いを実感する日々でした」
「それなら何よりだ。本当はグレイスウィルに入学させたかったんだが、俺が学園長をやっている以上それは無理だからな」
「身内贔屓になってしまいますもんね。でも僕はこれで良かったと思ってます」
「ははは、そう言ってくれて本当にありがたいよ。ところでお前、一応訊いておくが一体何を飲んでいるんだ?」
「ああこれはですね、葡萄のジュースですよ。恐らく姫様用に準備されたのではないかと思われますが、折角あるので頼みました」
「それは良かった。グレイスウィルは十八になって成人しないと酒は飲めない決まりだからな。では……」
「乾杯、ですね」
アドルフとリュッケルトはワイングラスを軽く当てた。
「トレック殿、ご機嫌麗しゅう」
「その見た目で麗しゅうとか言うな。ギャップが酷くて吐きそうだ」
青のタキシードに身を包み、話す相手もなく暇を持て余していたトレックに、彼を覗き込むようにして男が話しかけてきた。
「……すみません。ですが社交界ではこのように挨拶をすれば良いと教えられたのですが」
「まあそうなんだが、それには相応の容姿でいないといけないんだよ。なのにお前は……本当に戦闘にしか能のない男だな、カストル」
カストルと呼ばれた男は無精髭を生やし、濃い黄緑の四角い帽子からはみ出ている黒い髪も、ぼさぼさで潤いがなかった。
何より社交の場に似つかわない迷彩柄のスウェットに茶色の半長靴、それも大分使われてくすんでいる物を着用していることが、会場から浮いている要因だった。
「まあ、どうせセーヴァに何か言われたんだろ? 今だ政況不安定なのに、呑気に外国のパーティに顔出す奴がいるか」
「はい。クロンダインの指導者であることを証明するために、建国祭に出席してアピールを行えと……」
「あの蠍め……何を考えているんだか」
そんな二人の元に一組の男女がやってくる。ご丁寧にも腕を組んだ状態で。
女は漆黒のミニドレスで艶やかに。一方の男はだらしなく着崩した燕尾服に無精髭と丸刈り頭がこれでもかと目立つ。
「やっと見つけましたわ、トレック様」
「……ミュゼアか。そっちは知らない顔だな」
「スミスです、ガラティアの。忘れないでくださいよ」
「今思い出したから問題ないな。それで色香に釣られている所か、筋肉ダルマ?」
「ぐぅ……」
トレックと話している間も、スミスの視線はちらちらとミュゼアの胸元に向けられている。
「まあいいんだよ、お前のことなんて。それよりもだな」
トレックはミュゼアに視線を移す。
当然ミュゼアの方が身長が高いので、トレックは彼女を見上げる形になる。胸部を見上げる形になるわけだが、彼は気にしていないようで、至って冷静に言葉を続ける。
「一昨年はアーノルド、去年はヴィルヘルムと来て、今年はお前か。大賢者と呼ばれている連中の中でも、一際偉い奴が続けざまに来るとは」
「最近グレイスウィルとは良好な関係を築いていく方針に変わりましたの。こういった席にも遠慮は致しませんわ」
「そうか。ならばその関係のよしみで、聖教会にも一言物申してくれないだろうか」
トレックは小さく息を吐き、遠くにいるヘカテを見つめる。
アルトリオスから解放された彼女は、今度はクリーム色のロングドレスの、ニンフ族の女に絡まれていた所だった。
「ケルヴィンと聖教会は不可侵条約を結んでおりますの。故にそれはできない相談ですわ」
「侵略はできなくても苦言を呈することはできるだろう。もう二年前の……『大寒波』のような惨劇は避けたいんだ。聖教会をどうにかできるのはケルヴィンしかいない」
「……検討しておきますわ。行きましょう、スミス様」
「は、はいっ」
ミュゼアはスミスを連れて別の所へ向かって行く。ヒールの音がやけにはっきりと聞こえてくる。
「あれでどうにかしてくれるといいんだが……」
「はい。それにしても、あのお二人は仲がよろしいのですね」
「そんな訳あるか馬鹿。……うむ。やはり貴様に政治は向いていないと思うぞ」
「それでもやらねばなりません……全てはクロンダインの民のため……」
「……」
(魔法学園を卒業しているという話も聞かないんだよな……)
(カストル……貴様は本当に何者だ? ぽっと出の何者かが、国家転覆を遂行できる勢力の指導者に……なれるのか?)
隈がくっきりと浮かび、虚ろになっているカストルの目を、トレックは見上げていた。
王城の広間に、様々な料理が置かれた机が並ぶ。
「グレイスウィルが王国制に移行してから、今年で六十年。今年もまたこのように建国を祝えたこと大変喜ばしく思います」
礼服、ドレス、その他各個人が正装だと思う服。それぞれが身を包み、階段上にいる王太子ハルトエルの言葉に耳を傾けている。
「今日は遠路遥々お越しいただいた皆様のために、ささやかではありますが宴の席をご用意させて頂きました。短い間ではありますが、地域の壁を越えて語り合い、食事の席を楽しんでいただければと思います。それではワイングラスを――」
彼の動作に合わせて、全員が思い思いにグラスを掲げる。
「創世の女神と帝国の暁に――乾杯」
こうして煌美で妖絶な王城の夜が始まるのだった。
肩元が見える深緑のロングドレス。いつもより艶やかなダークブラウンの長髪。
学園で教師をやっている時とは全く異なる雰囲気を漂わせるルドミリアに、エレナージュ第一王子ベルシュが話しかけてきた。
「ルドミリア殿、ご無沙汰しております」
「……ああ、これはこれはベルシュ殿。遺跡の調査以来だな」
「こちらこそお変わりないようで何よりです。それでですね……あの時持ち帰った物品の調査結果が出まして。それで……誠に申し上げにくいのですが、その……」
「……色々と察したよ。だが最後まで聞いておこう」
ベルジュは申し訳なさそうに伝える。
「……エルフのもの、トールマンのもの、それぞれの特徴が見られる装飾品が数多くありました。恐らく……互いの種族の装飾品を、あの神殿で交換し合っていたのではないかと」
「……成程。あの遺跡は装飾品を通して、エルフとトールマンの友好関係を築く拠点だったと、そういうことか」
「そういうことです」
「……」
ルドミリアは顔を手で覆い、指の間からアルトリオスを見つめる。
「ああ美しきヘカテ女王。ご機嫌麗しゅう」
「アルトリオス様。お会いできて光栄です」
結晶で飾られたドレスに身を包み、頭が王冠のように凍っている女性に、アルトリオスは右手を腰の正面に添える形式のお辞儀をする。
「こちらこそ光栄だ。清美たるウェンディゴ族の長である貴女にお会いできるとは」
「……私は全てのイズエルトの民の長です。履き違えないでくださいますか」
「社交辞令ってやつですよ。どうです一杯。テンペストレイン……嵐の様に激しい風味のワインです。ラクスウェルというエルフのワイナリーで作られてましてね。ウィーエルの名産なんですよ。ほら、ライナス殿も」
アルトリオスは近くに居た、褐色肌のアフロヘアーの男性を引き摺り込む。
「おおっ……すみません、また今度」
「さあさあ、あんな人間なぞに絡まないで私と飲み明かしましょう」
「わかった、わかったから離してくれよ……」
アルトリオスが強引に絡んでいる姿を見て、ルドミリアは辛抱溜まらず目を背ける。
「……おい」
「は、はい」
「ブラッディナイトだ。今すぐ持ってこい」
「は、はいぃぃぃ……!」
使用人はルドミリアの殺気を感じ取り、忽ち食堂の奥に姿を消す。
「……ルドミリアの奴。機嫌が悪そうだな」
「何があったんでしょうな」
「さあな」
赤い燕尾服に身を包んだアドルフはワイングラスを片手に、痩せこけたこげ茶色の髪の男と言葉を交わしていた。
「そういえば姫様の御姿が見られませんが」
「姫様はまだこういう宴の席は堪えるようだ。部屋でお休みになられている」
「左様でありますか。ですが姫様もそろそろ社交界の礼儀を学ぶ時が来ているのでは?」
「俺はそういうのには疎いんだ。姫様のことはレオナに一任させている。あいつがまだ早いと言うなら俺はそれに従う」
「あの聖教会の密使なぞを信用しているのですか?」
「あいつは信用できる人間だ。少なくとも、お前よりはなぁ」
お前という箇所を強調して言い放つアドルフ。
「……寧ろお前の方がぁ、密使と呼ぶには相応しいと思うぞぉ、なあセーヴァ? だってお前が何をやっているか、てんでわからないもんなぁ?」
「おやおや、そのような言い回し……貴方は相変わらず、私のことがお嫌いのようで」
「……民を放り投げてクロンダインで何をしている? お前の一番の仕事は、グレイスウィルの民を守ることだろうが。居住区の工事を指揮監督せず、計画作るだけ作ってこっちに放り投げて……」
「おや、あそこにおられますのは」
セーヴァが後ろを振り向くと、そこには無難な黒の燕尾服に身を包んだ少年が。
「ほっほっほ……ここは親族水入らずの時間を楽しむと良いでしょう。私はこれで」
「え、お、おい……!?」
アドルフが引き留める間もなく、男はそのまま客人達の波に消えていってしまった。
「……伯父上、お邪魔するつもりはなかったのですが……よろしければ私がセーヴァ様を呼んで参りましょうか?」
「あ、ああ……」
藍色の髪の少年は、濃いオレンジの瞳で申し訳なさそうにアドルフを覗き込む。
「……いや、あいつの言うことにも一理ある。色々と話そうじゃないか、リュッケルト」
「すみません、お話を邪魔してしまって……」
「いや、いいんだ。お前が来なかったとしても、あいつは何か理由をつけて立ち去ろうとするからな」
「……伯父上。ありがとうございます」
それでも申し訳なさそうにしている甥の姿を受けて、アドルフは罰が悪そうに頭を掻く。
「……それにしても、こうして伯父上と話すのは随分と久しぶりに感じます」
「んーあーそうだな……『タンザナイア制圧戦』に始まり、『大寒波』鎮圧に『ドーラ鉱山』の割譲会議にまで駆り出されて、そして今年も……色々あってパルズミールの方には行けなかったからな」
「伯父上は一流の魔術師です。それに歯に衣着せぬ物言いをなさるお方です。戦力的にも、審議の上でも、伯父上の力が必要とされているのですよ」
「わっはっは。他人を持ち上げるのが上手い所は、お前の母さんに似たよなあ」
ワインを口にする。当然だがかつて自分が好きだった味ではない。ルドミリアは好きな銘柄をたらふく飲めるのに自分はそうではない――やはり戦争は好きではないと思う。
「どうだ、パルズミール魔法学園卒業まで後一年。得られるものはあったか?」
「ええ、それはもう……人間と獣人の違いを実感する日々でした」
「それなら何よりだ。本当はグレイスウィルに入学させたかったんだが、俺が学園長をやっている以上それは無理だからな」
「身内贔屓になってしまいますもんね。でも僕はこれで良かったと思ってます」
「ははは、そう言ってくれて本当にありがたいよ。ところでお前、一応訊いておくが一体何を飲んでいるんだ?」
「ああこれはですね、葡萄のジュースですよ。恐らく姫様用に準備されたのではないかと思われますが、折角あるので頼みました」
「それは良かった。グレイスウィルは十八になって成人しないと酒は飲めない決まりだからな。では……」
「乾杯、ですね」
アドルフとリュッケルトはワイングラスを軽く当てた。
「トレック殿、ご機嫌麗しゅう」
「その見た目で麗しゅうとか言うな。ギャップが酷くて吐きそうだ」
青のタキシードに身を包み、話す相手もなく暇を持て余していたトレックに、彼を覗き込むようにして男が話しかけてきた。
「……すみません。ですが社交界ではこのように挨拶をすれば良いと教えられたのですが」
「まあそうなんだが、それには相応の容姿でいないといけないんだよ。なのにお前は……本当に戦闘にしか能のない男だな、カストル」
カストルと呼ばれた男は無精髭を生やし、濃い黄緑の四角い帽子からはみ出ている黒い髪も、ぼさぼさで潤いがなかった。
何より社交の場に似つかわない迷彩柄のスウェットに茶色の半長靴、それも大分使われてくすんでいる物を着用していることが、会場から浮いている要因だった。
「まあ、どうせセーヴァに何か言われたんだろ? 今だ政況不安定なのに、呑気に外国のパーティに顔出す奴がいるか」
「はい。クロンダインの指導者であることを証明するために、建国祭に出席してアピールを行えと……」
「あの蠍め……何を考えているんだか」
そんな二人の元に一組の男女がやってくる。ご丁寧にも腕を組んだ状態で。
女は漆黒のミニドレスで艶やかに。一方の男はだらしなく着崩した燕尾服に無精髭と丸刈り頭がこれでもかと目立つ。
「やっと見つけましたわ、トレック様」
「……ミュゼアか。そっちは知らない顔だな」
「スミスです、ガラティアの。忘れないでくださいよ」
「今思い出したから問題ないな。それで色香に釣られている所か、筋肉ダルマ?」
「ぐぅ……」
トレックと話している間も、スミスの視線はちらちらとミュゼアの胸元に向けられている。
「まあいいんだよ、お前のことなんて。それよりもだな」
トレックはミュゼアに視線を移す。
当然ミュゼアの方が身長が高いので、トレックは彼女を見上げる形になる。胸部を見上げる形になるわけだが、彼は気にしていないようで、至って冷静に言葉を続ける。
「一昨年はアーノルド、去年はヴィルヘルムと来て、今年はお前か。大賢者と呼ばれている連中の中でも、一際偉い奴が続けざまに来るとは」
「最近グレイスウィルとは良好な関係を築いていく方針に変わりましたの。こういった席にも遠慮は致しませんわ」
「そうか。ならばその関係のよしみで、聖教会にも一言物申してくれないだろうか」
トレックは小さく息を吐き、遠くにいるヘカテを見つめる。
アルトリオスから解放された彼女は、今度はクリーム色のロングドレスの、ニンフ族の女に絡まれていた所だった。
「ケルヴィンと聖教会は不可侵条約を結んでおりますの。故にそれはできない相談ですわ」
「侵略はできなくても苦言を呈することはできるだろう。もう二年前の……『大寒波』のような惨劇は避けたいんだ。聖教会をどうにかできるのはケルヴィンしかいない」
「……検討しておきますわ。行きましょう、スミス様」
「は、はいっ」
ミュゼアはスミスを連れて別の所へ向かって行く。ヒールの音がやけにはっきりと聞こえてくる。
「あれでどうにかしてくれるといいんだが……」
「はい。それにしても、あのお二人は仲がよろしいのですね」
「そんな訳あるか馬鹿。……うむ。やはり貴様に政治は向いていないと思うぞ」
「それでもやらねばなりません……全てはクロンダインの民のため……」
「……」
(魔法学園を卒業しているという話も聞かないんだよな……)
(カストル……貴様は本当に何者だ? ぽっと出の何者かが、国家転覆を遂行できる勢力の指導者に……なれるのか?)
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