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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦

第166話 新入部員・前編

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 エリス達は進級し二年生になった。それが意味することは、後輩ができるということである。教えられる立場、学ぶ立場から一転し、教える立場へと進化するのだ。

 そんな事実を実感できる行事が、各課外活動の新年度初の集会である。





「よっし……放課後放課後! 帰る!!」
「結局課外活動には入っていないんだな」
「だってやる気しねーし。でもってオマエらは集会?」
「そうだな」

「だからあたしだけ別行動になるね」
「そっか! 何するんだか知らないけど頑張れよ! んじゃあまた明日な!」



 そう言ってイザークはサイリに鞄を投げ渡し、スキップをしながら教室を後にしていった。



「……手芸部にお手伝いに来てるなら、いっそ入っちゃえばいいのに」
「それはあいつの自由というものだろう……ん?」


 アーサーが少し首を伸ばすと、そこに一人の女子生徒がいるのが目に入った。


「誰かいるな……位置から察するに、この教室の誰かを待っているのだろう」
「じゃあわたし達ってこと? んー……」


 疑問符を浮かべながら、エリスは立ち上がり生徒に近付く。




「あのー……」
「ひゃいっ!?」


 声をかけられた女子生徒は、驚いて尻餅をついてしまう。


「あ、びっくりさせちゃったかな……あれ?」
「あ、ああああっ、あのっ……」

「……入学式の時に会った子だよね。わたしに何か用かな?」
「え、えっと……」



 急いで立ち上がりながら、女子生徒は再びエリスを見つめる。麦穂のような金色の髪を、編み込んでから団子状に束ねている。つぶらな薄色の瞳からは今にも涙がこぼれそうだ。



「あ……」
「うん?」
「うう……」
「ふんふん……」
「……」


「エリス、その子は知り合いなの?」
「挙動不審だが大丈夫なのか」



 教室から鞄を持ってアーサーとカタリナがやってくる。



「挙動不審って言い方~」
「事実を言ったまでだ。それで、このままでは時間がなくなっていくぞ」
「そうだね……えっと、ごめんね。わたし達は調理室に……」

「……!! それです!! わたしも調理室に行きたいです!!」
「へっ?」
「せんぱいの後ろをついてきます!!」



 生徒はぴったりとエリスの背後に回って、困惑して身体を揺らす彼女と一緒に、その場をぐるぐる回る。どうあっても引くつもりはなさそうだった。



「……仕方ない。このまま一緒に行こう行こう」
「そうだな……」
「じゃああたしは途中まで一緒、かな」





 数分程して、エリスとアーサーが調理室に入ると、ほとんどの生徒が既に座っていた。エリス達が普段座っている席を見遣ると、リーシャとヒルメがとっくに待機している。


 二人はそこに急ごうとするが、そうともいかないのが二年生の宿命。後輩を最後まで導かないといけないのだ。



 黒板に描かれた席の配置を見ながら、一年生が座っている場所まで誘導する。



「えーっと、一年生はここの席だね」
「はい!! せんぱい、ありがとうございます!!」



「……ん。キミはファルネアじゃないか」
「あ、アーサー君……! アーサー君も料理部だったんだ!」
「……アーサーだと?」



 短く揃えた金髪に、赤い瞳と小さなイヤリング。その生徒に名前を呼ばれたファルネアは、隣の椅子に座る。



「……ファルネア、ちゃん?」
「え? せんぱい、わたしの名前……」
「ちょっと! あがりすぎて自己紹介忘れちゃっているじゃない!」


 耐え兼ねたような声を上げて彼女の身体から出てきたのは、これも入学式にて見かけた妖精。緑色の髪を団子にし、背中の羽を丸出しにするように布を羽織っている。


「ああああ~~!! せ、せんぱいっ、ごめんなさい……!!」
「いいよいいよ、これぐらい。というかわたしも自己紹介していなかったね。わたしはエリス・ペンドラゴン、知っていると思うけど二年生です」

「エリス、せんぱい……ファルネアです……よろしくお願いします……」
「すみません、うちのファルネアがご迷惑を。わたしはリップル、この子のナイトメアです。この子を素敵なレディに導いてあげるのがわたしの使命です」
「ふふっ。何だかナイトメアというよりはお母さんみたい……ねえ、アーサー?」



 エリスが隣を振り向くと、アーサーは一年生のアーサーをじっと見つめていた。



「アーサー? えっと……彼のことが気になるの?」
「……何分同じ名前なものでな」
「ははっ、まあ騎士王アーサーは有名な人物だからね。あやかってつける親も多いものさ」
「……」

「では、改めて自己紹介を。ボクはアーサー・カルトゥス。そしてこの黒猫が、ボクのナイトメアのキャスパリーグさ」
「ニャオ~ン」


 彼の身体から黒い子猫が出てきて、首に巻き付く。よく見ると足の先のみが白くなっており、まるで靴下を履いているみたいだ。


「……アーサー・ペンドラゴンだ。隣にいるエリスとは姓が同じだがこれは偶然だ」
「きっとボクみたいに、騎士王伝説にあやかっているご家庭なんですね」
「……ボクみたいにとは」
「何でもないですよ?」

「……まあいい。そしてこの犬がナイトメアのカヴァスだ」
「ワオーン!」
「成程……ふふっ、アーサー先輩。これからよろしくお願いしますね」
「……ああ」



 そこに女子生徒が一人、ルシュドと共にやってくる。



「あ、ルシュドお疲れー。その子は?」
「アーサー、エリス、こんにちは。この子、一年生」
「……初めまして。キアラ・トニーと申します……」



 そう言って頭を下げた彼女は、頭から白い二本の角が生えていた。スカートの中からは黒い尻尾が見え隠れし、よく見ると爪も尖っている。

 彼女は竜族であるのだと、エリスとアーサーはすぐに理解できた。



「よろしくね、キアラちゃん。わたしはエリス・ペンドラゴンです」
「……アーサー・ペンドラゴン。この犬はカヴァスだ」

「……あっ、ナイトメア。えっと……」
「私ね私、名前はシャラよ。主君共々仲良くしてね」


 朱色のポニーテールを掻き分けて、くすんだ茶色のサラマンダーが出てくる。彼女は挨拶をするように、舌をちょろちょろ出した。


「アーサー、エリス、おれ、友達」
「そうだったんですか。えっと、これからよろしくお願いします。アーサー先輩にエリス先輩……」
「うん、よろしくね。あっ、席に座るかな?」
「……はい。その、すみません」
「いいよ~気にしないで~」



 エリスが脇にはけた所にキアラが座る。



「えっと……キアラちゃん! わたしはファルネアです! これからよろしくお願いします!」
「わたしはリップルよ。主君のファルネアが何かと迷惑かけると思うけど、仲良くしてね」
「ボクの名前はアーサー。この猫はナイトメアのキャスパリーグだ。まあ、仲良くしてほしいな」
「ニャオ~ン」
「よ、よろしくお願いします……」





 後輩三人が打ち解けた姿を見て、エリス達はこれで大丈夫かと安心し、その場を後にする。


「……その、キアラ、竜族。だから、おれ……」
「同族として気にかけてあげたんでしょ。うんうん、気持ちわかるよ」
「何も悪いことではないだろう」

「……でも……」
「ん?」
「……おれ、竜族、言ってない」
「ああ……成程」

「それってセンシティブな話題なんだし、すぐに打ち明ければいいことでもないでしょ。ゆっくり、ゆっくりでいいと思うよ」
「……ありがとう」





 一方エリス達と別れたカタリナは、裁縫室に到着。



「……ん」
「見慣れないお方がいますな」


 入り口から普段座っている場所を見ると、セバスンの言う通り見知らぬ生徒が二人座っている。どうやら二人で会話をしているようだった。


「あたし、行ってもいいのかな……」
「お嬢様は一つ上の先輩なのです。自信を持って参りましょうぞ」
「あたし達の先輩って可能性もあるかもしれないけど……一応、行ってみようか」



 そしてテーブルに近付き、座っていた生徒と接触する。



「あの……」
「……む。すみません、お気に障りましたか」
「……そ、そういうことじゃないけど」


 カタリナが目をぱちぱちして見つめる彼は、岩のように固くごつごつした褐色肌。目は黄土色の三白眼で、群青色の髪を角刈りにしている。


 椅子にこじんまりと座るその姿は、女子が集う手芸部という場所では相当浮いているものであった。


「案内された席がここだったんですよね。嫌でしたら移動しますけど」
「……」
「……おや? どうしましたか、ぼくの顔もじろじろ見て」



 もう一人の生徒は、淡い黄色の髪にウェーブをかけ、ショッキングピンクのベレー帽を被った可愛らしい生徒。目付きが少し鋭く、桃色の瞳でカタリナを品定めするように、どこか凛とした視線で見つめている。

 そして髪の後ろから見え隠れしている長い耳に、数多くのイヤリングを着けていた。



「……ううん、何でもない、大丈夫だよ。ただ普段は一人で座っていることが多いから、びっくりしただけ。人が増えるなら、それに越したことはないよ」


 そう言いながら、カタリナは男子生徒の隣に座る。


「あたしはカタリナ。二年生です。この子はセバスンです」
「よろしくお願いしますぞ。お二人は一年生でございますか?」

「ええ、そうです。俺はルドベックと申します。イズエルトのデリウス諸島からやってまいりました。ナイトメアはこの戦斧……セディーという名前です」
「ぼくはセシルって言います。出身地はすみません、不詳で。あとこの長耳からわかる通り、エルフです」

「そしてこのノームはカナ、ぼくのナイトメアです」
「カタリナ先輩、よろしくねっ☆」


 ルドベックの両手に握られている、赤いラインの入った斧が呼応するように光る。目の前の机では、菖蒲あやめ色の髪にウェーブをかけて降ろし、白いネグリジェを着たノームがカーテシーで挨拶をした。


「俺には下に弟や妹が沢山いまして。それで家事能力を身につけたいと思い、手芸部を希望したんです」
「ぼくは単純に服飾に興味があるからですね~。あ、ルドベックとは同じクラスなんですよ」
「そうなんだ。同じクラスの友達がいるって……いいね」





「……あの」



 挨拶がてらの話をしている三人の後ろから、また女子生徒が一人話しかけてくる。



「あの……ここ、座ってもいいですか……」
「ん、ああ大丈夫ですよ。あなたもここに案内されたんですか?」
「いえ……何となく、ここに座りたいなって……」
「そうでしたか。でしたら、ぼくの隣にどうぞ」


 やや褐色肌で、黒い髪に軽めのパーマをかけている。目尻も目頭も垂れ下がっており、ぐったりとしたような目の形をしている。声も細く低くしわがれており、元気のない印象だ。


 そんな彼女をセシルは自身の隣に誘導する。


「……ありがとうございます」
「いいえ、お構いなく。あなたも一年生ですか?」
「えっと……私は二年生です。今年から転入してきて……」
「二年生ということはカタリナ先輩と同じですね」
「そう……でしたか」


 女子生徒は正面に座っているカタリナに目を向ける。



 舐めるように、そして食い付くように。

 彼女はカタリナの深緑の髪と紫の瞳をじっと凝視した。



「……」
「あ、あの……?」


「……ああ、すみませんね。私はラクスナと申します。先程も申し上げましたが、二年生です。今年転入してきました」
「……それなら、一年生と殆ど変わりないですね。あたしはカタリナです。この子はナイトメアのセバスンです」
「ナイトメア……」



 先程カタリナに向けられていた視線が、今度はセバスンに向けられる。



「……よろしくお願いしますぞ」



 自分と主君に向ける視線だけ、明らかに違う。

 それを感じ取りながら、セバスンは顔を見せないように会釈をする。



「……よろしくお願いしますね……セバスン、さん」
「……セバスンで構いませんぞ」
「ああ、そうですか」
「……」


「……おっと、黒板の方に動きがありますね。そろそろ集会が始まるのでは?」
「そうですね、では俺達も準備をしましょうか」
「そうだね……」
「……」
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