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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦
第177話 もう一人のアーサー
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「へえ……アーサー君って、演劇部とかけ持ちしているんだ」
「そう、そうなんです! アーサー君は演技がとっても上手で……!」
「そんな、ボクはまだまだ未熟さ」
そう言って照れ隠しに、一年生のアーサーは前髪を掻き上げた。
「わたし、演劇部に知っている先輩がいるんだ。アザーリア先輩っていうんだけど」
「アザーリア先輩のことはボクも知っていますよ。入部直後から懇意にしてもらっています」
「あの人は面倒見がいいからな」
「そうそう、それです」
初回の料理活動に向けた話し合いが終わっても、生徒達は雑談に興じて帰る気配は全くない。エリス、二年生のアーサー、ファルネア、一年生のアーサーの四人も同様だ。
「そうだ……よかったら演劇部にお邪魔してもいいかな。アーサー君の演技も観てみたいし、先輩方にあいさつもしたいし」
「そうですね。演劇部は基本的に突然の訪問に寛容な活動なので、いいと思いますよ」
「……! それならわたし、差し入れ持っていくね! どんなお菓子がいいかな?」
「ははっ、それはファルネアの好きな物で構わないよ。貰える立場なのに贅沢は言えないからね」
「好きな、物……?」
「迷うようなら第二階層に良い店がごまんとある。この後一緒に行くか?」
「は、はい! アーサーせんぱい、よろしくお願いします! そうだ、アーサー君も一緒に行こうよ!」
「ちょっと! こっちのアーサーが来たら差し入れ持っていく意味がないじゃない!」
「あっ、あうう……」
リップルに指摘されてへこたれるファルネアを見て、エリスはくすりと笑う。
「……ふえ? エリスせんぱい?」
「……うん。あのね、ファルネアちゃんは可愛いなって思ったの」
「えっ……ふぇぇぇっ!?」
ファルネアの顔が忽ち真っ赤になり、身体をぶんぶん左右に揺らす。
その拍子で筆箱が落ちてしまい、二人のアーサーが素早く拾いに入った。
(これが後輩をイジるってことなのかあ……ちょっと楽しいかも♪)
「……ご老人よ、貴方様が困られているのはよくわかりました。しかし何故、あのロザンヌの山々の中に、恐ろしき怪物が巣食うようになったのです。どうか理由をご存知でしたら、私に教えて頂きたい。貴方様の知っておられる真実が、あの怪物を征伐する手がかりになるやもしれないのです」
「……ええ、儂は知っていますとも。怪物は如何にして新緑豊かなロザンヌの山々をねぐらにして、人間に牙を剥いているのか。しかしそれを耳にした途端、貴方様は間違いなく儂を卑下するのでありましょう。大いなる騎士の王たる貴方様に、そのように思われるなど、我が人生において最大の恥でございます」
「成程。それでは今の貴方様の話を聞いて、私が即座に思ったことを二つお話ししましょう。この二つに共通することは、貴方様は女神の御元に向かうことすら許されない、下愚な罪人であるということです」
鉄の鎖帷子に身を包んだ少年は剣を掲げ、次に切っ先を跪く老人に向ける。語調もより勇ましくなり、老人を追い詰めていくようだ。
「一つは、貴方様は私をこうであろうと、自分の価値観で判断していたことです。私は貴方様の話を聞いていない故、卑下するか否かは判断できないのです。貴方様は、自分ならこうするであろうという基準の元で、私もそうするであろうと判断した。偏見は人の可能性を狭める、罪深い行いの一つなのです」
「もう一つは、貴方様が矜持を穢されたくないと足掻いている間に、多くの人々がその犠牲になるということです。それは偶然にも山道を通りかかった旅人から始まり、村の者、仲間、友人、隣人、そして貴方様の家族へと瞬く間に広がっていく。総てを喰われ尽くされた時、最後に怪物が狙うのは、貴方様だ」
「そして喰われた人々は、死の直前に嘆くでしょう。『ああ、意地汚い矜持などにしがみつかずにいれば、こんな苦しく死ぬことはなかった』と」
少年は再び老人を見据える。老人の表情は今にも涙を流しそうで、口元がもごもごと動いていた。
「このことを伝えた上で、もう一度伺うとしましょう。貴方様は私にあの怪物のことを伝え、策を練った上で討伐に向かわせるか。それとも何も伝えずに、騎士王に無謀な戦いをさせるか。選択肢はどちらか一つだ。さて、どうします?」
「……勇敢なる騎士の王よ。貴方様の言葉を聞いて、儂は目が覚めました。儂は自分がどれ程の行いをしようとも、自分だけにその代償が降りかかればいいと、そう考えてきました」
「けれども貴方様の言う通りでございます。儂が恥という僅かに垂らされた紐にしがみついているうちに、その紐とは一切関係ない、儂の大切な人が化物に喰われていく。それがどれだけ苦痛なことか、貴方様の言葉で思い知りました。
「……怪物のことをお教えします。ですがその前に一つだけ、浅ましい頼みであることは重々承知でございますが、先程貴方様をこうであろうと値踏みしてしまったこと、許してはくださらないだろうか――」
老人は正座をし、首を深く下げて掌を合わせる。
「……ご老人よ。どうか頭を上げてください。確かに私は偏見することを罪深いと称した。けれどもこれは私が好まないと思っているのではなく、大勢の人にとってそうであるのです」
「例えばノイシュヴァルの深き森、あそこは黒ずんだ木々が多く鬱蒼とした森ですが、それでも光が『入らない』のではなく光が『入りにくい』のであるだけ。他の森と同じように、あの森でも動物達が生き生きと暮らし、花は歌い木々は語り合っている。気味の悪いという理由で敬遠していたら、あの森は生きていくのにおいて脅威となっているのでありましょう」
「しかし中を知ってしまえば、途端に脅威ではなく隣人となり得る。偏見とは、人生において脅威を増やしてしまう要因となるのです」
「すると貴方様は、儂に偏見をしてほしくないと、今度の人生において脅威を増やしてほしくないと、そう仰られるのですか」
「老い先短いとはいえ、まだ花が散るには時間がある。ならばそれを不意にせずに、最期まで最善を尽くしてから散っていくべきだ。やるべきことを成し遂げて散った花は、無念の中散った花よりも美しい。私と出会い、言葉を交わした以上、貴方様には美しくあってほしいのです」
「……嗚呼、偉大なる騎士の王よ。貴方様と出会えたことに感謝を。儂と貴方様を引き合わせるように運命を定めた女神に献礼を……」
「――はいカットォ!」
マイケルがメガホンを叩きながら、演技をしていた二人に近付いていく。
「いやあ……中々良かった! まずブライアン、追い詰められていく表情が見事! 欲を言えば声色がもうちょっと欲しかったが、まあこれから練習していけばどうにでもなるだろう! こりゃあラディウスと同じ悪役路線で行けば大成するぞ!」
「悪役かあ……自分、やりたいのは主役なんですけど……」
「別に悪役が主役の劇なんて山のようにあるし、何なら自分達で作ればいい! ここの演劇部はそういう活動を偉く推奨しているぞ!」
「……そういうもんですか。ならもっと頑張りますよ」
「あとアーサー、君の演技は凄かった! 三段階での演技の変え方が素晴らしい! マジで何なんだ、台本渡して三日でこの出来栄えは!?」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。実は入学する前にはよく劇場に足を運んでまして、この劇も何度か見たことがあるんです」
「んー成程、元々劇が好きだった系か! ということは将来は俳優希望だったりする?」
「ええ、一応は」
「マジかよ。それなら俺も負けてらんねえな」
しゃがんでいたブライアンは身体を起こし、腰をゆっくりと回す。
「さて……次のシーンも一応やってみようか?」
「あ、その前にすみません。友達が来ているので、挨拶に行ってもいいですか?」
「ん、さっきこっちを見ていた子か。じゃあ挨拶がてら休憩にしようか!」
「わかりました、んじゃあ俺、水飲んできますね」
ブライアンとマイケルが舞台袖に消え、アーサーは階段を降りていく。
「アーサー君……とっても良かったです!」
ファルネアが拍手をしながらアーサーを出迎える。小さな手で大きく、おかげで身体が若干小刻みに揺れている。
「ふふっ、ありがとうファルネア。エリス先輩はいかがでしたか?」
「うん、とても良かったよ。まだ一年生なのに凄いね」
「なんの、ボクはまだまだこれからですよ。アーサー先輩は?」
「……」
「……先輩?」
「……ん、ああ。オレはこういうのはよくわからないが、よかったと思うぞ」
そう言ってアーサーは視線を壁から舞台上に戻す。
「せんぱい、どうしたんですか? 考え事でもしていましたか?」
「そんなことは……そうだファルネア、あれを渡さないと」
「あ……そうでした! アーサー君、これお菓子……」
「ピアルカフェイドのアップルパイですわねー!」
そう言って、一瞬で舞台袖から飛んできて、エリス達に追い付くアザーリア。透き通るような風が体育館内に吹く。
「ひゃうわぁ!?」
「ととっ!?」
「……何してるんですか。危うく落とす所でしたよ」
「あら! それは申し訳ありませんわ! 何分わたくしは美味しい物には目がないものでして!」
「……」
「……ファルネア? おーい? 平気かーい?」
アップルパイの入った箱を抱えながら、ファルネアはアザーリアをうっとりと見つめている。
「……きれい……」
「うふふ、わたくしの翅が気になりまして? 毎日欠かさず手入れをしているのですわ!」
「ふええ……」
「それとも、よかったらお触りになりますかしら……? 貴女の細い指で撫でてくれたら、わたくしも……」
「はわわ……!」
「マイケルせんせー、またアザーリアが女子生徒口説いてまーす」
そうぶっきらぼうに言いながら近付いてくるのは、兎耳が特徴的な生徒マチルダ。
「あらまあマチルダ! 可愛い子を愛でてあげるのは当然の義務ではなくって?」
「義務って、いや義務って。あと口説く時って、何でそんなにすらすらと言葉が出てくるのか不思議でたまらんのだけど」
「溢れている想いを言葉に乗せているだけですの~!」
「ふええ……」
「はひぃ……」
エリスとファルネアはもうノックアウト寸前であった。そんな二人を見兼ねて、一年生のアーサーが話を切り出す。
「……あの、先輩方もアップルパイ食べませんか」
「あら、よろしいんですの!?」
「ええ、皆で分けてほしいって思って多めに買ってきたんです」
「おっははぁ! 気が利くねえ! お礼にあたしの魔術研究に協力する権利を与えよう!」
「マチルダさん??? そんなことを言うなんて、君は第二の『お偉い様』でも造るつもりかな???」
先程呼ばれたマイケルが、ほんの少し黒煙を吐いているアフロヘアー姿でのこのこ歩いてくる。
「なーに言ってらー! 造るわけねーじゃんあんなクソ兵器ー!」
「じゃあ舞台袖に置いてあった赤と黒の煙が渦巻いていた魔法球について説明して???」
「終末的な演劇をする時に、それっぽい空を作り出すための魔法具!」
「そんな劇作る学生なんているわけねーだろ!!! 触れた瞬間に暴発して俺の頭が終末世界だわ!!!」
「まあまあマイケル先輩、アップルパイでも食べて落ち着いてください」
「あっどうも。こりゃうめえ」
口に突っ込まれたアップルパイをもぐもぐ食べるマイケル。他の生徒もそれに続いて、箱からアップルパイを取り出して食べる。
「はぅわ~ぁ……! 流石はピアルカフェイドですわ! ここのアップルパイなら三百個は余裕で行けますわ!」
「破産する気なのかお前は。ていうか何個入ってるんだこれ?」
「三十個です。味はストレートだけです」
「多くね? 味はともかく多すぎない? ピアルカフェイドって、確かお高めのパイ専門店だったはずだぞ? 差し入れは有難いんだけどさ、よく買えたな」
「ファルネアがそこがいいって言うもので。代金も彼女が払ったんです」
「へえ、このちっちゃい子が? ……ふーん」
マイケルは視線を落とし、ファルネアの目をじっと見つめる。緊張で震え上がったファルネアは、いそいそとエリスの後ろに隠れた。
「あうう……」
「マイケル先輩、そんな目で見られたら怖がられちゃいますよ」
「その通りですわ! 貴方はいつも目付きが怖いんですの! こんないたいけな子に向ける視線ではないと思いまして?」
「へーへーそーですねー。まあやるなオメーぐらいの意味しかないから、安心してよ」
「……はひぃ……」
「……そろそろ休憩終わりにすっか。箱持っていっていい?」
「いいですよ」
「あいよー」
マイケルはアーサーから箱を受け取り、そのままマチルダに流す。
「ねえこれはどういうつもりなの???」
「やっぱブライアンの分だけ一個持っていくわ。んじゃあよろしくねー」
「チクショーがあああ!!」
「ばいびー!!!」
マイケルはスキップをしながら右の舞台袖に消えて行った。
「うふふ、マチルダったらそんな汚い言葉を使ってはなりませんわよ?」
「マイケルは汚い。よってマイケルになら汚い言葉を使ってもいい。はい証明終了」
「詭弁が過ぎる」
「うるさいなあアーサー!!! あれアーサーってどっちのアーサーだ!!!」
「オレです、二年のアーサーです」
「そうか紛らわしいなこりゃ!!! とにかくあたしは部室に戻る!!!」
マチルダが歩いていく後ろ姿からは、頭から出ている湯気が今にも見えてきそうだった・
「……そういえばダレン先輩は?」
「ダレンなら今日はラディウスを連れて武術部ですわ!」
「……筋肉部門、でしたか。友達が話してました」
「最近の彼はそれでめっぽう忙しいんですの~! 活動を立ち上げるのは結構ですけれど、心配になるので偶には演劇部に顔を出すように、貴女達からも言ってくれます?」
「ええ、もし会うことがあったら」
「感謝いたしますわ! ではわたくしも活動に戻りますわ! ごちそうさまでしたわ~!」
アザーリアは手を振りながら、左の舞台袖に入っていった。
「ふぅ……それじゃあ、ボクも戻ろうかな。今日は来てくれてありがとう」
「アーサー君、これからも頑張ってくださいね!」
「学園祭とか期待してるよ~」
「……まあ頑張れ」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
「そう、そうなんです! アーサー君は演技がとっても上手で……!」
「そんな、ボクはまだまだ未熟さ」
そう言って照れ隠しに、一年生のアーサーは前髪を掻き上げた。
「わたし、演劇部に知っている先輩がいるんだ。アザーリア先輩っていうんだけど」
「アザーリア先輩のことはボクも知っていますよ。入部直後から懇意にしてもらっています」
「あの人は面倒見がいいからな」
「そうそう、それです」
初回の料理活動に向けた話し合いが終わっても、生徒達は雑談に興じて帰る気配は全くない。エリス、二年生のアーサー、ファルネア、一年生のアーサーの四人も同様だ。
「そうだ……よかったら演劇部にお邪魔してもいいかな。アーサー君の演技も観てみたいし、先輩方にあいさつもしたいし」
「そうですね。演劇部は基本的に突然の訪問に寛容な活動なので、いいと思いますよ」
「……! それならわたし、差し入れ持っていくね! どんなお菓子がいいかな?」
「ははっ、それはファルネアの好きな物で構わないよ。貰える立場なのに贅沢は言えないからね」
「好きな、物……?」
「迷うようなら第二階層に良い店がごまんとある。この後一緒に行くか?」
「は、はい! アーサーせんぱい、よろしくお願いします! そうだ、アーサー君も一緒に行こうよ!」
「ちょっと! こっちのアーサーが来たら差し入れ持っていく意味がないじゃない!」
「あっ、あうう……」
リップルに指摘されてへこたれるファルネアを見て、エリスはくすりと笑う。
「……ふえ? エリスせんぱい?」
「……うん。あのね、ファルネアちゃんは可愛いなって思ったの」
「えっ……ふぇぇぇっ!?」
ファルネアの顔が忽ち真っ赤になり、身体をぶんぶん左右に揺らす。
その拍子で筆箱が落ちてしまい、二人のアーサーが素早く拾いに入った。
(これが後輩をイジるってことなのかあ……ちょっと楽しいかも♪)
「……ご老人よ、貴方様が困られているのはよくわかりました。しかし何故、あのロザンヌの山々の中に、恐ろしき怪物が巣食うようになったのです。どうか理由をご存知でしたら、私に教えて頂きたい。貴方様の知っておられる真実が、あの怪物を征伐する手がかりになるやもしれないのです」
「……ええ、儂は知っていますとも。怪物は如何にして新緑豊かなロザンヌの山々をねぐらにして、人間に牙を剥いているのか。しかしそれを耳にした途端、貴方様は間違いなく儂を卑下するのでありましょう。大いなる騎士の王たる貴方様に、そのように思われるなど、我が人生において最大の恥でございます」
「成程。それでは今の貴方様の話を聞いて、私が即座に思ったことを二つお話ししましょう。この二つに共通することは、貴方様は女神の御元に向かうことすら許されない、下愚な罪人であるということです」
鉄の鎖帷子に身を包んだ少年は剣を掲げ、次に切っ先を跪く老人に向ける。語調もより勇ましくなり、老人を追い詰めていくようだ。
「一つは、貴方様は私をこうであろうと、自分の価値観で判断していたことです。私は貴方様の話を聞いていない故、卑下するか否かは判断できないのです。貴方様は、自分ならこうするであろうという基準の元で、私もそうするであろうと判断した。偏見は人の可能性を狭める、罪深い行いの一つなのです」
「もう一つは、貴方様が矜持を穢されたくないと足掻いている間に、多くの人々がその犠牲になるということです。それは偶然にも山道を通りかかった旅人から始まり、村の者、仲間、友人、隣人、そして貴方様の家族へと瞬く間に広がっていく。総てを喰われ尽くされた時、最後に怪物が狙うのは、貴方様だ」
「そして喰われた人々は、死の直前に嘆くでしょう。『ああ、意地汚い矜持などにしがみつかずにいれば、こんな苦しく死ぬことはなかった』と」
少年は再び老人を見据える。老人の表情は今にも涙を流しそうで、口元がもごもごと動いていた。
「このことを伝えた上で、もう一度伺うとしましょう。貴方様は私にあの怪物のことを伝え、策を練った上で討伐に向かわせるか。それとも何も伝えずに、騎士王に無謀な戦いをさせるか。選択肢はどちらか一つだ。さて、どうします?」
「……勇敢なる騎士の王よ。貴方様の言葉を聞いて、儂は目が覚めました。儂は自分がどれ程の行いをしようとも、自分だけにその代償が降りかかればいいと、そう考えてきました」
「けれども貴方様の言う通りでございます。儂が恥という僅かに垂らされた紐にしがみついているうちに、その紐とは一切関係ない、儂の大切な人が化物に喰われていく。それがどれだけ苦痛なことか、貴方様の言葉で思い知りました。
「……怪物のことをお教えします。ですがその前に一つだけ、浅ましい頼みであることは重々承知でございますが、先程貴方様をこうであろうと値踏みしてしまったこと、許してはくださらないだろうか――」
老人は正座をし、首を深く下げて掌を合わせる。
「……ご老人よ。どうか頭を上げてください。確かに私は偏見することを罪深いと称した。けれどもこれは私が好まないと思っているのではなく、大勢の人にとってそうであるのです」
「例えばノイシュヴァルの深き森、あそこは黒ずんだ木々が多く鬱蒼とした森ですが、それでも光が『入らない』のではなく光が『入りにくい』のであるだけ。他の森と同じように、あの森でも動物達が生き生きと暮らし、花は歌い木々は語り合っている。気味の悪いという理由で敬遠していたら、あの森は生きていくのにおいて脅威となっているのでありましょう」
「しかし中を知ってしまえば、途端に脅威ではなく隣人となり得る。偏見とは、人生において脅威を増やしてしまう要因となるのです」
「すると貴方様は、儂に偏見をしてほしくないと、今度の人生において脅威を増やしてほしくないと、そう仰られるのですか」
「老い先短いとはいえ、まだ花が散るには時間がある。ならばそれを不意にせずに、最期まで最善を尽くしてから散っていくべきだ。やるべきことを成し遂げて散った花は、無念の中散った花よりも美しい。私と出会い、言葉を交わした以上、貴方様には美しくあってほしいのです」
「……嗚呼、偉大なる騎士の王よ。貴方様と出会えたことに感謝を。儂と貴方様を引き合わせるように運命を定めた女神に献礼を……」
「――はいカットォ!」
マイケルがメガホンを叩きながら、演技をしていた二人に近付いていく。
「いやあ……中々良かった! まずブライアン、追い詰められていく表情が見事! 欲を言えば声色がもうちょっと欲しかったが、まあこれから練習していけばどうにでもなるだろう! こりゃあラディウスと同じ悪役路線で行けば大成するぞ!」
「悪役かあ……自分、やりたいのは主役なんですけど……」
「別に悪役が主役の劇なんて山のようにあるし、何なら自分達で作ればいい! ここの演劇部はそういう活動を偉く推奨しているぞ!」
「……そういうもんですか。ならもっと頑張りますよ」
「あとアーサー、君の演技は凄かった! 三段階での演技の変え方が素晴らしい! マジで何なんだ、台本渡して三日でこの出来栄えは!?」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。実は入学する前にはよく劇場に足を運んでまして、この劇も何度か見たことがあるんです」
「んー成程、元々劇が好きだった系か! ということは将来は俳優希望だったりする?」
「ええ、一応は」
「マジかよ。それなら俺も負けてらんねえな」
しゃがんでいたブライアンは身体を起こし、腰をゆっくりと回す。
「さて……次のシーンも一応やってみようか?」
「あ、その前にすみません。友達が来ているので、挨拶に行ってもいいですか?」
「ん、さっきこっちを見ていた子か。じゃあ挨拶がてら休憩にしようか!」
「わかりました、んじゃあ俺、水飲んできますね」
ブライアンとマイケルが舞台袖に消え、アーサーは階段を降りていく。
「アーサー君……とっても良かったです!」
ファルネアが拍手をしながらアーサーを出迎える。小さな手で大きく、おかげで身体が若干小刻みに揺れている。
「ふふっ、ありがとうファルネア。エリス先輩はいかがでしたか?」
「うん、とても良かったよ。まだ一年生なのに凄いね」
「なんの、ボクはまだまだこれからですよ。アーサー先輩は?」
「……」
「……先輩?」
「……ん、ああ。オレはこういうのはよくわからないが、よかったと思うぞ」
そう言ってアーサーは視線を壁から舞台上に戻す。
「せんぱい、どうしたんですか? 考え事でもしていましたか?」
「そんなことは……そうだファルネア、あれを渡さないと」
「あ……そうでした! アーサー君、これお菓子……」
「ピアルカフェイドのアップルパイですわねー!」
そう言って、一瞬で舞台袖から飛んできて、エリス達に追い付くアザーリア。透き通るような風が体育館内に吹く。
「ひゃうわぁ!?」
「ととっ!?」
「……何してるんですか。危うく落とす所でしたよ」
「あら! それは申し訳ありませんわ! 何分わたくしは美味しい物には目がないものでして!」
「……」
「……ファルネア? おーい? 平気かーい?」
アップルパイの入った箱を抱えながら、ファルネアはアザーリアをうっとりと見つめている。
「……きれい……」
「うふふ、わたくしの翅が気になりまして? 毎日欠かさず手入れをしているのですわ!」
「ふええ……」
「それとも、よかったらお触りになりますかしら……? 貴女の細い指で撫でてくれたら、わたくしも……」
「はわわ……!」
「マイケルせんせー、またアザーリアが女子生徒口説いてまーす」
そうぶっきらぼうに言いながら近付いてくるのは、兎耳が特徴的な生徒マチルダ。
「あらまあマチルダ! 可愛い子を愛でてあげるのは当然の義務ではなくって?」
「義務って、いや義務って。あと口説く時って、何でそんなにすらすらと言葉が出てくるのか不思議でたまらんのだけど」
「溢れている想いを言葉に乗せているだけですの~!」
「ふええ……」
「はひぃ……」
エリスとファルネアはもうノックアウト寸前であった。そんな二人を見兼ねて、一年生のアーサーが話を切り出す。
「……あの、先輩方もアップルパイ食べませんか」
「あら、よろしいんですの!?」
「ええ、皆で分けてほしいって思って多めに買ってきたんです」
「おっははぁ! 気が利くねえ! お礼にあたしの魔術研究に協力する権利を与えよう!」
「マチルダさん??? そんなことを言うなんて、君は第二の『お偉い様』でも造るつもりかな???」
先程呼ばれたマイケルが、ほんの少し黒煙を吐いているアフロヘアー姿でのこのこ歩いてくる。
「なーに言ってらー! 造るわけねーじゃんあんなクソ兵器ー!」
「じゃあ舞台袖に置いてあった赤と黒の煙が渦巻いていた魔法球について説明して???」
「終末的な演劇をする時に、それっぽい空を作り出すための魔法具!」
「そんな劇作る学生なんているわけねーだろ!!! 触れた瞬間に暴発して俺の頭が終末世界だわ!!!」
「まあまあマイケル先輩、アップルパイでも食べて落ち着いてください」
「あっどうも。こりゃうめえ」
口に突っ込まれたアップルパイをもぐもぐ食べるマイケル。他の生徒もそれに続いて、箱からアップルパイを取り出して食べる。
「はぅわ~ぁ……! 流石はピアルカフェイドですわ! ここのアップルパイなら三百個は余裕で行けますわ!」
「破産する気なのかお前は。ていうか何個入ってるんだこれ?」
「三十個です。味はストレートだけです」
「多くね? 味はともかく多すぎない? ピアルカフェイドって、確かお高めのパイ専門店だったはずだぞ? 差し入れは有難いんだけどさ、よく買えたな」
「ファルネアがそこがいいって言うもので。代金も彼女が払ったんです」
「へえ、このちっちゃい子が? ……ふーん」
マイケルは視線を落とし、ファルネアの目をじっと見つめる。緊張で震え上がったファルネアは、いそいそとエリスの後ろに隠れた。
「あうう……」
「マイケル先輩、そんな目で見られたら怖がられちゃいますよ」
「その通りですわ! 貴方はいつも目付きが怖いんですの! こんないたいけな子に向ける視線ではないと思いまして?」
「へーへーそーですねー。まあやるなオメーぐらいの意味しかないから、安心してよ」
「……はひぃ……」
「……そろそろ休憩終わりにすっか。箱持っていっていい?」
「いいですよ」
「あいよー」
マイケルはアーサーから箱を受け取り、そのままマチルダに流す。
「ねえこれはどういうつもりなの???」
「やっぱブライアンの分だけ一個持っていくわ。んじゃあよろしくねー」
「チクショーがあああ!!」
「ばいびー!!!」
マイケルはスキップをしながら右の舞台袖に消えて行った。
「うふふ、マチルダったらそんな汚い言葉を使ってはなりませんわよ?」
「マイケルは汚い。よってマイケルになら汚い言葉を使ってもいい。はい証明終了」
「詭弁が過ぎる」
「うるさいなあアーサー!!! あれアーサーってどっちのアーサーだ!!!」
「オレです、二年のアーサーです」
「そうか紛らわしいなこりゃ!!! とにかくあたしは部室に戻る!!!」
マチルダが歩いていく後ろ姿からは、頭から出ている湯気が今にも見えてきそうだった・
「……そういえばダレン先輩は?」
「ダレンなら今日はラディウスを連れて武術部ですわ!」
「……筋肉部門、でしたか。友達が話してました」
「最近の彼はそれでめっぽう忙しいんですの~! 活動を立ち上げるのは結構ですけれど、心配になるので偶には演劇部に顔を出すように、貴女達からも言ってくれます?」
「ええ、もし会うことがあったら」
「感謝いたしますわ! ではわたくしも活動に戻りますわ! ごちそうさまでしたわ~!」
アザーリアは手を振りながら、左の舞台袖に入っていった。
「ふぅ……それじゃあ、ボクも戻ろうかな。今日は来てくれてありがとう」
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「あなたに、お願いがあります。どうか…」
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「やべ…失敗した。」
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