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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第77話 幕間:三騎士勢力

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「ハルトエル王子、ご無沙汰しています」
「これはこれはクライヴ殿、お久しぶりです。今年もお越し頂いて誠に感謝します」


 一通り客人への挨拶を終えたハルトエルは、狼の耳と尻尾を生やした灰色の髪の青年と言葉を交わしていた。


「そういえばクレヴィル殿のお姿が見当たりませんが……」
「父上は気分を悪くなされたようで、館で休んでおります。久々の長旅、それも船に乗りましたから酔われてしまったのでしょう」
「それは残念だ。あの方にはお礼をしようと思っていたのに」



 茶色の髪を寝癖の一本もなく整え、礼服を着こなしている男が二人に割って入り込む。



「これはこれはイアン殿。兵士の装備から食料品まで、グロスティ家にはいつもお世話になっております」
「こちらこそ、一番の顧客として贔屓にさせてもらって何よりです。今後とも何卒――っ」
「……どうかいたしましたか?」


 イアンは言葉を続ける前に、後ろを振り向く。




 その向こうでは四人の人間が談笑を交わしていた。




「あらあらヘンリー様。面白いことを言いなさるのね?」


 一人目の女。長い耳に金色とピンク色で構成された鮮やかな翅、太腿を強調する白のミニドレス、透き通った水色のセミロング。はにかむように笑った顔が妖しくも美しい。


「なんてことはありませんよヴィーナ様。とにもかくにも、キャメロットと聖教会。今後ともウィンウィンの関係で参って行きましょう。ウィンウィンってやつですよウィンウィン」


 二人目の男。角帽子と白いローブに身を包み、肩から二枚の赤い肩掛けが降ろされている。そこに描かれてあったのは、両手を広げた女性を崇める人々の絵だった。


「おや、私のことをお忘れで? 折角ここで会った機会だ、今後とも何卒お願いしますよ?」


 三人目の男。禍々しさを感じさせる黒いローブに身を包んでいるが、恰幅が良く口周りにクリームを少しつけている容姿では、それも無意味だった。


「そんな、忘れてなぞいませんよルナリス殿」
「ふふっ、ルナリス様も仲良くしていきましょうねえ……」
「キャメロットに聖教会にそして我々――ぐほぉ!?」



 そして四人目の女は、



「ふん。ワタシがついてきてどうやら正解だったようだな」
「ぐぐぐ……良いではないか少しぐらい……!」
「大声で話そうとしているのが悪い。我々は未だ日陰者だということを自覚しろ、豚」



 白髪黒目で、首元に黒い布を巻き、胸を布で覆って臍を出していた。


 そしてルナリスの足を踏み付けた後、感情のない目で三人を見つめ直す。






「……三騎士勢力、か」


 やれやれという素振りを見せながら、イアンは再び振り向く。


「かつて騎士王に仕えた人物――その中でも三騎士と呼ばれた、最も素晴らしい三人。それらを始祖とする勢力」
「マーリン・グレイスウィルとエリザベス・ピュリア、あとは……」
「モードレッド、ですよね。彼に関しては本当にそうだったのか、歴史書や文献がバラバラで怪しいんですけど……騎士王に反逆した張本人ですし」

「……マーリンが建国した帝国の帝都キャメロット、エリザベスの信者が広めた聖教会。そんな歴史がある二つに対して、カムランは新興勢力。そもそも三騎士勢力を名乗ったのだって最近、モードレッドを始祖にしているっていうのも自称……」
「……でも、着実に力は着けているんですよね」



 三人は更に身を寄せ合い、料理を適当にかっさらいつつ、人目を避けるようにして話す。



「ここ十年で台頭してきた割には、様々な町で見かけるようになって、挙句アンディネに自分達の城下町を持っていますからな」
「ゴーツウッド……僕も訪れたことがありますが、どうにもあの空気感が苦手で……僕が獣人だから敏感なだけだったんでしょうか……」
「いえ、種族関係なくそういうものなのでしょう。連中はどうにも――」



「――黒魔法に関する研究を行っているらしいのです」



 深々と溜息をつくハルトエル。疑り深い目で二人の話を聞くクライヴ。



「そもそ彼等が拠点にしているカムラン島は、古来から黒魔術師の代名詞としても使われてきた名前です。そこを拠点としていて、黒魔法と関係ないって言い張る方が無理があるでしょう」
「……そう、ですよね」

「……本当は拒否したい所なんですけどね。彼等を入れてしまえば、グレイスウィルの中で何をされるかわかったものではない。しかし先程イアン様が仰った通り、連中は日に日に勢力を拡大させていまして……」
「それを元に今回参加したいと、圧力をかけてきたということです」
「なるほど……」



 クライヴは首を伸ばし、改めて四人を見つめる。



「ほっほっほ……美味い! このホワイトケーキを作ったのは誰かね?」
「え、あ、はい。それは自分でございますが……」
「そうであったか! これは実に美味だ! よければ私と共に来ないか! そして毎日美味しいケーキを私の――」


 またしても臍を出した女が脛を蹴り飛ばす。


「あだあ……!!」
「……」
「き、貴様……!! 折角の会食だぞ、楽しませろ!!」

「そうですわよ。ゆったりと楽しみましょう? 今日はマーリン様の作られた帝国の記念日なんですもの!」
「ほら、向こうからローストビーフを持ってきましたぞ! お食べになりなされ!」
「おおっ、では失礼しますぞ!」
「……」


 それはあたかも餌を与えられた家畜のよう。ルナリスは片っ端から料理に食らい付いている。




「……あのような人がカムランのトップだなんて」
「私も彼は指導者の器ではないと思っております」
「それこそ、黒魔法を使って従えさせたのでしょうか……」
「いや……」


 無愛想なイアンの顔が更に険しくなる。


「……参謀がいる、との話です」
「参謀?」
「私の部下に調べさせた情報ですが――十二年前まで、黒魔法を研究する魔術師達は、互いにいがみ合って団結の影すら見られなかった。そこにあの男がやってきて、皆を纏めたということに表向きはなっておりますが……彼の行動に指示を出す人間がいるとのこと」

「……」
「まあ、ルナリス殿の参謀を務める時点で、碌な感性をしていないのは確かなのでしょう……」


 次にワインを口に含み、舌の上で転がすイアン。クライヴも彼に合わせるようにワイングラスに口を付けた。


「そういえば、あの臍を出した女性……日中ルナリス殿にお会いした時はいなかったような」
「付き添いだそうですよ、ルナリス殿によると。一度彼女に会ったことがありますが、まさか二回も会うとは思わなかった。あのどす黒い気配には未だに慣れません」
「日中いなかったとなると、転移魔法陣? だがあれはコストも技術も馬鹿にならないはず。そのような魔術を行使できるなんて……」
「……やはり連中には謎が多すぎる」


 イアンは両手を挙げて溜息をつく。ハルトエルも口を固く結んで頷いた。


「そもそも何なんだ、あの扇動的な服装は。社交場に来る格好ではないだろう」
「それなら他にも……カストル様やスミス様、ライナス様とかはどうなさるんですか」
「……」

「クライヴ殿、イアン殿は礼節を重んじる方です。その辺りについては敏感なのですよ」
「……そうでしたか。僕の方こそ失礼しました」
「……話題を変えましょうか」



 イアンはもう一杯のワインを口に含む。煽る機会が多いということは、それだけ落ち着いた心境ではないことを意味する。



「リネスで準備をしていた時、ローディウムの話を聞きました。何でもあの男……ルナリスを町長の代理として遣わせると」
「そこまでする程仲が良いんですか?」
「あれでしょう、ローディウム大橋。あれの建設はカムランが提案してきたと窺っています」
「……」

「……そういえばイアン殿は、橋の建設に反対していましたね」
「……あのような物がなくとも流通は安定している。それをラールスとハンニバルの奴、二人も揃って……」
「イアン殿……?」
「……っ」


 ワインがグラスから零れ、使用人がすかさず拭きに入ってくる。感情の揺れ動きと共に、液体も揺れ動いてしまったようだ。


「……申し訳ありません。つい私情が入ってしまいまいました。ともかく……三騎士勢力にはよく注意しておいた方がいいですよ。円卓八国の動向も重要かと思いますがね……」





 煌美で妖絶、そこに渦巻く黒い影。王城の夜は光も闇も内包して更けていく。
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