たぶん戦利品な元王女だけど、ネコババされた気がする

美海

文字の大きさ
8 / 22

微睡みと悪夢

しおりを挟む
 隣に人の気配を感じて、エフィは醒めきらない眼をぼんやりとそちらに向けた。

「起こしたか」

 優しい手が頭を撫でてくれる。
 その感覚が気持ちよくて自分から頭を擦りつけると、その手は離れていってしまった。

「今日も早く戻れそうだから……嫌でなければ、この部屋で待っていてほしい」
「ん……」
「なんだ、寝ぼけただけか」
「寝ぼけてなんかいないわ、ヴィル」

 今、起きたところなだけよ。
 無意識のうちにしたふるまいをごまかすようにエフィが言うと、ヴィルは軽く笑って、エフィの額に口づけを落とした。

「ゆっくり体を休めてくれ。行ってくる」
「いってらっしゃい。ここでいい子にして待ってるわ」
「……ああ」

 出かけるというから何の気無しに投げた言葉に、ヴィルはなんだか妙な顔をしていた。

(そうか。わたくし、昨日、ヴィルに抱かれて、今日は彼を送り出して――)

 部屋の扉が閉まって彼の姿が見えなくなってから、やっと実感が湧いてきて、なんだか面映い気持ちになった。
 物語の中ではよく見かけるけれど、世の中の新婚夫婦は本当にこんなやりとりをするのだろうか。そうだったらいいな、と思った。
 エフィはそっと、彼が残していったシーツの温もりを撫でた。

『わたくしとヴィルが結婚すればいいのよ! そうしたら、いじっぱりなお父さまもきっと、素直にヴィルのことをすごいって言うようになるわ!』

 ありえないことを無邪気に夢見ていたかつての自分は、今から思えばどうしようもなく愚かしかった。それでも、その『もしも』を思い浮かべると、今でも『いいなあ』と声が出る。

「……ヴィルのお嫁さんに、なりたかったなあ」

 最初からわたくしには無理な夢だったけれど。
 固くつむった瞼を伝って、目尻に流れた涙は、音も無くシーツに落ちた。


 微睡みの中で、昔の夢を見た。

『お父さま、ヴィルが遠くに行くと聞きました! どうして……!』

 その日起きたら、ヴィルがいなくなっていたのだ。
 王女付きの侍女たちに彼の行き先を聞いても、みんな言葉を濁すばかりで答えてくれなかった。一人が『陛下の命です』と口を滑らせたから、それだけを頼りにエフィは国王への謁見を願ったのだ。

『何だ、こいつは』

 久しぶりに会う『父』は不摂生で赤黒くなった顔を、不機嫌そうに歪めた。
 第一王女のエフェリーネ殿下です、と侍従が囁くのが聞こえた。
 もしかしてお父さまはわたくしのことを忘れてしまったのかしら、それとも知らないふりをするくらい怒っていらっしゃるのかしら、と不安に思った瞬間、国王はあからさまに表情を変えた。

『ああ、第一王女か!』
『お父さま……?』
『よくやった、エフェリーネ』

 なんだ、お父さまは怒ってなんかいなかった。
 普段全然会わなくても、やっぱり親子だもの。
 ほら、久しぶりに娘に会ったことを、こんなに喜んでくださってる――。

『お前のおかげで、あの忌々しいリーフェフット家を滅ぼせる!』

 悪夢ゆめの中で、下卑た声が高らかに笑った。


 帰ってきたヴィルのことを、エフィは約束通りに寝台で待ち受けることになった。

「ごめんなさい……」

 色めいた意味ではなく文字通りの寝台の住人、体調不良者として、ではあるが。
 ヴィルが出かけてからしばらくして、身を起こそうとしたエフィは、あえなく寝台に沈んだ。腰には力が入らず、ばたついた脚も空を切る。
 昨夜長く押さえつけられていた太腿や膝の裏にも鈍い痛みがあるし、彼を受け入れたところにはまだ何か挟まっている気がする。
 満身創痍の体では、歩くどころか、寝台から降りることもままならなかった。

「……今日は、ごめんなさい」

 いま抱かれたら、本当に壊れてしまう。
 危機感を抱いて震えたエフィに、ヴィルは嫌がるどころか『そうだろうな』と納得のいったような顔をしていた。

「昨日は無理をさせたからな。大丈夫だ、元から抱く気はない。……ただ、隣にいてもいいか?」
「ええ」

 寝台の傍らについているという意味かと頷くと、ヴィルは文字通りエフィの隣に――シーツの間に体を滑り込ませてきた。
 腕で体を引き寄せられてから、大きな手が確かめるようにエフィの額や頬を撫でた。

「なに?」
「熱もある」

 なんだ、病状を確かめたかっただけだったのか。
 昨夜から、彼を見るとどきどきして、まともに顔を見られないのだ。距離の近さに他意がないと分かって、エフィは胸を撫で下ろした。……ほんの少し、残念な気持ちにもなったけれど。

「それはいつものことよ。一晩休めばすぐに治るわ」
「昔も、はしゃぎすぎると夜に熱を出していたな」
「ええ。その度にあなたが看病してくれたわね」

 ヴィルは不本意に忠誠を誓わせられた王女に対しても優しくて、『昼間に庭を走りまわって疲れたから』などという自業自得の理由で熱を出しても、傍についていてくれた。

(最後に、こうやって頭を撫でてくれたのは、確か……離宮行きの直前だったわ。何日も前から楽しみにしすぎて)

 その離宮は、当代から五代前の国王が後に王妃となる令嬢と出会った思い出の場所だという王家の避暑地で、夏でも涼しい高原にあった。
 綺麗な泉や一面の花畑、美しい鳥の姿が見られると聞いて、あの時のエフィは胸を躍らせていた。行ったことも無いのに、そこには、美しくて楽しいものしか無いような気がしたのだ。
 熱を出して『わたくしを置いていかないで』と泣きべそをかいた時ヴィルは少し呆れつつも、『元気になったら行けますからね』と慰めてくれた。

『ほんとに? 寝てる間に行っちゃったりしない?』
『殿下を置いていくわけないでしょう。安心して休んでください。ほら、目を閉じて』
『うん……』

 彼の言葉通りに目をつぶっていると、子どもの意識は長く続かず、知らぬ間に眠りに落ちていた。
 起きた時には熱も無事に下がっていて、予定通りに出発できると、またはしゃいだ。
 エフィはそこで想像していたよりもさらに美しいものを見て、楽しい時を過ごし、そして――。

『お前のおかげで、あの忌々しいリーフェフット家を滅ぼせる!』

 ひゅっ、と聞こえた耳障りな音が、自分の喉が鳴らした音だとは、エフィはすぐには気づかなかった。
 わなわなと震える体を、ヴィルに抱きとめられる。頼もしいけれど、今は彼にだけは頼りたくなかった。弱々しく手を払いのけたエフィを、ヴィルは訝しむように見た。

「エフィ、どうした?」
「リヴィシェーンの離宮の……あの時は本当に、ごめんなさい」
「お前は悪くない。それに、もう全て済んだことだ」
「いいえ、わたくしが悪いのよ」

 エフィが悪い。それに、まだ何も済んでなんかいない。
 現にヴィルは今も独りじゃないか。彼が奪われたものを取り返せていないのに、終わりにしていいわけがない。

『お前のおかげで』

「――わたくしが、あなたの家族を奪ったんだもの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...