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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第103話 アーサーの休日・後編

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『このようにして人からの信頼を得た私だが、その認識を実感するようになった出来事がある。暴君ウォーティガンの討伐であった』

『暴君と呼ばれているが、実際に圧政を敷いて国を支配しているわけではない。ウォーティガンは普通の蛮族だ。ただ大勢の手下を従え、酒池肉林に明け暮れ、何の罪もない人々から彼が通行するのを恐れられている様が、暴力的な君主に似ているということだ』


『そのような暴君が、私の住んでいる村の付近を通った。当然奴は略奪を目的とし、両親を含めた村人は酷く震え上がり、死人の如く息を潜めることに努めた。だが私は、何故死人の真似事をしなければならないのか、我々はここに生きているのにと、周囲からの懇願も退けて奴に立ち向かった』

『とはいえ私は奴に対する怒りと憎しみが有り余ってしまって、武器も持たずに走り出してしまった。しかも音を聞き付けたウォーティガンが私を追い詰める。あわやと思ったその時、私を追い詰めていたもう一つの要因、巨大な岩の頂上に剣が刺さっているのを見つけた』


『私はウォーティガンの攻撃をかわしながらそれを回収し、そうして引き抜いた剣で立ち向かった。武器を手にしてしまえば差は決定的、奴は流れの蛮族で私は幼い頃から武芸を修めてきた熟練者だ。年の功なぞ先達の叡智の前では無惨に吹き飛ぶ』

『こうして私はウォーティガンを討伐し、村の人々から喝采を受けた。大層心地良いものであったが、それ以上に湧き上がってくるもの――岩から抜いた剣の持つ意志とでも言うべきだろうか。私はこの剣を手にした者として、世界を成り立たせる運命というものの、行く先を見届けなければという使命に駆られていた――』





「使命……か」


 呟いた後紅茶を飲む。時々木から落ちる橙色の芽吹きに目を向けながら、優雅に読書をするなんて、とても贅沢な時間だ。


 加えて膝には可愛らしい犬、カヴァスが寝転がっている。この犬が伝説の騎士王に仕えた忠犬だと知ったら、人々はどんな反応をするだろうか。


「ワン?」
「……」


 アーサーは『ユーサー・ペンドラゴンの旅路』を読む時、時折本を閉じて表紙を見つめる。読み進める度に言葉にできない想いが身を過って、それを落ち着ける為の作業とでも言おうか。


「金髪に紅い目か……」


 この物語の主役、ユーサーが自分に似ているというのが一番影響が大きい部分だろう。主に見た目が。



 冒険を繰り広げているというのも共通点――伝説に謡われている騎士王と比較した場合、ではあるが。だがどこからともなく出現した騎士王と、完全に出自がはっきりとしているユーサーである。

 ある意味対極にあると、彼自身が強く感じていた。



「あんたは……」

「あんたは、オレの何だと言うんだろうな」





 そろそろ紅茶もスコーンもなくなる間際だったので、本を片付けて帰る準備を行う。


 本を仕舞しまおうと鞄をごそごそ漁る。だがその際、何かに手が当たった。



「っ……」
「ワワン?」
「……これだな。忘れていた」


 そうぼやきながら取り出したのは、あのアヴァロン村の倉庫で見つけた、古い紙束の数々であった。崩れ落ちないように密閉性の高い袋に入れていたのを、一冊慎重に取り出す。


「ワオ~ン」
「部屋に出したらエリスに見つかるかもしれないと思ったんだ。それでずっとここに……」



 状態を悪くしないようにぱらぱらと頁を捲る。書かれている内容は見つけた時と一切変わっていないし、そして一向に理解できない。


 この紙束のことを知った所で、それが必ず役に立つという保証はない。


 だがその根拠のない確信が、余計にアーサーの興味を誘っていた。それ故にずっと鞄に隠しておいたし、どうにかして解読できないかと考えていたのである。



「……」


 次の目的地が決まった瞬間であった。


「……あいつは確か生徒会だったか」
「ワン!」





 一方のハンスは生徒会の面々に混じって、書類を作成する作業に追われていた。



「はぁ……」
「ほらほらルミナス君。手が止まってますよ。君が止まると作業効率が落ちます」
「……前から思ってたけど、何だよルミナス君って」
寛雅たる女神の血族ルミナスクランの所属だからルミナス君です。さあさあ、休憩まであと十五分もありますよ」
「くそがぁ……」


 ハンスの背中をヒヨリンがくちばしでつつく。その隣ではヴィクトールも黙々と作業をしている。


「それにしても……何だよ選挙って。何で生徒会長を投票なんかで選ばねえといけねえんだよ。んなもんやりたい奴にやらせりゃいいんだよ」
「貴様のようなエルフ以外を見下すような奴が代表になられたら困るからだ」
「ああ?」


 立候補生徒の似顔絵、生徒からの進言、普段の生活の様子など。十数枚の紙を順番通りに挟み、最後に粘着剤で貼り付ける。これを約千部程作成しないといけない。


「無意味だろどう考えても。民主主義? だっけ? 王侯貴族が主流になってるこの世界では投票なんて意味ないだろ」
「それは違うな。上層部だけに政治を任せていた結果、帝国は崩壊した……新時代になった今だからこそ、人々の意見を深く聞くことが求められているんだ」
「あーはいはいそーですかあ」



 ハンスは二つ返事をして扉の外を見遣る。



「……ん?」


 すると扉の向こう側に、金髪紅目の見知った顔が立ち尽くしていた。




「……すっみませ~ん! 知り合いが来てるんで、ぼくそっちに行きますね~!」
「貴様っ……!?」


 ヴィクトールが止める間もなく、ハンスは生徒会室を出ていってしまう。


「全く。いくら作業から逃げたいからと言って、嘘が酷いですね」
「……いえ、嘘ではありません。本当に来てます」
「えぇ……」


 ノーラの呆れた声を背に、ヴィクトールもハンスに続いていった。


「――」
「……」
「ああそうですね、君達は逃走犯の主君に代わって仕事をしてください。そして帰ってきたらとっちめてやりましょう」


 シャドウはヴィクトールと同様の姿になった後、ノーラに向けて親指を上げてみせる。シルフィはその隣に納まった。





「やあやあ助かったよ。きみのお陰であの狭っ苦しい部屋から抜け出すことができた」
「……あんたか」

「え、何その目付き。ぼくじゃ不満かよくそが」
「最近あんたに引っ付いてるあいつに用がある」
「へえ、あの七三眼鏡に用事ある感じなの。まあいいけど」
「……俺に用事だと?」


 扉の近くで話していたハンスの後ろから、ヴィクトールが現れる。


「ああ。用事と言っても完全に私用なんだが」
「……」
「今時間はあるか。ないなら別に構わないが」

「そうだな。今は生徒会長選挙の資料を……」
「いや! 今すっごい暇!! だから話聞いてあげるよ!!!」
「ぐお……っ!?」



 ハンスは一転して目を輝かせながら、ヴィクトールの首を左腕で締め上げる。



「それでどこで話そうか! 教室行く!?」
「あ、ああ……そうだな、教室に……いや、あまり生徒会室から離れるのは申し訳ないな」
「それなら今五階だし、屋上に行こう!! 行こう行こう!!!」
「……はぁ」


 身の毛がよだつような変わりようで、ハンスはヴィクトールを連れたまま階段を昇っていく。アーサーもそれについて行くしかなくなった。
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