170 / 247
第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦
第164話 ナイトメア学の復習
しおりを挟む
桜の花びらが芽吹きを始めた、ある四月の上旬のこと。
「よーアーサー、ボクが来てやったぜ!!」
「あ、あたしも来ちゃいました。うん」
エリスとアーサーが暮らしている離れに、やってきたのはイザークとカタリナ。二人して手には紙束と筆記用具を携えている。
訪問された二人はというと、今日の予定について話し合うべくリビングに集まっていた所だった。急いで寝間着から着替えて出迎える。
「おはよ~二人共。カタリナはともかく、イザークが真面目モードなんて珍しいね」
「流石にそろそろやらんと宿題がやべえ!!!」
「今になって火が付いたか。ふん……」
紙束とペンが見えた時点で、二人が何を目的としてここにやってきたかなんて、わかり切っているようなものだ。
「オレは二人と一緒に宿題をやることに賛成する」
「わたしもいいかな~。宿題をやらないとまずいのは、こっちも同じだしね」
「おっほお!? アーサーまだ宿題終わってないのぉ!?」
「うるさいな、オレにもオレのペースがあるんだよ」
話をしながら部屋に上がる上がられるの準備がそれぞれ進む。
「じゃあしばらく準備をするのでお待ちを~」
「折角来てくれたんだ、茶でも出すよ。セイロンでいいな?」
「ボクが苦手なの知っておいてそれか??? おん???」
こうしてリビングの机を囲むようにして、ソファーに座って宿題を開く四人。窓の外では春の嵐に吹かれて、桜の花びらが飛び交っている。
「それで、一体何の宿題を持ってきたんだ?」
「これっすよこれ~。ナイトメア学」
イザークが一際憂鬱そうに出した紙束は、一際分厚さと分量の多さを誇っていた。
「最初はあたしとイザークだけでやろうとしたんだけどね。でもこれだけ量があるってことは、それだけ重要ってことだから。もっと大人数で復習しようってことになったんだ」
「確かに言えてる~。ナイトメアって身近にいるから、ちゃんと知っておかないといけないんだよね」
エリスがアーサーにちらっと視線を送る間に、カタリナの身体からセバスンが、イザークの身体からサイリがそれぞれ出てくる。
遅れてカヴァスも出てきて、一際可愛らしく吠えた。
「ほっほっほ。二年生からは実践的な内容が増えますからな。復習は大事ですぞ、お嬢様」
「――」
「ワンワン! ワワン!」
こうしてペンを走らせる。大半が穴埋め問題で構成されていた。
「ナイトメアは、別名騎士の夢。悪夢を意味するナイトメアとは同音異義語なので注意すべし……っと」
「『Knight』で騎士、『night』で夜。うーん、古代語難しいな!!」
「ナイトメアから見て、自身を発現させた者は主君と呼ぶ。属性や系統は主君に準ずる。これは主君の魔力を与えて発現させているのが理由……」
「系統云々の所はボクも覚えてるぜ!」
「皆と一緒に試験勉強したからな」
「え~、イザークったら試験勉強してたの? 真面目か~?」
「色々あったんすよボクにも!!」
「ナイトメアが流す血は、魔力で構成されている為幾何学模様となっているっと」
「そういや実際に見てみる授業があったっけ。オマエらそん時何してた?」
「……レポート書いてました」
「同様だ」
「そっちもそっちで大変だなあ……」
つまみの苺をほいほい食べながら、好ペースで宿題は進む。全員がやる気になっているのが大きいだろう。
「ナイトメアの死は消滅と呼ばれる。その光景は布がほつれて糸に戻っていくようだと形容される」
「死ぬタイミングは主君の死と同一であるが、そうでないパターンも存在する……」
「主君とは別に強力な攻撃を受け続けた場合だっけか? 有り得るのかそれ?」
「可能性は低いが、無いとは言い切れない。ナイトメアは騎士と呼ばれる以上、主君を守るのが務めだからな」
エリスを見遣り、改めてそれを自覚するアーサー。
自分もナイトメアと呼ばれる存在である以上――それの可能性から逃れることはできないのだと。
「何だよアーサー、ナイトメアのことわかり切ったような言い方だな」
「……」
「まあいいっしょ。ボクらまだまだそんな危険性の高い場所に行くわけじゃねーし」
「でも試験勉強とかで無茶をさせても危ないって聞いたよ……?」
「わーわーわー気を付けまっす!!!」
正体を悟られないように上手くやりつつ、宿題も上手くやっていく。
「ナイトメアは特殊な魔力結晶から生まれる魔力生命体……っと」
「魔力結晶?」
「アーサー知らねえのかよ。目には見えない魔力を冷やすだが何かして、手に触れるようにしたもの……だぜ?」
「イザーク、わからないってことはないでしょ。叙勲式やってサイリが来たんでしょ?」
「そうだけど、言って一年も前の話じゃん?」
叙勲式は、古くは王侯貴族が騎士を任命するのに執り行った儀式。現在ではナイトメアを騎士に見立て、それを発現する儀式の名称となっている。
「特殊っていうのは、術式が予め組み込まれてるんだって。発現させた主君の肉体に入るとか、主君が危険な時は自動的に身体に入るとか」
「で、術式を組み込むのがしんどいから、生産には時間がかかるっと!」
「思い出してきたか」
「徐々に呼び起こされてきた!!」
この宿題には、一年の復習に加え、二年で取り扱う内容の予習も含まれている。
「内部強化……」
エリスはその穴埋めを前にして、腕を組んだ。
「内部強化なー。二年生から遂にやれるぜ」
「えーと……ナイトメアに身体に入ってもらって、特定の器官に魔力として流れてもらうんだよね」
「魔力の流れを良くしてもらうのも内部強化なんだって。ややこしいね」
「むー。ナイトメアってさ、普段は魔力になって身体に納まるじゃん」
「そうだね」
「それとはまた違う感じなの?」
「違う……って、教科書には書いてある。普通の魔力化は心臓に留まってる感じだけど、内部強化は、こう、その部分に魔力が行ってるーって感じ……?」
「まっ、とにかくそれができれば劇的な身体強化が見込まれる! アーサー、こっちこい?」
「何だ」
イザークが拳を突き合わせていたので、アーサーは掌を差し出す。
すると予想通りにパンチが飛んできた。至って普通の威力の、何の変哲もないパンチだ。
「ってぇー……」
「何故イザークの方が痛がっている」
「いやさ、今ちょろっとやってみたんだよ。内部強化。でも上手くいかなかったなー」
サイリがイザークの身体から出てきて、上手くいかないなあとばかりに首を振る。
「今はサイリに拳に向かって流れてもらうようにしてもらった。んだけど、ムラがありすぎて力が分散しちまった」
「成程……肉体に追加で流れる魔力を制御する必要があるのか」
「そういうこと。結構負担が大きいから、授業でやるのは二年生以降。それで、これはもうナイトメアが必要になってくるとは思うんだけど……」
続きの言葉を察して、カタリナから視線を外すエリス。
「わ、わたしのナイトメアは恥ずかしがり屋なんで。それにアーサーもカヴァスがいるしね」
「……あ、そっか。アーサーはともかく、エリスはそうだったね」
「ワンワン~!」
「忘れられていて若干不貞腐れてるな」
「ごめんね……」
「っていうか家にまで来たんだから、ボクらもエリスのナイトメアにお目にかかれるんじゃねー?」
「本当の本当に恥ずかしがり屋なの。もうひどすぎて、人前に滅多に出てこないんだよ。今もわたしの部屋でびくびくしてるんだから」
「あ、そっすか……」
次第に問題の内容は、理論的なものから歴史的なものに移っていく。
「現在の形のナイトメアが広まったのは、帝国が王国になってから」
「当時貴族にしか教えられてなかった魔力結晶の製造過程が、賠償って形で公開されたんだよね」
六十年も経てば世界中に広まるには十分だった模様。
「昔は偉い人しか発現できなかったなんて、それこそ本当の騎士みたいだね」
「一方で『使い魔』なんて表現もあるけどな。人外が大半だしそりゃそうか」
「んで、その貴族特権を遡っていくと出てくるのが~」
「原初のナイトメア、騎士王アーサー……」
ご丁寧に壁画の模写や絵巻物の抜粋も一緒に描かれている。
「昔々聖杯を守護した騎士が魔力生命体で、それを元にして改良版が続々生まれていったと」
「彼の活躍をまとめたのが、騎士王伝説と呼ばれる物語群。正直創作じゃないかって説もあるけど……でも、ナイトメアはここにいる」
騎士王がいなければ、現在のイングレンスには、一個人に仕える騎士なんて存在は生まれていなかった。
ナイトメアは逆説的に、騎士王の存在を証明している――
「何でも願いを叶える聖杯なんて、そっちも本当に存在したのかな」
「騎士王よりも確証があるレベルでそっちは証明されてるっぽいぜ。何でもやっべー魔力が付着していたんだそうだ」
「魔力が? ……ふうん」
アーサーはこの間、手を顔面で組んで考え事をしていたが、
それがたった今終了し、一言切り出した。
「イザーク、カタリナ……あんた達は」
「騎士王伝説に出てくる騎士王について、どう思っている」
エリスは若干呆気に取られた表情で、三人の会話に耳を傾ける。
「ん~? 別に何とも思わねえけど……オマエの目が明確な答えを求めてそうだから考えるわ」
「……」
カタリナにも同様の視線を向けるアーサー。
「どう思うって言われても……例えば、もしも目の前にいたらって意味でもいいの?」
「構わない。何か思う所があるなら教えてほしい」
「……うん。そうだなあ……」
一呼吸置いてからカタリナは続ける。
「凄い人なんだなって思うよ。あたしには成し得ないような冒険を沢山してきて……現実にいたら萎縮しちゃうかも」
「遠く手の届かない存在、って感じなのかな……」
カタリナが言葉を切ると、すかさずイザークが割り込んでくる。
「ほーい、考えまtkまったんで行きまーす。先ず前提なんだけど、大体出てくる騎士王って少年だろ」
「そうだな」
「そこで思ったのは、まだまだ子供なのに重いもん背負わされて大変だなー……と」
アーサーが目を丸くするのもお構いなしに、イザークは続ける。
「ボクは何だかんだで、気ままに勉強して遊びまくる今の生活が楽しいからさ。その分だけこういうこと思っちまうんだわ」
「騎士王ももしかしたら、ボクらみたいに勉強して課外活動もして、魔法学園に通いたかったんじゃねーかなー……ってさ」
そこまで言うとイザークはソファーの背もたれに寄りかかる。
「ああもう、真面目なこと言うのはやっぱガラじゃねーわ。どうだ? アーサー満足したか?」
「……十分だ。急に訊いて悪かったな、二人共」
「全然大丈夫。寧ろアーサーがそういうこと訊いてくるなんて、珍しいね」
「おセンチにでもなったんか~? はははっ」
三人は笑いながら一斉に宿題に視線を落としたので、エリスも慌ててそれに続く。
(……ハインリヒ先生の研究だってまだ途中だし)
(アーサーの知らないことはたくさんある……そして、どうしてわたしの所に来たのかも)
(うーん、考えることが多い……)
「でも苺は美味しい」
「どういう意味の『でも』だよエリス。ちょっと、ボクにもくれや」
「あたしも苺食べるー」
「オレも貰おうか」
「ワンワン! ワオーン!」
「――」
「エリス様、我々にも分けてくださると大変喜びます」
「いいよいいよ~。みんなで食べて、ペンドラゴンさんの評判を広めていこう」
少女と少年の出会いから一年。二人で過ごす日々はこれから二年目。
大半の未知が既知に変わった年月を、果たしてどのように過ごしていくのか――
「よーアーサー、ボクが来てやったぜ!!」
「あ、あたしも来ちゃいました。うん」
エリスとアーサーが暮らしている離れに、やってきたのはイザークとカタリナ。二人して手には紙束と筆記用具を携えている。
訪問された二人はというと、今日の予定について話し合うべくリビングに集まっていた所だった。急いで寝間着から着替えて出迎える。
「おはよ~二人共。カタリナはともかく、イザークが真面目モードなんて珍しいね」
「流石にそろそろやらんと宿題がやべえ!!!」
「今になって火が付いたか。ふん……」
紙束とペンが見えた時点で、二人が何を目的としてここにやってきたかなんて、わかり切っているようなものだ。
「オレは二人と一緒に宿題をやることに賛成する」
「わたしもいいかな~。宿題をやらないとまずいのは、こっちも同じだしね」
「おっほお!? アーサーまだ宿題終わってないのぉ!?」
「うるさいな、オレにもオレのペースがあるんだよ」
話をしながら部屋に上がる上がられるの準備がそれぞれ進む。
「じゃあしばらく準備をするのでお待ちを~」
「折角来てくれたんだ、茶でも出すよ。セイロンでいいな?」
「ボクが苦手なの知っておいてそれか??? おん???」
こうしてリビングの机を囲むようにして、ソファーに座って宿題を開く四人。窓の外では春の嵐に吹かれて、桜の花びらが飛び交っている。
「それで、一体何の宿題を持ってきたんだ?」
「これっすよこれ~。ナイトメア学」
イザークが一際憂鬱そうに出した紙束は、一際分厚さと分量の多さを誇っていた。
「最初はあたしとイザークだけでやろうとしたんだけどね。でもこれだけ量があるってことは、それだけ重要ってことだから。もっと大人数で復習しようってことになったんだ」
「確かに言えてる~。ナイトメアって身近にいるから、ちゃんと知っておかないといけないんだよね」
エリスがアーサーにちらっと視線を送る間に、カタリナの身体からセバスンが、イザークの身体からサイリがそれぞれ出てくる。
遅れてカヴァスも出てきて、一際可愛らしく吠えた。
「ほっほっほ。二年生からは実践的な内容が増えますからな。復習は大事ですぞ、お嬢様」
「――」
「ワンワン! ワワン!」
こうしてペンを走らせる。大半が穴埋め問題で構成されていた。
「ナイトメアは、別名騎士の夢。悪夢を意味するナイトメアとは同音異義語なので注意すべし……っと」
「『Knight』で騎士、『night』で夜。うーん、古代語難しいな!!」
「ナイトメアから見て、自身を発現させた者は主君と呼ぶ。属性や系統は主君に準ずる。これは主君の魔力を与えて発現させているのが理由……」
「系統云々の所はボクも覚えてるぜ!」
「皆と一緒に試験勉強したからな」
「え~、イザークったら試験勉強してたの? 真面目か~?」
「色々あったんすよボクにも!!」
「ナイトメアが流す血は、魔力で構成されている為幾何学模様となっているっと」
「そういや実際に見てみる授業があったっけ。オマエらそん時何してた?」
「……レポート書いてました」
「同様だ」
「そっちもそっちで大変だなあ……」
つまみの苺をほいほい食べながら、好ペースで宿題は進む。全員がやる気になっているのが大きいだろう。
「ナイトメアの死は消滅と呼ばれる。その光景は布がほつれて糸に戻っていくようだと形容される」
「死ぬタイミングは主君の死と同一であるが、そうでないパターンも存在する……」
「主君とは別に強力な攻撃を受け続けた場合だっけか? 有り得るのかそれ?」
「可能性は低いが、無いとは言い切れない。ナイトメアは騎士と呼ばれる以上、主君を守るのが務めだからな」
エリスを見遣り、改めてそれを自覚するアーサー。
自分もナイトメアと呼ばれる存在である以上――それの可能性から逃れることはできないのだと。
「何だよアーサー、ナイトメアのことわかり切ったような言い方だな」
「……」
「まあいいっしょ。ボクらまだまだそんな危険性の高い場所に行くわけじゃねーし」
「でも試験勉強とかで無茶をさせても危ないって聞いたよ……?」
「わーわーわー気を付けまっす!!!」
正体を悟られないように上手くやりつつ、宿題も上手くやっていく。
「ナイトメアは特殊な魔力結晶から生まれる魔力生命体……っと」
「魔力結晶?」
「アーサー知らねえのかよ。目には見えない魔力を冷やすだが何かして、手に触れるようにしたもの……だぜ?」
「イザーク、わからないってことはないでしょ。叙勲式やってサイリが来たんでしょ?」
「そうだけど、言って一年も前の話じゃん?」
叙勲式は、古くは王侯貴族が騎士を任命するのに執り行った儀式。現在ではナイトメアを騎士に見立て、それを発現する儀式の名称となっている。
「特殊っていうのは、術式が予め組み込まれてるんだって。発現させた主君の肉体に入るとか、主君が危険な時は自動的に身体に入るとか」
「で、術式を組み込むのがしんどいから、生産には時間がかかるっと!」
「思い出してきたか」
「徐々に呼び起こされてきた!!」
この宿題には、一年の復習に加え、二年で取り扱う内容の予習も含まれている。
「内部強化……」
エリスはその穴埋めを前にして、腕を組んだ。
「内部強化なー。二年生から遂にやれるぜ」
「えーと……ナイトメアに身体に入ってもらって、特定の器官に魔力として流れてもらうんだよね」
「魔力の流れを良くしてもらうのも内部強化なんだって。ややこしいね」
「むー。ナイトメアってさ、普段は魔力になって身体に納まるじゃん」
「そうだね」
「それとはまた違う感じなの?」
「違う……って、教科書には書いてある。普通の魔力化は心臓に留まってる感じだけど、内部強化は、こう、その部分に魔力が行ってるーって感じ……?」
「まっ、とにかくそれができれば劇的な身体強化が見込まれる! アーサー、こっちこい?」
「何だ」
イザークが拳を突き合わせていたので、アーサーは掌を差し出す。
すると予想通りにパンチが飛んできた。至って普通の威力の、何の変哲もないパンチだ。
「ってぇー……」
「何故イザークの方が痛がっている」
「いやさ、今ちょろっとやってみたんだよ。内部強化。でも上手くいかなかったなー」
サイリがイザークの身体から出てきて、上手くいかないなあとばかりに首を振る。
「今はサイリに拳に向かって流れてもらうようにしてもらった。んだけど、ムラがありすぎて力が分散しちまった」
「成程……肉体に追加で流れる魔力を制御する必要があるのか」
「そういうこと。結構負担が大きいから、授業でやるのは二年生以降。それで、これはもうナイトメアが必要になってくるとは思うんだけど……」
続きの言葉を察して、カタリナから視線を外すエリス。
「わ、わたしのナイトメアは恥ずかしがり屋なんで。それにアーサーもカヴァスがいるしね」
「……あ、そっか。アーサーはともかく、エリスはそうだったね」
「ワンワン~!」
「忘れられていて若干不貞腐れてるな」
「ごめんね……」
「っていうか家にまで来たんだから、ボクらもエリスのナイトメアにお目にかかれるんじゃねー?」
「本当の本当に恥ずかしがり屋なの。もうひどすぎて、人前に滅多に出てこないんだよ。今もわたしの部屋でびくびくしてるんだから」
「あ、そっすか……」
次第に問題の内容は、理論的なものから歴史的なものに移っていく。
「現在の形のナイトメアが広まったのは、帝国が王国になってから」
「当時貴族にしか教えられてなかった魔力結晶の製造過程が、賠償って形で公開されたんだよね」
六十年も経てば世界中に広まるには十分だった模様。
「昔は偉い人しか発現できなかったなんて、それこそ本当の騎士みたいだね」
「一方で『使い魔』なんて表現もあるけどな。人外が大半だしそりゃそうか」
「んで、その貴族特権を遡っていくと出てくるのが~」
「原初のナイトメア、騎士王アーサー……」
ご丁寧に壁画の模写や絵巻物の抜粋も一緒に描かれている。
「昔々聖杯を守護した騎士が魔力生命体で、それを元にして改良版が続々生まれていったと」
「彼の活躍をまとめたのが、騎士王伝説と呼ばれる物語群。正直創作じゃないかって説もあるけど……でも、ナイトメアはここにいる」
騎士王がいなければ、現在のイングレンスには、一個人に仕える騎士なんて存在は生まれていなかった。
ナイトメアは逆説的に、騎士王の存在を証明している――
「何でも願いを叶える聖杯なんて、そっちも本当に存在したのかな」
「騎士王よりも確証があるレベルでそっちは証明されてるっぽいぜ。何でもやっべー魔力が付着していたんだそうだ」
「魔力が? ……ふうん」
アーサーはこの間、手を顔面で組んで考え事をしていたが、
それがたった今終了し、一言切り出した。
「イザーク、カタリナ……あんた達は」
「騎士王伝説に出てくる騎士王について、どう思っている」
エリスは若干呆気に取られた表情で、三人の会話に耳を傾ける。
「ん~? 別に何とも思わねえけど……オマエの目が明確な答えを求めてそうだから考えるわ」
「……」
カタリナにも同様の視線を向けるアーサー。
「どう思うって言われても……例えば、もしも目の前にいたらって意味でもいいの?」
「構わない。何か思う所があるなら教えてほしい」
「……うん。そうだなあ……」
一呼吸置いてからカタリナは続ける。
「凄い人なんだなって思うよ。あたしには成し得ないような冒険を沢山してきて……現実にいたら萎縮しちゃうかも」
「遠く手の届かない存在、って感じなのかな……」
カタリナが言葉を切ると、すかさずイザークが割り込んでくる。
「ほーい、考えまtkまったんで行きまーす。先ず前提なんだけど、大体出てくる騎士王って少年だろ」
「そうだな」
「そこで思ったのは、まだまだ子供なのに重いもん背負わされて大変だなー……と」
アーサーが目を丸くするのもお構いなしに、イザークは続ける。
「ボクは何だかんだで、気ままに勉強して遊びまくる今の生活が楽しいからさ。その分だけこういうこと思っちまうんだわ」
「騎士王ももしかしたら、ボクらみたいに勉強して課外活動もして、魔法学園に通いたかったんじゃねーかなー……ってさ」
そこまで言うとイザークはソファーの背もたれに寄りかかる。
「ああもう、真面目なこと言うのはやっぱガラじゃねーわ。どうだ? アーサー満足したか?」
「……十分だ。急に訊いて悪かったな、二人共」
「全然大丈夫。寧ろアーサーがそういうこと訊いてくるなんて、珍しいね」
「おセンチにでもなったんか~? はははっ」
三人は笑いながら一斉に宿題に視線を落としたので、エリスも慌ててそれに続く。
(……ハインリヒ先生の研究だってまだ途中だし)
(アーサーの知らないことはたくさんある……そして、どうしてわたしの所に来たのかも)
(うーん、考えることが多い……)
「でも苺は美味しい」
「どういう意味の『でも』だよエリス。ちょっと、ボクにもくれや」
「あたしも苺食べるー」
「オレも貰おうか」
「ワンワン! ワオーン!」
「――」
「エリス様、我々にも分けてくださると大変喜びます」
「いいよいいよ~。みんなで食べて、ペンドラゴンさんの評判を広めていこう」
少女と少年の出会いから一年。二人で過ごす日々はこれから二年目。
大半の未知が既知に変わった年月を、果たしてどのように過ごしていくのか――
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる