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第2章1節 魔法学園対抗戦/武術戦
第198話 幕間:ドーラ鉱山の濃厚な一日
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「アルベルト、交代の時間よ。さっさとその狐の目を擦り起こしなさい」
「んあ……」
椅子に座ってうつらうつらしていたアルベルトは、その女性に声をかけられて顔を上げる。
「ふふふ、可愛らしい寝顔ね。私の心の中に留めておくのは実に勿体ないわ」
「リバーサイドって何だよ……」
その独特な言い回しだけでも判別可能な人物。紺色の髪を一つ結びにし、横髪を少し残している。クールな印象とは裏腹に言動は濃い。
「ユンネェ……今何時だぁ……」
「午前六時よ。現に東の空から夜明けを告げる鐘が昇りつつあるわ」
「ああそう……ぐぅーん」
椅子から立ち上がり身体を伸ばす。適度に血液が流れ出し、体温が上がる。
「で? お前は休憩に入ると?」
「いいえ、私は午前三時からの勤務。よってこれからは五時間、貴方と共に王命賜りし任務を遂行するわ」
「ええ……」
「何よ溜息ついて。私と貴方の久遠より紡がれし絆じゃない」
「お前はなあ……食い物で喩えるならレアのステーキなんだよ……」
そう言いながらも寝間着から鎧に着替え、部屋の扉を開き外に出る。
そこに広がっていたのは、質素な丸太造りの家屋の数々。煙を吹き出す煙突。如何にもその辺の食材を混ぜ込んだような、混ざりけの多い匂い。
「あーあ、今日も人が多いこと多いこと」
「バイザウェイ、アルベルト。貴方はダブルディーという言葉を知っているかしら」
「何じゃそりゃ」
「ドーラ・ドリームの略よ。ここで鉱石を一発掘り当てれば、瞬く間に大金持ち。そのロマンを的確に表現した言葉ね」
「お前が作った造語だと思ってあれこれ考えた俺が馬鹿みてえじゃねーか」
「失礼ね。私は盟約の言ノ葉を他人に押し付けるような痛々しい真似はしないわ」
「痛々しい……は? 痛い?」
アルベルトは頭を抱え、この三十路もいい所に差しかかったユンネという女の意図を考える。
同様に頭を抱える誰かと、それに群がる炭鉱夫の姿が――
「……何だぁ? 病気の発作か……?」
「塵を吸い込んだことによる喘息かもしれないわ。見に行きましょう」
喘息の応急処置キットを念の為持ち出し、アルベルトとユンネは人集りに合流。
「おお、あんたらはグレイスウィルの……」
「こっから先は俺らに任せてくれや」
颯爽と割り込み、頭を抱えている男性の所に到着。
まずは容態確認から入る。至って普通の人間の男性だ。
「光を堕とせ、闇よ滾れ、我が身を焼き尽くせ!!!」
「ぶっ!!!」
唐突に痛々しい詠唱を聞かされて、アルベルトのみならず野次馬達も恥ずかしくなる。
肝心の頭を抱えている男性だけが、反応を返さず悶え続けていた。
「重症ね。私の魂咆哮を意にも介さないとは」
「ああ、確かにこんなの叫ばれたら、誰だって動揺する……」
すると、数十秒遅れで反応が返ってきた。
「う……うう……」
「……も、もう止めてくれ……」
逸る気持ちをぐっとこらえて、男の様子を見守る。
「様……ルイモンド様っ。どうして、どうしておれなんですか……」
「痛い……痛い……止めてくれ……ああ……ま、魔力、が……」
「……グオオオオオオオオッ!!!」
それから男は数秒悶えた後――
あれだけ苦しんでいた男は、平然とした表情で立ち上がった。
「……?」
「あ……皆、どうしたんだ。おれを見たりして……グレイスウィルの騎士さんも?」
「数分だけ。ちょーっと事情聴取させてくれい」
アルベルトは持っていた水を差し出しつつ、男の容態を確認する。ユンネは野次馬達に声をかけ、撤収を促していく。
「……今は何にもないのか?」
「そうだな、さっき頭は痛かったが……それも終わったよ。そもそも時々あることだから、もう慣れた」
「ぶつくさ独り言を言うのもよくあることか?」
「……独り言? 何の話だ?」
「ルイモンドとか魔力とか、あと最後に叫んでたぞ」
「……」
「ルイモンド……知らない名前だな……」
呆然と呟いた後、頭を軽く掻いて、男はその場を去っていく。その姿はどこからどう見ても、
やはりごく普通の人間のそれである。
「……終わったかしら?」
「ああ、訊けることは訊いた……」
周囲には普段の喧騒だけが残る。一刻も早く取り戻すようにユンネが計らってくれたのだ。
「なあ……ルイモンドって知ってるよな」
「当然じゃない。円卓八国に連なり構成する主軸が一柱――」
そこに響くは咆哮。
「……またしても事件の発生ね。私の封印されし緋色の凛眼が疼いているわ」
「ヒャアこれだからドーラ鉱山やめらんねえぜクソが。一丁行ってきますかぁー」
「グルルルル……ガアアアアア!!」
「ぐっ……だぁ!!」
二人の男が取っ組み合い、喧嘩が始まっている。片方は大柄な人間の男、そしてもう片方は彼よりも少し小柄、しかし標準体型からすると大柄に値する体格の、竜族の男だった。
「てめえ、これは俺の取り分だぞ! 勝手に入ってくんな!!」
「ガアアアアア!!」
殴る噛み付くで血が飛び散る。二人を止める者はなく、むしろ次々と観客が集まってきて野次を飛ばす。一番近くにある大きめの建物は、入り口の扉が破壊されていた。
「――絶対尊守命令。その喧嘩をやめなさい」
「ドーラ街治安維持隊グレイスウィル班の騎士様だぜー」
ユンネが警棒を持って割って入り、その隙にアルベルトが二人を引き離す。
「グッ、グルルルルルウ……!!」
「暴れるんなら魔物相手にしてくれや。人間相手にはすんなよ」
「て、てめえら……」
「口が聞けるなら大丈夫ね。どうしてこんなことになったのか説明してくれるかしら」
「……うう……」
人間の方の男は、へたれ込みながら傷に悶える。
「そいつが……俺のぉ……取り分をぉ……」
「ガウウウウウ!!」
「落ち着け、落ち着け。で、どっちが先に突っかかってきたんだ」
「ガウッ!!」
「向こうからだ! 俺とあいつで一緒に仕事して、ギルドに納品して取り分の話になって、そしたら……!」
「んー……成程」
そこにユンネと同じ鎧を着た人間が数人やってくる。
「お待たせしました!」
「バット・ソー・レイト。六人いるわね。手前の四人はこちらに、この二人を治療して」
「お、おい……まだ話が……!」
「先ずは怪我を治してから、我々を交えてじっくり話し合いましょう。ね?」
ユンネは人間の男の目をじっと見つめながら、手を動かしていく。
「担架の用意ができました。乗せていきます」
「お願い。で、残った二人」
「はい!」
「喧嘩の原因、二人の仕事について情報を纏めておいて。それにギルドの損傷具合についても、請求額を算出してちょうだい」
「了解しました」
各自指示通りに動く。それから少しした後、アルベルトが話しかけてくる。
「あー腕が痛い……」
「お疲れ様。貴方の腕力はいざという時に頼りになるわね」
「お前の方こそ何だかんだで冷静だから、助かってるよ。口はあれだけど」
「ワットイズ、あれとは何のことかしら。私は古より受け継がれし「はいはい叡智叡智」
アルベルトとは冷水をコップに注ぎ、ユンネに渡す。お互い一息ついて休憩だ。
「にしても竜族炭鉱夫か……ここ最近トラブル起こしてるのあいつらばっかじゃねーか」
「最近増えてきたわよね。繁殖期に咳唾を撒き散らして淫猥な眼差しを向けてくるゴブリンが如く」
「ガラティアってドーラとは敵視しているはずなんだけどなあ。貴重な収入源がどうのこうのって」
「そもそも竜族という種族がここまで来ている時点で、完全に国を纏め切れていないってことよね。それこそルイモンドは何をしているのって話に移るのだけど」
「ここでルイモンド……?」
悩めるアルベルトに向かって、ユンネは露骨に肩を竦める。彼はそれを受けて真顔で尻尾をぶん回す。
「結論から言うと、竜族の族長ね。ここにいる竜族炭鉱夫も、元を辿れば彼から指示を受けてるってこと」
「へえー……俺は初耳だぞ」
「ご存知の通り竜族は閉鎖的な一族。族長ですらもあまり自分の素性を公表しない。知ろうと思わなければ知ることもないわね」
「そういうもんか」
「……そういや、あいつらイズエルトにもいるよな。ここにいる奴ら、そっちに行くって選択肢はねえのかな」
「ムスペルの地を切り開き、人々に温泉なる恩恵を齎した彼らね。聞けば彼らは開拓した後定住を決めたと言うわ。生活と共に馴染んだ数百年の時は、ルイモンドにも覆すことは不可能だったんじゃないかしら?」
「ふーん、イズエルト系とガラティア系とでも言うのか。完全に別もんってことか」
「……その割には何か、あんまイズエルトの竜族が話題になることってないよな」
「噂だとあまり人前に出ることはない……らしいわよ」
「お前もわかんねえのか?」
「何せウェルギリウスも絡んでくるものだから――」
雑談に興じていると二人の視界に多数の人間が入り込む。
その全員が白を基調に、水色とミントグリーンのストライプのデザインのスーツを着込んでいる。鉱山に続く道をどんどん歩いてきていた。
「あら、まるで眠気覚ましに口に放り込んだ薄荷のようなスーツね」
「……ネルチか。どうする? こっちはひとまず片付いたし、挨拶してくるか?」
「暇潰しとしてならいいでしょう。関わりはしないで、距離を置いて遠目に見る感じで」
「そうするか」
こうして一行に近付く二人。
しかしだんだん人としての形が認識できていくにつれ、変わった所に気付く。
「……何だぁこれぇ」
人数はおよそ三十。顔を少し覗いてみると、二十人程度に顔が無かった。顔の形に湾曲した鉄の塊である。目も鼻も耳もない、ただののっぺらぼうであった。
「成程。魔術人形ね」
「マギ……?」
「ネルチが開発している自立型の魔法具。半年ぐらい前に初お披露目して、以降も開発が続けられていたみたいだけど……へぇ」
ユンネはふむふむと呟きながら一行を観察している。一方のアルベルトは腕を組んだままぼけーっとしているだけである。
「……ドーラ街の皆様、おはようございます! ワテクシネルチ商会の会長を務めております、ラールス・ネルチと申す者です!」
全方向に腰を下げながら、出っ歯の男が挨拶をする様には、教養のない労働者達も思わず振り向く。
人波を割って男が一人、ラールスに話しかける。アルベルトとユンネは、彼がドーラの町を取り仕切っている、俗に言う所の町長的な人間であることを知っている。
「……な、なんだこれは?」
「おお、お目が高いですねぇ! こちらは我がネルチ商会が誇る新進気鋭の新作魔法具魔術人形でございます!」
「……??? 金属……?」
「そうでございます! 金属を人の形に仕立てて魔力回路を流す! すると自分の意思で活動を行うのです!」
「はぁ~……」
「今回は製造した四十体のうち半数を持ってきましてね! どうぞどうぞもっと近くで御覧になってください!」
町長が恐る恐る人形に近付く。それを見ていた聴衆の中にも、町長に続いて前に出て行く者がいる。大半が酒に酔っていたので物珍しさであることは目に見えていた。
「……ねえアルベルト。私の中に純然たる疑問が浮かんだのだけれど」
「何だ?」
「作業効率を上げるのに人型である必要はあるのかしら」
「ほう?」
「爆発する魔法具とかあるでしょ。ここには各国が勢力を駐屯させているのに、そういった物を使う意向が見られない。大体が人的資源で鉱石を発掘しているわ。効率を上げるために魔法具を開発しているはずなのに、何故ここで頼ろうとしないのかしら?」
「……」
駐屯所の近くで様子を観察していた二人。アルベルトは神妙な面持ちで、ユンネに切り出す。
「……俺も炭鉱夫達の噂でしか聞いたことがないんだが」
「何、私の知らない噂だと。男同士だからこそ言えたってことかしら」
「面倒臭えからそういうことでいいぞ。何でもこの鉱山、中身が奇妙になっているらしくてな。二足歩行の人間か神聖八種族のどれかに該当し、加えてピッケル以外の道具を持っていると奥に進めないらしい。ナイトメアすらも無理らしい」
「……奇妙すぎる。どういう仕組み?」
「そういう結界が張ってあるとかなんとか。それを検証しようにも、そもそも魔法具が持ち込めないから正体がわかっていない」
「……現状打てる最前の手を打ってるわけね」
「そういうこと。んで、ネルチ商会は二足歩行っていう点に目をつけて、あの動く人形を投入したんだろう」
「二足歩行ってことは魔物を手懐けて投入することも不可能ってことでしょ。考えるわねぇ……」
二人の視線の先には、ラールスと彼の部下と思われる人間が、魔術人形についての説明を行っている。
そこに午前九時を知らせる鐘が鳴った。
「……ああ。安息の楽園が私を誘っている。我が瞳が静かに視界を覆い潰していくわ……」
「疲れたら寝るに限るぜ。俺とお前のうんたらボンズってやつだ、休んで来い」
「……センキュー、ソー、マッチ」
ユンネは駐屯所に入り、それからバタンと扉を閉めていった。
「……突然生えてきた、鉱石取り放題の鉱山ねえ」
「何もないというのが不自然かもしれねえけど……何か起こらないように巡回するのが俺の役目ってねえ」
「……あ! そういえばもうすぐ対抗戦じゃねーか! 畜生、休暇もらって観に行きてえなあ!!」
どこか遠くからやってきた、灰色の煙が鼻腔に入った。
突如としてイングレンスの世界に現れた謎の地形も、今となっては広大な秩序の一部に組み込まれている。
……
……
……
……クククッ
「んあ……」
椅子に座ってうつらうつらしていたアルベルトは、その女性に声をかけられて顔を上げる。
「ふふふ、可愛らしい寝顔ね。私の心の中に留めておくのは実に勿体ないわ」
「リバーサイドって何だよ……」
その独特な言い回しだけでも判別可能な人物。紺色の髪を一つ結びにし、横髪を少し残している。クールな印象とは裏腹に言動は濃い。
「ユンネェ……今何時だぁ……」
「午前六時よ。現に東の空から夜明けを告げる鐘が昇りつつあるわ」
「ああそう……ぐぅーん」
椅子から立ち上がり身体を伸ばす。適度に血液が流れ出し、体温が上がる。
「で? お前は休憩に入ると?」
「いいえ、私は午前三時からの勤務。よってこれからは五時間、貴方と共に王命賜りし任務を遂行するわ」
「ええ……」
「何よ溜息ついて。私と貴方の久遠より紡がれし絆じゃない」
「お前はなあ……食い物で喩えるならレアのステーキなんだよ……」
そう言いながらも寝間着から鎧に着替え、部屋の扉を開き外に出る。
そこに広がっていたのは、質素な丸太造りの家屋の数々。煙を吹き出す煙突。如何にもその辺の食材を混ぜ込んだような、混ざりけの多い匂い。
「あーあ、今日も人が多いこと多いこと」
「バイザウェイ、アルベルト。貴方はダブルディーという言葉を知っているかしら」
「何じゃそりゃ」
「ドーラ・ドリームの略よ。ここで鉱石を一発掘り当てれば、瞬く間に大金持ち。そのロマンを的確に表現した言葉ね」
「お前が作った造語だと思ってあれこれ考えた俺が馬鹿みてえじゃねーか」
「失礼ね。私は盟約の言ノ葉を他人に押し付けるような痛々しい真似はしないわ」
「痛々しい……は? 痛い?」
アルベルトは頭を抱え、この三十路もいい所に差しかかったユンネという女の意図を考える。
同様に頭を抱える誰かと、それに群がる炭鉱夫の姿が――
「……何だぁ? 病気の発作か……?」
「塵を吸い込んだことによる喘息かもしれないわ。見に行きましょう」
喘息の応急処置キットを念の為持ち出し、アルベルトとユンネは人集りに合流。
「おお、あんたらはグレイスウィルの……」
「こっから先は俺らに任せてくれや」
颯爽と割り込み、頭を抱えている男性の所に到着。
まずは容態確認から入る。至って普通の人間の男性だ。
「光を堕とせ、闇よ滾れ、我が身を焼き尽くせ!!!」
「ぶっ!!!」
唐突に痛々しい詠唱を聞かされて、アルベルトのみならず野次馬達も恥ずかしくなる。
肝心の頭を抱えている男性だけが、反応を返さず悶え続けていた。
「重症ね。私の魂咆哮を意にも介さないとは」
「ああ、確かにこんなの叫ばれたら、誰だって動揺する……」
すると、数十秒遅れで反応が返ってきた。
「う……うう……」
「……も、もう止めてくれ……」
逸る気持ちをぐっとこらえて、男の様子を見守る。
「様……ルイモンド様っ。どうして、どうしておれなんですか……」
「痛い……痛い……止めてくれ……ああ……ま、魔力、が……」
「……グオオオオオオオオッ!!!」
それから男は数秒悶えた後――
あれだけ苦しんでいた男は、平然とした表情で立ち上がった。
「……?」
「あ……皆、どうしたんだ。おれを見たりして……グレイスウィルの騎士さんも?」
「数分だけ。ちょーっと事情聴取させてくれい」
アルベルトは持っていた水を差し出しつつ、男の容態を確認する。ユンネは野次馬達に声をかけ、撤収を促していく。
「……今は何にもないのか?」
「そうだな、さっき頭は痛かったが……それも終わったよ。そもそも時々あることだから、もう慣れた」
「ぶつくさ独り言を言うのもよくあることか?」
「……独り言? 何の話だ?」
「ルイモンドとか魔力とか、あと最後に叫んでたぞ」
「……」
「ルイモンド……知らない名前だな……」
呆然と呟いた後、頭を軽く掻いて、男はその場を去っていく。その姿はどこからどう見ても、
やはりごく普通の人間のそれである。
「……終わったかしら?」
「ああ、訊けることは訊いた……」
周囲には普段の喧騒だけが残る。一刻も早く取り戻すようにユンネが計らってくれたのだ。
「なあ……ルイモンドって知ってるよな」
「当然じゃない。円卓八国に連なり構成する主軸が一柱――」
そこに響くは咆哮。
「……またしても事件の発生ね。私の封印されし緋色の凛眼が疼いているわ」
「ヒャアこれだからドーラ鉱山やめらんねえぜクソが。一丁行ってきますかぁー」
「グルルルル……ガアアアアア!!」
「ぐっ……だぁ!!」
二人の男が取っ組み合い、喧嘩が始まっている。片方は大柄な人間の男、そしてもう片方は彼よりも少し小柄、しかし標準体型からすると大柄に値する体格の、竜族の男だった。
「てめえ、これは俺の取り分だぞ! 勝手に入ってくんな!!」
「ガアアアアア!!」
殴る噛み付くで血が飛び散る。二人を止める者はなく、むしろ次々と観客が集まってきて野次を飛ばす。一番近くにある大きめの建物は、入り口の扉が破壊されていた。
「――絶対尊守命令。その喧嘩をやめなさい」
「ドーラ街治安維持隊グレイスウィル班の騎士様だぜー」
ユンネが警棒を持って割って入り、その隙にアルベルトが二人を引き離す。
「グッ、グルルルルルウ……!!」
「暴れるんなら魔物相手にしてくれや。人間相手にはすんなよ」
「て、てめえら……」
「口が聞けるなら大丈夫ね。どうしてこんなことになったのか説明してくれるかしら」
「……うう……」
人間の方の男は、へたれ込みながら傷に悶える。
「そいつが……俺のぉ……取り分をぉ……」
「ガウウウウウ!!」
「落ち着け、落ち着け。で、どっちが先に突っかかってきたんだ」
「ガウッ!!」
「向こうからだ! 俺とあいつで一緒に仕事して、ギルドに納品して取り分の話になって、そしたら……!」
「んー……成程」
そこにユンネと同じ鎧を着た人間が数人やってくる。
「お待たせしました!」
「バット・ソー・レイト。六人いるわね。手前の四人はこちらに、この二人を治療して」
「お、おい……まだ話が……!」
「先ずは怪我を治してから、我々を交えてじっくり話し合いましょう。ね?」
ユンネは人間の男の目をじっと見つめながら、手を動かしていく。
「担架の用意ができました。乗せていきます」
「お願い。で、残った二人」
「はい!」
「喧嘩の原因、二人の仕事について情報を纏めておいて。それにギルドの損傷具合についても、請求額を算出してちょうだい」
「了解しました」
各自指示通りに動く。それから少しした後、アルベルトが話しかけてくる。
「あー腕が痛い……」
「お疲れ様。貴方の腕力はいざという時に頼りになるわね」
「お前の方こそ何だかんだで冷静だから、助かってるよ。口はあれだけど」
「ワットイズ、あれとは何のことかしら。私は古より受け継がれし「はいはい叡智叡智」
アルベルトとは冷水をコップに注ぎ、ユンネに渡す。お互い一息ついて休憩だ。
「にしても竜族炭鉱夫か……ここ最近トラブル起こしてるのあいつらばっかじゃねーか」
「最近増えてきたわよね。繁殖期に咳唾を撒き散らして淫猥な眼差しを向けてくるゴブリンが如く」
「ガラティアってドーラとは敵視しているはずなんだけどなあ。貴重な収入源がどうのこうのって」
「そもそも竜族という種族がここまで来ている時点で、完全に国を纏め切れていないってことよね。それこそルイモンドは何をしているのって話に移るのだけど」
「ここでルイモンド……?」
悩めるアルベルトに向かって、ユンネは露骨に肩を竦める。彼はそれを受けて真顔で尻尾をぶん回す。
「結論から言うと、竜族の族長ね。ここにいる竜族炭鉱夫も、元を辿れば彼から指示を受けてるってこと」
「へえー……俺は初耳だぞ」
「ご存知の通り竜族は閉鎖的な一族。族長ですらもあまり自分の素性を公表しない。知ろうと思わなければ知ることもないわね」
「そういうもんか」
「……そういや、あいつらイズエルトにもいるよな。ここにいる奴ら、そっちに行くって選択肢はねえのかな」
「ムスペルの地を切り開き、人々に温泉なる恩恵を齎した彼らね。聞けば彼らは開拓した後定住を決めたと言うわ。生活と共に馴染んだ数百年の時は、ルイモンドにも覆すことは不可能だったんじゃないかしら?」
「ふーん、イズエルト系とガラティア系とでも言うのか。完全に別もんってことか」
「……その割には何か、あんまイズエルトの竜族が話題になることってないよな」
「噂だとあまり人前に出ることはない……らしいわよ」
「お前もわかんねえのか?」
「何せウェルギリウスも絡んでくるものだから――」
雑談に興じていると二人の視界に多数の人間が入り込む。
その全員が白を基調に、水色とミントグリーンのストライプのデザインのスーツを着込んでいる。鉱山に続く道をどんどん歩いてきていた。
「あら、まるで眠気覚ましに口に放り込んだ薄荷のようなスーツね」
「……ネルチか。どうする? こっちはひとまず片付いたし、挨拶してくるか?」
「暇潰しとしてならいいでしょう。関わりはしないで、距離を置いて遠目に見る感じで」
「そうするか」
こうして一行に近付く二人。
しかしだんだん人としての形が認識できていくにつれ、変わった所に気付く。
「……何だぁこれぇ」
人数はおよそ三十。顔を少し覗いてみると、二十人程度に顔が無かった。顔の形に湾曲した鉄の塊である。目も鼻も耳もない、ただののっぺらぼうであった。
「成程。魔術人形ね」
「マギ……?」
「ネルチが開発している自立型の魔法具。半年ぐらい前に初お披露目して、以降も開発が続けられていたみたいだけど……へぇ」
ユンネはふむふむと呟きながら一行を観察している。一方のアルベルトは腕を組んだままぼけーっとしているだけである。
「……ドーラ街の皆様、おはようございます! ワテクシネルチ商会の会長を務めております、ラールス・ネルチと申す者です!」
全方向に腰を下げながら、出っ歯の男が挨拶をする様には、教養のない労働者達も思わず振り向く。
人波を割って男が一人、ラールスに話しかける。アルベルトとユンネは、彼がドーラの町を取り仕切っている、俗に言う所の町長的な人間であることを知っている。
「……な、なんだこれは?」
「おお、お目が高いですねぇ! こちらは我がネルチ商会が誇る新進気鋭の新作魔法具魔術人形でございます!」
「……??? 金属……?」
「そうでございます! 金属を人の形に仕立てて魔力回路を流す! すると自分の意思で活動を行うのです!」
「はぁ~……」
「今回は製造した四十体のうち半数を持ってきましてね! どうぞどうぞもっと近くで御覧になってください!」
町長が恐る恐る人形に近付く。それを見ていた聴衆の中にも、町長に続いて前に出て行く者がいる。大半が酒に酔っていたので物珍しさであることは目に見えていた。
「……ねえアルベルト。私の中に純然たる疑問が浮かんだのだけれど」
「何だ?」
「作業効率を上げるのに人型である必要はあるのかしら」
「ほう?」
「爆発する魔法具とかあるでしょ。ここには各国が勢力を駐屯させているのに、そういった物を使う意向が見られない。大体が人的資源で鉱石を発掘しているわ。効率を上げるために魔法具を開発しているはずなのに、何故ここで頼ろうとしないのかしら?」
「……」
駐屯所の近くで様子を観察していた二人。アルベルトは神妙な面持ちで、ユンネに切り出す。
「……俺も炭鉱夫達の噂でしか聞いたことがないんだが」
「何、私の知らない噂だと。男同士だからこそ言えたってことかしら」
「面倒臭えからそういうことでいいぞ。何でもこの鉱山、中身が奇妙になっているらしくてな。二足歩行の人間か神聖八種族のどれかに該当し、加えてピッケル以外の道具を持っていると奥に進めないらしい。ナイトメアすらも無理らしい」
「……奇妙すぎる。どういう仕組み?」
「そういう結界が張ってあるとかなんとか。それを検証しようにも、そもそも魔法具が持ち込めないから正体がわかっていない」
「……現状打てる最前の手を打ってるわけね」
「そういうこと。んで、ネルチ商会は二足歩行っていう点に目をつけて、あの動く人形を投入したんだろう」
「二足歩行ってことは魔物を手懐けて投入することも不可能ってことでしょ。考えるわねぇ……」
二人の視線の先には、ラールスと彼の部下と思われる人間が、魔術人形についての説明を行っている。
そこに午前九時を知らせる鐘が鳴った。
「……ああ。安息の楽園が私を誘っている。我が瞳が静かに視界を覆い潰していくわ……」
「疲れたら寝るに限るぜ。俺とお前のうんたらボンズってやつだ、休んで来い」
「……センキュー、ソー、マッチ」
ユンネは駐屯所に入り、それからバタンと扉を閉めていった。
「……突然生えてきた、鉱石取り放題の鉱山ねえ」
「何もないというのが不自然かもしれねえけど……何か起こらないように巡回するのが俺の役目ってねえ」
「……あ! そういえばもうすぐ対抗戦じゃねーか! 畜生、休暇もらって観に行きてえなあ!!」
どこか遠くからやってきた、灰色の煙が鼻腔に入った。
突如としてイングレンスの世界に現れた謎の地形も、今となっては広大な秩序の一部に組み込まれている。
……
……
……
……クククッ
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