ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章2節 学園生活/慣れてきた二学期

第111話 氷賢者

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 トナカイ車に揺られること一時間。エリス達はアルーインの最北端、城下町まで到着した。観光協会の建物の前にある馬舎、もといトナカイ舎に停められる。



「きれい……」
「でしょー? すっごいキラキラしている町でしょー!?」
「ふむ、今日が快晴でよかったな。雨や曇りでも風情はあるが、やはり快晴が一番だ」
「雪が太陽の光を反射して綺麗ですからね!」


 リーシャは我先に馬車から飛び降りた。雪が踏み締められる心地良い音が鳴る。


「ふかふかの雪……ここまで綺麗なのは初めてかも……」
「ログレス平原より北に行かないとこの雪は無理だろうなー」
「……ふむ」



 エリス、アーサー、イザークは慣れた足つきで軽やかに馬車を降りる。瞬間、カヴァスが飛び出て近くを跳ね回りだした。



「ワンワン! ワオーン!」
「おー、犬は喜び庭駆け回るってヤツだな。本当に喜ぶのか」
「ガウッ!!!」
「痛っでぇ!?!?」


 カヴァスが豪快にイザークの膝に噛み付く後ろで、カタリナとルシュドは馬車の中から地面をじっくりと見つめている。


「二人共大丈夫? 降りれる?」
「あ……大丈夫、だよ」
「……よし。降りる」


 そうして二人はたどたどしく馬車を降りた。すぐにセバスンが現れ、カタリナを励ますように肩に乗る。


「……あたし、雪は噂でしか聞いたことなくて……本物見るの、初めて……だから」
「そっか。初めてならそんな感じだよね」
「気にすることはありませんよお嬢様」
「……ジャバウォック」
「いいぜ。ごぉーっ」


 ジャバウォックは地面の雪に向かって火を吹きかける。当然のように雪は溶けて水になった。


「雪……水、冷たい……むぅ」
「ははは! いやー、ルシュドって本当面白いな! 目の付け所がさ!」


 イザークが両手を頭の後ろに回しながら話していると。


 突然やかましいバイオリンの音が聞こえてきた。


「ん?」
「バイオリン……? 誰が弾いているんだろ?」

「……何だろう。知っている人で、かつ模範にならないような大人が来る気がする」
「……オレもだ」




 かくしてエリスとアーサーの予想は当たることになる。




「うっほほ~い! ふかまえてほら~ん!」
「ははは、ここまでおいでー!」
「賢者さま、遅いよー! みんなもう着いちゃうよー!」



 毛皮のコートを羽織り、マフラーやニット帽を被った子供達。その中で一際目立つ、水色の長髪で左の目を前髪で隠した青年が、鉄の仮面を口に挟みバイオリンを掲げて走ってきた。

 彼はイリーナの前まで来てから膝に手をつき息を切らす。対峙した彼女は幻滅したように息を漏らした。



「ストラム殿……何をされているのですか」
「ぜえぜえ……何って子供達と遊んであげてるんだよ! この美しい僕がね!」
「……アーサー、この人知ってる。ナルシストバカさんだ」
「誰だ今僕のこと馬鹿にした奴はぁ!?」


 ストラムはすぐさまエリスとアーサーの方に振り向く。


「……ってあれ? そう罵倒してきた奴は美しい僕の美しい記憶領域によるとこの世に一人しかいなかったような……?」
「えー……その一人の娘と友達です」
「何だと!! ということは君達、グランチェスターでの勇姿を見届けてくれた子だね!? ふっふっふ……!! これは僕のファンサービスさっ!!」
「おわわっ」


 ストラムはエリスの両手を握り、ぶんぶんと握手をする。アーサーは怪訝そうにそれを見ていたが、すぐに彼にも順番が回ってきた。


「船の中でも聞いたが、本当に驚くばかりだ。まさかエリスがユーリス殿の娘だなんて」
「お父さん、あの時たくさん魔力を使ったって言ってたから……すごく頑張って、すごい魔法を繰り出したんだと思います」
「農家とは言っているがどうなんだ? 実際は魔術師の端くれじゃないのか?」
「それは……うーん……」


 考えてはみるものの、実の娘にも知らないことはあるのだ。



 一方のリーシャ達は、ストラムと一緒にやってきた子供達に絡まれている。


「リーシャお姉ちゃん、お帰りなさい!」
「ただいま! 半年ぶりだなあ!」
「お姉ちゃん、大丈夫? けがしてない?」
「怪我は治してもらえるからだいじょーぶっ! 皆の方こそ大丈夫か?」

「姉ちゃん姉ちゃん、学園のお話聞かせて! お勉強は大変? 課外活動は楽しい?」
「こっちも話したいこといっぱいあるよ! 夕食の時にでも話そう!」
「スノウ、後で雪合戦しようよ! ぼく負けない!」
「こっちもなのです!」



 子供達と揉みくちゃになるリーシャを、カタリナ、イザーク、ルシュドの三人は微笑ましく見ている。


 そんな彼女らの所にも、好奇心を煌めかせた子供がちらほらやってきた。



「お兄ちゃん、お姉ちゃん……もしかして、リーシャお姉ちゃんのお友達?」
「そうだよ。あたしはカタリナで……この子がセバスン」
「すごい……ゴブリンがタキシード着てる。ちょっとかっこいいかも」

「ねえねえ、この黒い人もナイトメアなの?」
「そーだぜ。コイツはサイリ、ボクのナイトメアだ。でもってボクの名前はイザークだ」
「わぁ……全身黒ずくめで、アサシンって感じでかっこいい!」

「ナイトメアってみんなかっこいいのかな? でもこのちっちゃいトカゲみたいに、かっこよくないのもいるね」
「かっこいいだろ俺はよぉ!? あとトカゲじゃねえよ!! ドラゴンだぞドラゴン!!」
「……でも、小さい」
「ルシュドてめえ!?」



 そんな風に、それぞれが和気藹々と談笑していると、



「……やっど追いづいだぁぁぁぁ……」



 低く、暗く、絞り出すような声が敷地の入り口から聞こえてきた。





「あ、賢者さま。ようやく追いついたの? 遅いよ!」
「あのがめんにばなぁ……もうなんが色々ずるぢがらがあるんだぞぉ……ぞれをぎみだぢ……毎度毎度……」



 エメラルドグリーンの瞳に艶めく灰色の髪。しかし顔と体格はやけに細長く、暗褐色が目立って不健康そうな印象を与える。

 そんな男が入り口から入ってくるものだから、全員が会話を止めて押し黙る。しかし子供達とストラムはそうではなかった。



「ちなみに仮面はこっちだよーん」
「あっ……!?」


 ストラムが掲げた仮面に男は食い付く。必死で飛び跳ね、何とか仮面を取ろうともがいている。


「げひゃひゃひゃ!!! 面白いなホント!!! 仮面外すとこの変わりようだもんな!!!」
「……あの……」
「何だいお嬢さん!?」
「もう止めた方がいいと思います。大人げない……いえ、美しくないです」
「……ッ!?」
「よじ!」



 エリスの一言に雷に打たれたような顔になるストラム。その隙に男は仮面を奪い去り顔に着ける。



「ふぅ……ん? 魔力の調子がおかしいな?」
「あ、さっき口に咥えて持って行ったからそれかも゛っ」


 仮面の男の拳がストラムの鳩尾に直撃する。


「何でそんなことするのかなぁ君はなぁ!!! また魔力を込め直さないといけないじゃないか!!! 本当に、本当に君は何故こんな残念な人間になってしまったんだ……!!!」
「……え? 何の話?」
「何でもない!!! うむ、仮面も取り戻せたし切り替えるとしよう。イリーナが連れて来た生徒の皆はこっちにおいで。城下町の子供達は向こうに行って」



 顔面を全て覆い隠す白い仮面。男はそれを着けると、打って変わって凛々しい声で話しかける。心なしか体格も健康そうに見えた。



「みなは私のことを氷賢者と呼ぶ。王国に仕えてまつりごとに意見を出す、有識者のような扱いを受けているんだ。ここで会ったのも何かの縁、よろしくお願い致そう」


 氷賢者は胸に手を当て頭を下げる。


「スゲえや、またしても偉い人直々のお出迎えだ」
「えらい人ではあるんだけどねー。仮面取るとさっきみたいになって、なーんにもできないの」
「だから面白いんだよねー!」
「子供達よ、余計なことを言うのは止めてもらえないか。それに君達には重要な仕事があったはずだ」
「仕事……あっ!」


 一番体格が大きい子供が頭に手を当て、思い出したような顔になる。


「そうだよ! 賢者さま見かけて、ついでに姉ちゃん来たって聞いたから嬉しくなっちゃったけど、おれ達買いも……っ!」
「しーっ! お姉ちゃん目の前にいるでしょ! 言っちゃだめ!」
「そ……そういうことだから! じゃあね!」



 慌てた態度を露骨に見せながら、子供達は退散していった。



「買い物……何の買い物だろう……?」
「多分私達の歓迎パーティでもするんだろうね。でもこれは聞かなかったことにして、皆精一杯喜んだ振りをしようね」
「もちろんだよっ」


 子供達とリーシャの関係を予想しながら、エリスは頷く。そこに氷賢者が再び話を持ちかけた。


「さて、イリーナから大体の話は聞いている。この後は城下町を見て回るんだったな。何処か行き先の希望はあるか?」
「はーい! 雪華楽舞団キルティウムの舞台を見て温泉に入りたいでーす!」
「ふむ、雪華楽舞団キルティウムか。では本日の公演のうち、一番近い物で席を取ってもらっておこう。人数は六人分でいいか?」

「六人分でいいよね?」
「あー……」
「……ふむ」
「……うーん」



 提案を受けたにも関わらず、アーサー、イザーク、ルシュドの男子三人組は難しそうな表情をしていた。



「ボク、ぶっちゃけ演舞とかにときめくタチじゃないからなあ……」
「……オレも、まあそうだな」
「おれ、動き回る、したい」
「成程。そういうことなら、騎士団宿舎に行ってみるのはどうだ?」


 氷賢者の提案に男子達は目を丸くする。


「騎士団宿舎って……行っていいんすか、そんな所」
「ここの騎士団も結構開かれていてな。訓練場に行けば気軽に稽古をつけてもらえるんだ」
「……稽古? つまり、訓練?」
「まあそうだな。武術の授業の勉強になるんじゃないか?」

「ならば決まりだ。オレはそちらに向かう」
「おれも。訓練、する」
「……見学だけってのはありすか?」
「勿論。第一見て学べることもあるだろうしな」

「んじゃボクもそっちで~」
「ならば女子だけでめいいっぱい楽しんでこよう! いえーい!」
「いえーい!」
「い、いえーい……?」


 エリス、カタリナ、リーシャの女子三人組はそれぞれハイタッチを交わす。


「よし、話は纏まったな。男子が騎士団宿舎で女子が雪華楽舞団キルティウムの舞台。ううむ、見事に分かれたな」
「十代の若者なんてこんなものですよ。次に先程上がった温泉は……これはムスペル大浴場でいいな」
「銅貨一枚で入れるお手軽温泉だ。非常に庶民的だが、学生の小旅行なんだ。ここは背伸びせずにありのままを体験するのがいいだろう」
「それにイズエルトの温泉はどれもレベル高いしね!」


 リーシャはその場で一回転する。誰よりもこの旅行を楽しんでいるのは恐らく彼女だろう。


「じゃあこっちの舞台が終わり次第、合流して大浴場に向かうってことで!」
「そうだな。では早速移動しようか。私は女子の三人に付き添うとしよう」
「では私は男子の方に」

「あ、女子の方は美しい僕も一緒に行くよ! 暇だし!」
「うおっ、死んでたかと思った」
「死んでたは酷くね!? あのねえ、僕我慢してたんだよ? ここは口を挟む場所じゃないって察して自己主張を我慢してたんだよ!? 偉いでしょ!!! 美徳でしょ!!!」


 ストラムは胸を大きく張る。先程まで掲げていたバイオリンは、いつの間にか背中にしまわれていた。


「……何なのコイツ。アーサーは知り合いだったみたいだけど」
「知り合いと言っても、不慮の事故の様なものだ。こいつのことはナルシストバカと呼んでやれ」
「わかった。よろしく、です。ナルシスト、バカ、さん」
「ちょっとー!? 悪口布教すんのやめてくれるー!?」



 こうして一泊二日の小旅行、長くも短くもあるイズエルト観光の幕が上がる。
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